上 下
1,001 / 1,121

少し前の話 14

しおりを挟む
 そこからまずやったことは、貰った熊の解体作業だ。
 正確には皮剥ぎを行なった。無論、片手の俺にできる作業ではないので、達人にお願いし、その技術と皮の保存法を伝授してもらったのだ。
 その時の話を少ししよう。

 吊るされた首無しの熊に群がる子供達が、キラキラした瞳で俺を見上げている……。

「熊、おいしくするの?」
「どんなふうにするの?」

 俺が念願の熊を手に入れたということで、先日の麵麭みたいな凄いものができるのだろうか⁉︎ と、期待満々で見上げてくるところ、大変申し訳ないのだけど……。

「いや……これは食べるんじゃなく、加工しようと思ってるんだよ」

 そう言うと、ええぇぇぇ……という、落胆の声。
 いや……肉は残るから、また何かご馳走にしてもらったら良いんじゃないかな……うん。

「熊肉は美味しいけど……量が多いから、食べ切るまで結構かかってしまうんだよな。
 ここのように大所帯ならば良いんだけど、村なんかだと、何頭も買えない。だけど熊皮はね、大きいから加工幅も広いし、暖かいから良い値で売れる。本当はもっと需要があると思うんだよ」
「よくわかんない」
「言葉むずかしい……」
「ねー……」

 まぁ……金銭感覚の乏しい子供らには、まだちょっと、理解しにくいかぁ……。

 おいしくならないことにガックリし、興味が大幅に失せた子供達に苦笑。
 そもそもが物々交換で、金銭感覚と言い難いものでもあるし……。だけど彼らも、社会の動きを理解できないと、今回みたいに取り残されていくことになる。
 これからを担うことになる若い彼らにこそ、教えておかなきゃいけないことでもあるし……。
 じゃぁ、どう言えば伝わるだろうかと考え……。

「この熊の皮だけが、小麦四袋になるようにしようと、思ってるんだ」
「お肉無いのに⁉︎」
「たべられないのに⁉︎」

 うん。ものによってはいけると思ってる。そのためには……。

「お前が頼りなんだからなっ、ウォルテール!」

 隣で所在なげに佇んでいた背を力強く叩くと、微動だにしなかったものの。

「えぇ……? 俺まだ……そんなに上手くない……」

 居心地悪そうに視線を逸らしつつ、頼りない返事。
 セイバーンでも狩りをしていたし、鹿の解体だって手伝っていたから、経験が無いわけではないだろうに。

「大丈夫。今日は最高のお手本……先生にその手業を見せてもらうだけだから。
 まぁゆくゆくは、その技術を習得してほしいんだけどね」

 溜息を吐くウォルテールを見て、子供達は頑張ってと労いの声を掛けているけれど、いやいや、お前達もだよと伝えた。

「ぼくら?」
「そっス」

 ウォルテールとは反対、俺の右側に立つ、小柄なオーキスがそう言って「俺っちもそれくらいの年からやってたんで」とのこと。
 そうなんですよ。
 猟師という仮姿を持つオーキスに、獣の解体をご教授願うのだ。

「因みに……頑張ったら熊肉での宴会が待ってるっス」


 ◆


 狩猟民という生き方は独特だ。
 まず、生まれた直後、獣人だと分かる特徴を持っていた者は、もれなくその地域の、定められた場所に捨てられる……。
 災厄に育たぬよう、悪事を重ねる前に、狼の餌にするのだと言われているそうだ。

 けれど実際は、巡回していた狩猟民らが拾い、育て、時が来れば戦力として、狩猟民に組み込まれる……。
 頭蓋の仮面で顔を覆い、獣人の特徴をひた隠し、人のふりをして生きるのだ。
 災厄に育つどころか彼らは……豊かではないこの北の地で、命を削って人の生活を支える礎となっていた……。

 勿論、幼いうちは戦力にならないため、獣人らに育てられつつ、手伝いをし、訓練を受け大人に育っていく。
 物々交換に子供を向かわせていたのも、彼らには猟が難しく、やれることが限られるからだった。

 彼らの生活は、とにかく過酷だ……。
 寿命も短すぎる。
 どの群れにも現在五十代は存在しないという話で、大抵が三十代から、長くても四十代で命を散らす……。
 それというのも、彼らの猟が、身の危険を伴うものであるからだ。
 オブシズたちに聞くと、彼らは組織的な連携で獲物を追い込み仕留めるが、その猟の殆どが近接から、せいぜい槍を使った中距離戦。
 ほぼ身体を張った猟をしているのだ……。
 まぁ弓を使うのは無理だろうとは思っていた……何せ手袋無しではあっという間に凍えてしまうような寒さだ。

 とはいえ……投槍の射程は然程長くないし、足場の悪い雪の中では踏ん張りも効かず、威力も落ちる……。
 仲間の狼らを避けて使うにもあまり有効とはいえず、結局接近戦となることが多いのだそう。
 そんな狩猟法であるから、怪我も絶えない……。
 そして獣傷は、刃物傷より凶悪だ。抉られた肉は治癒しにくく、傷口から入り込む病も圧倒的に多い。獣に傷を負わされることは、死に直結していた……。

「まぁ、それもこの近年、変わってきてんだけどな……」

 そう教えてくれたのは、俺に絡んできた長……グラニット。
 犬橇同様、ウルヴズ行商団からある程度、有効な武器を仕入れることが可能になったからであるそう。
 それまでの狩猟民は、人とほぼ接点を持っていなかったため、武器や防具も劣悪なものばかりであったそうだ。

「石や骨を削ったものだって使ってたんだ。それが普通だった……。
 狩った獲物を加工して狩りをする。その加工だって自然にあるものを使ってた。
 まぁ……獣だってバレるわけにゃいかねぇもん」

 人との接点を極力削ってきた彼らには、命を守るための武具を得るよりも、本当の姿を知られないことの方が重要だったのだ。
 たまにやむにやまれず、金属の武器を、獲物と交換する程度。とはいえ高値であるし、なかなか手は出せない。
 血抜きや皮剥ぎが行われてこなかったのも道理だった……。そんな余裕すら、無かったのだろう……。

「それが……もう七、八年くらい前かな……ローシェンナの姉御経由で、武器を仕入れられるようになったんだ。
 姉御は元々狩猟民だったって。それで俺たちの生活を理解していた。
 良い金蔓を得たから、少し融通してやれるって……その代わり、役立ちそうな者と情報を引き取らせてくれって約束……」

 獣の特徴が薄い者や、獣化できる者等、豺狼組で使えそうな人材を確保。その見返りとして、鉄製の武器を用意してもらう。そんな間柄になった。

 鉄の武器が手に入るようになり、猟の危険性はかなり減った。怪我人もだ。
 獣人だとバレて狩猟民を追われたローシェンナを記憶している者もいたから、初めは警戒している者が多かったのだが……リアルガーが主となった時から約定を交わす仲となった。

「リアルガーは変わり者なんだよ。人みたいな考え方しやがるっつーか……頭が複雑。賢い? みたいな。
 あいつが長になってから、あいつのところでの死人が格段に減った。獲物の仕留め方を変えたとかで……。
 実際あいつの言う通りにやると上手くいくしよ。まだ若いが、あいつが主になるのは皆が合意だったんだぜ」

 自慢げにグラニットがそう言うくらい、リアルガーは信頼されている。
 締めるところは締めるが、普段はへらへらしてあまりキツくないのも良いらしい。

「まぁとにかく、リアルガーは俺らの中でも別格。今や荒野の狩猟民の束役だしな!」
「……? 主とは違うの?」
「主だぜ。狩猟民の主の主なんだ」

 リアルガー……大物でした……。

「そのリアルガーが是と言うならまぁ、大抵のことは良いんだよ」

 それをおしても怪しかった俺と言う存在を、ちょっと考えさせられたよね……。

 まぁそんな風に、狩猟民の生活は少しずつ改善されてはいたそうだ。
 橇を手に入れ、怪我人・女・子供の仕事であった物々交換が、怪我人・子供に任せられるようになり、天幕の質も上がり、薪の確保もしやすくなった。
 食うに困らない量の食料は何とか得られる。少し余裕が出れば、他の狩猟民らへの支援に回した。これはリアルガーが束役になってしまったから課せられた役割でもあった。

「そのうえで、その適正価格ってやつで交換できたら……むちゃくちゃスゲェ。
 だからこれ以上を良くする……つったって、ピンとこねぇ」

 そう言うから……。

「適正価格はあくまで、ただ獲物を小麦と交換する料金を正しただけの話だ。
 俺が提案してるのは、付加価値を付けること。
 お前たちはもっと肉を食って力を付ける。そして、獣も交換するが、毛皮のみも交換するようにするってこと」
「…………肉ねぇと交換なんて無理だろ」
「できる。実は肉の需要も、今までよりは減ってる」

 その証拠が、子供達が持ち帰ってきた、本来ならば希少な食材だ。
 少しゆとりが出た分を、普段は買わない希少な品に換えていた。家によっては、そこに手が出せる程度には、生活の余裕が出ているのだ。
 今まで必要最低限しか言葉を交わしていなかった狩猟民が、交流を図ろうとしてきたことで、親近感も湧いたのだろう。
 それが希少品との物々交換という形で出て来ていたのだ。

 北にはそれだけ産業が増えた。働く場が増え、収入も当然増え、流通網の確保により品も安定し、若干割安に確保できるようになった。
 それでも民らが獣を交換するのは、当然食べていくためだが、冬場の内職である加工品製作に、毛皮や角、骨が必要だからだ。

「それでも、そこまで余裕があるわけじゃないだろう……。
 嗜好品あれは本当に、冬の生活を支えてくれている貴方たちへの、感謝や、労いの気持ちの現れなんだよ」

 交換に来ているのが幼い子供たちだから余計、それを強く感じたのだと思う。
 また、今まで適正価格での取引を誤魔化して来たことへの罪悪感も、絡んでいるかもしれない。
 人探しという理由があったからこそ、今までしなかったことを始めた……。それが良い方向に動く切っ掛けとなったのだ……。

「人が……俺らに?」
「そうだよ! 皮剥ぎをこちらで行い、皮のみを交換品に出すことだって、確実に歓迎される。
 皮剥ぎの労力は村人らも知っているから、金額に関してはきっと不満も然程出ないだろう。
 嫌なら、肉付きと交換すれば良いんだしね」
「…………成る程」
「だから、傷の少なかった獲物のみで良い。皮剥ぎを行なってみないか。
 交換先は俺が吟味する。必ず良い取引になるよう、頑張るから」

 そんなやりとりを得て、俺の貰った熊の皮を先ずは、加工し、村に持ち込む試験運用の運びとなったのだ。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

処理中です...