異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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終幕 4

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 エルランドには、急ぎの用ができたと断って、踵を返した。

「レイシール様、どうされましたっ⁉︎」

 焦ったオブシズの声が背中を追ってくる。
 だけど俺もまだ、説明するだけの言葉を持っていない……。
 それを誤魔化すためもあり、とりあえず足を急がせていた。

 館に戻る道中で犬笛を吹いたけれど、アイルは現れてくれない……。

 そうだ、アイルは今メバック……っ。

 間が悪い。
 笛を聞いた別の者が慌てて現れたけれど、アイルが戻ったら顔を出すように伝えてほしいとだけ言伝るにとどめ、その場は下がらせた……。
 いちいち言伝なくても、この事件の報告に顔を出したろう……。それは分かっていたけれど、この場ではあれを口にすることも憚られて……。

 判断できなかったのだ……。
 ウォルテールのことを、この状況で不特定多数に対し、口にして良いのかどうか……。

 今、ただでさえウォルテールの立場が危うい状況だと思う。
 だから俺がウォルテールを気にしているということが、皆にあらぬ疑いを招きかねない。
 今回の疑惑は、例え件の獣人がウォルテールでなかったとしても、彼の中にしこりを残すことになるだろう……。
 疑われたという事実が、彼をまた、この群れから弾き出してしまうのではないか……。
 信じると言った者から疑われる。それは、ただ敵視されるよりも余程辛く苦しいことだ。

 ただでさえウォルテールは、拒絶されることを恐れていた……。

 サヤに嫌だと言われた時、彼はその言葉に強く反応していた。
 あの時嫌っていただろう俺に、縋り付いてしまうくらい、それは受け入れられない言葉だったのだ。

 オゼロ領で、倒れていた所を拾われた、ウォルテール。
 生傷だらけで裸身。所有物も何もないことから、狼の姿で逃げてきて、そこで力尽きていたのだろうと判断された。

 そのまま吠狼に組み込まれた理由も、彼が獣化できてしまったから。
 これは人に知られてはいけない能力であったし、近隣に、誰かが獣人の被害にあった等の噂も無かった。
 特徴が顕著な獣人を秘密裏に飼う物好きもたまに存在しており、その辺りから逃げてきたのであれば、彼に行き場は無い。
 当時の彼の幼さもあり、野放しにするのは危険と判断されたうえの、苦渋の決断だった。

 元々いた場所のことは口にせず、彼のことで知っていることといえば、サヤと変わらぬ年齢の姉がいたことと、そこが泣きたくても泣けないような、辛い場所であったことくらい。
 彼は過去を語らなかった。
 だけどそれはよくあることで、詮索しないのは、こういった組織では暗黙の了解。
 獣人がまともな生い立ちであるはずはなく……聞くまでもないことだったから……。

 血の濃さゆえに、気持ちの制御が苦手で、初めはよく勝手をして、衝突を招いた……。
 だけど荊縛が蔓延した時、親身になって看病してくれたサヤにはよく懐き、姉を重ねてか、思慕を抱いてまとわりついて……。
 紆余曲折する中で学び、成長し、今では吠狼の中で役割も与えられるほどになった。
 サヤへの思慕は相変わらず持っていたけれど、元から肉欲を伴うものではなかったし……家族を欲しているのだと、そう考えていた。

 出会った当初は自分のことしか見えていなかった。
 だけど、レイルのことを思いやり、仲間のことを大切にし、信頼するようになった。
 俺を心配し、己のことよりも俺のために声を上げてくれた。一生懸命訴えていたあの表情に、嘘など見えなかった。

 なのに。
 なんだ、この違和感は。

 裏切り……? その言葉が脳裏をチラつく。
 そんなはずはないと分かる。彼はもうちゃんと、俺たちの仲間だ。
 なのに、なんてウォルテールを疑いから外せないんだ、俺…………っ。

 マルの動きを知っているみたいに、隙をついてきた……。
 いや、しかし初めの時は、ウォルテールはアヴァロンに居なかった。だから違う。
 でも、ロジェ村からも多くの人員を動かしたはずだ。それならウォルテールにも察知できる……。
 馬鹿な。万が一があったとしても、そういった動きに吠狼の皆が気付かないはずがない。
 そもそも、サヤの腕時計が盗まれたであろう頃には、ウォルテールとは出会ってすらいなかったじゃないか!

 思い浮かぶ不審点の言い訳を、必死で探している自分に焦り、余計気持ちが混乱してきた。

 執務室。
 急いで足を踏み入れると、皆の視線が俺に集中。
 焦った様子で戻ってきた俺に、また何かあったのではと、不安を滲ませる視線……。
 いけない。
 とっさにサヤを探した。
 サヤは勿論席にいて、視線が合うと即座に立ち上がり、駆け寄ってくる。

「どうされました⁉︎」

 その反応は、明らかに俺が慌てて見えるってことだ。

「れいっ……⁉︎」

 目前にきたサヤへ腕を伸ばし、抱きすくめた。
 その肩口に顔を伏せて、表情を隠す。
 誤魔化しと、縋りたい気持ち……違うと言ってくれる声が欲しかった。
 だけど口にすれば、皆をより不安にさせる。ウォルテールを追い詰めてしまう。まだ何も確証が無いのに、そんなことにはできない。

「…………親子の団欒に、当てられてしまった……。
 凄くサヤを、抱きしめたくなったんだ……」

 無理な言い訳だってことは分かっていたけれど、そう言って誤魔化すのが精一杯。
 首元に唇を寄せて囁いたら、そこを真っ赤に色付かせて「職務中です!」と、必死の声。
 慌てて、だけど逃げないでいてくれることが有難く、嬉しかったから、更に腕に力を込めた。

「もうちょっと栄養補給させて……」
「なんなん⁉︎」

 ホッと場の空気が和らぐのを肌で感じる……。
 父上を失い、一人きりになってしまった俺を、独りにしないでくれた愛しい人……。
 サヤはウォルテールのことをきっと心配してる……だから、余計言えないと思った……。

 彼女までもを、苦しめたくなかった。

 ウォルテールとホライエンに繋がりは無いはずだ……。
 倒れていたのはオゼロ領。ホライエンとは離れている。
 そもそもウォルテールは今、アヴァロンとセイバーン村の近辺を警護する任に当たっているのだ。
 メバックまでは、狼の足でも数時間掛かるし、往復で考えれば半日を潰すことになる。

 アイルが戻って、調査結果を聞いてからだ。

 焦るな。まだ何も分からない。それにもしかしたら、これこそがジェスルの策略であるかもしれない。
 内側を掻き乱すような、不協和音を招くようなやり口は、いかにもジェスルがやりそうなことだ。
 そんなものに踊らされて仲間を疑うなんて、あってはならない。こんな時こそ信じなくてどうするんだ……。

 そうだ。こんな時だからこそ、信じなきゃ……。


 ◆


 眠る時間は確保できたけれど、眠れる心境ではなく……結局夜半に起きてしまい、陛下への直訴状を綴った。
 朝になって、起きたサヤに怒られたけれど、ちょっと早く目が覚めてしまっただけと誤魔化した。まぁ……半分くらいしか信じてくれてない顔してたけども……。
 だけどそのおかげで、陛下への直訴状は書き上がっていた。
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