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◆ 一章六話 揺りの根 * 元治元年 八月
容保の采配
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葛山が背筋を伸ばし、神経質な声音をそのままに言った。
「近藤局長は、我々と同じ目線に立って、物事を判断してくださる方と感じていました。だからこそ、私は入隊を決め従いました。抑圧を受けたくて入隊したのではないのです。それだけです」
簡潔な言葉で、昼間のように出自がどうのとは口にしなかった。
が、やはり少しばかり棘を感じる。
斎藤は内心、眉をひそめた。会津を抜けて新選組に入った経緯を考えれば、まるで今の言葉は会津への――容保への当てつけのようにも聞こえ、どうにも引っかかる。
ちらと上座に視線を送る。
しかし容保に気にした様子はなく、穏やかな目で皆の言葉を受けた近藤を見やっていた。
「どう思う、近藤」
促された近藤は、深く目を閉じると、静かに息を吐いた。静かだが、胸の上下が見て取れるほどに大きく、ゆっくり呼吸して、
「――皆の言う通り、私は少し、驕っていたようだ。すまなかった」
太く響きのある声に真摯な色を交え、近藤は深々と、この場の誰よりも低く頭を下げた。
「こ、近藤局長!?」
「局長、頭をお上げください……!」
島田と尾関が、声を揃えて驚き慌てる。
しかし近藤は体勢を変えることなく、自身の言葉を噛み締めるように続けた。
「目の覚めるような思いだった。永倉の言うことも、原田の言うことも実に最もだ。反論の余地もない。なのに私はそれに気付かず、己を過信し、誤った道を進もうとしていた」
「近藤さん……」
永倉が呼ぶと、近藤はそっと頭を上げた。羞恥を交えた苦笑を浮かべ、視線を逸らすことなく潔いほど堂々と問う。
「すまない、永倉。恥を忍んで訊くが……まだ、間に合うか?」
「っ、ああ! 間に合う、間に合うよ! なあ、左之!」
「当たり前だろ!」
永倉と原田が顔を見合わせ、赤べこもかくやというほど何度も首を縦に振る。
「実に恥ずかしい限りだ……。そこまで言葉を砕いてもらわなければ理解できないなど、やはり私は頭が固くていかん」
申し訳なさげに眉尻を下げる近藤の姿は、一組織の長としては情けないとも言えたかもしれない。
しかし、このような時でも素直に頭を下げられる人柄だからこそ、新選組の幹部は――特に試衛館の頃から付き合いのある者は、近藤を慕い支え、共に歩みたいと願うのだろう。
良くも悪くも愚直で、人が好い。そんな近藤の姿が少しばかり容保と重なるようで、斎藤は噛み切れないものを口に放り込まれたような心地を味わった。
「今後、必ず改善すると約束しよう。此度の件も、後日金子以外の形で補填をできればと思う。それで呑んでもらえるだろうか」
近藤が永倉、原田だけでなく皆に視線を送って問う。
斎藤は言葉を出さず、静かに一礼した。永倉と原田も、笑顔のまま深く頷く。
島田と尾関は、近藤が頭を下げてくれたことに感動しているようで、斎藤とは違い本気で言葉を失くして這うように平伏していた。永倉や原田と違い「自分達は使われる立場にある」ことを元よりわきまえ、そこに不満を抱いていたわけでもないからだろう。
「……本当に今後、同じようなことは起こらないとお約束いただけるのですか」
葛山だけが姿勢を崩さず、まだ少し納得がいっていなさそうに眉根を寄せた。
「近藤は嘘を申す男ではない」
容保が、たしなめるでなく口を添えるように答える。
これには反論できなかったのか、葛山もようやく頭を下げた。
「ありがとう、近藤さん。良かった、本当に!」
「礼を言うのはこちらだ、永倉。原田も、斎藤くんも……皆、ありがとう」
互いにしこりが取れたのか、容保の前であることも忘れて、近藤が永倉の元に膝を進めた。二人で、強く手を握り合う。原田も混じり、島田と尾関も安堵の視線を交わし合っていた。
斎藤はそっと容保に目を向けた。
容保が気付き、目元をたわめて微笑む。やわらかく包むような、寛容な笑みだった。
頭を下げる代わりに密かに目礼すると、同じく小さく頷き返される。
恐らく斎藤らが来る前に、既に近藤は容保に説かれ、曰くの『本来の近藤』に戻っていたのだろう。だからこそ、皆の言葉にも改めて神妙に耳を傾けたのだと思われる。
そう感じられるほどには、先の謝罪も本音に見えたので――というより、近藤は土方とは違って、ここで建て前の謝罪などできる男でないと知ってもいるので――これで新選組の瓦解は避けられただろうと、斎藤も静かに安堵した。
——思う以上に迅速に、かつ穏便に。
近藤や永倉の人柄を踏まえた上での容保の采配は、実に見事としか言えなかった。
「近藤局長は、我々と同じ目線に立って、物事を判断してくださる方と感じていました。だからこそ、私は入隊を決め従いました。抑圧を受けたくて入隊したのではないのです。それだけです」
簡潔な言葉で、昼間のように出自がどうのとは口にしなかった。
が、やはり少しばかり棘を感じる。
斎藤は内心、眉をひそめた。会津を抜けて新選組に入った経緯を考えれば、まるで今の言葉は会津への――容保への当てつけのようにも聞こえ、どうにも引っかかる。
ちらと上座に視線を送る。
しかし容保に気にした様子はなく、穏やかな目で皆の言葉を受けた近藤を見やっていた。
「どう思う、近藤」
促された近藤は、深く目を閉じると、静かに息を吐いた。静かだが、胸の上下が見て取れるほどに大きく、ゆっくり呼吸して、
「――皆の言う通り、私は少し、驕っていたようだ。すまなかった」
太く響きのある声に真摯な色を交え、近藤は深々と、この場の誰よりも低く頭を下げた。
「こ、近藤局長!?」
「局長、頭をお上げください……!」
島田と尾関が、声を揃えて驚き慌てる。
しかし近藤は体勢を変えることなく、自身の言葉を噛み締めるように続けた。
「目の覚めるような思いだった。永倉の言うことも、原田の言うことも実に最もだ。反論の余地もない。なのに私はそれに気付かず、己を過信し、誤った道を進もうとしていた」
「近藤さん……」
永倉が呼ぶと、近藤はそっと頭を上げた。羞恥を交えた苦笑を浮かべ、視線を逸らすことなく潔いほど堂々と問う。
「すまない、永倉。恥を忍んで訊くが……まだ、間に合うか?」
「っ、ああ! 間に合う、間に合うよ! なあ、左之!」
「当たり前だろ!」
永倉と原田が顔を見合わせ、赤べこもかくやというほど何度も首を縦に振る。
「実に恥ずかしい限りだ……。そこまで言葉を砕いてもらわなければ理解できないなど、やはり私は頭が固くていかん」
申し訳なさげに眉尻を下げる近藤の姿は、一組織の長としては情けないとも言えたかもしれない。
しかし、このような時でも素直に頭を下げられる人柄だからこそ、新選組の幹部は――特に試衛館の頃から付き合いのある者は、近藤を慕い支え、共に歩みたいと願うのだろう。
良くも悪くも愚直で、人が好い。そんな近藤の姿が少しばかり容保と重なるようで、斎藤は噛み切れないものを口に放り込まれたような心地を味わった。
「今後、必ず改善すると約束しよう。此度の件も、後日金子以外の形で補填をできればと思う。それで呑んでもらえるだろうか」
近藤が永倉、原田だけでなく皆に視線を送って問う。
斎藤は言葉を出さず、静かに一礼した。永倉と原田も、笑顔のまま深く頷く。
島田と尾関は、近藤が頭を下げてくれたことに感動しているようで、斎藤とは違い本気で言葉を失くして這うように平伏していた。永倉や原田と違い「自分達は使われる立場にある」ことを元よりわきまえ、そこに不満を抱いていたわけでもないからだろう。
「……本当に今後、同じようなことは起こらないとお約束いただけるのですか」
葛山だけが姿勢を崩さず、まだ少し納得がいっていなさそうに眉根を寄せた。
「近藤は嘘を申す男ではない」
容保が、たしなめるでなく口を添えるように答える。
これには反論できなかったのか、葛山もようやく頭を下げた。
「ありがとう、近藤さん。良かった、本当に!」
「礼を言うのはこちらだ、永倉。原田も、斎藤くんも……皆、ありがとう」
互いにしこりが取れたのか、容保の前であることも忘れて、近藤が永倉の元に膝を進めた。二人で、強く手を握り合う。原田も混じり、島田と尾関も安堵の視線を交わし合っていた。
斎藤はそっと容保に目を向けた。
容保が気付き、目元をたわめて微笑む。やわらかく包むような、寛容な笑みだった。
頭を下げる代わりに密かに目礼すると、同じく小さく頷き返される。
恐らく斎藤らが来る前に、既に近藤は容保に説かれ、曰くの『本来の近藤』に戻っていたのだろう。だからこそ、皆の言葉にも改めて神妙に耳を傾けたのだと思われる。
そう感じられるほどには、先の謝罪も本音に見えたので――というより、近藤は土方とは違って、ここで建て前の謝罪などできる男でないと知ってもいるので――これで新選組の瓦解は避けられただろうと、斎藤も静かに安堵した。
——思う以上に迅速に、かつ穏便に。
近藤や永倉の人柄を踏まえた上での容保の采配は、実に見事としか言えなかった。
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