異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
981 / 1,121

終幕 16

しおりを挟む
腕に突き立った小刀。それにより振るわれるはずだった剣は動きを止めた。
 藪を飛び越え、疾風の如く駆けていくオブシズと、アイル。吠狼の二人はそのまま雑木林の中に身を隠し、陰ながらの援護に回るようだ。
 俺も藪を抜け、仮置き場に脚を踏み入れた。俺の守りに残ったハインも抜剣。同じく残ったシザーは、腰の大剣を鞘ごと引き抜く。
 神殿騎士らを傷つけるのは最低限にしておきたい。命を奪うなどした場合、北の貴族を多く抱えるこの組織はややこしいことになる……。
 シザーの扱う片刃の大剣は、一撃で致命傷になりかねないし、背の部分でも骨折は免れないため、鞘付きを選んだのだろう。

 神殿騎士十数名なら、手加減も可能。そう思っての判断だったのに、オブシズから飛んだ忠告の声。

「神殿騎士じゃない、こいつら兇手だ!」

 えっ⁉︎

 その言葉に、シザーは即座、大剣の鞘を振り捨てた。
 真偽を確認する余裕は無い。それに長年傭兵として過ごしてきたオブシズが、その判断を誤るとは思えない。
 兇手の場合、神殿騎士を相手にするより数倍危険度が跳ね上がる。手加減している余裕など無いのだ。

 だけどどういうことだ?
 兇手に神殿騎士のふりをさせている?
 その中に何故侍祭殿が混じっているのか、それが理解できない。
 そう動くことの理由を探りたかったけれど。
 今はそれより、皆を狙う飛び道具への注意。

「シザー、ハイン。近くは任せる」

 それだけ言って、俺は距離を保ちつつ、こちらを狙っている者だけに意識を向けることにした。
 広の視点で広範囲を把握、前に出ているオブシズ、アイルを狙う者を最優先。
 それと共に、ウォルテールの所まで極力速く移動。
 オブシズたち二人には、とにかく戦力を減らしてもらい、ウォルテールを運び出す隙を作ってもらわなければならない。
 木々の間に潜む吠狼らも援護してくれるだろうけれど、イェーナたち若手は元々アヴァロンの警護が職務。影との戦いは経験していない可能性が高く、あまり期待はできない。

 両手に小刀を引き抜き、視野内の違和感を追う。
 距離の近い者ならば二人も気付くだろうが、遠距離は厳しいだろう。だから、距離の遠い相手から、腕を狙うか、隙があれば首を狙った。兇手であるならば、殺さない限り、俺たちを殺しにかかってくるだろうから。

 やはり右の精度は落ちた……。痛みに引っ張られ、微妙に狙う場所とずれていく。そのことに苛立ちが募る。
 とはいえ左は万が一の接近戦にも備えなければならないし、一番の目的はウォルテールの奪還だ。意識を投擲ばかりに割くわけにもいかない。

 ウォルテールのもとまで到着した。
 先程ウォルテールをめった打ちし、剣を振り上げていた者はオブシズの手により屠られ、もう動かない。
 転がったウォルテールの綱は解かないまま、ハインがその巨体を引き上げた。
 急に視界に入った我々に、狼の姿でありながら……ウォルテールは眼を見開いていた。
 信じられないという色を、瞳にありありと宿し、納得できないかのように呆然とこちらを見る。風下からの接近だったし、匂い等にも気付かなかったよう。
 口吻を縛られているため声は出せないが、隙間から吐き出された息は、なんで⁉︎ を、分かりすぎるくらいに含んでいて、こんな状況だったけれど、それには少し笑えた。

 なんでもクソもない……。仲間だから、お前が俺たちを死なせたくないと思ってくれたように、俺たちだって思うのだ。
 だけど今は、そんな話をしてる暇は無い。とにかくここを離れなくては。

 ハインは見た目より筋肉も体力もあるから、自分よりひとまわり大きな狼もなんとか担ぎ上げることができた。
 腹を肩に担ぐようにし、両足の綱を掴む。が、それでは当然両手は塞がり、身を守ることも不可能となる。
 よって、剣を持てなくなったハインの代わりに、俺が左手に短剣を引き抜き、援護に回った。
 守ることだけならばなんとか……。シザーの負担は増えるけれど、今の彼ならば大丈夫だろう。
 迫り来る兇手に、ありえない速度で振われる大剣。小剣や短剣では受けられないし、受けたとしても剣ごと身体を叩き斬られてしまうため、兇手らは一瞬で屍と化した。

 ウォルテールは担ぎ上げる瞬間こそ少々抵抗したけれど、その後は大人しくしている。
 暴れては、ハインの負担になると分かっているのだろう。
 苦しい体勢だろうに耐えてくれる様子に、ホッとした。干渉も無いようだし、これならば逃げられる……。

「引くぞ!」

 アイルとオブシズに合図を送り、木々の方に走り込もうと思っていた。
 しかし。

「それは獲物です」

 と、微かな声が聞こえた気がした……。と、次の瞬間。

「ウォルテール⁉︎」

 急に、ウォルテールが激しく暴れだした。
 一瞬だけぐにゃりと身が歪み、綱が解け落ち、また直ぐに狼へと戻ったウォルテールは、ハインの首元に食らいつこうと顎門を大きく開き……。

「ウォルテールよせ!」

 だけどウォルテールは止まらなかった……。

 咄嗟に首を逸らしたハインの肩を浅く掠り、血が飛び散る。
 ウォルテールの巨体に押さえつけられ、地に横たわったハインの肩は肉を千切り取られており、みるみる血が溢れ広がっていく……っ。
 そして更に、もう一度食らいつくため、ウォルテールがハインに顔を寄せた。ところがハインは避けるどころか逆に、その首元へ両腕を回し……。

「そんなだから、駄犬だと言うのです!」

 ギッチリと首を抱え込み、封じる。
 肩の傷などお構いなしといった様子。
 ウォルテールは激しく首を振り、身体を揺すって抵抗したけれど、ハインは腕を緩めなかった。
 そして二人の獣人の、そんな攻防を目にして、コロコロとした笑い声をあげた者が。

 侍祭殿は慌てもせず、俺たちから離れた位置に立ち、兇手らに守られながら、笑んでいた……。

「侍祭殿……」
「あら。まだ礼を尽くしてくださるだなんて……本当、紳士でいらっしゃるのね」

 小馬鹿にしたような口調。
 白群色の瞳は笑っていた。地を血で染めたこの場に立ち、それを目にしているはずなのに……。

「本当……貴方は、夢見がちな幼児のよう。
 その獣に裏切られたはずですのに、どうしてここに来てしまうのかしら」

 悪戯をする困った子供を前にしたみたいな口調で侍祭殿は言い、眉を寄せて苦笑……。
 だけどそれは見せかけの表情。表面は綺麗に微笑んでいたけれど、瞳の奥には強いあざけりの色が見えた。
 まんまと罠に掛かった俺たちを、あぁおかしいと、心の底から嘲笑っている……。

 来るとは思っていなかった……いや、違う。来ることを想定されていたけれど、本当に来るものなのか、疑っていたのか……?

「獣人というのは、危険な存在。彼らは悪魔の使徒なのです。
 人を惑わし、喰らうのだと、教典にだって書かれておりましょう?
 貴族であれば……しかも学舎で学ばれたならば、当然ご存知のことと思っていたのですが……」

 さも困った風に首を傾けると、肩で切られた白灰の髪がサラリと揺れた。

「まぁ、身をもって学ばれたことでしょうから、来世では間違えぬようになさいませ?」

 もう今世には、そんな時間は残されていないのだと、当然のように。
 気付けばオブシズらも追い詰められており、俺たちは兇手に囲まれていた……。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...