異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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婚姻の儀 1

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 そんなことを挟みつつも準備は進んだ。
 そうしてマルたちが戻らないまま、婚姻の儀当日を迎えたのだ。

「じっとしててくださいな! もうちょっとですから」

 左側の横髪をぐいぐいと引かれる痛み。やっと肩にかかるようになった俺の髪を、編み込んでいるのはルーシーだ。

 ある程度までそうした後は、後頭部で馬の尻尾のように纏められて、金糸で刺繍を施された飾り布で括られる。

「はいっ、終わりました。
 じゃあ私、サヤさんの方に行きますから、後よろしくお願いしますね」
「任せてちょうだい。ルーシーも、ある程度できたら自分の仕度よ、忘れないで!」
「忘れませんとも!」

 俺の着付けはヨルグに任せ、ルーシーが部屋を飛び出していく。
 あちらではメイフェイアとセルマが、サヤの着付けを先に進めているはずだが、サヤの髪と化粧はルーシーが担当する予定だ。
 そして俺はここから着付けの開始。

「……着付けって言っても、形は今まで通りだから自分で着れると思うんだ……」
「何言ってるの。ただ被るのと着付けは別よ。
 ちゃんと格好良く見えるように、色々調整するんだから」

 調整するような余地がどこかにあったか?
 そう思わずにはおれない俺……。
 社交界とか会合とかで散々礼装は身に纏っているが、そこに普段との差は感じていなかったのだけど……。

「……手拭い一枚挟むわ」
「うぇ、なんで腰に入れる⁉︎」
「腰が若干細すぎよ。もう少し貫禄付けるの」

 と、腰に手拭いを巻かれ。

「はいっ、背筋伸ばして! 長衣がお腹で余ったら格好悪いでしょ!」

 と、腰帯の位置に拘り。

「……肩は大丈夫ね」

 肩にも折り畳んだ手拭いを挟まれそうになったが、これはなんとか回避できた。そんなものそこに挟んでたら、歩いた時に落としそうだよ……。

「そんなわけないでしょ。縫いつけるわよ当然」
「えぇ……今更?」
「今更じゃないわ。こういう微調節は当日にならないとできないものなのよ。
 もうっ、レイ様全然拘ってない!」

 ぷんぷんと怒るヨルグ。
 いや、どうせ数時間乗り切るだけなんだからそこまでしなくてもって思うじゃん……。

「……そんなこと言って良いのかしら? サヤさんに格好良いって思われた方が、お得だと思うけど……」
「全力でお願いします!」

 気合の入り方が変わったので、後は前向きに協力した。

 さて、本日の予定なのだが……。
 サヤはバート商会別館にて待機しているので、俺はブンカケンよりサヤを迎えに行き、ブンカケンに連れ帰る。
 一般的にはそこから祝宴となるのだけど、さすがに来客が賓客揃いとなってしまったため、街に繰り出して適当にとはいかなくなった。

「領民には迎えの往復で我慢してもらいましょう。
 その代わり、幼年院に振る舞い料理を沢山用意し、楽しんで貰えば良いではないですか」
「街の中も勝手に盛り上がりますよ。
 一応、広場には机等を用意し、楽団を呼び、屋台も出します。
 サヤさんの誕生祝い同様だと、皆はとらえると思いますよ」

 ヘイスベルトの采配で、そのように準備が進められ、ウーヴェとリタは街の中を仕切ってくれる手はず。
 俺たちは、ブンカケンの大会議室を披露宴会場とし、賓客の方々に料理を振る舞い、挨拶を交わす。
 そうして夕刻……アレク立ち合いのもとで断髪し、サヤの髪をアレクに預け、婚姻の報告。サヤの貴族入りを済ませることとなる。

 そうそう、アレクなのだが、プローホルでお会いした侍祭の女性のみを伴ってお越しになり、街中の宿に宿泊されている。
 式の当日も、貴族の披露宴には参加されず、街中を巡って楽しむそうだ。

「婚姻の儀当日は、夕刻にブンカケンへお邪魔致します。私はサヤさんの断髪と婚姻報告のみ参加しましょう。
 なに、ここに私が招かれているということで、神殿の役割は充分果たせております。
 許可していただけるならば孤児院など見学させていただければと思いましたが……私は立場的に立ち入らぬ方が良いとお考えでしょう?
 ルドルフとカタリーナたちは気掛かりですが……ルドルフは私を怖がるでしょうしね……」

 アレクが来たという知らせを吠狼より受けてお会いした時、そうおっしゃった。
 プローホルでルドルフはかなり痛々しい扱いを受けていたので、神殿関係者が近付くことは嫌がるだろう。
 俺たちにもまだ全然慣れていないし……今はそっとしておくべきと、意見は一致した。

 だけど、アレクへの対応は、それでは駄目だろう。
 固辞するアレクを説得して、婚姻の儀の後、配下や使用人ら、式の最中働かなければならなかった者たちの、慰労会として用意した食事に招く予定で落ち着いた。
 司教としてではなく、俺の友人らの輪に加わってもらうのだ。
 オブシズやクララとは顔見知りだし、侍祭の方も年齢の近い女性が多いから、居心地悪い思いをさせずに済むだろう。

 俺の身支度が整い、ヨルグは退室。サヤの方が整ったという知らせが入るのを待つこととなった。
 髪は切ることになるのだから、あまり凝りすぎないようにとルーシーには言い含めたが……果たして彼女がそれをきちんと踏まえてくれるかどうか……。
 そんなことを考えている間にハインが来て、お茶を用意してくれた。

「そろそろ印綬も身に付けておきますか?」
「そうだな……。ギリギリになると忘れて行きそうだし」

 ハインは全く変わらず今まで通りの従者服。
 しかし、やはり髪はルーシーにどうにかされてしまったのか、油で全部上げてあった。
 前髪の無いハインは新鮮だな。初めて見た気がする。

「……とっくに十年超えちゃったなぁ……」
「は?」
「お前といっしょにいるの」

 それで初めて見ただなんて、なんだかおかしい。
 そしてハインとの関係は、これからもずっとこのまま続くのかと思うと……。

 急にくすくす笑い出した俺に、ハインはなんだこいつみたいな顔をしてくる。
 そういう、どうでも良い時は感情を隠しもせず、だけど読ませない時には徹底して読ませない……それも前からずっと、変わらない。

「いや、俺がとうとう今日婚姻だろ?
 ギルもまぁ……良好な関係が続いてるように見受けられるし、じゃあお前はって考えたら……全然何もないんだよなぁ」

 徹頭徹尾、全くその手のことに思考が向いていない。

「だけど……俺とサヤが結ばれて、もし子を授かった時に、お前の子が俺たちの子の従者になったらってふと、そう考えてみたら……。
 なんだかもの凄く、良いなと思ったんだ」

 俺たちが子を授かることができたならば……。とは、言ったけれど。
 正直そこに関しては全く想像ができない。
 まず今夜、ちゃんとサヤと契ることになるかどうかも分からない。
 サヤは色々覚悟していると思うけれど、それを身体が受け入れられるかどうかは別の問題だと、俺は考えている。
 そう思っておく方が良い……。万が一無理でも、サヤを責めてしまったり、行為を強要してしまったりしたくないし……。

 サヤから俺に触れてくることもあるし、口づけだってするけれど、この先は正直……どうなんだろうな。
 サヤの過去に関しては前に聞いたけれど、サヤが言葉にできたことが全てとは限らない。
 危険に身を晒していた時のサヤの記憶は飛んでしまっており、本人も覚えていないと、そう言っていたし……。

 覚えていないんじゃなく、覚えていたくなかったのかもしれない……。

「何、急に暗くなってるんですか」

 そう言われてハッと我に返った。

 いかん。ついドキドキが、後ろ向き思考にすり替わるところだった。
 いや俺、絶対緊張してる……。
 さっきから思考がどうにもフラフラしてるし。
 あぁもう、早く始まってくれないか。こうして何もすることがないのが一番よろしくない。
 ちゃんとサヤの準備は進んでいる? 遅くない? 何か問題が起こったりとかしてたりしないだろうか……⁉︎

 意識した途端緊張が倍増し、うーあー言い出した俺を、冷めた視線で見下ろすハイン。
 呆れた口調でダメ出しまで始めた。

「今更緊張したって仕方がないでしょう」
「したくてしてるわけじゃないんですよ……」
「婚姻の儀よりも緊張すべき時は、多々あったと思いますが……」
「その時だって緊張してたと思うけど⁉︎」

 そもそも大抵のことに頓着しないハインは、頓着しないがゆえに緊張とは縁がない。
 こいつに今の俺の心理を理解しろっていうのが無理なのかもしれない……。

「人生で一回しか無いとサヤが言うことなんだぞ婚姻は!
 その一回に失敗してしまったら、一生取り戻せない失敗になるんだぞ⁉︎
 万が一……それでサヤの思い出を最悪のものにしてしまったらと思ったら……」
「失敗しなければ良いのでは?」
「失敗しようと思ってするやついないからね⁉︎」

 ハインならそうだよね、失敗しないよねっ、緊張しないもんね!

「……まぁ、貴方が恙無く、サヤと結ばれたならば、考えないでもないですよ」

 何を考えるって⁉︎

「レイシール様、サヤ様のお仕度が整ったそうですわ」

 不意にまだ聞き慣れていない声がして、クレフィリアが顔を覗かせた。
 サヤの仕度が整ったという言葉に慌てて立ち上がる。

 オブシズの妻となり、そのままセイバーンで女中として仕える道を選んだクレフィリアは、あっという間にここにも馴染んでいた。
 苦労人だっただけのことはあり、貴族らしからぬ庶民的なことも多々身に付けている人で、アギーでは求められなかったようなことが職務であっても、そつ無くこなしている。
 お互いが夜番でなかった日は、一緒に出勤してくるのだけど、だんだんと二人が打ち解けてきている感じがするのも、また良い。

「分かった、行く!」

 足を踏み出そうとした俺の前に、小さな箱を差し出すハイン。

「早速失敗しないでください」
「あ、あぁ。ありがとう……行ってくる」

 慌ててそれを受け取り、丁寧に懐の隠しにしまってから部屋を飛び出していく俺を、ハインはいつも通り、送り出してくれた。
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