異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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終幕 9

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直ぐにシザーとハインも路地に逃げ込んできた。ホッとした同時に、傷が疼いて呻くと「もう少しだけ待て、ユストと合流できれば処置できる」とアイルの声。
だから違うと、袖を掴んだ。

「民の、避難を優先……」

巻き込まれただけの彼らをこのままにできない……。
こんな状況になったのに、まだそんなことを言うのかと、呆れられるかと思った。でも……。

「分かっている」

優しい声音でアイルはそう言い、袖を掴む俺の手を、逆の手で包み込んだ。

「町人に扮した兇手は見つけ次第始末するよう指示してある。
避難、誘導も行っているし、水路の簡易通路も随時設置させていっている。
あんたが望むだろうことは、全てやっているさ」
「当然でしょ」
「もう大体、何言われるかは分かってる」

次々にそんな返事が加わり、思わぬことに言葉を失っていると、アイルは俺の背に腕を回し歩き出した。

「安心しろ。ここはあんたの領域。例えどんな状況になっても守る」

獣人だ。化け物だと、そう言いお前たちを拒絶した人なのに…………それでも、守ってくれるのか。

そこでぴくりと反応したアイルが、笛を加えた。
聞こえぬ音で何度かやりとりをした後、吠狼に連れられたオブシズが合流。
少々血で汚れているのは……。

「小刀を投げた奴は仕留めて来た。
が、ここにいれば見つかるのは時間の問題だろうし、セイバーンの者とやりあうのは気が進まないな……」
「退路は確保してある」
「分かった。ではしんがりは俺が受け持とう。シザーは前を。ハインはレイシール様の補佐」

オブシズは落ち着いていた……。即座に指示し、陣形を整える
こういうことには慣れているのか、相手を見定める余裕もある様子。
たまに路地へと迷い込んだのか、向かってくる神殿騎士らは剣の腹や柄で殴り気絶させ、兇手は急所を一撃で斬り伏せた。まるで躊躇無い動き。オブシズが傭兵なのだということを、目の当たりにしている心地……。
住人と鉢合わせることもあったけれど、彼らは必死で逃げていく……。幸か不幸か、セイバーン騎士や衛兵らには、まだ会わずにすんでいた。
そうやって、吠狼の誘導の元で導かれたのは、中央広場の裏手にある倉庫……。

入り口で待っていたエルランドが、即座に扉を開き、俺たちを中に押し込む。どうやら話は通してあるらしい。
扉をきっちりと閉めて、ホッと息を吐いたエルランドだったけれど、次の瞬間にさっと表情を曇らせた。

「レイシール様、お怪我を……っ⁉︎」
「大丈夫……」
「大丈夫って……突き立ってますよ!」
「抜かない方が良いんだ。出血量が増えてしまうから」

これから長く移動することになるだろうから、血と体力は失えない。
そう言うとエルランドは、痛ましそうに眉を寄せた。
でも、この程度で済んで良かったんだよ。
だってあの時……ウォルテールの咆哮で、陛下に殺到する人たちに目を奪われ、そちらを見ていなければ……小刀は俺の首に突き立っていたろうから。

やっと状況が飲み込めてきて、少し気持ちが落ち着いたのか、思考が働くようになってきていた。
そうすると、最後のウォルテールの様子が脳裏を掠める。

何故ウォルテールは、あの時……。

俺の方……その更に向こう側を見て、吠えた。
長く触れ合って来たから少しは分かる。あの咆哮は悲鳴に近かったと……。
あれは何を叫んでいた? あれがなければ俺は、ただ呆然と佇むだけだったろうと思う……。
そうであったら、飛来する小刀になど、気付けなかった……。

獣化する瞬間に見せたあの涙…………。

そこまで考えた時、何かが意識に掠めた気がした。
何か、あの瞬間に見た気がする……広の視点を取っていたから、視界には入っていた……。
その時の違和感を、追おうとした時だ。

そこにまた新たな影が飛び込んで来た。
警戒したけれど、紺の装束は吠狼……アイルが目配せすると。

「陛下はブンカケンまで運んだ。
あっちにはまだ騒ぎが伝わっていなかったから、引渡しも容易だったよ。
陛下、途中で破水したから、騒いでられる場合でもなくなって、主治医がすぐ引き取ってくれた。だから安心して」

まだ若い、幼さの残る声……。

「奥方は」
「ここでの合流は難しいし、誘導を兼ねて先に外へ向かってもらった。メイフェイアと他数名つけてある。
雑木林の隠れ家で狼と合流するって言ってた」

一応のサヤの安否が入り、ホッと息を吐いた。

「サヤに怪我は……」
「無いよ」
「よし。では頃合いを見て俺たちも移動する。
お前も持ち場に戻れ。後で……合流地点で待つ」
「うん」

もう一度俺に視線を向けた彼は、にこりと笑って、また外へと向かっていった。
その後彼と再会することは無いのだと……想像すらしていなかった俺は、何も声を掛けず、彼を見送った……。


 ◆


「当面の必要だろうものは一通り移してある。
 馬も一番若くて体力があるやつにしたし、荷も普段より断然軽くなるから、少々長く走らせても平気だろう」
「悪いな……巻き込んで」
「いや、俺たちは馬車を奪われたと言えば済むんだから、気にするな」

 小声で言葉を交わす、オブシズとエルランド。
 報告によると、あれから少なくとも八名の兇手が仕留められていたけれど、まだ騒ぎは収まっていないとのこと。
 さもありなん。
 ホライエンも神殿も、勿論セイバーン側も。紛れ込む兇手の存在には気付いていないだろうから、実質この事態に対処できるのは吠狼だけ。
 そのためセイバーンの騎士や衛兵らから逃れつつ、神殿やホライエンの者らを躱しつつ、吠狼は対処に追われている。
 だけど住人らに、町人や商人に扮した兇手がいるなんてことが分かるわけもなく、それらに向けて容赦なく攻撃を仕掛ける忍装束の者らを目にし、民は混乱していることだろう。

 かといって……騎士や衛兵らに注意喚起するわけにも……狼になるウォルテールを見られた以上、俺たちを信用などしてくれないだろうしな……。

 外が少し静かになって来ていた……。
 とりあえずこの近隣から、民衆や追手を退けることには成功しているようだ。
 たまにアイルやハインが虚空を見上げているのは、笛の報告が入っているからかな……。
 その光景を、壁に寄り掛かって目にし、耳にしていた。

 今、俺にできることってなんだろう……。

 皆が俺を守ろうと動いてくれている。
 なのに俺は、怪我を理由にこうして座っているだけで、迷惑をかけ通しの体たらくだ。
 俺を逃さなければ吠狼の皆もここを離れられないのだから、本当……彼らからしたら、踏んだり蹴ったりだよな。
 だけど逃げようにも、兇手が片付かなければ、ここを好き勝手荒らされることになるかもしれない……。そう思うと、対処するしかないのだ……。本当、八方塞がりとはこのことだと思う。

 吠狼は……もう俺やアヴァロンを守る必要なんて……守ったって彼らに利益なんて、無いのに……。

 俺が獣人と関わっていたことは、貴族社会全体に広まるだろう。
 だから、貴族としての俺は、今日死んだことになる。
 貴族でなくなった俺は……獣人らに何をしてやることも、できなくなった……。
 吠狼らからすれば、俺を助ける利点は失われ、むしろもうお荷物でしかない。
 なのに彼らは、かつての恩義でこうしてくれている……。
 アヴァロンを守るためにそうしてくれているのに、それが皆に伝わらないどころか、誤解を招いていることがもどかしくてならなかった。
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