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一章
一話 出会い①
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セクスティリア・シラナより、セクスティリア・カエソニアへ文をしたためます
お元気ですか?
最後にお会いしてから季節がひとつめぐりましたね。
新しい家はいかがですか?
夫のカエソニウス様とはどんなお話をされていますか。
お姉様のことですから、誰よりも淑女たるふるまいで、自慢の妻となられていることでしょう。
私はお姉様を見習わなければと思うのですが、いつもうまくいきません。
これからよりいっそう、身を引きしめなくてはならないのです。
なぜなら私は本日より、学び舎に通うこととなりました。
今から出発で、緊張しています。
でも、お姉さまの恥にならぬよう、セクスティリウスの名を汚さぬよう、がんばってまいります。
ではまた、次は季節がめぐる頃に。
カエソニウス様の妻セクスティリア・カエソニアへ、もう一人のセクスティリアより
十二歳の春。
学び舎へと通うよう、唐突にお父様から告げられた私は、とても緊張していたわ。
その屋敷は貴族街の外にあったから、水道橋を越えたことすらなかった私には、未知の領域。
お祭り以外の子供が集まる場というのも初めてだったから、庭に集まった人たちがいっせいにこちらを見た瞬間焦ってしまって、とっさにどう動けば良いか思い浮かばなかった。
まずは……まずはそう、挨拶。挨拶からよ。
落ち着いてセクスティリア。大丈夫、練習してきた通りにすれば良いのだわ。
「……皆様、ごきげんよ――」
「お前何突っ立ってんの?」
だけど背後からの声に、振り絞ったなけなしの勇気は吹き飛んでしまった。
言葉を遮られたせいで、また頭が真っ白になってしまったものだから、結局そこに突っ立っていることしかできなくて。
すると声の主は私を通り越し、さっさと庭に並べられた椅子に向かい、足を進めていった。
サラリとした黒髪の後頭部。私と変わらないくらいの背丈。服装から平民なのだということは、すぐに分かったけれど、その姿は、続いた別の後ろ姿に遮られてしまったわ。
「アラタ、新しい子だ」
黒髪の子よりひとまわり大きな、長めの金髪を一括りにした……。
「みたいだな」
明らかに高級そうな、刺繍の縁取りまでされた衣服を身に纏っている彼……っ。
「まだ座る位置が分からないのじゃないかな?」
「あ? あ~、なるほど」
ピタリと足を止めて、振り返った黒髪の子。
驚いたのは、その子は髪だけじゃなく、目の下まで真っ黒だったこと!
「そこの新しい席お前のだわ。後列中央な」
サラッとそう言われて、その言葉の意味が飲み込めなくて戸惑っていると。
「奴隷は席の後方で大丈夫。
もうすぐ教師が来るから、席についたほうが良いですよ、お嬢さん」
黒髪の子の後に言葉を続けてくれた高級な身なりの子は、衣服以上に面差しの整った美丈夫だった。そして……私の知っている顔だったわ。
「……ご親切に感謝いたしますわ、クァルトゥス様」
きちんとしなければいけないという意識が強く働いたから、なんとか貴族らしい、正しい作法を頭から引っ張り出して、礼の姿勢を整えた。
上位平民の彼に、貴族の私が侮られるなどあってはならなかった。身分の差を、知らしめなければいけなかったの。
けれど私は女だから、身分が上だからといって、殿方相手に居丈高に出るなど言語道断。相手を立てつつ、権威を示さなければいけない状況だったから、礼節に則った綺麗な所作で、非の打ちどころのない礼を尽くすことを選んだの。
するとクァルトゥス様は、私がどこの娘であるのか気付いたよう……。
改めて私に向き直り、姿勢を正したわ。
「僕をご存知なんですね。
改めて自己紹介させてください。クァルトゥス・アウレンティウス・ドゥミヌスです。
貴女のお名前もお聞きして宜しいですか、お嬢様」
お嬢様。
私の身分を正しく理解し、上位者だと分かって態度を改めたのね。
「ティベリウス・セクスティリウス・シラヌスが娘、セクスティリアと申します」
「大変失礼致しました」
「いえ。私が一方的に存じ上げていただけですもの。お気になさらないで」
そう……お会いしたことなんてないのだから、彼は私を知らなくて当然。
私が彼を知っていたのは、お父様から彼について聞かされていたからですもの。
このやり取りで、その場にいた比較的身なりの良い方々までもが騒ついたわ。
貴族の中の貴族。名門中の名門であるセクスティリウスの娘が、まさか学び舎へとやって来るだなんて、思いもよらなかったのね。
そうよね……。
私だってつい先日まで、考えもしなかったことだものね。
だから、気を抜いては駄目よ。
私はセクスティリウスの名を汚さぬよう、きちんとしなければいけない。
同じく元老院議員の子であるクァルトゥス様に、隙を見せてはいけないの。
そう強く意識したのだけど……。
「俺はあらとすげおるぎうす。
アラタって呼んでくれりゃいいから」
私が自分よりも上位の地位にあるって理解できなかったはずはないのに、黒髪の子が礼節なんて無視して話に割って入ったものだから、驚いてしまったわ。
それ以上に、お名前の発音が聞き取りにくかったことに、慌ててしまった。
あらとす? でも……違う気がするわ。どうしましょう、もし間違ってしまったら、お父様に怒られてしまう。殿方の名を正しく発音できないなんて、不作法にもほどがあるもの。
「……あら、とすくん?」
恐る恐るそう聞き返したのは、知らないままでいることへの恐怖があったから。
怒らせてしまうかしら。そう思ったのだけど、返ってきたのは苦笑顔。
「アラとゥす・ゲオるぎウス」
アラトゥス……ね。発音、あまりお上手じゃないのね、彼。
家族名を名乗らなかったからやはり、平民で間違いないよう。
けれどそこでさらに驚いたのは、彼が挨拶だけでクァルトゥス様を促し、さっさと自分の席に着いてしまったこと。
私に媚びを売るどころか、興味すら抱かない様子に唖然としたのだけど、すぐに教師役の大人が入ってきたものだから、私も慌てて席に移動したわ。
初日での彼とのやりとりはそれだけ。
次に彼と言葉を交わしたのは、それからひと月半も後だった。
お元気ですか?
最後にお会いしてから季節がひとつめぐりましたね。
新しい家はいかがですか?
夫のカエソニウス様とはどんなお話をされていますか。
お姉様のことですから、誰よりも淑女たるふるまいで、自慢の妻となられていることでしょう。
私はお姉様を見習わなければと思うのですが、いつもうまくいきません。
これからよりいっそう、身を引きしめなくてはならないのです。
なぜなら私は本日より、学び舎に通うこととなりました。
今から出発で、緊張しています。
でも、お姉さまの恥にならぬよう、セクスティリウスの名を汚さぬよう、がんばってまいります。
ではまた、次は季節がめぐる頃に。
カエソニウス様の妻セクスティリア・カエソニアへ、もう一人のセクスティリアより
十二歳の春。
学び舎へと通うよう、唐突にお父様から告げられた私は、とても緊張していたわ。
その屋敷は貴族街の外にあったから、水道橋を越えたことすらなかった私には、未知の領域。
お祭り以外の子供が集まる場というのも初めてだったから、庭に集まった人たちがいっせいにこちらを見た瞬間焦ってしまって、とっさにどう動けば良いか思い浮かばなかった。
まずは……まずはそう、挨拶。挨拶からよ。
落ち着いてセクスティリア。大丈夫、練習してきた通りにすれば良いのだわ。
「……皆様、ごきげんよ――」
「お前何突っ立ってんの?」
だけど背後からの声に、振り絞ったなけなしの勇気は吹き飛んでしまった。
言葉を遮られたせいで、また頭が真っ白になってしまったものだから、結局そこに突っ立っていることしかできなくて。
すると声の主は私を通り越し、さっさと庭に並べられた椅子に向かい、足を進めていった。
サラリとした黒髪の後頭部。私と変わらないくらいの背丈。服装から平民なのだということは、すぐに分かったけれど、その姿は、続いた別の後ろ姿に遮られてしまったわ。
「アラタ、新しい子だ」
黒髪の子よりひとまわり大きな、長めの金髪を一括りにした……。
「みたいだな」
明らかに高級そうな、刺繍の縁取りまでされた衣服を身に纏っている彼……っ。
「まだ座る位置が分からないのじゃないかな?」
「あ? あ~、なるほど」
ピタリと足を止めて、振り返った黒髪の子。
驚いたのは、その子は髪だけじゃなく、目の下まで真っ黒だったこと!
「そこの新しい席お前のだわ。後列中央な」
サラッとそう言われて、その言葉の意味が飲み込めなくて戸惑っていると。
「奴隷は席の後方で大丈夫。
もうすぐ教師が来るから、席についたほうが良いですよ、お嬢さん」
黒髪の子の後に言葉を続けてくれた高級な身なりの子は、衣服以上に面差しの整った美丈夫だった。そして……私の知っている顔だったわ。
「……ご親切に感謝いたしますわ、クァルトゥス様」
きちんとしなければいけないという意識が強く働いたから、なんとか貴族らしい、正しい作法を頭から引っ張り出して、礼の姿勢を整えた。
上位平民の彼に、貴族の私が侮られるなどあってはならなかった。身分の差を、知らしめなければいけなかったの。
けれど私は女だから、身分が上だからといって、殿方相手に居丈高に出るなど言語道断。相手を立てつつ、権威を示さなければいけない状況だったから、礼節に則った綺麗な所作で、非の打ちどころのない礼を尽くすことを選んだの。
するとクァルトゥス様は、私がどこの娘であるのか気付いたよう……。
改めて私に向き直り、姿勢を正したわ。
「僕をご存知なんですね。
改めて自己紹介させてください。クァルトゥス・アウレンティウス・ドゥミヌスです。
貴女のお名前もお聞きして宜しいですか、お嬢様」
お嬢様。
私の身分を正しく理解し、上位者だと分かって態度を改めたのね。
「ティベリウス・セクスティリウス・シラヌスが娘、セクスティリアと申します」
「大変失礼致しました」
「いえ。私が一方的に存じ上げていただけですもの。お気になさらないで」
そう……お会いしたことなんてないのだから、彼は私を知らなくて当然。
私が彼を知っていたのは、お父様から彼について聞かされていたからですもの。
このやり取りで、その場にいた比較的身なりの良い方々までもが騒ついたわ。
貴族の中の貴族。名門中の名門であるセクスティリウスの娘が、まさか学び舎へとやって来るだなんて、思いもよらなかったのね。
そうよね……。
私だってつい先日まで、考えもしなかったことだものね。
だから、気を抜いては駄目よ。
私はセクスティリウスの名を汚さぬよう、きちんとしなければいけない。
同じく元老院議員の子であるクァルトゥス様に、隙を見せてはいけないの。
そう強く意識したのだけど……。
「俺はあらとすげおるぎうす。
アラタって呼んでくれりゃいいから」
私が自分よりも上位の地位にあるって理解できなかったはずはないのに、黒髪の子が礼節なんて無視して話に割って入ったものだから、驚いてしまったわ。
それ以上に、お名前の発音が聞き取りにくかったことに、慌ててしまった。
あらとす? でも……違う気がするわ。どうしましょう、もし間違ってしまったら、お父様に怒られてしまう。殿方の名を正しく発音できないなんて、不作法にもほどがあるもの。
「……あら、とすくん?」
恐る恐るそう聞き返したのは、知らないままでいることへの恐怖があったから。
怒らせてしまうかしら。そう思ったのだけど、返ってきたのは苦笑顔。
「アラとゥす・ゲオるぎウス」
アラトゥス……ね。発音、あまりお上手じゃないのね、彼。
家族名を名乗らなかったからやはり、平民で間違いないよう。
けれどそこでさらに驚いたのは、彼が挨拶だけでクァルトゥス様を促し、さっさと自分の席に着いてしまったこと。
私に媚びを売るどころか、興味すら抱かない様子に唖然としたのだけど、すぐに教師役の大人が入ってきたものだから、私も慌てて席に移動したわ。
初日での彼とのやりとりはそれだけ。
次に彼と言葉を交わしたのは、それからひと月半も後だった。
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