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終幕の足音 11

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 本当に困った話なのだが、ホライエン伯爵様は、俺が何かしらの悪事を画策しているという確信を持っているが如く、諦めない。
 それはもう常に、怒りと信念を瞳に漲らせ、怨敵の牙城に攻め入るような勢いでいらっしゃるのだ……。

「俺って、ものすっごい嫌われますよね……」

 なんか最近、嫌われまくってる……。
 俺の呟きにロレンが視線を逸らし皮肉げに笑う気配。そして陛下は擁護してくれるのかと思いきや。

「と、いうかな……胡散臭いのだな、基本的に。
 見た目がそれで、妙なことを口走り、結果が尋常ではないことになっておるのでな」
「胡散臭い⁉︎」
「仕方なかろう。そもそも其方は若すぎるうえ、業績の積み重ね方が異様な速度と量だ。
 そのくせ出世には興味を示さぬし……」

 見た目は俺だって好きでこうなんじゃないですよ!
 そう叫びたかったが、それこそ言っても仕方がないことで、溜息しか出てこない……。

 まぁ、俺たちが目指す獣人の解放は、あまりに遠い道のりだ。とにかく手数を重ねていかなければ、一生のうちにやり遂げられるものか……。
 志を引き継いでくれる者がいるかどうかも分からないし、俺たちが子を成せない可能性がある以上、先に期待するのも禁物。

 急ぐしか、ないのだよな……。

 俺は出自の地位が高くないから、業績を積むことでしか発言権を強められない。
 とはいえ、出世等での急速な地位の上昇は、今以上の反感を買うだろう。そのため、それは辞退し続けるしかなく、奇行と言われようがこのやり方を維持するしかなかった。

 秘匿権を量産し続けることも、秘匿権の提供が他から自発的に始まるのを待つほかなく、それには実績を示し続けて、信用を稼ぐしかない。
 それに、サヤの故郷の品の再現は、サヤを孤独にしないためにも必要だったし、何より彼女は、物作りが好きだった。

 全部を取るとこうなる……よな。

 だから嘆いても仕方がない……。
 そう自分を納得させるしかなかった。

「まぁ……なるべくしてなってますね……」

 諦めた反応の俺に、陛下も不憫そうに眉を寄せる。
 陛下が俺を庇えば庇うほどホライエン伯爵様の反発が強まるため、現状陛下はホライエン伯爵様の囀りを聞き続けている。それはそれで、心労が溜まってそうだ。

「……其方はホライエンに腹は立たぬのか?」
「そりゃ、いい加減ご納得いただきたいとは思っておりますが……腹を立てるのとはまた違うかと……。
 あの方、別に悪気があるわけじゃないというか……職務熱心なだけでいらっしゃるというか……」
「うむ……」
「なんでああも思い込んでらっしゃるのかは気になるんですけどね……」

 いつぞやのしがらみは関係無く、ホライエン伯爵様は職務ゆえに俺を警戒しているのだと、もう分かってしまっていた。

 ホライエンは、犯罪者に対し神経質な面がある。
 隣接する国が、交戦的なスヴェトランではないというだけで、異国との接点の多さはジェスルと似たり寄ったり。むしろ友好国であるジェンティローニとは、国交がある分、接触は日常ごとだ。
 異国に面した領地は、疑いを持たれることが即、領地を脅かす。だから疑惑を作らないよう動くことが第一になる。
 そこで自領から、隣接すらしていないスヴェトランとの接点が出てきたということは、自らに疑いが向く可能性を大いに含むということだった。
 そうなると、潔白を証明するために手っ取り早いのは、誰が悪かをはっきりさせること……。
 セイバーンに、罪を認めさせることなのだ。

 ヴァイデンフェラーが隣接するシエルストレームスは、表立っての国交が無いため、一方的に警戒しておけば良いのだが、こちらは両方向の顔色を伺うことが必要になるぶん、問題はより繊細。
 そしてそれが分かっていても、こっちだって自領を守らなければならない……。名が出ただけで決めつけられても困る。

「其方の代の領主印が使われておれば……早かったのだがな……」
「まぁ、ままならないものですよね……」

 頬杖をつき、気怠げに溜息を吐く陛下。
 ここでその言葉の真意が分かるのは俺とサヤだけなので、他の面々は意に返さぬか、不思議そうに首を傾げるか……。ロレンは疑惑の視線を俺に向けている。
 この話はもうこれ以上掘り下げようがないので、気持ちと内容を切り替えることにして、俺はサヤを見た。

「まぁ、気の滅入る話はここまでにしておきましょう。
 それより陛下に、サヤが進言したきことがあると申しまして、その件もあり伺わせていただいたのです。
 サヤ……こちらへ」

 促されたサヤは、少し緊張した面差しで前に進み出てきた。
 本日は従者の格好なので、凛としたサヤだ。少し咳払いして喉を整えてから、ナジェスタ、ユストにも聞いてほしいと前置きしたサヤは……。

「本日は陛下に、日光浴の重要性をお伝えしたく、伺いました……。
 本日よりご出産までの間、陽の光を若干積極的に、浴びていただきたいのです」

 陛下にとって陽の光は毒だ。
 体内に溜め過ぎると、死の病を招く可能性があり、実際陛下の姉君はその病に罹患し、十四年という、儚く短い生涯だった。
 今まで陛下には、極力陽の光より身を守るよう言ってきているというのに、本日は陽の光を浴びろという。

「……其方が言うからには、重要なことなのだな?」
「はい、御子が健やかなお身体でお生まれになるために必要なことなのです。
 陽の光は、陛下にとって毒と申しましたが、毒と薬は同じものであるとも申します」

 陛下の後ろに控えていた主治医が眉間に皺を寄せたのは、サヤが医師でもなんでもなく、下位貴族の妻でしかない身だからだろう。
 通常ならば耳を傾けるまでもないこと。
 なのに陛下は毒を浴びろというサヤの言葉を、真面目な表情で聴いている……。

「人が陽の光から得ている栄養を、私の国ではビタミンDと呼んでおりました。
 この栄養は、食物からも摂取できるのですが、冬が間近のこの時期には食材も不足気味で、夏程自然に取り込むことができません。
 ここは内陸で海の幸にも恵まれておりませんし……キノコ類も豊富ではないので」

 陛下のご出産が夏であったならば、そこまで気にすることもなかったのかもしれない。そんな口調だ。

「ビタミンDは、カルシュウムの代謝に必要な栄養で……要は骨を作るのです。
 胎内で育つ赤子にもこれは当然必要で、陛下は陽の光を避ける生活をされておりますから、不足している可能性が高いのです。
 私の国でも、日照時間が少ない地域の方たちは不足しがちで、そういった場合赤子は骨が脆かったり、未発達だったりするだけでなく、早産になってしまったり、喘息という、気管支の病を持ってしまう危険性があると言われています」

 その話にふむ……と、首を傾げる陛下……。
 出産間際になってこのような重要なことを伝えてきたサヤに、また視線を戻し、少し厳しい表情になった。

「何故早く言わなんだ……」
「陛下のお身体への負担となります。それに……調理場には伝え、食材には気をつけていただいてました。
 先ほど申しました通り、食べ物からも取れる栄養なのです。ですから鮭や卵黄、乳製品など、陛下のお食事には毎日必ず。
 けれどお腹も随分と張って参りましたし、御子もすくすくお育ちで、万が一を考えました。
 小さきうちは少量で事足りたと思うのですが……現在は口からの摂取量では足りない場合があり、本来ならば日常生活の中で日光より摂取する分も、陛下は得ておりませんから……」
「本日よりで、間に合うのだな?」
「……栄養の量が足りているかどうかは、私には分かりません……。ですから、ただ単に杞憂である可能性も……。
 それに、陛下の体調は、お腹の御子にも影響致します……。陛下が健やかであってこそ、お子も育つのです」

 陽の光を浴びることで、陛下が著しく体調を崩すことを、懸念したのだ……。
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