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最後の秋 1
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六の月にマルが旅立って、連絡ひとつ無いまま……十の月に入った。
「どうかな?」
「嘘みたいな速さですよ。人の手じゃ掘り返せない深さでも、馬にゃ然程の労力でも無いみたいです」
種まきに備え、数日前から畑を耕している。
畑の量を増やしたから、少し早めに始めたのだけど、馬五頭の労働力は想像以上であったよう。
この地方は長く農耕馬を取り入れていなかったから、扱い方なども知識に無いため、流民から農業経験者を複数人、指導者として雇い入れていた。
そのため作業人数も増えているしな。これなら来年は十日程遅らせても大丈夫そうだ。
ここは氾濫の影響で、お互いが助け合って生きていかねばならず、横の繋がりが強い。
だから、地方からの流民の受け入れがどう影響するか心配であったけれど、これも思っていたより順調だ。
新たな地での生活に不安を抱えた流民を、村人は快く、温かく迎え入れてくれた。
それには、ダニルやアーロンの影響も大きくあったよう。
「二人とも元は流民だって言うしねぇ。良い人たちだもん」
「色んな理由でそうなったんでしょうけど、ここに来たのも縁だしね」
「どっちも世帯持ってここに残ってくれたし、良くしてくれるしなぁ」
こんな田舎だから、腰掛け程度のつもりだと思っていたのに、二人とも村の女性と結婚し、この村に住み続けることを選択した。
元々吠狼の中でも潜伏しての情報収集を担当していた二人だから、地に馴染むという作業を苦としていない。
ダニルにはまぁ……ちょっと色々あったものの、今は二児の父となり、随分と雰囲気も変わった。
そんな前例があるから、新たな流民の受け入れも好意的に捉えてくれていたのだ。
「鋤き終わった畑から、土の状態を確認するから、とりあえず次の畑に行ってくれたら良いよ」
「はぁ。それは良いんですけど……コダンさん、再婚したんですか?」
「ふふっ、違うよ。三人はちょっとしたお手伝いに来てくれてるんだ」
新たな農法の指導者として連れてきたエーミルトと共に、コダン・スザナ・ロゼも、セイバーン村に来ている。
確かに親子に見えるかもな……。ロゼが二人と手を繋ぎ、三人で歩いているから尚更。
ただブラブラ散歩しているだけに見えるけれど、ちゃんと目的があってああしている。
「また後ほど伝えることがあるかもしれないけど、とりあえずは畑を耕すことを最優先にしてくれ」
村人にそう言い、持ち場に戻る姿を見送った。
そうしてから俺は、先ほど話題に登ったコダンたちの所へ。
「どう? 土の匂いはちゃんと美味しそうかな」
そう話し掛けると、大人二人は俺に頭を下げたけれど、ロゼは元気に返事をくれた。
「美味しそうになってきてる!」
その頭を慌ててスザナが押さえ、ハッとするロゼ。
頭を下げた二人を見回し、そうだった! と、手順を思い出したよう。
慌てて自分も頭を下げる。
「面を上げてもらって構わないよ」
そう声を掛けると、ホッとしたように頭を上げる。
「また間違っちゃった……」
「大丈夫。前よりちゃんとできるようになってきてる」
そう言うと、そうかなぁと首を傾げるロゼ。
まだ時間はあるから大丈夫。来年の春までにきちんと身に付けば良いのだ。
来春より、ロゼはアヴァロンに下宿することが決まった。
スザナと共に、嗅覚師としての職務に就いてもらうためと、ホセの希望により、読み書き計算を習うため、幼年院に通うのだ。
勉強に加えて嗅覚史として仕事を担ってもらうというのは、ロゼにとって大変なことだと思う……。でもその代わりに、彼女にはお給料が出ることとなるので、自分の学費くらいは工面できるようになる。
また、ロゼの言う美味しい匂いは、まだロゼにしか分からず、スザナにも覚えてもらうまでは、ロゼに頑張ってもらうしかないという事情もあった。
この農法は、最終的にはセイバーン村以外でも行えるようにならなければと考えているし、美味しい匂いの分かる嗅覚師が一人だけでは困る。これからも、この匂いがわかる人材を育てていきたいと、思ってはいるのだが……。
嗅覚の鋭敏な者は、今のところ獣人に多く、人のままでその特徴を強く出している人材はロゼとスザナのみ。ロジェ村の中でも、この血縁だけの特徴となっており、なかなかに人材発掘は難しそうだった。
ロジェ村には、他にも四人の嗅覚師がいるけれど、彼女らは獣人……。特徴も顕著で、村を出るわけにはいかない……。
獣人を人と認める社会になれば、彼女たちだって活躍できるし、自由に村の外へ出れるようになるのだけどな……。
「とりあえず、全て耕された畑から、匂いを確認していってくれな。四隅と中心を見てほしい。
追肥が必要そうであるなら、それも行おうと思う」
今年は菜物を育てていないから、多少養分に偏りが出るだろうと考えている。
それを追肥で補ってから、麦を撒く予定だ。
三人と別れて、そのまま畑を巡回。
それぞれ進んでいるようで、ホッと息を吐く。
コダンの雰囲気も随分と変わったよな……。
前は心ここに在らずといった感じで、研究と子供だけにしか頭がいっていない様子だったのだけど、この農法に一応の形の目処が立ってから、憑き物が落ちたかのように落ち着いた。
妻と子を、飢饉の影響で亡くしたと聞いていたし、それだけ思い詰めていたのだと思う。相変わらず口数は少ないのだけど、ああして礼儀等に気を回すゆとりが出てきたというのは、彼にとっても良いことだろう。
元々はオーストの文官だって話だったし、かつての彼が取り戻される日も近いのかもしれないな……。
そのまま畑の巡回を一旦終えて、次は橋の向かい側、一棟貸しの宿として改装している家の方へと足を進めた。
庭に倉庫兼厩を併設された借家なのだが、交易路を利用する行商団からは、すでに完成はいつになるのかと、問い合わせもあるという。
行商人らにとって、時とは金だ。旅の日程を縮めることができるというのは、商売で一山当てるに等しい価値を持つ。
宿の確保等も旅の重要事項なので、早めに情報が欲しいと考えているのだろう。
「アーロンいるかな」
「お頭、領主様です!」
マレクが早々と気付いてくれ、奥に向かって怒鳴る。
ここにきた当初はまだ幼さのあったマレクも、一人前の大工に育ち、今は若手の教育にも携わっている。
どうやら村の娘にも人気のようで、アーロンからそろそろマレクにも家庭を持たせられないかと考えていると、話があった。
本来なら、いちいち俺に了解など取らなくても良いのだけど……。
「わざわざご足労いただきまして、申し訳ないです」
「来たついでだから」
恐縮するアーロンにそういうのは良いからと手を振り、時間はあるかと聞くと、マレクに現場を任せてこちらに来る。
「食事処の二階を借り受けてますんで」
「分かった。そちらに移動しよう。
……俺だけが聞いた方が良いかな? それとも……」
今日の供は、オブシズとハイン。
二人とも聞かれて問題があるわけではないけれど……ハインはどうかな……。もしかしたら、反発するかもしれないが……。
「構いません。むしろ、ハインさんにゃ聞いてもらった方が良いかもしれませんし……」
「…………そうか」
アーロンの言葉で、ピクリと片眉を上げるハイン。
けれど何も言わず、俺の指示に従うつもりのよう。
オブシズもそれで、なんとなく察するところはあったといった様子だ。
「では、食事処へ行こうか」
アーロンを加えた四人で、俺たちは食事処へと足を進めた。
「どうかな?」
「嘘みたいな速さですよ。人の手じゃ掘り返せない深さでも、馬にゃ然程の労力でも無いみたいです」
種まきに備え、数日前から畑を耕している。
畑の量を増やしたから、少し早めに始めたのだけど、馬五頭の労働力は想像以上であったよう。
この地方は長く農耕馬を取り入れていなかったから、扱い方なども知識に無いため、流民から農業経験者を複数人、指導者として雇い入れていた。
そのため作業人数も増えているしな。これなら来年は十日程遅らせても大丈夫そうだ。
ここは氾濫の影響で、お互いが助け合って生きていかねばならず、横の繋がりが強い。
だから、地方からの流民の受け入れがどう影響するか心配であったけれど、これも思っていたより順調だ。
新たな地での生活に不安を抱えた流民を、村人は快く、温かく迎え入れてくれた。
それには、ダニルやアーロンの影響も大きくあったよう。
「二人とも元は流民だって言うしねぇ。良い人たちだもん」
「色んな理由でそうなったんでしょうけど、ここに来たのも縁だしね」
「どっちも世帯持ってここに残ってくれたし、良くしてくれるしなぁ」
こんな田舎だから、腰掛け程度のつもりだと思っていたのに、二人とも村の女性と結婚し、この村に住み続けることを選択した。
元々吠狼の中でも潜伏しての情報収集を担当していた二人だから、地に馴染むという作業を苦としていない。
ダニルにはまぁ……ちょっと色々あったものの、今は二児の父となり、随分と雰囲気も変わった。
そんな前例があるから、新たな流民の受け入れも好意的に捉えてくれていたのだ。
「鋤き終わった畑から、土の状態を確認するから、とりあえず次の畑に行ってくれたら良いよ」
「はぁ。それは良いんですけど……コダンさん、再婚したんですか?」
「ふふっ、違うよ。三人はちょっとしたお手伝いに来てくれてるんだ」
新たな農法の指導者として連れてきたエーミルトと共に、コダン・スザナ・ロゼも、セイバーン村に来ている。
確かに親子に見えるかもな……。ロゼが二人と手を繋ぎ、三人で歩いているから尚更。
ただブラブラ散歩しているだけに見えるけれど、ちゃんと目的があってああしている。
「また後ほど伝えることがあるかもしれないけど、とりあえずは畑を耕すことを最優先にしてくれ」
村人にそう言い、持ち場に戻る姿を見送った。
そうしてから俺は、先ほど話題に登ったコダンたちの所へ。
「どう? 土の匂いはちゃんと美味しそうかな」
そう話し掛けると、大人二人は俺に頭を下げたけれど、ロゼは元気に返事をくれた。
「美味しそうになってきてる!」
その頭を慌ててスザナが押さえ、ハッとするロゼ。
頭を下げた二人を見回し、そうだった! と、手順を思い出したよう。
慌てて自分も頭を下げる。
「面を上げてもらって構わないよ」
そう声を掛けると、ホッとしたように頭を上げる。
「また間違っちゃった……」
「大丈夫。前よりちゃんとできるようになってきてる」
そう言うと、そうかなぁと首を傾げるロゼ。
まだ時間はあるから大丈夫。来年の春までにきちんと身に付けば良いのだ。
来春より、ロゼはアヴァロンに下宿することが決まった。
スザナと共に、嗅覚師としての職務に就いてもらうためと、ホセの希望により、読み書き計算を習うため、幼年院に通うのだ。
勉強に加えて嗅覚史として仕事を担ってもらうというのは、ロゼにとって大変なことだと思う……。でもその代わりに、彼女にはお給料が出ることとなるので、自分の学費くらいは工面できるようになる。
また、ロゼの言う美味しい匂いは、まだロゼにしか分からず、スザナにも覚えてもらうまでは、ロゼに頑張ってもらうしかないという事情もあった。
この農法は、最終的にはセイバーン村以外でも行えるようにならなければと考えているし、美味しい匂いの分かる嗅覚師が一人だけでは困る。これからも、この匂いがわかる人材を育てていきたいと、思ってはいるのだが……。
嗅覚の鋭敏な者は、今のところ獣人に多く、人のままでその特徴を強く出している人材はロゼとスザナのみ。ロジェ村の中でも、この血縁だけの特徴となっており、なかなかに人材発掘は難しそうだった。
ロジェ村には、他にも四人の嗅覚師がいるけれど、彼女らは獣人……。特徴も顕著で、村を出るわけにはいかない……。
獣人を人と認める社会になれば、彼女たちだって活躍できるし、自由に村の外へ出れるようになるのだけどな……。
「とりあえず、全て耕された畑から、匂いを確認していってくれな。四隅と中心を見てほしい。
追肥が必要そうであるなら、それも行おうと思う」
今年は菜物を育てていないから、多少養分に偏りが出るだろうと考えている。
それを追肥で補ってから、麦を撒く予定だ。
三人と別れて、そのまま畑を巡回。
それぞれ進んでいるようで、ホッと息を吐く。
コダンの雰囲気も随分と変わったよな……。
前は心ここに在らずといった感じで、研究と子供だけにしか頭がいっていない様子だったのだけど、この農法に一応の形の目処が立ってから、憑き物が落ちたかのように落ち着いた。
妻と子を、飢饉の影響で亡くしたと聞いていたし、それだけ思い詰めていたのだと思う。相変わらず口数は少ないのだけど、ああして礼儀等に気を回すゆとりが出てきたというのは、彼にとっても良いことだろう。
元々はオーストの文官だって話だったし、かつての彼が取り戻される日も近いのかもしれないな……。
そのまま畑の巡回を一旦終えて、次は橋の向かい側、一棟貸しの宿として改装している家の方へと足を進めた。
庭に倉庫兼厩を併設された借家なのだが、交易路を利用する行商団からは、すでに完成はいつになるのかと、問い合わせもあるという。
行商人らにとって、時とは金だ。旅の日程を縮めることができるというのは、商売で一山当てるに等しい価値を持つ。
宿の確保等も旅の重要事項なので、早めに情報が欲しいと考えているのだろう。
「アーロンいるかな」
「お頭、領主様です!」
マレクが早々と気付いてくれ、奥に向かって怒鳴る。
ここにきた当初はまだ幼さのあったマレクも、一人前の大工に育ち、今は若手の教育にも携わっている。
どうやら村の娘にも人気のようで、アーロンからそろそろマレクにも家庭を持たせられないかと考えていると、話があった。
本来なら、いちいち俺に了解など取らなくても良いのだけど……。
「わざわざご足労いただきまして、申し訳ないです」
「来たついでだから」
恐縮するアーロンにそういうのは良いからと手を振り、時間はあるかと聞くと、マレクに現場を任せてこちらに来る。
「食事処の二階を借り受けてますんで」
「分かった。そちらに移動しよう。
……俺だけが聞いた方が良いかな? それとも……」
今日の供は、オブシズとハイン。
二人とも聞かれて問題があるわけではないけれど……ハインはどうかな……。もしかしたら、反発するかもしれないが……。
「構いません。むしろ、ハインさんにゃ聞いてもらった方が良いかもしれませんし……」
「…………そうか」
アーロンの言葉で、ピクリと片眉を上げるハイン。
けれど何も言わず、俺の指示に従うつもりのよう。
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