異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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最後の夏 6

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 八の月は、夏の会合がある。
 畑の調整をエーミルトとコダンに任せて、俺たちは王都入りの準備を始めた。

「すまぬな。こんな時に留守も守れぬとは……」
「そういうこと気にしない!
 父上、ご自分の年齢考えてください。もうすぐ六十ですよ?
 その年は、大抵の人が引退してるんです!」
「ヴァイデンフェラーのは現役だ」
「……あの方は六十代の規格に含まれてませんよ……」

 そう言うと父上はくすくすと笑い出した。
 ほっとしたものの、軽い咳を誘発してしまったものだから、慌ててサヤが背中をさする。

「いやすまん、大丈夫だ」

 たんが喉に絡み、息が詰まりやすいのだと、ナジェスタには聞いていた。
 サヤが常備されている薬湯を差し出すと、それを一口飲んで、器を返す。
 呼吸は落ち着いたように見えたから、俺はまた、言葉を続けることにした。

「……ほんと、そこは気にしないで大丈夫ですから。
 クロードが残ってくれますし、ルフスもいてくれます。王都の方はヘイスベルトとアーシュがついてきてくれるので、俺のお目付役もばっちりですから」

 そう言うと、またくすくすと笑うものだから、ハラハラしてしまう。

「父上は、きちんと食事をして、身体を最優先に考えてください……。
 会合から戻ったら、待ち望んだ婚姻の儀なんですよ……」
「そうだな。ここで力尽きては死んでも死にきれん……サヤの純白の花嫁衣装を楽しみにしてきたというのに」

 そう茶化されて唸るしかない……。
 前回、試着を見れなかったことを父上に愚痴ってしまったら、ずっとこうして揶揄われるのだ……。

「そうだな……あとほんのひと月ほどか……」
「…………そこを終わりみたいに言わないでください……」
「分かっている。私はちゃんと、お前たちの孫を見るつもりでいるよ」
「…………それを期待されるのもなんか……とっとと契れと言われているみたいで嫌だ……」

 と、そう言い渋面になると、父上がまた笑う。
 ……こんなに笑う人じゃなかったと思うのだけど……長年背負ってきた重荷を下ろせたことで、心が軽くなられているなら、それは喜ばしいことだと思う……。

 ……孫を見るつもりでいる……。
 それは、何年だって生きるつもりでいると、そういう心積りを見せてくれた言葉だろう。
 俺とサヤには子ができないかもしれないこと、父上には伝えてある。
 それでも孫を見るまで生きると、そういう決意だ……。

 後継に関しては、養子を貰い受ける方向で、準備を進めていたけれど……まだ貴族関係者をあたることはしていない。
 俺もサヤも若いから、ここから二十年くらいは職務を頑張るつもりでいたし、養子を得る準備を本格的にしだすのは、教育を考えても、十年後くらいが妥当だろう。
 それに、今ここは、注目の的だ。
 婚姻を結ぶ前から養子を探すなんてしていたら、いらぬ興味を引き寄せるし、余計な詮索を招くことになってしまうだろうから。

「心置きなく婚姻の儀に挑めるよう、お前たちが戻るまでに、体調を整えておくよ。
 だから、安心して職務に当たりなさい」
「はい。……本当ですよ?」
「分かっている」

 念を押し、そろそろとガイウスにも促されたから、部屋を辞すことにした。
 あまり長く話をするのも、父上の負担になるのだろう……。
 部屋を出て、暫く足を進めてから……俺はガイウスと向き合った。

「では、父上のこと……頼む」
「は。留守はお任せください」
「何かあったら、ルフスとクロードに。父上の容態に関しても……」
「心得ております」

 言葉は少なかったけれど、彼が父上に忠実であることはよく理解していたから、彼に任せることには、何ら不安は無かった。
 父上とさして変わらぬ年齢の彼は、足腰もしっかりとしていたし元気そのもの。それを思うとすこし……辛くなるけれど。

 あの三年がなければ……。
 もっと早くに、気付いていたら……。
 父上はまだ、来世を考えるようなことには、なっていなかったのだろう……。

 万が一、容態が一気に悪化するようなら……サヤだけでもこちらに戻そうと思っている。
 職務を棄て置くことはできない……。だからせめて、婚約者である彼女だけでもと……。

 でも……父上の最後にまで立ち会えないのは、嫌だ……。

 母の時は、何も思えなかった……。
 本当のことを知らなかったから……ただそうかと、思っただけ……。親不孝な息子だったと思う。
 だけど父上とは、三年以上をここで、共に過ごしたのだ……。

 せめて、せめて式までは……できることなら何年だって、生きてほしいと思っていたけれど……。

 ナジェスタからは、保ってあと半年と聞いている。
 数年にわたって飲まされた毒物が、少しずつ蝕んでいた父上の体内は、もうボロボロであるそうだ。
 それでも、食事に気を付け、過度な運動を控えて体調管理をしてきた結果、通常よりも随分と良い状態で、今日に至っているそう……。

「普通はね、こんなに穏やかに過ごせやしないんだよ。
 固形物を食べられなくなったらもう、弱っていくしかないんだから。
 だけどここは、食材だって豊富だし、食べやすいように工夫した料理を色々用意してくれるから、栄養をまだとれてる。
 アルドナン様も、食欲はもうほとんど無いんだと思うよ……。でも、一生懸命食べて、身体を保とうと努力してるよ」

 そんな風にナジェスタは教えてくれた。
 だから、無茶を言ってはいけないのだと、分かっている……。

「サヤも……もしもの時は頼むよ……」
「うん。ウォルテールさんが王都の傍で待機してくれることになってるから。
 狼で走れば、ここまで五日もかからへん……。
 でも、その心配は、せんでもええと思う。顔色は悪うなかったし、お父様も、ああ言ってくらはったやろ?」

 そう言って慰めてくれるサヤの手を握って、自室に向かった。

 旅の支度は順調に進められている。
 交易路を使えるようになり、王都までの道程は三日ほども短縮されたから、十日以上かかっていた王都が、随分と近くなったように感じる。
 マルは帰らぬままで、便りも無いが……待っているわけにもいかない。

 部屋に戻ると、準備を進めていたハインが迎えてくれた。

「お帰りなさいませ。こちらの荷は纏まりました」
「うん。ありがとう……」
「……お茶をご用意します」
「うん……」

 どうにも気持ちが切り替えられない俺を気遣ってくれたのか、ハインが珍しく優しい……。
 用意してくれた熱い茶をゆっくりと味わって、とりあえず心を落ち着けることに専念した。

 俺が焦ったり、悩んだりしたところで意味なんて無い……父上のことは、ナジェスタがちゃんと診ていてくれるんだから……。

 何より、皆が不安になってしまうだろう。俺のことを、不甲斐ないと思うかもしれない。父上にだって、心配させてしまう。
 今は、父上の心の負担を取り除くことを、第一に考えよう……。俺に任せておけば安心だと、そう思えるように……。

 そこで、コンコンと扉が叩かれた。
 誰か来たと、慌てて表情を取り繕う。
 ハインが対応に向かい、その間に居住まいを正したのだけど、やって来たのはお馴染みの顔だった。

「アイル、どうした?」
「王都までの警護の準備も整った。最小人数ということだったから、狼も含め五名ほどだが……」
「うん。充分だよ」

 そう言ったのだが、アイルは微妙な顔……。
 そうして、暫く逡巡した後、また口を開いた。

「……ジェイドがいない……戦力不足だ。もう少し、人数を増やしたい」
「でもそうすると、ここの守りが更に弱くなってしまう」

 獣人の特徴がある者が近付けなくなっているのだ。だから戦力となれる者は、ここの守りに残しておきたかった。

 ジェイドはどうも、マルと共に行動しているよう。
 アイルから暫くここを離れる旨を聞いてから、随分と経っている。
 顔役の不在に、ジェイドのかわりを任せられる新たな人材を用意すると言ってくれたのだけど、吠狼からならメイフェイアもいることだし、必要ないよと答えた。
 あちらも人員不足なのだし、顔を晒すことを厭う者も多い。無理をさせたくないし、アイルがいてくれれば問題無い。
 だがアイルは納得しなかった。
 顔役は、顔を晒すことだけが仕事ではない。俺の守りも兼ねているのだと言われた。
 ジェイドの不在は、できるならば人員を二人用意したいほどに戦力を落とすのだと。
 まぁ、ジェイドは兇手の頃から稼ぎ頭とされていた。マルと共に行ったのも、その能力ゆえなのだろうしな。

「俺のほうは大丈夫だよ。
 交易路を極力使うのだし、警備の目だってあるんだから」
「ここにだってガウリィがいる」
「ガウリィは使っちゃ駄目」
「しかし……」
「王家の影だって動いてるんだろ。いつ何を見られるか分からない。
 ガウリィはここの住人として過ごしてるんだから、駄目だよ」

 万が一素性がバレてしまった場合、戻れなくなってしまう……。
 せっかくエレノラと結婚して、ここの生活にも馴染んでいるのだ。

「だいたい……食事処だって忙しいのに、それ以外のことをやるゆとりなんてないだろ」
「…………」

 キュッと眉間にしわを寄せるハイン。
 この状況で何甘いこと言ってやがると顔に書いてあるが……。

「これだって重要な任務だよ。
 いつかの日のための……大切な役目だ」

 獣人を人だと宣言する時のための、重要な役目。だから別に、甘いことを言ってるわけではない。

「とにかく大丈夫だから。
 それに、派遣官も王都まで一緒だし、大丈夫、大丈夫」

 学舎出身者は総じて文武両道である場合が多い。そうでなければ、王宮へ抜擢なんてまずされない。
 まぁ……俺みたいなのも中にはいるけれど、これは例外中の例外である。

 なんとかアイルを納得させ、影で動くのは五人となった。ウォルテールがいてくれるということだし、そこはなんとなく嬉しい。
 アヴァロンは元から吠狼の守りを前提に作られた村だから、衛兵や騎士の数だって少ない。その前提を覆すことは極力避けたいと考えていた。
 新人騎士の研修を行うようになったから、前よりはまだマシだけど……彼らは総じて、一人前になれば、ここを離れていくのだ……。

 それにここは堀に囲まれているから、守りとしては良いけれど、万が一の時は退路の確保が危うい構造をしている。
 だから、その万が一に住人を危険に晒すようなことには、したくない。
 俺は、住人を守るためにこそ、彼らじゅうじんを使いたかった。

 皆から次々に、準備が整った報せが入る。
 明日の出発は問題無さそう。
 不安なことは多々あったけれど、それを振り切って、俺たちは王都に向かう。
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