これは報われない恋だ。

朝陽天満

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171、頑固といわれようとこれだけは譲れない

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 聖水ランクB、詰所から横流ししてもらう安酒、そして俺作キュアポーションランクS。

 この3つを取り出して、簡易調薬キットで調薬を開始する。

 安酒は火を通すとすぐにアルコールが跳んじゃうみたいなので、最後の最後に投入。聖水とキュアポーションを同時に入れて、火にかける。

 グツグツしたら、安酒を入れて、即火を止める。これが火酒の場合はもう少しだけ置いてから火を止める。この微妙な差が投入するものによって変わってくるんだ。

 さあっと薄い青に変わった液体を空き瓶に注いで、蓋を閉める。



「これが、ランクBのディスペルハイポーション。レシピはこれ」



 手書きのレシピをブロッサムさんに渡すと、ブロッサムさんは恐る恐るそれを受け取った。



「……マジかよ。やるじゃねえかマック」



 ディスペルハイポーションも一緒に一本だけ渡す。何でレシピと薬を渡しておくのかというと、保険のため、なんだそうだ。

 ヴィデロさんに、このレシピは信用できる人には明かしておいた方がいいって言われて。何事もないに越したことはないけれど、もし何かがあったとしたら、それが俺の頭の中だけのレシピになってしまうともう二度と日の目を見ないから、だそうだ。納得して、俺はレシピと薬をブロッサムさんに託した。あとでクラッシュとエミリさんにも託す予定なんだ。



「とりあえず、ランクBだと複合の呪い以外は解けるらしいから、試しにあそこに行ってこようと思ったんだけどいいかな」



 ヴィデロさんをそう言って見上げた瞬間、「呪いは俺が受けるからな」ときっぱりと言われてしまった。

 でも俺が呪いを受けてみて、これを飲んでちゃんと呪いのステータスが消えるかどうかを確かめたかったんだよ。ステータスの見えないヴィデロさんが呪われるのはちょっとリスクが大きすぎる。



「実験だから俺が受けないとちゃんと呪いが消えるのかどうかもわからないじゃん」

「だからってマックが呪いを受けるなんて許可できない」

「でも他の人に頼むわけにはいかないだろ」

「だから、俺が呪いを受けるって言ってるだろ」

「でも」



 どっちが呪いを受けるのかで、ちょっとだけヴィデロさんと揉めてしまった。



「マックの薬師の腕は知ってる。だからこそ俺が呪いを受けるんだ」

「ヴィデロさん……やだ。だからこそちゃんとこの薬が効くのか自分で試したいんだよ。ヴィデロさんに呪われて欲しくないから作ってるような物なのに、そのせいでヴィデロさんが呪われるなんて本末転倒だ!」

「頑固だな、マック」

「ヴィデロさんこそ。これだけは譲らないから」



 はぁ、と盛大にヴィデロさんがため息を吐いて、眉間に皺を作る。

 そんな顔も好きだけど、でも何度でも言う。これだけは譲れない。



 口を尖らす俺と目を細めて俺を見るヴィデロさんの間に挟まれて、ブロッサムさんが苦笑した。

 いい加減にしろよ、と俺たちの頭を軽くポンと叩くと、マルクスさんを大声で呼んだ。



 少しして、マルクスさんがドアを開けてひょこっと顔を出す。



「呼んだか? え、何、もしかして痴話げんかの仲裁に入れって?」

「いいからさっさと入って来い」



 へいへい、とマルクスさんが部屋に入ってきて、ガチャッと鍵を閉める。

 テーブルに近付いた瞬間、ブロッサムさんに両肩をガシッと掴まれた。

 すごい笑顔でブロッサムさんがマルクスさんを見る。



「う、な、なんだよその胡散臭え笑顔……俺、ちょっと用事を思い出したんだけど……」

「大丈夫、君は今暇だ。だから、こいつらと石像まで行って、ちょっくら呪われて来い」



 フラッと散歩して来い、とでも言いそうな軽い言葉に、マルクスさんが目を剥く。

 ワンテンポ遅れて「はぁぁ?!」という素っ頓狂な声を出した。



「ちょ、何、何言ってんだよブロッサム……冗談だよな……? 俺に借金まみれになれって言ってんのか……?」

「いやいやいや、借金まみれはよほど運がない場合じゃなければならないから大丈夫。ちょっと石像まで行ってちょこんとあの石像に触ってくればいいだけだから、な? な、マルクス君?」



 すごくドスの効いた笑顔でぐいぐい攻め込んでいくブロッサムさんに取り押さえられて、マルクスさんが半分涙目になっている。

 マジかよ、マジかよ、なんて、意味なく繰り返してるのが哀れを誘う。

 でもそれじゃダメなんだって。ちゃんと呪いが消えたかしっかりと目視できる俺が適任なんだよ。



「ブロッサムさん。ありがたいけど、本当に俺が呪われるのが一番効率がいいんだ。俺は異邦人だろ。だから、ここに自分の状態が見えるんだ」



 俺は、ステータスが見えてるところを指さした。

 その指を追って宙に視線を巡らす三人に、付け加える。



「体力が減ってるとかスタミナが減ってるとか色々と見ようと思えば見れるんだよ。その中には状態異常も含まれててさ。呪いを受けると、ここに何の呪いを受けたかっていうのが自分でわかるようになってるんだ。だから俺が呪われてこの薬を飲んでみるのが一番適任だって言ってるんだ」

「ああ……そう言うことか……」



 ブロッサムさんは掴んでいたマルクスさんの肩を離して、ようやく納得してくれたらしい。でもやっぱりヴィデロさんはいい顔をしてなくて。ヴィデロさんのその気持ちはわかるんだけど、でも、俺もヴィデロさんに呪いを受けさせたくないんだってことわかって。多分ステータス云々ってより、それが一番大きい。



「そう言うことならマックが確かに適任だ。ヴィデロ、諦めてお前は護衛に徹しろ。マルクス、お前も一緒に行け」

「えー、この二人の間に入って行くのかよお。当てられちゃって独り身の俺は少々厳しい任務かな。ロイが適任だろ」

「わがまま言うな。ヴィデロも」



 ブロッサムさんの言葉に、渋々二人が頷く。嫌な役目させてごめんね。

 ブロッサムさんに主張をわがまま扱いされちゃったヴィデロさんには申し訳ないけど、ヴィデロさんが呪いを受けなくて済んだことにほっとする。

 そうと決まれば早速、と俺は椅子から立ち上がった。



「確認しに行こう。ヴィデロさん、マルクスさん、護衛をよろしくお願いします」



 頭を下げると、ヴィデロさんが諦めたように肩を竦めて立ち上がった。「マックの思う様にしろって言ったのは俺だしな」とポツリと零して。





 二人が詰所の馬を出してきてくれたので、馬に一人で乗れない俺は、ヴィデロさんの懐に収まり、出発。

 徒歩2時間の道中は馬だとかなり時短になって、結構すぐにたどり着いた。

 馬を木に繋いで「待ってて」と鼻を撫でてから洞窟に入る。

 途中に出てくる魔物は、俺が手を出すまでもなく、ヴィデロさんとマルクスさんが一刀両断してくれた。やっぱり強い。カッコいい。好き。

 何事もなく、ジャル・ガーさんの祭壇に着く。最近ここにばっかり来てる気がするけど、気のせい気のせい。

 今日は呪いの確認だから、酒を掛けてジャル・ガーさんを復活させることはしない。

 一応ディスペルハイポーション各ランクを二人に託して、石像に近付いていく。



「ほんとに大丈夫かよ」



 珍しく真面目な声音で、マルクスさんが俺に声を掛けた。

 その声に後ろを振り向くと、二人とも険しい顔をしてこっちを見ていた。



「大丈夫。俺の腕を信じてよ」



 複合的な呪いじゃない限り、すぐに呪いは解けるから。

 自分で飲めない状態になってもすぐに二人が飲ませてくれるだろうし。

 だから俺は安心して呪われるんだよ。そんなことを思って、自然と顔が綻ぶ。



「ジャル・ガーさん失礼します。触ってもいいですか?」



 今日は酒を掛けてないけれど、一応声を掛ける。自分でもディスペルハイポーションを手にしてから、そっとジャル・ガーさんの足に手を伸ばした。



 石材の感触に触れた瞬間、あの気持ち悪い感覚が身体中を巡る。何度呪われてもこの感覚だけは慣れないよ。気持ち悪い。

 とちょっと顔を顰めた瞬間、俺の手からディスペルハイポーションがポロリと落ちた。

 部屋の中にガラスの割れる音が響く。



「マック!」



 体中がビリビリと痺れだす。

 俺は立っていられなくてその場に頽れた。

 身体が傾いで床に叩きつけられると思った瞬間、駆け付けたヴィデロさんの腕の中に納まったような気がした。



 必死で目を動かして、何の呪いが掛かってるのか見ると、「麻痺(呪)」のバッドステータス。

 こ、これが呪いの麻痺かあ、辛い。これはかかったら自分では飲めないや、ディスペルハイポーション。

 口も手も足も痺れて、これはかかったらアウトって感じだ。呪いの場合時間で麻痺はとれないのかな。魔物が入ってこない部屋だから命は助かるだろうけど、麻痺の人はどうしてたんだろ。あ、でもそもそもこんなところに一人で来る人ってあんまりいないのか。

 なんて考えていたら、ヴィデロさんの微かな声が耳に飛び込んできた。

 耳の中も麻痺してるのか、あんまり声が聞こえない。

 あ、口にディスペルハイポーションを流しいれられてたのか。でもその感触もしない。呑み込めてる気がしない。

 地味につらいよこの麻痺。すべての感覚がビリビリに包まれてて、自分がどうなってるのかいまいち把握できない。

 でも飲めないのは致命的かな。また教会コースだったりして。

 思考が麻痺してないのだけが救いかなあ。



 なんて思っていたら、いきなり腹の中がカッと熱くなった。

 ぼやけていた視覚が戻ってきて、聴覚もクリアになっていく。と同時に身体中の血の気がざあっと引いたような変な感覚がして、その身体の中から移動した何かがどこかから消えていく。

 そして俺は、自分の唇にヴィデロさんの唇が重なってるのを知った。
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