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悍ましい一夜

瀬川裕樹の経緯 ※

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※瀬川→モブ(卒業生)要素あり
 瀬川父×↑のモブ描写あり


「んじゃ、そろそろ本番と行くか」

 瀬川、と栗栖が彼の名を呼んだ。
 絶頂の余韻でぐったりしている理玖の頭を撫でていた瀬川は、栗栖の視線による指示を受けて、こくりと頷いた。
 二日前。理玖が学園を辞めるかもしれないと聞いた時、瀬川は栗栖達特待風紀委員を訪ねた。
 彼等の力を借りるしか、理玖を手元に留めておく方法はないと思った。


 瀬川裕樹は、咲秀学園OBの父を持つ、地方を拠点とした企業の御曹司だった。
 幼い頃から周囲よりも恵まれているという自覚はあったし、それに伴って父親からの要求レベルは高かった。賢い子どもだった瀬川は、それにキッチリ応えてきた。
 いずれは自分の跡を継がせるつもりなのだろうが、学生の間はよく学びよく遊べという教えの下、部活にも精を出し、中二の夏休みにはニュージーランドに短期留学に行った。
 優秀で、スポーツもできて語学も堪能。そしてお金持ち。明るい性格を意識していたので友人に困ることはなかったが、広く浅い付き合いを心掛けていた。 
 父曰く、深い人付き合いは高校以降に始めるようにとのことだった。高校で、人生を大きく揺るがすほどの出会いがあったとか何とか。

 瀬川の両親は、瀬川が小学校高学年の時に離婚していた。見合い結婚で、最初から愛はなかったらしい。母も最初からそのことを了承していたが、遂に耐えきれなかった。
 家を出て行った母は、本当は一人息子を引き取りたくて仕方なかったが、親権を争っても勝てる見込みがないと弁護士に諭されて泣く泣く諦めたらしい。
 瀬川としても、情云々よりも将来的なことを考えて父の元にいた方が良いと思っていた。母とは、中三の春までは月に一回程度食事に行っていたが、「受験に集中したいから」という名目で一年近く会っていない。
 風の噂では、新しいパートナーを見つけたらしい。そちらで幸せになってほしいと思う。

 そんな瀬川の、初恋の相手は男だった。同性であることよりも、相手が問題だった。
 父親の、秘書だ。
 同じ高校の卒業生で、大学も父と同じ、学部違いという付き合いの長い男だった。恐らく、父にとっての「人生を揺るがすほどの出会い」とは彼のことなのだろう。
 幼い瀬川にもそれが察せられるほどには、二人の仲は親密に見えた。だが、あくまでも友人兼ビジネスの面で信頼している相手だと思っていた。
 しかし、ある夜瀬川の世界は一変した。中学二年のことだった。

「――ぁ、ぁ…………」

 深夜。
 なんとなく目が冴えてしまって寝付けなかった瀬川は、リビングに行こうと部屋を出た。喉が渇いた。
 昼間は年配の家政婦を雇って家事全般を任せているが、夜間この家の中には父と自分しかいない。
 階段を降りて一階の、父の書斎の前を通った時に、猫の鳴くような声が聞こえたような気がした。

「………?」

 気のせいだろうか。
 立ち止まって、耳を澄ませる。
 ……やっぱり、何か聞こえる気がする。
 父が窓を閉め忘れて、外から野良猫が入ってきてしまったのかもしれない。もし書斎の書類に悪戯されたら大変だ。
 書斎のドアノブに手をかけて、僅かに開いた瞬間。中から聞こえてきたのは、猫の鳴き声ではなかった。

「…………あっ、ア゛ッ……っ!」

 薄暗い、常夜灯だけがつけられた室内で、二人の男が絡み合っていた。
 こちらに背を向けているのは、瀬川の父親だった。そして、デスクの上で半裸でもたれ掛かり、父に覆い被されていたのはーーー父の秘書だった。
 父の身体で姿をはっきりと見たわけではなかったが、椅子の上に掛けられていたジャケットやスラックスは、間違いなく彼のものだった。
 父の趣味で買い与えたというそれは、美しい秘書の男によく似合っていると思った記憶があるので、よく覚えていた。

 息すらも忘れて、室内の光景に見入っていた。
 ほとんど着崩していない父に対して、ワイシャツだけを纏っている状態なのだろう、父の脚の間に裸足のふくらはぎが爪先立ちで震えていた。
 父が覆い被さって腰を打ち付けるたびに、彼の口から押し殺したような、それでいて隠し切れていない艶やかな嬌声が上がる。

 これは、セックスだ。
 それも、男同士で行為に及んでいる。
 多感な思春期の頃に、同性への恋心を自覚してしまった瀬川は、何度かネットで男同士の行為について調べたことがあった。
 そして見た内容に、淡い想いを抱いた相手を変換して自慰に及んだことすらあった。
 あの時の想像以上のものが、目の前で行われていた。体格の良い父によって隠されている部分が多かったが、それでもチラリと覗く卑猥な光景に、しばらく時が止まったように立ち尽くしていた。

「………っ」

 それでも、ずっと廊下で覗き見をしているわけにはいかない。
 音を立てないように細心の注意を払いながら、静かにドアを閉めると、喉の渇きも忘れては来た道を戻った。
 自室に入ってドアを閉めた瞬間、ヘナヘナとその場に座り込んだ。

「ーーーさん、」

 無意識に読んだのは、父の秘書の名前だった。
 同じ男とは思えないくらいに綺麗で、どこか色気を感じさせる人。父に組み伏せられて後背位で犯されている彼も、酷く淫らで美しかった。

 気づけば、瀬川の股間は張り詰めていた。先程目撃した行為で、興奮していた。
 父と彼は、下の階で性行為に興じている。二階で自分が多少声を出しても、聞こえないだろう。
 先程の彼の痴態を思い出しながら、父ではなく自分が彼を抱いているかのように置き換えて、想像して自分を慰めた。
 同時に、初恋が儚く散ったこともわかった。元より望みなどなかった。彼は、父の恋人なのだから。
 思えば、母も彼等の関係を薄々察していたのだろう。そして耐えられなくなって、離婚を決意した。
 その夜の出来事は、瀬川裕樹の人生観を大きく歪めてしまうには、十分すぎるものだった。


「裕樹、咲秀を受けるか?」

 悶々とした日々を過ごしていた瀬川に、父が咲秀学園のパンフレットを差し出した。
 出身高校について父の方から話題を出したのは、これが初めてだった。父と秘書の出逢いについて知りたくて、瀬川の方から話題を振ったことはある。当たり障りのない返答で、誤魔化されてしまったが。

「もうすぐ中三だ。地元の進学校を受けてもいいが、お前にとってはこっちの方がいいだろう」
「山奥の全寮制なんて、遊びにも行けないじゃん」

 咲秀学園そのものには、それほど魅力を感じていなかった。高校なんて通過点にすぎない。結局最後は一流の大学を出て、経営についての知識と経験を積んで戻ってくるだけだ。
 地元一番の進学校である県立高校に進んだとしても、結果を出せる自信があった。

「……お前、アイツのことが好きだろ。いや、好きだった、か」
「は?」
「ーーーのことだよ」

 突然出てきた彼の名前に、瀬川は何と返せば言葉に詰まった。それこそが、父の言葉を肯定しているようなものだ。

「俺に抱かれているアイツでオナニーでもしてんだろ。悪かったな、鍵くらいかけとけばよかった」
「………親父とあの人は、」
「高校の時から、ああしてヤッてたよ。といっても、アイツは特待生だったから、俺以外も相手をしなきゃいけなかったんだけどな」
「は?」

 父の言っていることが理解できず、間抜けな声が出た。

「……裕樹、咲秀に行くつもりがあるのなら、教えてやる。あの学園のクソみたいなシステムを」

 ま、俺自身システムに乗っかって、引くて数多だったアイツを掠め取った張本人なんだけどな、と自嘲的に笑う父を凝視して、瀬川はごくりと唾を飲み込んだ。
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