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少し前の話 13

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「おい、お前らぁ」

 場の雰囲気をぶった切って、間延びした声が、割って入ったのは、そんな時。

 顔を上げると、できたての麵麭をひと切れ掴んだリアルガーが、一口で半分を頬張り、もしゃもしゃとそれを咀嚼していた。
 呑気な光景だ。だけど何か…………ピリピリとした、得体の知れない空気。
 皆が押し黙っていた。子供たちですら。ざわめきひとつ無い静寂。なにより……。

 長らが、緊張している……?

 そしてごくんと麺麭が飲み込まれ……。

「飯が不味くなるから、黙ってろ」

 今まで見せたことのなかった覇気を感じた。
 その一言で、ウォルテールは飛び退き、長も膝をついて頭を下げる。
 怯えたように顔を伏せる長に向かい、リアルガーは更に……。

レイールこいつは、俺が客だと認めてんだろぉ……なんか文句あんのか」
「な、無い……」
「だよな? じゃあ黙って食え」

 俺が許可を出したことに、文句はねぇんだろうが? という、圧。
 それでその場は収束した。もうこれ以上は無いと、無言のままに決められたのだ。

 今まで、全くこんな風には、振る舞ってなかったのに……。

 獣人の群れの主。その風格を垣間見た。
 本当なら彼は、始終こうして、皆を従えることができるのだろう。
 もういつも通りの、和らいだ雰囲気に戻っているリアルガー。
 ならば普通に動いても、問題無いのだろう。

 とりあえず急いで、自分の毛皮の外套を外しにかかった。
 手袋が邪魔。歯で噛んで手を引き抜き、外套の留め具を一気に凍えていく指で、必死に外す。
 なんとか紐釦を外して、外套を引っ掴み。

「ウォルテール!」

 裸身のウォルテールにそれを掛けようとしたのだけど……。

「い、いらない……」

 何故か怯えたように、後退るウォルテール。

「馬鹿を言うな! 自分が今どんな格好してると思ってるんだ、凍えるだろ⁉︎」
「いい、あんたが着てて……」

 視線すら合わせてもらえず、まるで俺に合わせる顔など無いのだと、気にかけてもらう資格など無いのだと思い込んだような、その態度。
 もう一歩でも近付けば、そのまま駆けて逃げてしまうつもりだ。

 おまっ、性懲りも無く……っ!
 そうまで言うなら、こっちだって奥の手出すぞ⁉︎

「サヤの前に何を放り出してると思ってるんだ馬鹿! 気付け、真っ裸なんだぞ⁉︎」

 場が凍った。先ほどとは違う意味で。

「……い、言わないでください!」

 そしてサヤの悲鳴。
 俺の指摘で現状を理解したサヤは、慌てて後ろを向き、両手で顔を覆う。
 道場で男の裸身は見慣れていると言っていたサヤだけど、流石に全ては曝け出されていなかった様子。……見慣れていても困るけども。

 因みに獣人らは裸身などに慌てはしない。というか、俺の指摘にこそ疑問を感じているような素振りだ。
 吠狼の一員であり、騎狼訓練を受けていたイェーナも然りで、サヤの反応を不思議そうに見ていたが、隣のクレフィリアがふらりとよろけて、自失したように膝を崩すから、それをオブシズが慌てて抱き止めた。
 …………しまった。クレフィリアも見慣れてなかったか……。

「ふ、服! 服はどこに脱いだんですか⁉︎」
「あ……えっと……」

 ボロ布のようになってしまったので無いです。とは言えず、困ってしまうウォルテール。
 オロ……と、視線を彷徨わせた隙をついて、外套を頭から引っ掛け、両腕で捕まえた。
 もがくけれど、片手の無い俺を気遣ってか、あまり大っぴらには抵抗しない。
 だからそれを良いことに、俺もウォルテールから腕を離さない。

「……姿を見せなかったの、俺を避けてたのか?」

 小声でそういうと、腕から伝わってくる、強張った筋肉の動きと、怯え……。

「馬鹿。心配するだろうが」

 そう言うと、くぐもった嗚咽と、揺れる背中。

 さっきの叫びが、全部ウォルテールの気持ちだ。それが分かるから、もうそれ以上は言わなかった。
 その代わり、腕に更に、力を込める。腕から伝わってくれたら良い……お前が大切なんだと。
 領主としては失格だったけれど、俺はお前を、切り捨てたくなかった。
 だからこの現実は、結局俺の選んだ結果なのだ…………。

 だから……お前が一人で、背負わなくても良いんだ。
 俺も……一人で背負わなくて、良いんだろう……。
 どちらも正しくなかった。それを受け止めよう。だけど、それだけで済ましてはいけない……。

「なぁ……美味しい新作麵麭ができてるんだ。まずはそれを食べよう。
 みんなで美味しいものを食べて、元気をつけて、また明日も頑張らないとだろ?」

 沢山の命を失ってしまった。それでもそれらが、無くなったことにはならない……。
 彼らの命も背負ったのだ。今まで以上の責任を担った。
 ならば、ここで止まってはいけない。無駄にできない。今世を失った彼らを、無駄死ににして良いわけがない。
 俺は、続けなければ……足掻かなければならない。来世の彼らを、不幸にしないために……。

「お前にだって、手伝ってもらわなきゃならないんだよ。勿論、手伝ってくれるんだろう?」

 俺の声に、腕の中の十六歳は、ただ頷くことで、返事を伝えてくれた。


 ◆


 その後、部下の監督不行届の謝罪として、熊一頭を貰い受けることとなり、リアルガーからは……。

「いやぁ、すまんすまん。ちょっと目を離すとすぐこれだぁ」

 と、まるで自分の落ち度のような謝罪をいただいた。

 けれど、そうじゃないのは分かっていた。
 分かるよ……。俺がどういった人間かは、結局直接触れてもらわなければ、伝わらないものな。

 獣人らの中に、俺に対するわだかまりが積もってきているのは、リアルガーだって重々承知だったろう。
 だけど、俺が動き回ることを、彼は止めなかった。色々に首を突っ込むことも……。それを見た獣人らが、疑念を膨らませていくことも。
 それでも放置していたのは、獣人が主の命に従う習性が強いのだとしても、それだけで纏まるわけではないのだと、理解しているからだ。
 心があるのだから……それが当然……。だから敢えて、俺たちをぶつからせた。本音を吐き出させた。

 ひとり離れていたウォルテールのことも……きっと気遣ってくれていたのだと思う。
 俺たちに何があったかは、リアルガーも共に、聞いていたのだから。
 全部がリアルガーの、手の内だったのだと思う。

 まぁ……主としての格の差を見せつけられたというか……うん。

 万が一、怪我人を出すかもしれぬような状況になれば、彼はきちんと動いてくれたろう……。あの場にだって、きっとずっといたのだろうし。
 しかし彼は、そんなことはおくびにも出さなかった。





そのことがあってからというもの……。
 俺の扱いが劇的に変わった。
 得体の知れない、貴族を追われた逃亡者は、獣人を庇い身分を失った、崇高な聖人扱いになったのだ……。
 俺に絡んできていた獣人らからも謝罪があった。
 せいぜい、趣味で飼ってた獣人がバレて、身分を追われたくらいに思っていたのだと……。

「だってまさか、そんなだとは思わねぇじゃん……」
「違和感しかねぇもん……獣人慣れした貴族なんてよ」

 マルやローシェンナからのお願いだからと受け入れたけれど、状況が急だったし問題を押し付けられたと考えていたよう。厄介ごとの匂いしかしないから、早く追い出した方が良い……と。
 だから、化けの皮が剥がれれば、リアルガーも納得してくれるだろう。と、そんな感じに考え、強硬手段に出たのだそうだ。
 いや、まぁ……実際厄介を抱えたというのはその通りなんだよな……。
 俺たちを匿っていることがバレたら、ここの皆もどんな扱いを受けるか……、神殿が絡むだけに楽観視はできない。
 彼らが兇手すら使うことがはっきりした。獣人に容赦などしないことも。だから粛清だと……この荒野に大群を寄越してくる可能性だってある。

 もう誰かを犠牲になどしたくない……。
 春になり、雪が溶けたら……ここも出ていかなくてはと思っていた。
 けれどその前に……獣人らの生活を、少しでも改善していきたい。
 世話になった礼と、ほんの細やかだけれど……俺の招いたことへの謝罪として。
 そして、諦めていないと、ウォルテールに言ったことを、証明するために。

 そんなわけで、改革に乗り出した。
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