異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
1,000 / 1,121

少し前の話 13

しおりを挟む
「おい、お前らぁ」

 場の雰囲気をぶった切って、間延びした声が、割って入ったのは、そんな時。

 顔を上げると、できたての麵麭をひと切れ掴んだリアルガーが、一口で半分を頬張り、もしゃもしゃとそれを咀嚼していた。
 呑気な光景だ。だけど何か…………ピリピリとした、得体の知れない空気。
 皆が押し黙っていた。子供たちですら。ざわめきひとつ無い静寂。なにより……。

 長らが、緊張している……?

 そしてごくんと麺麭が飲み込まれ……。

「飯が不味くなるから、黙ってろ」

 今まで見せたことのなかった覇気を感じた。
 その一言で、ウォルテールは飛び退き、長も膝をついて頭を下げる。
 怯えたように顔を伏せる長に向かい、リアルガーは更に……。

レイールこいつは、俺が客だと認めてんだろぉ……なんか文句あんのか」
「な、無い……」
「だよな? じゃあ黙って食え」

 俺が許可を出したことに、文句はねぇんだろうが? という、圧。
 それでその場は収束した。もうこれ以上は無いと、無言のままに決められたのだ。

 今まで、全くこんな風には、振る舞ってなかったのに……。

 獣人の群れの主。その風格を垣間見た。
 本当なら彼は、始終こうして、皆を従えることができるのだろう。
 もういつも通りの、和らいだ雰囲気に戻っているリアルガー。
 ならば普通に動いても、問題無いのだろう。

 とりあえず急いで、自分の毛皮の外套を外しにかかった。
 手袋が邪魔。歯で噛んで手を引き抜き、外套の留め具を一気に凍えていく指で、必死に外す。
 なんとか紐釦を外して、外套を引っ掴み。

「ウォルテール!」

 裸身のウォルテールにそれを掛けようとしたのだけど……。

「い、いらない……」

 何故か怯えたように、後退るウォルテール。

「馬鹿を言うな! 自分が今どんな格好してると思ってるんだ、凍えるだろ⁉︎」
「いい、あんたが着てて……」

 視線すら合わせてもらえず、まるで俺に合わせる顔など無いのだと、気にかけてもらう資格など無いのだと思い込んだような、その態度。
 もう一歩でも近付けば、そのまま駆けて逃げてしまうつもりだ。

 おまっ、性懲りも無く……っ!
 そうまで言うなら、こっちだって奥の手出すぞ⁉︎

「サヤの前に何を放り出してると思ってるんだ馬鹿! 気付け、真っ裸なんだぞ⁉︎」

 場が凍った。先ほどとは違う意味で。

「……い、言わないでください!」

 そしてサヤの悲鳴。
 俺の指摘で現状を理解したサヤは、慌てて後ろを向き、両手で顔を覆う。
 道場で男の裸身は見慣れていると言っていたサヤだけど、流石に全ては曝け出されていなかった様子。……見慣れていても困るけども。

 因みに獣人らは裸身などに慌てはしない。というか、俺の指摘にこそ疑問を感じているような素振りだ。
 吠狼の一員であり、騎狼訓練を受けていたイェーナも然りで、サヤの反応を不思議そうに見ていたが、隣のクレフィリアがふらりとよろけて、自失したように膝を崩すから、それをオブシズが慌てて抱き止めた。
 …………しまった。クレフィリアも見慣れてなかったか……。

「ふ、服! 服はどこに脱いだんですか⁉︎」
「あ……えっと……」

 ボロ布のようになってしまったので無いです。とは言えず、困ってしまうウォルテール。
 オロ……と、視線を彷徨わせた隙をついて、外套を頭から引っ掛け、両腕で捕まえた。
 もがくけれど、片手の無い俺を気遣ってか、あまり大っぴらには抵抗しない。
 だからそれを良いことに、俺もウォルテールから腕を離さない。

「……姿を見せなかったの、俺を避けてたのか?」

 小声でそういうと、腕から伝わってくる、強張った筋肉の動きと、怯え……。

「馬鹿。心配するだろうが」

 そう言うと、くぐもった嗚咽と、揺れる背中。

 さっきの叫びが、全部ウォルテールの気持ちだ。それが分かるから、もうそれ以上は言わなかった。
 その代わり、腕に更に、力を込める。腕から伝わってくれたら良い……お前が大切なんだと。
 領主としては失格だったけれど、俺はお前を、切り捨てたくなかった。
 だからこの現実は、結局俺の選んだ結果なのだ…………。

 だから……お前が一人で、背負わなくても良いんだ。
 俺も……一人で背負わなくて、良いんだろう……。
 どちらも正しくなかった。それを受け止めよう。だけど、それだけで済ましてはいけない……。

「なぁ……美味しい新作麵麭ができてるんだ。まずはそれを食べよう。
 みんなで美味しいものを食べて、元気をつけて、また明日も頑張らないとだろ?」

 沢山の命を失ってしまった。それでもそれらが、無くなったことにはならない……。
 彼らの命も背負ったのだ。今まで以上の責任を担った。
 ならば、ここで止まってはいけない。無駄にできない。今世を失った彼らを、無駄死ににして良いわけがない。
 俺は、続けなければ……足掻かなければならない。来世の彼らを、不幸にしないために……。

「お前にだって、手伝ってもらわなきゃならないんだよ。勿論、手伝ってくれるんだろう?」

 俺の声に、腕の中の十六歳は、ただ頷くことで、返事を伝えてくれた。


 ◆


 その後、部下の監督不行届の謝罪として、熊一頭を貰い受けることとなり、リアルガーからは……。

「いやぁ、すまんすまん。ちょっと目を離すとすぐこれだぁ」

 と、まるで自分の落ち度のような謝罪をいただいた。

 けれど、そうじゃないのは分かっていた。
 分かるよ……。俺がどういった人間かは、結局直接触れてもらわなければ、伝わらないものな。

 獣人らの中に、俺に対するわだかまりが積もってきているのは、リアルガーだって重々承知だったろう。
 だけど、俺が動き回ることを、彼は止めなかった。色々に首を突っ込むことも……。それを見た獣人らが、疑念を膨らませていくことも。
 それでも放置していたのは、獣人が主の命に従う習性が強いのだとしても、それだけで纏まるわけではないのだと、理解しているからだ。
 心があるのだから……それが当然……。だから敢えて、俺たちをぶつからせた。本音を吐き出させた。

 ひとり離れていたウォルテールのことも……きっと気遣ってくれていたのだと思う。
 俺たちに何があったかは、リアルガーも共に、聞いていたのだから。
 全部がリアルガーの、手の内だったのだと思う。

 まぁ……主としての格の差を見せつけられたというか……うん。

 万が一、怪我人を出すかもしれぬような状況になれば、彼はきちんと動いてくれたろう……。あの場にだって、きっとずっといたのだろうし。
 しかし彼は、そんなことはおくびにも出さなかった。





そのことがあってからというもの……。
 俺の扱いが劇的に変わった。
 得体の知れない、貴族を追われた逃亡者は、獣人を庇い身分を失った、崇高な聖人扱いになったのだ……。
 俺に絡んできていた獣人らからも謝罪があった。
 せいぜい、趣味で飼ってた獣人がバレて、身分を追われたくらいに思っていたのだと……。

「だってまさか、そんなだとは思わねぇじゃん……」
「違和感しかねぇもん……獣人慣れした貴族なんてよ」

 マルやローシェンナからのお願いだからと受け入れたけれど、状況が急だったし問題を押し付けられたと考えていたよう。厄介ごとの匂いしかしないから、早く追い出した方が良い……と。
 だから、化けの皮が剥がれれば、リアルガーも納得してくれるだろう。と、そんな感じに考え、強硬手段に出たのだそうだ。
 いや、まぁ……実際厄介を抱えたというのはその通りなんだよな……。
 俺たちを匿っていることがバレたら、ここの皆もどんな扱いを受けるか……、神殿が絡むだけに楽観視はできない。
 彼らが兇手すら使うことがはっきりした。獣人に容赦などしないことも。だから粛清だと……この荒野に大群を寄越してくる可能性だってある。

 もう誰かを犠牲になどしたくない……。
 春になり、雪が溶けたら……ここも出ていかなくてはと思っていた。
 けれどその前に……獣人らの生活を、少しでも改善していきたい。
 世話になった礼と、ほんの細やかだけれど……俺の招いたことへの謝罪として。
 そして、諦めていないと、ウォルテールに言ったことを、証明するために。

 そんなわけで、改革に乗り出した。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?

サイコちゃん
恋愛
リジューレ伯爵家のリリウムは養女を理由に家を追い出されることになった。姉リリウムの婚約者は妹ロサへ譲り、家督もロサが継ぐらしい。 「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」 リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...