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終幕 16

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腕に突き立った小刀。それにより振るわれるはずだった剣は動きを止めた。
 藪を飛び越え、疾風の如く駆けていくオブシズと、アイル。吠狼の二人はそのまま雑木林の中に身を隠し、陰ながらの援護に回るようだ。
 俺も藪を抜け、仮置き場に脚を踏み入れた。俺の守りに残ったハインも抜剣。同じく残ったシザーは、腰の大剣を鞘ごと引き抜く。
 神殿騎士らを傷つけるのは最低限にしておきたい。命を奪うなどした場合、北の貴族を多く抱えるこの組織はややこしいことになる……。
 シザーの扱う片刃の大剣は、一撃で致命傷になりかねないし、背の部分でも骨折は免れないため、鞘付きを選んだのだろう。

 神殿騎士十数名なら、手加減も可能。そう思っての判断だったのに、オブシズから飛んだ忠告の声。

「神殿騎士じゃない、こいつら兇手だ!」

 えっ⁉︎

 その言葉に、シザーは即座、大剣の鞘を振り捨てた。
 真偽を確認する余裕は無い。それに長年傭兵として過ごしてきたオブシズが、その判断を誤るとは思えない。
 兇手の場合、神殿騎士を相手にするより数倍危険度が跳ね上がる。手加減している余裕など無いのだ。

 だけどどういうことだ?
 兇手に神殿騎士のふりをさせている?
 その中に何故侍祭殿が混じっているのか、それが理解できない。
 そう動くことの理由を探りたかったけれど。
 今はそれより、皆を狙う飛び道具への注意。

「シザー、ハイン。近くは任せる」

 それだけ言って、俺は距離を保ちつつ、こちらを狙っている者だけに意識を向けることにした。
 広の視点で広範囲を把握、前に出ているオブシズ、アイルを狙う者を最優先。
 それと共に、ウォルテールの所まで極力速く移動。
 オブシズたち二人には、とにかく戦力を減らしてもらい、ウォルテールを運び出す隙を作ってもらわなければならない。
 木々の間に潜む吠狼らも援護してくれるだろうけれど、イェーナたち若手は元々アヴァロンの警護が職務。影との戦いは経験していない可能性が高く、あまり期待はできない。

 両手に小刀を引き抜き、視野内の違和感を追う。
 距離の近い者ならば二人も気付くだろうが、遠距離は厳しいだろう。だから、距離の遠い相手から、腕を狙うか、隙があれば首を狙った。兇手であるならば、殺さない限り、俺たちを殺しにかかってくるだろうから。

 やはり右の精度は落ちた……。痛みに引っ張られ、微妙に狙う場所とずれていく。そのことに苛立ちが募る。
 とはいえ左は万が一の接近戦にも備えなければならないし、一番の目的はウォルテールの奪還だ。意識を投擲ばかりに割くわけにもいかない。

 ウォルテールのもとまで到着した。
 先程ウォルテールをめった打ちし、剣を振り上げていた者はオブシズの手により屠られ、もう動かない。
 転がったウォルテールの綱は解かないまま、ハインがその巨体を引き上げた。
 急に視界に入った我々に、狼の姿でありながら……ウォルテールは眼を見開いていた。
 信じられないという色を、瞳にありありと宿し、納得できないかのように呆然とこちらを見る。風下からの接近だったし、匂い等にも気付かなかったよう。
 口吻を縛られているため声は出せないが、隙間から吐き出された息は、なんで⁉︎ を、分かりすぎるくらいに含んでいて、こんな状況だったけれど、それには少し笑えた。

 なんでもクソもない……。仲間だから、お前が俺たちを死なせたくないと思ってくれたように、俺たちだって思うのだ。
 だけど今は、そんな話をしてる暇は無い。とにかくここを離れなくては。

 ハインは見た目より筋肉も体力もあるから、自分よりひとまわり大きな狼もなんとか担ぎ上げることができた。
 腹を肩に担ぐようにし、両足の綱を掴む。が、それでは当然両手は塞がり、身を守ることも不可能となる。
 よって、剣を持てなくなったハインの代わりに、俺が左手に短剣を引き抜き、援護に回った。
 守ることだけならばなんとか……。シザーの負担は増えるけれど、今の彼ならば大丈夫だろう。
 迫り来る兇手に、ありえない速度で振われる大剣。小剣や短剣では受けられないし、受けたとしても剣ごと身体を叩き斬られてしまうため、兇手らは一瞬で屍と化した。

 ウォルテールは担ぎ上げる瞬間こそ少々抵抗したけれど、その後は大人しくしている。
 暴れては、ハインの負担になると分かっているのだろう。
 苦しい体勢だろうに耐えてくれる様子に、ホッとした。干渉も無いようだし、これならば逃げられる……。

「引くぞ!」

 アイルとオブシズに合図を送り、木々の方に走り込もうと思っていた。
 しかし。

「それは獲物です」

 と、微かな声が聞こえた気がした……。と、次の瞬間。

「ウォルテール⁉︎」

 急に、ウォルテールが激しく暴れだした。
 一瞬だけぐにゃりと身が歪み、綱が解け落ち、また直ぐに狼へと戻ったウォルテールは、ハインの首元に食らいつこうと顎門を大きく開き……。

「ウォルテールよせ!」

 だけどウォルテールは止まらなかった……。

 咄嗟に首を逸らしたハインの肩を浅く掠り、血が飛び散る。
 ウォルテールの巨体に押さえつけられ、地に横たわったハインの肩は肉を千切り取られており、みるみる血が溢れ広がっていく……っ。
 そして更に、もう一度食らいつくため、ウォルテールがハインに顔を寄せた。ところがハインは避けるどころか逆に、その首元へ両腕を回し……。

「そんなだから、駄犬だと言うのです!」

 ギッチリと首を抱え込み、封じる。
 肩の傷などお構いなしといった様子。
 ウォルテールは激しく首を振り、身体を揺すって抵抗したけれど、ハインは腕を緩めなかった。
 そして二人の獣人の、そんな攻防を目にして、コロコロとした笑い声をあげた者が。

 侍祭殿は慌てもせず、俺たちから離れた位置に立ち、兇手らに守られながら、笑んでいた……。

「侍祭殿……」
「あら。まだ礼を尽くしてくださるだなんて……本当、紳士でいらっしゃるのね」

 小馬鹿にしたような口調。
 白群色の瞳は笑っていた。地を血で染めたこの場に立ち、それを目にしているはずなのに……。

「本当……貴方は、夢見がちな幼児のよう。
 その獣に裏切られたはずですのに、どうしてここに来てしまうのかしら」

 悪戯をする困った子供を前にしたみたいな口調で侍祭殿は言い、眉を寄せて苦笑……。
 だけどそれは見せかけの表情。表面は綺麗に微笑んでいたけれど、瞳の奥には強いあざけりの色が見えた。
 まんまと罠に掛かった俺たちを、あぁおかしいと、心の底から嘲笑っている……。

 来るとは思っていなかった……いや、違う。来ることを想定されていたけれど、本当に来るものなのか、疑っていたのか……?

「獣人というのは、危険な存在。彼らは悪魔の使徒なのです。
 人を惑わし、喰らうのだと、教典にだって書かれておりましょう?
 貴族であれば……しかも学舎で学ばれたならば、当然ご存知のことと思っていたのですが……」

 さも困った風に首を傾けると、肩で切られた白灰の髪がサラリと揺れた。

「まぁ、身をもって学ばれたことでしょうから、来世では間違えぬようになさいませ?」

 もう今世には、そんな時間は残されていないのだと、当然のように。
 気付けばオブシズらも追い詰められており、俺たちは兇手に囲まれていた……。
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