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2章 氷王青葉杯

11. 野菜と豆腐と父親と

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 数日後。
 Oathは練習試合を重ね、徐々に連携を高めつつあった。
 公式大会は明日。これが最後の練習試合となる。

 練習試合に勝利した後、修練場のベンチで疲労に沈むリオートの隣にレヴリッツが座る。

 「お疲れ。調子はどうだ?」

 「ん……まあ、ぼちぼち。お前ら三人が強いから、俺が足を引っ張っても勝ててるしな。本番でも迷惑かけるかもしれないが、明日はよろしく頼む」

 リオートは明日の青葉杯を最後に引退することを、ケビン以外の誰にも伝えていなかった。余計な心労はメンバーに与えたくないし、引き留められるのも面倒だ。
 明日の大会が終わったら、退所届を出してひっそりと消えるつもりだった。

 しかし、レヴリッツは気づいていた。
 リオートの底にある諦観に。勝利へ向けていた貪欲が消え失せていることに。
 今この瞬間も、彼はどこか自虐的だ。自分だけがチームの力になれていないとでも言いたそうな様子で。レヴリッツはそんなリオートの様子を見て、おもむろに口を開いた。

 「野菜」

 「ん?」

 「温室育ちの野菜は、根が弱いんだ。茎を支えるほど根が強くなくて、倒れてしまう。君も同じだなあ……と」

 「何言ってんだお前……」

 二人の視線の先では、ヨミとペリが和気藹々と話している。
 この戦略戦の練習期間を通して、チームの絆も深まったように思う。しかしリオートだけは、どこか周囲と距離を置いているようだった。
 じきに引退するのだから当然の付き合い方とも言えるが。

 「リオート、自分は努力したことがないって……そう思い込んでるんだろ?」

 「お、おう……まあな。お前や周りの奴らに比べれば、俺はまさしく温室育ち。
 俺から見たら努力でも、周囲から見たら努力じゃないと思う。だから精神も弱くて、才能の壁を超えることができない気がする。……なんてな。冗談だ」

 冗談ではない。本音だ。
 誤魔化すように笑うリオートだったが、レヴリッツは真顔だった。首に右手を当ててリオートを凝視している。

 実際に折れた・・・のだ。
 リオートはその昔、心が折れたことがあった。結果として無断で国を出て、バトルパフォーマーという職業へ逃げ込んだ。だが、その先でも壁にぶち当たって。

 「たしかに、君の心はクソざこ。僕の鋼の精神に比べたら豆腐みたいなもんだ。だけど、僕だって昔は豆腐だった。
 ……あ、豆腐って知ってる? 僕の祖国にある食べ物なんだけど伝わるかな」

 「知ってる知ってる。で、何が言いたい?」

 「僕は昔、才能のなさに絶望したっ!」

 レヴリッツはベンチの上にスタンディングして、両手を大きく広げた。
 そして一拍置いて真顔に戻り、再び座る。

 「どうしても勝ちたい相手がいたんだけど、このままじゃ勝てないって思った。僕よりも才能のある強者たちにどうやったら勝てるか、そればかり考えて……心が折れそうになったよ」

 「……へえ。どうやって乗り超えた?」

 「負けたら首が飛ぶようにした」

 「──は?」

 「負けたら首がすっ飛んで死ぬんだ。だから負けられない。……あ、戦略戦みたいな団体戦だと負けはノーカンね。1対1で負けたら首が飛ぶ」

 レヴリッツの頭がおかしいことは知っていた。
 しかしここまでの狂人だとは……リオートはドン引きする。ということは、パフォーマンスで負けたら視聴者に血の噴水を見せることになるのか。

 「お、俺はそこまで覚悟決めれねえな……」

 「そこまでやれなんて言ってないけど。僕の場合は事情が少し複雑だし……
 で、長い話になりそうだから結論から言うけど。心は折れてもいいんだよ」

 「折れても、いい……?」

 「折れたら支えてくれる人がいるからね。僕にだって支えてくれる人がいた。あそこでストレッチしてるヨミとか。この着物をくれた人とか。
 君が折れたら、僕が支えてやるよ。そこから先、立ち直るのは君の仕事だけど。はっきり言ってしまえば、今の君は見るに堪えない。早く立ち直れよ」

 率直なレヴリッツの言葉は、リオートの脳裏に突き刺さる。今までまともな人付き合いをしてこなかったレヴリッツだからこそ、こうして歯に衣着せぬ物言いをしてしまう。
 
 だが、彼の言葉は届かない。

 「うーん……よくわからねえ。お前が俺の何を心配してるのかわからねえが……大丈夫だ。別に何も病んじゃいないし、心配もしてないぜ?
 ま、明日は本番だ。全力でがんばろう」

 本当はわかっている。
 レヴリッツはリオートの本心を見透かして、その言葉を投げかけたのだと。

 だがリオートは彼の想いを拒絶して、あくまで気丈を振る舞った。
 たとえレヴリッツが折れた心を支えてくれたとしても、そこから先……上へ伸びることはできない。あくまで非才、塵芥ちりあくた

 仮に今、リオートの心が回復してバトルパフォーマーを続ける選択をしても。
 プロ級、マスター級へ上がる望みは絶望的なのだ。


 リオートは立ち上がり、その場を去っていく。
 レヴリッツは彼の背を見つめて追うことはなかった。

 「うーん……言いすぎたかな。友達出来たことないから、距離感が掴めないなあ……」

 ー----

『【レヴリッツ・シルヴァ/青葉杯に出場します】久しぶりの雑談
  【バトルパフォーマー/87期生】』



 「配信はじめまーす!!!」

 〔よお〕
 〔久しぶりだな〕
 〔エビさんこんにちは〕

 最近は練習試合でご無沙汰だった配信をつける。
 明日が青葉杯ということもあり、宣伝も兼ねて雑談でもしようかと思い至った次第だ。

 「みんな元気だった?
 明日は戦略戦の公式大会で、僕も参加します。優勝します」

 〔優勝宣言クリップしときますね〕
 〔ちなみに優勝無理だよ〕
 〔(三・¥・三)(三・¥・三)(三・¥・三)
 (三・¥・三)(三・¥・三)(三・¥・三)レヴ影分身〕
 〔おい! 『ペリペリちゃんねる』来い!〕

 最近は配信に荒らしが湧くようになった。
 いい傾向だ。

 「明日の大会が終わったら、しばらく公式大会はないんだね。配信も増やしていこう。目標はトーク力を磨いていくことなんだけど、僕ってパフォーマーになるまで陰キャだったからさあ……最近も友人との付き合いで言いすぎたかもって思う節があって。
 僕ってコミュ障なんだなって……最近よく思う」

 〔今さら気づいたのか……〕
 〔ウザい方のコミュ障な〕
 〔チー海老〕
 〔(三・¥・三)_U~~
 (三・¥・三)_U~~
 (三・¥・三)_U~~ レヴ粒子砲〕
 〔荒らすのやめて〕

 「別に荒らしはいいよ。度が過ぎるのはBANするけど、これくらいはね。
 ……でさ、僕は友達が一人も出来たことがなくてさあ。みんなが僕を馬鹿にするのも、変な言動をしてるからだと思うんだけど……僕にとってはこの振る舞いが普通なわけ」

 〔馬鹿にしてるのはFランだからだぞ〕
 〔何?ヘラってんの?〕
 〔さすがに友達1人くらいはおるやろw〕

 バトルパフォーマーとなる前のレヴリッツは、ただの悪人だった。
 悪人と見做すかは価値観にもよるが、少なくとも公にできるような営みは行ってこなかったのだ。

 だから人とまともに付き合うこともなく、孤独の日々を過ごしていた。
 ただ一人、ヨミだけは一緒に居てくれたが……彼女は友達と言うよりは家族に近い。

 「僕にしては珍しく真面目な話じゃない、これ?
 陽キャのみんなは、友達が悩んでたらどうする? 僕ははっきり本音をぶちまけちゃうんだけど。……あ、でもこの配信って陰キャしか見てないか」

 〔は?〕
 〔俺は文化祭の時トイレにずっと隠れてる陰キャだったよ;;〕
 〔エビらしくない悩みだな〕
 〔草〕

 「結局そうだよな。僕が他人への配慮なんてできるわけないし。本音を言うしかないねんな……」

 だが、リオートにレヴリッツの本心は届かなかった。
 正直に想いを伝えても相手に届かなかった時、レヴリッツはどうしたらいいのだろうか。

 〔その友達を知ってる友達に相談してみるとか?〕

 リオートを知る友達と言えば……やはり同じチーム内のペリ、ヨミか。
 特にヨミには相談してみてもいいかもしれない。彼女は人の心の機微を感じ取ることが得意なのだ。

 考えながら喋っていると、とあるコメントが目に留まった。

 〔お前は本音言うしかできないんじゃない?〕

 本音を言うことしかできない。
 まあ、そうだ。少なくともレヴリッツはそんな人間だ。

 この姿でも、本性においても。彼は嘘を吐きながら本音を述べるか、あるいは嫌悪を露にしながら皮肉を述べるしかできないのだ。
 純粋に他人を元気づけることができない。

 「まあ、ありがと。じゃあ話戻すけど、明日は戦略戦ストラテジーの大会なんです。もちろん皆も観てくれると思うけど、各チームの優勝予想キャンペーンがあってさ……」

 だらだらと他愛のない雑談を続けつつ、レヴリッツは時間を潰した。

 ー----

 「……というわけです。若は明日の大会を最後に引退なされると仰いました」

 『ふむ。……リオートにも呆れたものだ』

 リオートの従者、ダルベルトは電話で事の仔細を報告していた。
 電話の相手はラザ国王。リオートの父である。

 厳格な性格である父親。愚息の無断出国を快く思っていないことは明白だった。
 とりわけラザ王国は、武への尊重が極めて大きい。

 「……陛下。私には、その……若がなぜバトルパフォーマーを目指したのかはわかりません。
 ただ、若がどうしてもバトルパフォーマーの道を進みたいと仰っても……陛下は若を連れ戻すおつもりで?」

 ダルベルト問いは、ある意味では不敬に捉えられかねないものだった。
 しかし国王に意見するほど、彼のリオートに対する思い入れは強いのだ。

 電話口では、しばしの沈黙があった。
 その沈黙は何を意味するのか。

 『──ならぬ。我らラザ王族は、強きを示すにも、聡きを示すにも、武を重んじてきた。
 伝統は易々と変えられぬ。戦を愚弄するバトルパフォーマンスなる競技、国民からは認められぬであろう。リオートは帰国させる。それが決定事項だ』

 現実は非常。夢は捨てねばならない。
 ダルベルトは瞳を伏し、ただ国王の言葉を受け入れるしかなかった。主人であるリオートの将来を考えても、ラザへ連れ戻すことが正解だと理解しているのに。

 「陛下、私は……」

 『言うな、ダルベルト。主の心はわかっておる。
 ……リオートが参加する大会とやらは、明日でよいのだな?』

 「は……? はい。明日の青葉杯とやらを最後に、引退なされるとのことです」

 『そうか』

 国王は静かに頷いた。
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