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決戦の地 1

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 それから状況の調整に、二日ほど使うこととなった。
 まず東の地域にジェイド率いる吠狼の一団を派遣。毛皮の適正価格や、毛皮のみの交換品を用意する指導を担当してもらうことに。
 それと合わせて、村や町で小麦の袋を利用した土嚢壁ならぬ、雪嚢壁の作り方の指導も行ってもらう。
 マルが襲撃される可能性が高いとした村が、東の地には四箇所あり、そこの処置を急がなければならないため、直ぐに出発してもらった。

 そんな諸々の手配等を済ませてから、俺たちも出発。向かったのは、西方面。
 俺の右手となる剣を入手するための旅立ちだった。
 リアルガーの縄張りの中で、一番西端にあたる場所に、マルの生まれた町はあるらしい。
 俺たちが露営していた所から、犬橇で一日近くかかる地で、位置としてはオゼロ領に近い。
 そう、つまり……。マルの町の更に先が、ハインを失った地だ……。

 この旅の人員は、俺たちお尋ね者の一団と、吠狼から数名、リアルガーの率いる狩猟組、そして西のヘカルの一団だった。
 ヘカルらは、自らの縄張りに戻るまでの道中が一緒なのと、この数日のうちにも出来上がっているであろう、武器を受け取るための同行。
 西側には、オーキス率いる一団が派遣され、指導を行う予定だ。

 まぁ、西と東に関しては、二人がきちんと仕事をしてくれると思う。問題は……マルの出身地に向かう俺たち。
 本日俺は、最近着ていなかったセイバーンにいた頃のような、貴族然とした服装をしている。
 その上から高価そうな毛皮の外套を纏い、サヤも被っていた、耳まで隠れる毛皮の帽子といういでたち。

 なんで今更、貴族の格好をさせられたんだ……?

 こんなもの、どこから調達してきたのやら……と、思っていたら、衣類は吠狼の変装用。毛皮の外套はマルの町であつらえたものであるそう。
 因みにサヤも同じく、男爵夫人に相応しい服装だし、オブシズたちも貴族の使用人風に纏めてあった。皆毛皮の外套で隠れ、見えはしないのだけどな。

「オゼロにも……荒野はあるんだったよな……」
「はい。まぁ、山脈沿いの領地はほぼ全てが荒野を有してますからねぇ」

 そう言いつつもどこか、普段よりは緊張している様子が窺えるマル。
 それも仕方がないのかもしれない。
 マルの町も……スヴェトランの標的となる可能性が極めて高いという立地だった。
 まだ襲撃の前兆は無く、日数的にももう暫く猶予はあるだろうと思われる……。仕掛けてくるにしても、後々のことを考えれば、もう少し先を選ぶはずだ。
 それでも、生まれた場所が戦場になる可能性が高いとなると、落ち着いていられるわけがない。

 ずっと木々を、右手側に見て進んだ。昼を過ぎ、休憩を挟んでから更に進む。すると、遠く離れていた山脈が、少しずつこちら側に寄ってきたような錯覚。
 木々が少しまばらになり出した頃、方向を北に切り替えた。そうして森の中へ。
 けれど森はすぐに終わった。崖のように切り立った山脈の根元に到達したのだ。
 すると森と山脈の繋ぎ目の部分をまた西へ。
 橇を走らせていくと、崖が裂けてしまったような割れ目となっている場所に出た。

 するとその割れ目に向かい、橇が進んでいってしまう。
 初めこそ橇二台が並べるほどにあった幅は、進むにつれ細くなっていった。けれど、更に先へと歩みは止まらない。
 緩やかな上り坂のようだ……。
 両側はゴツゴツした剥き出しの岩肌。ここが万が一崩れてしまえば、閉ざされてしまう……。

「山脈の中に町があるのか?」
「違います。山脈の中に小さな盆地がありまして、そこに町があるんですよ。
 雪は積もりますが、標高の高い山に囲まれているからか、比較的吹雪かないんです。
 住みやすくはありませんが、敢えて土地を狙って襲ってくる相手もいないような、辺鄙な地です」

 できる限り村の近くまで橇を利用してから、途中で降りた。進む方向とは別の割れ目の奥に、待機場所があるのだそう。
 そこは休憩所のような扱いになっており、この時期の利用者はまずいない。ここで獣人たちは天幕を張り、暫くは待機する。
 ヘカルたちに渡す武器を回収するため、使用人風に装った吠狼が複数名ついてくるのみとなった。

「街の警備をするために来たのに?」

 そう聞いた俺にリアルガーは……。

「ここは山脈で囲われてる。雪の壁を作る必要は無いだろうから、周りを巡回警備して痕跡を探すくらいで良いだろ。
 それに俺ぁ、直前まで外で待機した方が良い。
 これが目立っちまって、仮面じゃ隠しきれねぇから」

 そう言い示したのは、顎から首にかけて広がる痣……。
 彼の出身もこの町だ……。
 そんなわけで、ウォルテールやイェーナとも暫く離れる。
 落ち着かないのか耳をひくひく動かしているウォルテールに、大丈夫だからと笑っておいたけれど、彼はやっぱり不安そうだった。

「では、痕跡等ありましたら吠狼に知らせてください。そっちから僕らにも笛で知らせが入りますから」

 俺たちには獣人のメイフェイアが一緒だから、犬笛の知らせを受け取ることができる。

「分かってらぁ」
「あたしらは更に先へ戻らなきゃならないんだから、武器は早めに頼むよ」

 そんな言葉で見送られ、俺たちはまた、元来た亀裂を更に奥へと進むこととなった。

 着膨れしたマルは、転べばどこまでも転がっていってしまいそうだったが、なんとか彼の腕を引っ張って進んだ。結局、途中からはシザーが担いでくれたけど。
 そうして歩くこと半時間……。
 周りはもう薄暗くなってきており、遠い先に……木々か山か、分からないような影が見え出した。
 つまり、あそこからが開けた場所になっており、家々が立ち並んでいるのだろう。
 その影を頼りに、更に足を進めて行き着いた先にあったのは、今までとは少し様子の違った雪原。
 青白い雪の山に、小さく漏れる灯りが見える。
 やっと坂道が終わり、見渡してみた場所は……急勾配な三角屋根の家がぽこぽこと立つ、なんだか幻想的な風景。
 家が思いの外小さい気がする……。こんなに小さくて住めるのだろうか? それともここから見て分からないだけで、奥行きがある構造なのだろうか……と、そんな風に考えていたら。

「……白川郷みたい…………」

 と、隣のサヤも呟いた。
 坂道を登ってきて、すこし上気した頬。風景に興味津々なのか、瞳をキラキラさせている様子が、なんだか可愛いなと思う。
 シラカワゴウというのは、故郷の地名か何かだろうか……?
 見渡した限りでは、人の姿も、足跡もない……。まぁ、あまり目撃されない方が良いと思うのだが……。

「……なぁ、今更だけど……俺たち顔を晒してて良いのか?」

 ここまで来て言うことでもないのだけど……やっぱりやばいんじゃなかろうか……。
 俺もサヤも、危険人物として手配されているだろうし、下手したら捕まって突き出されてしまうのでは?
 だけどマルは、何も問題無いとのこと。

「大丈夫ですよ。レイ様が追われる身となったこと、ここはまだ知りませんからね。
 避難させた職人たちも、研修ってことにしてますし」

 あっさりとそんなことを言われ、寧ろ慌てた。

「えっ、それ騙してるってことか⁉︎」
「人聞き悪いですねぇ。騙すんじゃありませんよ。聞かれないから言わないだけです」
「同じことだろ⁉︎ それに……、下手したらここの人達の迷惑に……」
「なりませんって。ここの領主一族は、わざわざ税も取れないような里に、視察なんて来ないんですから。
 手配書だって数年単位で遅れて回ってくるような荒野の里なんです、誰が迷惑するってんですか」

 レイ様の手配書が回ってくるとしても、早く見積もって三年後ですよとマル。
 そうしている間にもシザーに進む方向を支持しており、彼も忠実に足を進める。
 叩いたのは、やっぱり小さくて四角い……まるで窓のような扉。想像以上乱暴に、ガンガンと叩く。

「いや、正しく窓ですよ。ここ地上の二階なので」
「そうなの⁉︎」
「この時期はだいたい一階は雪の中ですよ」

 そんな話をしていると、ガタガタと小さな扉が鳴った。カタンと押された扉の厚みが想像以上だ。そして……。

「はぁい……」

 と、やはり間延びした声。
 扉が押し開けられ、のっそり、熊みたいな巨体が窮屈そうに、身を乗り出して来た。

「エリクス。戻りました」
「ありゃ、思った以上に早かったな兄ちゃん」

 血を分けた兄弟か……? と、疑いたくなるような体格差…………。
 エリクスと呼ばれた、俺とあまり変わらないような年頃の男は、シザーよりもガッチリとした肩幅、そして太い腕をしていた。
 髪色はマルと似た赤茶色だったけれど、瞳は晴れ空のような澄んだ青。
 その瞳が俺を見て……。

「……お客さん? この時期に? いや、聞いてないよね……」
「いやぁ……僕もこういった展開は予定してなかったんですよ。だけど状況的にこうなりましたよねぇ」
「あからさまに怪しい行動取らんでくれよぉ、他にどう説明すんだよマジでさぁ」
「いつも通り狩猟民に送ってもらったで良いじゃないですか。ほら、寒いし入れてください。
 僕はともかく、この方々は偉い人ですし、突っ立ってもらっとくのは悪いでしょう?」

 いや……もう偉くもなんともないですが……。

 そう思ったものの、マルの話に合わせておくしかない。
 わざわざ罪状を晒して大騒ぎになるのもアレだし……。
 そう思い黙っていたのだけど、熊のような弟はバッと、慌てたように俺を見た。

「…………えっ、まさか……」
「義手の調整も必要でしたしねぇ。
 まぁ、どっちにしてもこの時期しか空きませんでしたよね、何せ忙しい方ですし……」
「嘘っ、法螺吹いてたとかじゃなくマジで本物⁉︎」

 ……何を吹聴してたんだ……。

 なんか良くない予感しかしないなと思いつつ、そわそわするサヤを抱き寄せてペコリとお辞儀をしておく。

「マジで本物ですよぅ。貴方の会いたがってた、僕の上司。そしてうちの大顧客です」
「うっそ、ようこそこんな辺鄙な所へ! そしてありがとうございます、こんな辺鄙な所へ!」

 二回言った……。
 そして熊のような弟は、ペコペコと頭を下げつつ、窓枠にガコガコ身体をぶつけながら引っ込んだ。メキッて音したけど窓は無事⁉︎
 焦ったけれど、手だけがまた出てきて、俺たちを手招く。

「申し訳ない、入りづらいですが、どうぞ中へ! どうぞどうぞ!」

 ものすっごい歓迎してくれてなんか余計に居た堪れないんだが……。

「さっさと入らないと、家の中の温めた空気が逃げちゃうんで入ってください」

 そう言われ、慌てて中に足を踏み入れた。
 いや、予定外に押しかけておいて貴重な薪を無駄遣いしてもらうのは更に悪いからね! 仕方ないよね!
 けれど踏み込んだ場所は奥行きが三歩分ほどしかない、ごく狭い部屋で……全員入るのも無理そうな……。
 え、無理じゃない? と、焦っていたら、扉横に控えていた弟殿が、笑顔でこの部屋の用途を教えてくれた。

「ここで衣服の雪を全部落とすんです。そうしてから奥の扉へ進みます。
 あ、一応あそこ閉めてるんで、温めた空気は逃げませんからご安心ください。雪祓いはこの櫛を使って外套を撫でれば早いですよ。
 兄ちゃん……上役の人に適当言わない……」
「言わないとこの人たち、うだうだ入るの迷いそうだったんですよぅ」

 ……上司の威厳とか全く配慮はされないんだな……と。よく、理解できたよね……うん。
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