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後日談
新たな事業 3
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一通りの手を打ち、レイシール様がアヴァロンに戻られたのは四の月も終わろうという頃。
アギーの御令嬢であるクオンティーヌ様を伴ってとなりました。
クオン様がこの春からここに舞い戻られることは皆にも知らされていたため、特に混乱等は無かったものの……。
「クオン様はアギーの後継となられたから、領地経営についても学ばれることになる。
そのため文官としての職務も担っていただくが、サヤが近く休職となることもあって、その間は私の秘書役も兼任してもらうことになった」
との内容に、アギーの後継を抱えるうえ中枢に設置するんですか⁉︎ と、大混乱でしたね……。
ですがそのおかげで、アギーの考えは読めてまいりました。
この所のアギーの動きは、セイバーンの中にアギーの血を送り込むための布石であったのでしょう。
本来ならば、アギーの娘をレイシール様に娶らせたいところなのでしょうが、サヤ様一筋のレイシール様が第二夫人を求める可能性は極めて低く、そしてアギー傘下にあるとはいえ、他家との縁が尋常でなく多い家でもありますから、無理強いして他家に逃げられても困ります。
しかし放置しておくのも不安なため、万が一鞍替えなどされぬよう、セイバーンを外堀から埋める方策に切り替えたのですね。
そしてレイシール様も、傘下を離れるつもりはないと示すため、クオン様を中枢近くに侍らせたのでしょう。
とはいえ、そんな政治的な駆け引きを匂わせるようなクオン様ではございません。
「また三年間、よろしくお願いします。
今度は途中で実家に攫われないようにしないとね」
そう言って、裏の思惑は見えないように振る舞われております。
服装も、一見普通の淑女でしたが……。
「これ最高ね。愛用品よ!」
身に纏っていたのは巻袴。下には細袴も着用なさっておいでです。
姉君のリヴィ様がバート商会へと嫁がれました縁もあり、今まで以上にバート商会とは懇意になさっている様子。
武術も嗜んでいないというのになんと奇特な……と、そう思ったのですが。
「武術関係なく楽だし、何より防犯的に良いのよ!
これをどうにかする一手間分、時間を稼げるでしょ!」
相変わらずのご様子ですね。
「文官や秘書の仕事は勿論頑張るつもりでいるんだけど、ここではその防犯面のことをね、私ももう少し突き詰めて研究してみたいと思ってるの。
アヴァロンは女性活躍の場としての最先端でもあるでしょ?
世に出る女性が増えたら、当然今までとの違いに反発する輩も増える。
そんな時に女性が少しでも身を守る術を持たなかったら、やっぱり危険だと思うのよ」
ということで、女性の防犯に努めた衣類や道具の研究を進めたいのだとクオン様はおっしゃいました。
もちろん執筆活動も続けられるとのことで、そんなに詰め込んで、いったい睡眠時間をどう確保するのでしょう……。
「大丈夫よ! 今は私にも部下がいるもの。
志を同じくする子たちが支えてくれるわ!」
というわけで、女性従者志望、文官志望、武官志望を複数名伴っておられました。
彼女らも三年間をこちらで過ごすとのこと。
職場が華やいだと喜ぶ者もおりましたが、色々苦労も多くなりそうです……。
ですが、それもセイバーンの未来のため。
レイシール様がお決めになったのなら、従うのみ。
「ではレイ様。まずはサヤ様にご帰還の旨を伝えてこられてはどうです?」
「そうですね。荷の整理と引き継ぎ等は、こちらで進めておきますので」
マルとヘイスベルト様にそう促されたレイシール様は、その言葉に一も二もなく飛びつきました。
「悪い。でもありがとう!」
慌てて二階の部屋に向かおうとなさいますから……。
「そちらではありません」
そう呼び止めました。
「サヤ様は春より離れに移られております。
今からご案内いたします」
案内など不要と突っぱねられるかと思いましたが、レイシール様は私の言葉に従い「頼む」とおっしゃられました。
◆
執務室を出て、足を本館外に繋がる渡り廊下へと向けました。
ウォルテールとシザーを従えたのみ、ごく少人数で足を進めます。
横目で我が主を盗み見て体調を窺いましたが、どうやら余計な怪我を増やしたりはしていない様子。ほっと胸を撫で下ろしました。
報告等は送られてこなかったものの、この方は歩けば厄介に当たるので油断がなりません。
万が一怪我でも負われていた場合、サヤ様の心的負担を増やしてしまうかもしれず、懸念していたのです。
「それで……サヤは大丈夫なのか?」
しばらく進むとそう問われました。
まぁ、わざわざ案内すると言ったのです。気付かないとは思っておりませんでしたが……。
「数日前より発熱。咳はだいぶん落ち着きましたが、まだ今朝も熱があるご様子でした」
約ひと月半ほど離れたセイバーンの地でしたが、春の盛りとなり木々も瑞々しく成長し、数多の草木が花開いております。そんな中庭をつっきり向かった離れは、かつてアルドナン様の療養用に建てられたものでした。
戸口に警備はおりません。
いえ、見えぬだけで吠狼の目と鼻は行き届いております。
我々が扉前に立ちますと、サヤ様が音を聞きつけておられたのでしょう。中からメイフェイアが扉を開けてくれました。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。サヤの体調はどうだろう?」
「微熱は続いております……」
その言葉にほっと息を吐きつつも、少し眉を寄せるレイシール様。
サヤ様が、レイシール様のお戻りを自ら迎えないなど、あるはずがございませんでした。
しかし数日前より発熱と咳が続き、夏風邪と診断されて、サヤ様は離れで療養中。身重で薬等も服用できぬ身であるため、自然な快癒を待つばかりの状態で、出迎えは許可できなかったのです。
旅立つ際もサヤ様は伏せっておられましたし、不安を煽られているのでしょうね……。
「話せる状態か?」
「勿論でございます。ですが、あまりご負担とならない程度にしていただけますと……」
「分かっている」
レイシール様の了解を得てようやっと、メイフェイアは扉の前から退き道を開けました。
入ってまず、平坦にまっすぐ続く廊下に、床色の変化する場所が。
そこに並べられた布靴の意味は充分理解しておられるのでしょう。レイシール様は履いていた長靴を脱ぎ、その布靴へ履き替えます。
この離れは、極力サヤ様のお国の文化を取り入れる形で改修を進めておりました。入り口で靴を脱ぐのもその文化のひとつ。土を家内に持ち込まないように、靴は玄関で室内用と履き替える仕様です。
昨年末より改修は進められていたのですが、完成したのは春半ば。そのためレイシール様は、本日初めて中をご覧になられます。
静かに足を進め、促されたのはアルドナン様の療養されていたお部屋でございました。
奥の壁に、生前の姿を描いた姿絵が飾られております。
「サヤ……」
「おかえりなさい。迎えに出れへんくてかんにんな」
「大丈夫だよ。そんなことより、長く離れて悪かった」
扉の外にシザーとウォルテール、そして私を残し、中に足を急がせたレイシール様は、伸ばされたサヤ様の手を取り唇を落とし、そのまま寝台に横たわる身体を覆い被さるようにして抱きしめ――。
「ただいまサヤ、それから我が子」
サヤ様の額に自らのそれを合わせて「確かに少し熱いな……」と、呟き、労るようにその頬と、膨らみのある腹を、うわ掛けの上から撫でました。
「随分とはっきりしてきた……」
「うん。もうすぐ七ヶ月くらいやし。ぽこぽこ蹴るようになってきた」
「あぁ……本当だ。今少し揺れたね」
「さっきまで寝てたんか、いっこも動かへんかったのに……。
お父さん帰ったて、分からはったんやな」
その言葉にキュッと眉を寄せたレイシール様は。
「そうか……もう、俺の声も聞こえてるのか」
くしゃりと泣きそうな、えもいわれぬ笑顔でもう一度、サヤ様の腹をゆっくりと撫で……。
「急がなくて良いから、ゆっくりしっかり、大きくおなり。待っているからね。
お前が今世に生まれ落ちるのを、誰よりも心待ちにしているよ」
その言葉を耳にする最後の言葉とし、私は静かに部屋の扉を閉めました。
私を見上げるメイフェイアに犬笛を咥え、半時間ほどだけ。と、小さく吹きます。
無粋な音を、サヤ様の耳に入れたくございませんでした。
お身体の負担には、ならないようなので。
それに対し頭を垂れ、畏まりましたと示すメイフェイア。
半時間だけですが……報告等は後ほどに。まずは親子水入らずで過ごしていただきましょう。
アギーの御令嬢であるクオンティーヌ様を伴ってとなりました。
クオン様がこの春からここに舞い戻られることは皆にも知らされていたため、特に混乱等は無かったものの……。
「クオン様はアギーの後継となられたから、領地経営についても学ばれることになる。
そのため文官としての職務も担っていただくが、サヤが近く休職となることもあって、その間は私の秘書役も兼任してもらうことになった」
との内容に、アギーの後継を抱えるうえ中枢に設置するんですか⁉︎ と、大混乱でしたね……。
ですがそのおかげで、アギーの考えは読めてまいりました。
この所のアギーの動きは、セイバーンの中にアギーの血を送り込むための布石であったのでしょう。
本来ならば、アギーの娘をレイシール様に娶らせたいところなのでしょうが、サヤ様一筋のレイシール様が第二夫人を求める可能性は極めて低く、そしてアギー傘下にあるとはいえ、他家との縁が尋常でなく多い家でもありますから、無理強いして他家に逃げられても困ります。
しかし放置しておくのも不安なため、万が一鞍替えなどされぬよう、セイバーンを外堀から埋める方策に切り替えたのですね。
そしてレイシール様も、傘下を離れるつもりはないと示すため、クオン様を中枢近くに侍らせたのでしょう。
とはいえ、そんな政治的な駆け引きを匂わせるようなクオン様ではございません。
「また三年間、よろしくお願いします。
今度は途中で実家に攫われないようにしないとね」
そう言って、裏の思惑は見えないように振る舞われております。
服装も、一見普通の淑女でしたが……。
「これ最高ね。愛用品よ!」
身に纏っていたのは巻袴。下には細袴も着用なさっておいでです。
姉君のリヴィ様がバート商会へと嫁がれました縁もあり、今まで以上にバート商会とは懇意になさっている様子。
武術も嗜んでいないというのになんと奇特な……と、そう思ったのですが。
「武術関係なく楽だし、何より防犯的に良いのよ!
これをどうにかする一手間分、時間を稼げるでしょ!」
相変わらずのご様子ですね。
「文官や秘書の仕事は勿論頑張るつもりでいるんだけど、ここではその防犯面のことをね、私ももう少し突き詰めて研究してみたいと思ってるの。
アヴァロンは女性活躍の場としての最先端でもあるでしょ?
世に出る女性が増えたら、当然今までとの違いに反発する輩も増える。
そんな時に女性が少しでも身を守る術を持たなかったら、やっぱり危険だと思うのよ」
ということで、女性の防犯に努めた衣類や道具の研究を進めたいのだとクオン様はおっしゃいました。
もちろん執筆活動も続けられるとのことで、そんなに詰め込んで、いったい睡眠時間をどう確保するのでしょう……。
「大丈夫よ! 今は私にも部下がいるもの。
志を同じくする子たちが支えてくれるわ!」
というわけで、女性従者志望、文官志望、武官志望を複数名伴っておられました。
彼女らも三年間をこちらで過ごすとのこと。
職場が華やいだと喜ぶ者もおりましたが、色々苦労も多くなりそうです……。
ですが、それもセイバーンの未来のため。
レイシール様がお決めになったのなら、従うのみ。
「ではレイ様。まずはサヤ様にご帰還の旨を伝えてこられてはどうです?」
「そうですね。荷の整理と引き継ぎ等は、こちらで進めておきますので」
マルとヘイスベルト様にそう促されたレイシール様は、その言葉に一も二もなく飛びつきました。
「悪い。でもありがとう!」
慌てて二階の部屋に向かおうとなさいますから……。
「そちらではありません」
そう呼び止めました。
「サヤ様は春より離れに移られております。
今からご案内いたします」
案内など不要と突っぱねられるかと思いましたが、レイシール様は私の言葉に従い「頼む」とおっしゃられました。
◆
執務室を出て、足を本館外に繋がる渡り廊下へと向けました。
ウォルテールとシザーを従えたのみ、ごく少人数で足を進めます。
横目で我が主を盗み見て体調を窺いましたが、どうやら余計な怪我を増やしたりはしていない様子。ほっと胸を撫で下ろしました。
報告等は送られてこなかったものの、この方は歩けば厄介に当たるので油断がなりません。
万が一怪我でも負われていた場合、サヤ様の心的負担を増やしてしまうかもしれず、懸念していたのです。
「それで……サヤは大丈夫なのか?」
しばらく進むとそう問われました。
まぁ、わざわざ案内すると言ったのです。気付かないとは思っておりませんでしたが……。
「数日前より発熱。咳はだいぶん落ち着きましたが、まだ今朝も熱があるご様子でした」
約ひと月半ほど離れたセイバーンの地でしたが、春の盛りとなり木々も瑞々しく成長し、数多の草木が花開いております。そんな中庭をつっきり向かった離れは、かつてアルドナン様の療養用に建てられたものでした。
戸口に警備はおりません。
いえ、見えぬだけで吠狼の目と鼻は行き届いております。
我々が扉前に立ちますと、サヤ様が音を聞きつけておられたのでしょう。中からメイフェイアが扉を開けてくれました。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。サヤの体調はどうだろう?」
「微熱は続いております……」
その言葉にほっと息を吐きつつも、少し眉を寄せるレイシール様。
サヤ様が、レイシール様のお戻りを自ら迎えないなど、あるはずがございませんでした。
しかし数日前より発熱と咳が続き、夏風邪と診断されて、サヤ様は離れで療養中。身重で薬等も服用できぬ身であるため、自然な快癒を待つばかりの状態で、出迎えは許可できなかったのです。
旅立つ際もサヤ様は伏せっておられましたし、不安を煽られているのでしょうね……。
「話せる状態か?」
「勿論でございます。ですが、あまりご負担とならない程度にしていただけますと……」
「分かっている」
レイシール様の了解を得てようやっと、メイフェイアは扉の前から退き道を開けました。
入ってまず、平坦にまっすぐ続く廊下に、床色の変化する場所が。
そこに並べられた布靴の意味は充分理解しておられるのでしょう。レイシール様は履いていた長靴を脱ぎ、その布靴へ履き替えます。
この離れは、極力サヤ様のお国の文化を取り入れる形で改修を進めておりました。入り口で靴を脱ぐのもその文化のひとつ。土を家内に持ち込まないように、靴は玄関で室内用と履き替える仕様です。
昨年末より改修は進められていたのですが、完成したのは春半ば。そのためレイシール様は、本日初めて中をご覧になられます。
静かに足を進め、促されたのはアルドナン様の療養されていたお部屋でございました。
奥の壁に、生前の姿を描いた姿絵が飾られております。
「サヤ……」
「おかえりなさい。迎えに出れへんくてかんにんな」
「大丈夫だよ。そんなことより、長く離れて悪かった」
扉の外にシザーとウォルテール、そして私を残し、中に足を急がせたレイシール様は、伸ばされたサヤ様の手を取り唇を落とし、そのまま寝台に横たわる身体を覆い被さるようにして抱きしめ――。
「ただいまサヤ、それから我が子」
サヤ様の額に自らのそれを合わせて「確かに少し熱いな……」と、呟き、労るようにその頬と、膨らみのある腹を、うわ掛けの上から撫でました。
「随分とはっきりしてきた……」
「うん。もうすぐ七ヶ月くらいやし。ぽこぽこ蹴るようになってきた」
「あぁ……本当だ。今少し揺れたね」
「さっきまで寝てたんか、いっこも動かへんかったのに……。
お父さん帰ったて、分からはったんやな」
その言葉にキュッと眉を寄せたレイシール様は。
「そうか……もう、俺の声も聞こえてるのか」
くしゃりと泣きそうな、えもいわれぬ笑顔でもう一度、サヤ様の腹をゆっくりと撫で……。
「急がなくて良いから、ゆっくりしっかり、大きくおなり。待っているからね。
お前が今世に生まれ落ちるのを、誰よりも心待ちにしているよ」
その言葉を耳にする最後の言葉とし、私は静かに部屋の扉を閉めました。
私を見上げるメイフェイアに犬笛を咥え、半時間ほどだけ。と、小さく吹きます。
無粋な音を、サヤ様の耳に入れたくございませんでした。
お身体の負担には、ならないようなので。
それに対し頭を垂れ、畏まりましたと示すメイフェイア。
半時間だけですが……報告等は後ほどに。まずは親子水入らずで過ごしていただきましょう。
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