異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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決戦の地 2

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 家の中へは靴を履いて入らない。と、言われて少々驚いた。
 床を濡らして部屋を冷やさないように、そうなっているらしい。その代わり、室内は毛織物の布靴を履くのだそうだ。
 まぁ天幕生活でもそのような様式になっていたし……この地方の風習だと思うことにする。

「元々一階は埋まるのが前提なんですよねぇ。それで家の中へ冷気を持ち込まないように、あんな設計になってるんです。
 三階も窓辺の部屋は同じようになってまして。まぁ、あそこまで埋まったことって、僕の人生でもまだ一度くらいなんですけどねぇ」

 ここの村の建物は、大抵が地下一階、地上は三階まで造られているらしい。そうして近しい親族が纏まって暮らしているそうだ。
 この家にも、マルのご両親と、その兄弟の家族。エリクスの妻や子供、そして下の弟の家族も暮らしている。
 女性は嫁ぐため、まだ結婚していない下の妹は残っているが、上の妹は嫁ぎ先にいるそうだ。

「そんな感じで、大家族で暮らすのが前提になってますので、広さだけはあるんです」
「成る程。効率良く暮らすための工夫でもあるのだろうね。
 人が集まる方が空気は温まるし、温めた部屋を皆で利用すれば、燃料も抑えられる」
「そうなんです!」
「うん。セイバーンでも湯屋が同じ考えのもとで造られている。
 冬場は特に重宝しているよ。外遊びの後、暖まれるから、子供らの病も減ったんだ」
「湯屋かぁ……聞いてますけど、想像できないなぁ……。この地方では雪の季節はほぼ家に篭ってますしねぇ」

 大きな暖炉を挟み、エリクスと向かい合って座っていた。毛皮の敷布の上に椅子は使わず、直接座している。
 膝の上にも毛織物の膝掛けがあり、暖炉の熱がとどまってとても温かい。
 天幕生活で慣れてきたが、初めはこの椅子の無い生活に戸惑ったものだ……。だが北の地では、この方が暖かいのだと知った。
 俺とは逆にサヤは、床に座すことへの抵抗が皆無で、彼女の国も、そんな生活様式であったらしい。

「だけど、ここ最近は随分と暮らしが楽になったんですよ。
 全て貴方がたのおかげです。職人にも色々と手を尽くしてくださって……。
 倉庫にしても、こんな辺鄙な場所まで足を伸ばさず、もっと手前の村や街と契約しても良いのに……」
「……ここにはここの利点があった。別にマルクスが無理を通したとかではないから安心をして」

 職人に関しては、マルの采配だ。俺は関係無い……。
 そして中継地点として選んだのも、外敵の少ない立地。目立たない場所。そして利用料金等の、総合的な判断だ。

 そう伝えたのだが、エリクスはそれでも、俺への好意を引き下げない。

 かなりの贅沢品だろうに、蜂蜜を落とした茶が振る舞われ、今、家族らは総出で、俺たちの寝床を確保するため、大掃除を始めている。
 申し訳ないから、雑魚寝でもなんでも構わないと言ったのだが、全力で拒否された……。
 こんな辺鄙な場所まで出向いてもらって、それでは、申し訳がたたないと。

「……その、家に篭っているような時期に……無茶なお願いまで数々重ねてしまったね。
 特に鍛冶場を開けるのは大変だったのではない?」
「いやいやいや! 越冬中に鍛冶場が使えるっていうのは、この里にとってはかなり有難いことなんですよ!
 荒野では、革製品以外を作れる村や町は限られる。この時期はどこだって革製品を作りますから、良い値もつきにくくなります。
 そのうえ派遣して頂いた職人さんたちから、直接鋳造技術が学べるなんて……本当に、夢みたいな話なんですよ。しかも今、最先端の技術でしょう?」

 こんな有難いことってないです! と、力一杯言ってくれるエリクス。
 その言葉は有難かったが、実際はアヴァロンからの逃避行だ。なんともいえない気分になってしまった。

 一応事前に確認しておいたのだが……この町に避難してきた職人は、思っていた以上に少なかった……。
 特に、なにかと関わってきた料理人たちは、皆があの地に残ったそうだ……。それが彼らの選択だったと聞いた。
 ダニルはセイバーン村だし人だから、まだ良い。けれど……アヴァロンにいたガウリィとエレノラは心配だった。
 どうか獣人であることを上手く秘してくれていたらと、願わずにはいられない……。
 獣人ばかりでなく、俺の影としてあそこにいた者らも、多く失った……。
 館で働いていた使用人たちも……殆どがここに辿り着いていない…………。

 表情は笑顔を維持していたけれど、心はざわめいていた。
 けれどエリクスは気付かぬようで、朗らかに言葉を続ける。

「その上であんなに沢山の発注……しかも試作品製作まで任せていただけたというのは、我々にも大きな励みになっているのです。
 なにせ、娯楽も何もあったもんじゃない、こんな田舎の、辺鄙なところにある里なので、お客人自体が年に一度も訪れない。
 だから、祭りもかくやって雰囲気ですよ」

 その支払いの目処がまだ立たないのだとは言えないよなぁ……。
 後で国から国防費として捻出できれば良いのだけど……最悪俺の私財って残ってるのだろうか……やはり没収されてるよな……。
 その確認も全て、返り咲いてからとなる。何もかも皮算用で、こんな計画を立てたのが自分であるから余計、居た堪れない。
 踏み倒すことにだけはしないよう、なんとか交渉するので、どうか支払いは少し待っててください。ほんと、申し訳ない!
 内心では土下座謝罪しつつ、良い雰囲気を崩さないよう言葉は和やかに続ける努力をした。

 そうそう、ここを守る上で、気になったことがある。

「やはり……ここはかつて、捨て場の隠れ里だったんだろうね」
「……そう思われます?」
「うちの領地にもひとつあったんだよ。やはり立地条件が似ている」
「はぁ……。記録とか、そういったものは残ってませんので、なんとも言えんのですけどねぇ……兄は、そう考えてます」

 税を取らない代わりに責任も取らない……というのが捨て場だ。だから、町なのに名が無かったり、こんなおかしな場所にあったりするのだろう。
 普通に考えれば、退路が絶たれたようなこんな場所ではなく、せめて断崖の外に身を置こうとするはずだもの。
 捨て場があるということは、領主の力不足が露呈していることなので、貴族の身としては申し訳ないかぎり。
 けれど、今はちゃんと認知されている。それがまだ救いだった。

 それに、マルがロジェ村を気にかけた理由も理解できたしな……。

 そんな俺の内心を知らないマルが、全く罪悪感など無い風に言葉を続ける。

「辺鄙だからこそ、秘密厳守ができるじゃないですか! 中継地点なら荷を運び込む違和感も無いですし。小型の高温炉研究の地にはうってつけだったんです!
 大きなものはお金も掛かりすぎますし、色々弊害があって困ります。煙害や水質汚染……諸々の影響も心配ですし。
 だいたいそんな大型施設、どれほど持てる都があるって言うんです? 商売相手を探す方が難儀しますよ。
 でも小型化できるなら、ちょっとした町程度でも手が出せるかもしれないでしょ」

 ペラペラと利点を述べる。それはまぁ、尤もだと思うのだが。
 何事も相談してからにしてほしいよね……。
 苦笑していると、エルクスがそんな兄を見かねたのだろう。

「そんなこと言ってるけど、どうせ兄ちゃんが無理をゴリ押ししたんだろう?」

 本当は許可すら出してないんですけどね……。

「駄目だよそういうの。そりゃ、こことしては本当に有難いけど、そうやって身贔屓ばかりしてると、他の人たちにも示しがつかないんだよ?」

 兄ちゃんを雇ってくれる人ってだけで凄いんだからとエリクス。なんて良識的なんだ。
 何かにつけ彼は、マルと対比しているらしい。

「良いんですよ。レイ様は胆力あって心も広い、稀有な逸材ですからねぇ」
「いやいやいや……人には忍耐力の限界ってのがあるからねぇ……」
「ははは……」

 そこはほんと、懇々と言って聞かせておいてほしいですよ。まずきちんと相談! 突っ走る前に!
 内心では強くそう主張しておいた。
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