2 / 25
逃げ場のない世界
しおりを挟む
「まさか……お嬢様が嫁がされてしまうなんて。意中の相手ではないのでしょう?」
侍女のロゼッタが憤慨する。
彼女は幼少の砌からクラーラの世話をしており、非常に親しい中だ。
この家でも数少ないクラーラの理解者だった。
そんなロゼッタだからこそ、今回の強引な決定には不満が隠せない。
「仕方ないのよ。どうせ、こんな家にいるよりは嫁いだ方がマシな待遇でしょうし……もちろん侍女も一人だけ連れていく許可をもらったから、ロゼッタも一緒よ」
「はい、どこまでもお供します。しかし……お相手のハルトリー辺境伯もお嬢様を愛するのでしょうか? 強引に押しつけられた相手ですし、もしかしたらリナルディ家のように酷い仕打ちを受けるかもしれません」
「まあ、劣悪な家庭環境には慣れているから。嫁ぎ先が酷い場所なら甘んじて受け入れるわ。つらい環境でも、なんとか生活を快適にすることには慣れているもの。……ああ、つらい環境ってリナルディ家のことよ? うふふ」
なんというか、クラーラの考えには諦観があった。
自分の主人が抱く諦めはどうにかしてあげたい――そうロゼッタは思ったが、いち使用人の立場ではどうしようもない。
「あら、クラーラ。話はお父様から聞いた?」
「お姉様……はい。すべてお聞きしました。とても素敵な婚約を紹介してくださり、ありがとうございます。お姉様がいなければ私に縁談がくることもありませんでしたからね」
二人で愚痴をこぼしているところに、イザベラが乱入してきた。
――また嫌がらせか。
ロゼッタは心中の嫌悪感を隠してクラーラの後ろに控えた。
イザベラは哀れな妹を嘲笑うかのように声を上げる。
「ハルトリー辺境伯ってどんな方かご存知?」
「いえ、存じ上げません」
「なんでも酷く不養生な外見をしているらしいわよ? まるで子豚のように太っていて、体臭もきついとか。あと、以前の夜会で他の令嬢にものすごい不敬を働いたとか。そんな方の子を産まなければならないなんて、かわいそうね……でも仕方ないわね? 黒魔術なんて使ってるクラーラの方が悪いもの。白魔術を磨いていれば、もう少しまともな相手を紹介してもらえたのに」
辺境伯という立場上、ハルトリー辺境伯は王都にはほとんど来ない。
夜会にあまり参加しないクラーラは彼の姿を知らなかった。
そんな人物と結婚しなければならないとしても、もう決まったことなのだ。
いまさら家に逆らって婚約を破棄することなど許されない。
「あ、私はこのあと夜会に行くんだった。それじゃ、クラーラ! もう会うことはないかもしれないけれど、辺境でゆっくり余生を過ごしなさいね!」
「はい、お姉様。お気をつけて」
最後まで嫌味たっぷりに、イザベラは吐き捨てていった。
そんな姉の態度にロゼッタは怒り心頭に発する。
「……ほんとクズです。イザベラ様」
「それ、イザベラに聞かれたら打ち首よ。気をつけなさい。心では思っていても、言ってはならないことがあるの。どこで聞き耳を立てられているのかわかったものではないのだから」
「すみません。一番の被害者のお嬢様が我慢されているのに」
「とりあえず使用人たちにお別れの挨拶をしましょう。いつでも人とのつながりは大切にね」
リナルディ家の使用人は、大体クラーラに味方してくれている。
というのも、黒魔術を用いて使用人たちの家事を効率化していたからだ。
クラーラの熟達した魔術により家事のスピードは非常に上がっていた。
だからこそ使用人たちは彼女に信を置いている。
クラーラが去るとなると、退職する使用人も出てくるかもしれない。
別にリナルディ家からどれだけ人が流出しようが、知ったことではないが。
「せっかくですし、使用人たちに協力してもらって……うんとお嬢様を綺麗にしましょう! せっかく嫁ぎに行くのですから、最上級のドレスを着て……」
「あらあら。お父様がそんな贅沢を許すと思う?」
「大丈夫です。こんな日のために、実は使用人みんなで貯蓄していたのです……! 長年お世話になったお嬢様のためとあらば、みんな協力してくれますよ!」
「そうなの? まあ定期的に使用人間で密会してたのは把握しているけれど。私としては自分の見た目を整えることも大事だけれど、黒魔術の道具を持っていく方が大切ね」
一番大切なのは魔術だ。
これがないとクラーラの生活レベルが非常に落ちてしまう。
嫁ぎ先でも、できるだけ一人で生活できるような環境を構築する用意を。
もちろん、そんな用意をしなくてもいいのが最良なのだが。
「では参りましょう、お嬢様」
「ええ。しばらく準備で忙しくなるわね」
侍女のロゼッタが憤慨する。
彼女は幼少の砌からクラーラの世話をしており、非常に親しい中だ。
この家でも数少ないクラーラの理解者だった。
そんなロゼッタだからこそ、今回の強引な決定には不満が隠せない。
「仕方ないのよ。どうせ、こんな家にいるよりは嫁いだ方がマシな待遇でしょうし……もちろん侍女も一人だけ連れていく許可をもらったから、ロゼッタも一緒よ」
「はい、どこまでもお供します。しかし……お相手のハルトリー辺境伯もお嬢様を愛するのでしょうか? 強引に押しつけられた相手ですし、もしかしたらリナルディ家のように酷い仕打ちを受けるかもしれません」
「まあ、劣悪な家庭環境には慣れているから。嫁ぎ先が酷い場所なら甘んじて受け入れるわ。つらい環境でも、なんとか生活を快適にすることには慣れているもの。……ああ、つらい環境ってリナルディ家のことよ? うふふ」
なんというか、クラーラの考えには諦観があった。
自分の主人が抱く諦めはどうにかしてあげたい――そうロゼッタは思ったが、いち使用人の立場ではどうしようもない。
「あら、クラーラ。話はお父様から聞いた?」
「お姉様……はい。すべてお聞きしました。とても素敵な婚約を紹介してくださり、ありがとうございます。お姉様がいなければ私に縁談がくることもありませんでしたからね」
二人で愚痴をこぼしているところに、イザベラが乱入してきた。
――また嫌がらせか。
ロゼッタは心中の嫌悪感を隠してクラーラの後ろに控えた。
イザベラは哀れな妹を嘲笑うかのように声を上げる。
「ハルトリー辺境伯ってどんな方かご存知?」
「いえ、存じ上げません」
「なんでも酷く不養生な外見をしているらしいわよ? まるで子豚のように太っていて、体臭もきついとか。あと、以前の夜会で他の令嬢にものすごい不敬を働いたとか。そんな方の子を産まなければならないなんて、かわいそうね……でも仕方ないわね? 黒魔術なんて使ってるクラーラの方が悪いもの。白魔術を磨いていれば、もう少しまともな相手を紹介してもらえたのに」
辺境伯という立場上、ハルトリー辺境伯は王都にはほとんど来ない。
夜会にあまり参加しないクラーラは彼の姿を知らなかった。
そんな人物と結婚しなければならないとしても、もう決まったことなのだ。
いまさら家に逆らって婚約を破棄することなど許されない。
「あ、私はこのあと夜会に行くんだった。それじゃ、クラーラ! もう会うことはないかもしれないけれど、辺境でゆっくり余生を過ごしなさいね!」
「はい、お姉様。お気をつけて」
最後まで嫌味たっぷりに、イザベラは吐き捨てていった。
そんな姉の態度にロゼッタは怒り心頭に発する。
「……ほんとクズです。イザベラ様」
「それ、イザベラに聞かれたら打ち首よ。気をつけなさい。心では思っていても、言ってはならないことがあるの。どこで聞き耳を立てられているのかわかったものではないのだから」
「すみません。一番の被害者のお嬢様が我慢されているのに」
「とりあえず使用人たちにお別れの挨拶をしましょう。いつでも人とのつながりは大切にね」
リナルディ家の使用人は、大体クラーラに味方してくれている。
というのも、黒魔術を用いて使用人たちの家事を効率化していたからだ。
クラーラの熟達した魔術により家事のスピードは非常に上がっていた。
だからこそ使用人たちは彼女に信を置いている。
クラーラが去るとなると、退職する使用人も出てくるかもしれない。
別にリナルディ家からどれだけ人が流出しようが、知ったことではないが。
「せっかくですし、使用人たちに協力してもらって……うんとお嬢様を綺麗にしましょう! せっかく嫁ぎに行くのですから、最上級のドレスを着て……」
「あらあら。お父様がそんな贅沢を許すと思う?」
「大丈夫です。こんな日のために、実は使用人みんなで貯蓄していたのです……! 長年お世話になったお嬢様のためとあらば、みんな協力してくれますよ!」
「そうなの? まあ定期的に使用人間で密会してたのは把握しているけれど。私としては自分の見た目を整えることも大事だけれど、黒魔術の道具を持っていく方が大切ね」
一番大切なのは魔術だ。
これがないとクラーラの生活レベルが非常に落ちてしまう。
嫁ぎ先でも、できるだけ一人で生活できるような環境を構築する用意を。
もちろん、そんな用意をしなくてもいいのが最良なのだが。
「では参りましょう、お嬢様」
「ええ。しばらく準備で忙しくなるわね」
27
あなたにおすすめの小説
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
傷心令嬢と氷の魔術師のスパイス食堂
ゆちば
恋愛
【スパイスオタク令嬢×傲慢魔術師×歪んだ純愛】
王国の男爵令嬢フィーナは、薬師業の傍ら、大好きなスパイス料理の研究をしているスパイスオタク。
ところが、戦地に遠征中の婚約者の帰りをひたすら待つ彼女を家族は疎み、勝手に縁談を結ぼうとしていた。
そのことを知ったフィーナは家出を計画し、トドメに「婚約者は死んだのよ!」という暴言を吐く義妹をビンタ!!
そして実家を飛び出し、婚約者がいるらしい帝国を目指すが、道中の森で迷ってしまう。
そこで出会ったのは、行き倒れの魔術師の青年だった。
青年を救うため、偶然見つけた民家に彼を運び込み、フィーナは自慢のスパイス料理を振る舞う。
料理を食べた青年魔術師は元気を取り戻し、フィーナにある提案をする。
「君にスパイス料理の店を持たせてあげようってコトさ。光栄だろ?」
アッシュと名乗る彼は、店を構えれば結婚資金を稼ぎながら、行方知れずの婚約者の情報を集めることができるはずだと言う。
甘い言葉に釣られたフィーナは、魔術師アッシュと共に深夜限定営業の【スパイス食堂】をオープンさせることに。
じんわりと奥深いスパイス料理、婚約者の行方、そして不遜で傲慢で嫌味でイケメンなアッシュの秘密とは――?
★全63話完結済み
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです
珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。
その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる