異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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神の祝福 ー終幕ー

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 ふと目を覚ますと、窓越しに見える空は、青一色。

 朝か……。とはいえ、少々早かったのか、腕の中の愛しい人は、まだ夢の中である様子。健やかな寝息が規則正しく聞こえている。
 視線をやると、長い髪が一房顔に掛かっていて、指で掬い取って退けたら、感触がくすぐったかったのか、きゅっと身を縮こまらせて「ん……」と、小さな声が溢れた。
 けれど、起きる様子は無い……。
 俺が腕を外したからか、温もりを探すようにもぞりと身を寄せてくる。
 その様子が愛おしく、可愛らしくて、もう一度腕を肩にまわし、引き寄せたら、上掛けが肩からはらりと落ちた。
 うっすらと傷の走る白い肌がのぞいた。ついでに、その下の豊かな膨らみと、そこに散らばる紅痕も見え、上掛けを引っ張り上げて隠す。
 普段はもちろん、こんなあられもない姿で眠るなんてしないのだが……。

 昨日はちょっと、誘惑に負けてしまった……。

 ルーシーがニヨニヨして自信作だと言ってきた、新作夜着の試着日。
 ワンピース型のそれは、別段透けてもおらず、露出が多いわけでもなかったから油断した。あの様子だと、多分サヤも油断していた。
 薄絹をふんだんに使った、踝まである長い裾で、回るとふんわり広がる、艶やかというよりは、幼く可愛らしい意匠。
 部分的な刺繍織やら、飾り紐やら、細かく手が込んでいるなとは思ったけれど、第一印象はそれだけ。
 が、しかしだ。
 立ってるとなんともなかったのに、寝転がると布の特性と重みで身体の輪郭がはっきり出るという、なんとも魅惑的な仕様だったのだ!
 柔らかい布地が肌に吸い付くように広がり、光沢が艶かしく立体感を出してきて、ついムラッときてしまったというか、抑えられなくなって……。

 これは絶対貴族受けするやつだな……。
 慎ましくありつつも寝台では扇情的とは。ルーシーが夜着に何を求めているのかちょっと気になるが、とりあえずこの仕様は最高だと伝えておこう。

 と、昨晩の可愛らしかった色々を思い出してしまって慌てて頭を振った。朝から何いかがわしいこと考えてんだ俺。それに……。

 …………ちょっと無理させてるかなぁ……。

 ここのところ、サヤは疲れているのか、お寝坊さんだ。
 昨日だって本当は、ゆっくり休ませてあげたいと思っていたはずなのに、気付けばむしゃぶりついていたわけで……。
 我ながら猿だなと思う。反省しよう。

 それから暫くすると、時間が来たのだろう。部屋に入ってくる人の気配。
 寝室の前でまごまご戸惑っている様子だったから、起きてるよと声を掛けた。すると、おずおず顔を覗かせる。
 獣人である彼は、鼻が良いからなんのかんので色々を察してしまう様子。

「お、おはようございます……」

 欠けた片耳に、水色の瞳。がっちり立派な体格を極力縮こまらせて、申し訳なさそうに……。
 彼ももう二十一だというのに、いちいち反応が幼くて、なんか悪い大人になってしまった気分になる。

「おはよう。悪い……」
「あ、はい。お風呂の方を、先に準備いたします」
「助かる」

 小声でこそこそやりとりするのは、気付けばサヤが盛大に恥ずかしがると分かっているからだ。
 妻となって五年以上を共に過ごすのに、彼女は未だに初々しく、幼い少女のような部分を残したままだ。その恥ずかしがったり嫌がったりする姿にとても嗜虐心が刺激され、ついやり過ぎてしまって後で怒られるのだけど、その一連が好きなので全く問題には感じていない。むしろ楽しいので改めるつもりも無い。

 隣室に消えた従者のウォルテールは、そのまま暫くして戻ってきて、風呂を温めるための鉄塊を取りに、隣室の暖炉に向かった。基本的に火を絶やさないこの時期は、常に鉄塊が複数個暖炉内に置かれ、暖められているのだが、これは部屋の空気を温めるのにも一役買っている。
 それをひとつ手提げ桶に入れて持ってきて、また隣室へ。

 寝室横に小部屋を設け、小型の風呂を置いたのは、我ながら英断だったと思う。
 片手が無いから、事後のサヤを自ら整えてやることができないための、苦肉の策だったのだけど、サヤ的に、風呂を気兼ねなく使えるというのは最大級の贅沢であるらしく、大変喜んでもらえている。たまに一人で入っていたりもするから、彼女は本当に綺麗好き民族なんだなと実感もする。
 そうしてまた少しすると、小部屋の入り口が開いた。今度は閉めず、そのままに。

「では、また一時間後に伺いますので」
「うん、ありがとう」

 眠ったままのサヤの、長くなった髪をくるりと巻き、簪でまとめてから、ウォルテールは部屋を去った。
 それを待って俺も寝台から身を起こし、サヤを胸に抱え上げ、風呂に運ぶ。
 右手首の先が無くても、これくらいのことはできる。どうせ一緒に入るので、そのまま胸に抱えておくだけだし。

 こうまでして起きないって、やっぱりだいぶ疲れさせてしまったんだろうなぁ……。
 しつこ過ぎだろうか……いや、でも反応が可愛いのだから仕方がないというか……うーん……。

 そんなふうに思いつつも湯船にサヤを抱えたままで身を浸した。心地よい温かさに胸まで浸かり、サヤを俺に寄り掛からせるように抱えなおしてから、極力優しく声をかける。
 因みに眺めも最高です。見事な双丘が眩しいほどで。……なんか最近、また大きくなってやしないだろうか……錯覚かな……嬉しいけど……もしかして触り過ぎ?

「サヤ、朝だよ……」

 耳や首を唇で刺激すると、甘い感覚に小さく身を捩り……。

 風呂に浸かっても目が覚めなかった自分に大いに狼狽え、恥ずかしさで縮こまって真っ赤になるサヤがまた可愛いので、つい意地悪をしてしまった。
 朝から良い気分だ。うん、今日も頑張ろう。


 ◆


 スヴェトランとの緊張状態が緩和されて、もう四年が経つ。
 その間に色々が動き、俺は今も、北と南を行ったり来たり、忙しく過ごしている。
 交易路のお陰でかなり短縮されたとはいえ、片道十日はやはり遠い……。
 正直移動時間が勿体無い。仕事していたい。ということで、旅の最中に助かる秘匿権が、あれこれ増えていく。

「そりゃ仕事しなくて良いならその方が良いよ。
 だけど道中で潰しとかないと、後で忙殺されることになるんだ……」
「もうちょっと他に割り振るか、時間の使い方考えるかしたらどうだ」

 そう言いつつもギリギリまで机に齧り付いている俺に、呆れた様子でジェイドが言う。
 今日は朝から、更に一時間ほど遅刻してしまったため、後が押しているのだ。まぁ、予定してないことを堪能してしまったから仕方がない……。サヤが可愛かったのだ。しょうがない……。

 だがそんな突発的な我儘が許されているのは、二人の時間がここのところ少なかったからで、また本日より、俺は出張に向かうことになっていたからだ。
 サヤは今回も留守番。社交界用の衣装製作やら、とある方の花嫁衣装制作やらで手が離せないらしく、ルーシーとギルに捕まりっぱなしだ。

「さっきも針持ってうつらうつらしてンの見たぞ。お前、もうちっと加減してやれよ」
「き、今日はその……いろいろ間が悪かったというか……っ」
「今日もか」

 朝からか。と、半眼になるジェイド。
 あっ、あれはルーシーの策略だ!

 先日まで俺はヴァイデンフェラーに出張で、サヤはアヴァロンに留守番だった。そして本日よりまた俺は北へ。
 夫婦なのに、一緒に過ごせるのが年の半分程度って酷くない⁉︎
 だからつい、色々こう、構いたくなるというか、愛でたくなるというか、同じ空間にいる時間が限られると思うと我慢できなくなるというかっ。朝はその…………可愛い反応するのを愛でてたらだな、こう…………あああぁぁっ。
 越冬前には戻るから、越冬中は共に過ごせる予定だけれど、犬橇があるので場合によっては王都に呼び出される可能性もある……。
 獣人の立場が改善され、名誉回復のための取り組みとして、王家も率先して彼らを雇用し始めており、特に獣化できる者の雇用率は高かった。何せ冬場の足は、今までにはない画期的なものなのだ。
 そんなわけで、近頃は越冬が越冬じゃなくなりつつあって、良いんだか悪いんだか……。

「まだか」
「あと一枚だけ……」

 だけどその言葉は途中で掻き消された。

「遅い!」

 執務室の扉が開くなり飛び込んできた怒りの声。ビクッと身を竦めた俺とジェイド。

「ジェイド、摘み出しなさい、遠慮するなといつも言っているでしょう!」

 片脚が義足だとは思えない、力強い足運びでズンズンやって来たハインは、左手で俺の手から硝子筆をむしり取った。あと一枚なのに!

「知りません。これは道中に進めてください。残った荷物は貴方だけなんですよ。さっさとする!」
「荷物扱い⁉︎」

 ひらりと揺れる右袖。上腕のみになってしまったこちらは、見た目を整える必要がある時だけ義手を嵌める。
 でも普段は基本、このままだ。
 潰れてしまって見えない右眼は、少し長く伸ばした髪で隠されているものの、精巧な義眼が入れられていて一見失明しているとは分からない。
 顔に走る大きな刀疵のせいで、より一層凄味の増したハインは、執事長というよりも歴戦の猛者か、もしくは……。

 いや、猛獣だな。
 前より容赦ないし。

 この男、昨年奇跡の婚姻を結んだのだが、それが全く生活に反映されていない。
 良いのかこれで。いや、まだ奥方は遠方勤務。人員の調整に手こずっていて、共に暮らせるのは来年の春以降となるのだけれど……。そうなってからも俺を最優先とか、お願いだからやめてほしい。

 追い立て外に叩き出され、あれよあれよという間に馬車へと放り込まれた。
 そこにはクロードが待っており、お疲れ様ですと優しい労いの言葉。

「ごめん、待たせた……」
「いえ、申し訳ありません。私が早く仕事に慣れなければいけないのです」

 いつまで主に付き添ってもらうつもりかという話で……と、申し訳なさそうに頭を掻くから。

「いやいや、担うって言ってくれるだけで、どれだけ有難いか……」

 貴族の身で、獣人らとの関係改善に尽力してくれることがまず、有難いのだ。
 そもそも幼くから教え込まれてきた価値観から覆さなければならないのだし、大変なのは当然で、申し訳なく思う必要は無い。

 神殿がスヴェトランを焚き付け起こした、五年前の戦。
 結局それをおさめるのに一年を有した。
 ただ、人死を出す武力的な衝突は初めの頃の数度のみで、国同士の衝突としては、小規模に止めることができた方だろう。

 一枚岩ではなかった神殿が内側からの反発で瓦解し、当時の運営陣が多く捕縛されたり、亡命したり、不審死したりした結果、神殿内部は大きく組み直され、教典も修正される運びとなった。
 そのゴタゴタの煽りを受けてというか、便乗する形でというか……獣人の扱いも見直され、彼らの生まれる仕組みが解明されたと国が発表し、彼らが悪魔の使徒などではなく、我々自体がそういった血の種なのだとなり……と、まだごちゃごちゃ続いている最中なのだけど、ここ最近やっと、ひとつ区切りがつきつつある。

 その区切りのひとつとして、北の荒野にアヴァロンがもうひとつ、建設されていた。それが完成間近なのだ。
 元々産業の乏しい北の地で、この大きな事業が成り立つのかと訝しむ声も多かったけれど、かねてよりの俺の願いで、褒賞だったから、陛下はこの無理を押し通してくださった。

「アーシュも頑張ってくれてるんだけど、結局子爵家だって侮られるみたいで……」
「あちらは血を尊ぶ土地柄ですからね」

 まぁ問題もあった。
 アヴァロンの第二都市を建設した立地が、北の荒野だったのだけど……ここは一応、他領の領土の一部だ。
 生産性が無いため捨て置かれていた場所で、本来ならば土地代すら取らないお荷物的なものなのだけど、それでも領土であるとして、国の預かりになることに難色を示す領地が続出したのだ。
 土地を使うならば出すものを出せ。と、権利を主張してきたわけだ。
 でもそうすると、元々荒野に住む貧民らにまで、土地代が請求されることになってしまう。

「ではオゼロの荒野をお使い頂こう。無償で構わぬ。もともとそういう土地だ。
 ここに産業が立つことが、北の恵みそのもの。民の生活向上のためゆえ、なんら惜しくはない」

 新たにオゼロ公爵となられたラジルラフト様の、この一言がなければ、未だに話し合いが進んでいなかったかもしれない。
 きっとオゼロからの根回しもあったのだと思う。その後は近隣の領地からも協力の声が上がり、結局荒野は今まで通り、無税のまま、土地を借り受ける俺たちにも料金は掛からないこととなったため、思う存分に使わせていただいた。

 けれどそうして小銭を稼ぐ手段を逃した領主らは、今度は獣人の扱いに難色を示してきたのだ。
 学の無い獣人らが、この高度な都市で生活できるわけがない。ここはまず、人の管理する場とすべきでは? と。
 そうして俺や、こちらの責任者に抜擢されたアーシュの出自をあげつらってグダグダ言い、なかなか協力しようとしない……。

 で、出自がそんなに大切なら、公爵二家の血を引くクロードが言えば良いんだね? ということで、彼に出張してもらうこととなったわけだ。

「なかなか馴染めず、申し訳ございません……」
「いやだから、獣人らも反発しちゃうから仕方ないんだよ。
 こっちも先入観あるけど、あっちにもあるから……」
「レイシール様の偉大さが骨身に沁みます。地位にも種にも垣根を作らない。私もそうありたく思っているのですが……」

 あー……、これは、獣人らへの苦手意識が結構蓄積してるっぽいなぁ……。

 生粋の大貴族であるクロードは、貴族としての染み付いてきた習慣や考え方があるから、何気ないちょっとしたことが、獣人らの逆鱗に触れてしまったりする場合もあった。
 特に彼らの主従性質というか、主ならば許すけれど、それ以外は駄目。みたいな感覚が、なかなか理解できないのだ。
 荒野の獣人らは、どうにも公爵家に警戒心が強い。
 そして彼らにとって主は俺で、俺の部下であるリアルガーで、それ以外は駄目と、断固拒否してくるのだ。
 アーシュも多分同じく困っているはずだが、こちらは頑なに弱音を吐かない……。意地でも喰らい付いていくつもりらしい。
 それにアーシュは元々騎士試験を受けに他領に飛び込むくらい、なんというか、見た目に反して血気盛んなところがある。そういう体当たりなところが、獣人的には好印象というか、理解しやすんいんだよなぁ。
 思考し、使うことが当然の血筋のクロードだからこその、苦労なのだと思う。

 落ち込み気味の様子で、膝上の丸めた手に視線を落としたままのクロード。俺はそこに、自らの左手を添えた。

「クロードは、頑張ってくれてる。焦らなくて良い。
 俺は……クロードが、俺をもっとちゃんと知りたいと言ってくれた時、本当に救われたし、嬉しかったんだよ」
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