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最後の夏 5
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小麦の生産において大量に消費する栄養素は、窒素とカリウムであるらしい。
それは、この地方の土で小麦を育てる場合ということなので、どの地方でも同じと言うことではないのだけど、取り敢えずそこは置いておく。
沢山ある試験畑の殆どに使用したのが、その二つの要素を強く含む肥料だった。
この二つは、麦の根と茎を育てるのに必要とされるものであると、サヤから聞いていた。
麦踏みで株を増やした畑が尽く不作だったのも、この二つが圧倒的に足りなかったからだろう。
「一年目、小麦を生産したら、収穫後の畑は放置しない。雨季が明けてから菜物を植えるようにする。
大量に作れば良いよ。これは冬の食料として備蓄できる方法を研究し、ある程度形になってきているから、作れるだけ作って、食べて、余れば保存に回すことができる。
ただ、一部は残して畑に鋤き込む。外側の育ちすぎた葉とか、そういうのをね。
で、十の月の水撒きは廃止。意味はあるが、労働に見合う成果とはなっていないと判断した。
だけど心配しないで。
この水撒きの代わりが菜物の栽培だ。菜を育てることで、小麦に必要な養分をまた土に、増やすことができるみたいなんだ。
しかも、水を撒くよりも沢山の養分を得られる可能性がある。先程作物の葉を残して鋤き込むと言ったけれど、それが畑の養分になるんだ」
他の地域では当たり前にしていることだけど、ここではしていなかったから、その意味も丁寧に説明した。
そして二年目は、大麦、燕麦、菜種、蕪や馬鈴薯、茄子や胡瓜、葉物など、畑に不足した養分を補うための作物を植える。ここはまだ模索段階だけれど、ある程度は追肥で調節できると考えていた。
他の地方でよく作られている作物を参考に、極力育てられる種類を増やしたいと思っている。
そして三年目……。
「豆の牧草を植える。宿場での需要が見込めるから、農耕馬を利用するのに必要なもの以外は、売れば良い。これを休耕畑の代わりに取り入れる」
ハマーフェルドにも伝えた手法だ。これをここでも取り入れる。蓮華や白詰草は栽培の手間も掛からない。種を巻いておけば、水やり以外の世話はほぼ必要無いだろう。
余った牧草は貯蔵塔に備蓄。売るも良し、冬場の家畜の餌にするも良し。
「この三年周期をまずは二回繰り返してみるつもりだ。
六年、この手法を維持し、その間に情報を分析し、重ねた研究で次の形へと移行する。
畑の量はどこも増えるが、三倍にはしない。今ある分の半分のみを増やす形になる。
当然労働量は増えるけれど……それは農耕馬を取り入れることで補う。
それで、今までの労力とあまり変わらない仕事量で、小麦の生産量は豊作時を維持できる……場合によっては増やせるかもしれないと、そう考えている」
「……畑は、たったそれっぽっち増やすだけ?」
「そりゃ、あまり増えても困るけど……」
「本当に大丈夫なんで?」
不安そうにそう問い返してくる村人たち。
だから俺は敢えて、内緒ごとを伝えるみたいに、悪戯っぽく笑ってみせた。
「うん。そうできる魔法を見つけたんだ」
そしてこれが、俺たちの用意したとっておき。
「十二の月に、小麦の苗を踏む行程を追加する! 今までの土掛け、あれをもう少し荒っぽくするよ!」
「ふ、踏む⁉︎」
「踏んじゃダメじゃん⁉︎」
「そんなことしたら、茎が折れて枯れちまうだろ⁉︎」
思っていた通りの反応。つい叫んでしまった青年の声に、皆からそうだそうだと賛同の声が上がる。
それを暫くの間心地よく聞いて、頃合いを見計らい手を挙げた。ピタリと声が途絶える。
「枯れないよ。大丈夫」
にこりと微笑んでそう告げると、半信半疑といった様子で、お互い顔を見合わせる村人たち。
「枯れないどころか、良いことが沢山ある。
小麦は踏むことで傷付き、傷を修復するために根を増やし、株をも増やす。
それにより、今までより多くの養分を取り込みやすくなり、株を増やした分栄養を広く行き渡らせなきゃならないから、麦の背が高くなりにくい。
そうなれば当然、育ちすぎて、穂の重みで茎が折れてしまう可能性を減らせるし、風にだって強くなる。そういう性質を持っていたことが分かった!
だが、株が増えた分、養分も多く必要になる。そこを追肥で補う!」
その追肥に、窒素とカリウムを多く含むと思われるものを用いる。
肥料になるものを漁り、探していたコダンの研究が、ここで実を結んだ。
「春になったら、土に草木灰と菜種の油粕を鋤き込み、。これが追肥となる。
それにより、増えた株がそれぞれに穂を実らせることで、収穫量が増えるんだ!」
できる限り明るく、声を張った。
株が増えることに関しては、必ず保証してやれる。追肥で効果的に育てることもだ。
本来なら……農民らの畑で直接試すしかなかった。失敗することも当然と、受け入れるしかなかった。
そうであったなら、こんな風には言えなかったろう。
「ち、ちょっと良いですか?
つまり、持ってる畑を今ある分の半分ほど増やし、それらを三つに分けて栽培するんですよね?
なら、麦を育てる量が、今までの半分になっちまう……。それじゃ今年の収穫量すら、怪しいですよ。
それに、俺たちはもうずっと、麦を作り続けてきた……だから畑はもう、限界ってことなんでしょ?
じゃあ、その素晴らしい農法を試したとしても、実りが期待できるとは……」
「大丈夫。できる手段を得てる」
そう言うと、また瞳を見開き、ついでに口もあんぐりと開く村人たち。
「馬だよ! 人の手では掘り返せなかった深さで、畑を耕すんだ。
麦の根が届くより深い場所の土は、まだ養分を多く含んでる。その土を上に持ってくる!
そう何度も使える手じゃないが、今年に限っては、それで収穫量を確保できるはずだ!」
これもサヤに教えてもらっていた奥の手だった。
家畜を農耕に利用していなかったからこそ使える手で、本当はずっと前に聞いていた……。
けれど、この時のために伏せていた。
一年を凌ぐために使っても、次の年までに新たな農法が確立できている保証がなかったから……。
ギリギリまで耐えてもらう。それを選んできた。
「今年は、十の月から、水撒きの代わりに畑を耕す。
十一の月までに種まき。
十二の月のうちに、麦踏みを数度挟む。
土掛けは春になってから、追肥の際に行う。
その他の細かい部分はエーミルトが計画を立ててくれているから、彼に相談すると良い。
畑の管理が始まったら、ここに通ってもらう形に整える。
農耕馬は五頭確保する予定だから、畑を鋤く順番を五組に分けて決めておいてほしい」
「エーミルトさんかぁ!」
「あぁ、あの人が言うなら間違いねぇか」
やっと皆の表情に、安堵が戻ってきた。
長年、ここの農夫であったエーミルトが立てた計画ならば、ここのこと、小麦のことをよく知ってる。それを当然、ふまえてくれているはずだ。
それが分かって、ホッとしたのだろう。村人らは少しずつ、うずうずそわそわしだし、期待に弾んだ声で言葉が交わされる。
「馬……かぁ。そうだよな、もう氾濫、無くなったんだし……」
「馬があんなら、内職の品も、自分たちで運べるんじゃないか?」
それは良い!と、盛り上がる村人たち。
メバックからの馬車を心待ちにしなくとも、自分たちで買い付けだってできると話が弾む。
そんな中で……ぽつりと呟かれた、別の声。
「馬が持てるなら、アヴァロンまで子供らを送ってやれんかな。農耕馬なら荷車も引けるだろう?」
「……そうだねえ。勉強してみたいって言ってたもんねぇ」
子供らから、小さく歓声が上がった。けれど、大人の話を邪魔しないよう、さっと引っ込み、期待に満ちた視線だけをキラキラと輝かせる。
集会所の中が、久しぶりに明るい、良い雰囲気になった気がした。
馬を持てると期待する声に、俺も口を挟むことにする。
「農耕馬は村の管理で五頭確保しようと思ってたけど……早めに工面しようか?
厩を用意すれば、シュヴァル馬事商からすぐに買えるから……そうだな、ユミルたちの家……あそこの跡地を厩に改装するよう、アーロンに頼んでおけば、八の月のうちには完成するんじゃないかな」
一家に一頭……としても良いのだけど、そこまで馬を必要とする予定は無い。荷運びに使うにしても、持て余すだけだろう。
だから、風呂同様、村人の持ち回りで管理するのが良いと思う。費用も減るし、越冬の飼料確保だってけっこうなものになるから。
そう言うと、納得の声がいくつか上がり、質問も飛んできた。
「エーミルトさんはアヴァロンから通うんで?」
「交易路を使えば、一時間かからずここに来れるからね」
「そっか……案外近いな。それなら……」
荷車も欲しいよなぁ……と、誰かの声。
だけどそれは少々難ありだぞと、俺は思った。
荷車の揺れは結構すごいのだ。体重の軽い子供たちは、石にでも乗り上げれば荷台から放り出されてしまうかもしれない。
そんなことになってしまえば、下手すると怪我では済まない。
「……子供らを幼年院にやるなら、辻馬車を手配しようか?」
人を雇うことになるから割高だけれど……怪我をするような方法で通うなんて、危険すぎる。
そう思い口を挟んだのだけど……。
「いやいや、どうせ内職の品をアヴァロンまで運ぶんだ。それに子供らを同乗させりゃいいんで」
「荷車じゃ雨の日品を濡らしちまう」
「じゃぁやっぱり幌馬車だな。金出し合って村で一つ確保するか」
内職で程々身入りが良いのか、小麦の生産性は落ちているものの、村人らの会話は切迫感が薄い。
だからこそ、この三年を耐えれたのだと思う……。沢山の内職を提案してくれたサヤに、頭が上がらない思いだった。
幌馬車……かぁ。
だけど幌馬車も、揺れが酷いと、子供らが放り出されそうなんだよなぁ……。
幌がある分マシだけれど、やっぱり心配だ。
けれどそこで、ふと思い出した。
「幌馬車……ブンカケンの検証品から用意しようか?
試験用の試作だが、質としてはちゃんとしたものだし、少々形が特殊だけれど、使用感についてを後で教えてもらえるなら、手頃に入手できる」
「へぇ、そんなのがあるんですかい」
「形が特別って……どう特別なんで?」
「うん……」
言葉で説明するのは少々難しいのだけど……。
「幌馬車の前部分に座席がある、人と物を分けて管理する仕様になってる」
そう言うと、興味を持ったよう……。
「あと……どうせアヴァロンまで荷物を運んでくるならば、そのまま屋台を持って自分たちで販売するのも良いんじゃないか?
手の空いた年寄りとか、女性……店番はそんな人たちでも充分に勤まるし、卸値で売るより、屋台を借りる方が値も良いと思う。
それで、村の必要な物資を買い付けて、夕刻子供らを連れて戻る……とかね」
アヴァロンで働く者を一緒に運ぶこともできるよと言えば、俄然みんなの食いつきが変わった。
それは、この地方の土で小麦を育てる場合ということなので、どの地方でも同じと言うことではないのだけど、取り敢えずそこは置いておく。
沢山ある試験畑の殆どに使用したのが、その二つの要素を強く含む肥料だった。
この二つは、麦の根と茎を育てるのに必要とされるものであると、サヤから聞いていた。
麦踏みで株を増やした畑が尽く不作だったのも、この二つが圧倒的に足りなかったからだろう。
「一年目、小麦を生産したら、収穫後の畑は放置しない。雨季が明けてから菜物を植えるようにする。
大量に作れば良いよ。これは冬の食料として備蓄できる方法を研究し、ある程度形になってきているから、作れるだけ作って、食べて、余れば保存に回すことができる。
ただ、一部は残して畑に鋤き込む。外側の育ちすぎた葉とか、そういうのをね。
で、十の月の水撒きは廃止。意味はあるが、労働に見合う成果とはなっていないと判断した。
だけど心配しないで。
この水撒きの代わりが菜物の栽培だ。菜を育てることで、小麦に必要な養分をまた土に、増やすことができるみたいなんだ。
しかも、水を撒くよりも沢山の養分を得られる可能性がある。先程作物の葉を残して鋤き込むと言ったけれど、それが畑の養分になるんだ」
他の地域では当たり前にしていることだけど、ここではしていなかったから、その意味も丁寧に説明した。
そして二年目は、大麦、燕麦、菜種、蕪や馬鈴薯、茄子や胡瓜、葉物など、畑に不足した養分を補うための作物を植える。ここはまだ模索段階だけれど、ある程度は追肥で調節できると考えていた。
他の地方でよく作られている作物を参考に、極力育てられる種類を増やしたいと思っている。
そして三年目……。
「豆の牧草を植える。宿場での需要が見込めるから、農耕馬を利用するのに必要なもの以外は、売れば良い。これを休耕畑の代わりに取り入れる」
ハマーフェルドにも伝えた手法だ。これをここでも取り入れる。蓮華や白詰草は栽培の手間も掛からない。種を巻いておけば、水やり以外の世話はほぼ必要無いだろう。
余った牧草は貯蔵塔に備蓄。売るも良し、冬場の家畜の餌にするも良し。
「この三年周期をまずは二回繰り返してみるつもりだ。
六年、この手法を維持し、その間に情報を分析し、重ねた研究で次の形へと移行する。
畑の量はどこも増えるが、三倍にはしない。今ある分の半分のみを増やす形になる。
当然労働量は増えるけれど……それは農耕馬を取り入れることで補う。
それで、今までの労力とあまり変わらない仕事量で、小麦の生産量は豊作時を維持できる……場合によっては増やせるかもしれないと、そう考えている」
「……畑は、たったそれっぽっち増やすだけ?」
「そりゃ、あまり増えても困るけど……」
「本当に大丈夫なんで?」
不安そうにそう問い返してくる村人たち。
だから俺は敢えて、内緒ごとを伝えるみたいに、悪戯っぽく笑ってみせた。
「うん。そうできる魔法を見つけたんだ」
そしてこれが、俺たちの用意したとっておき。
「十二の月に、小麦の苗を踏む行程を追加する! 今までの土掛け、あれをもう少し荒っぽくするよ!」
「ふ、踏む⁉︎」
「踏んじゃダメじゃん⁉︎」
「そんなことしたら、茎が折れて枯れちまうだろ⁉︎」
思っていた通りの反応。つい叫んでしまった青年の声に、皆からそうだそうだと賛同の声が上がる。
それを暫くの間心地よく聞いて、頃合いを見計らい手を挙げた。ピタリと声が途絶える。
「枯れないよ。大丈夫」
にこりと微笑んでそう告げると、半信半疑といった様子で、お互い顔を見合わせる村人たち。
「枯れないどころか、良いことが沢山ある。
小麦は踏むことで傷付き、傷を修復するために根を増やし、株をも増やす。
それにより、今までより多くの養分を取り込みやすくなり、株を増やした分栄養を広く行き渡らせなきゃならないから、麦の背が高くなりにくい。
そうなれば当然、育ちすぎて、穂の重みで茎が折れてしまう可能性を減らせるし、風にだって強くなる。そういう性質を持っていたことが分かった!
だが、株が増えた分、養分も多く必要になる。そこを追肥で補う!」
その追肥に、窒素とカリウムを多く含むと思われるものを用いる。
肥料になるものを漁り、探していたコダンの研究が、ここで実を結んだ。
「春になったら、土に草木灰と菜種の油粕を鋤き込み、。これが追肥となる。
それにより、増えた株がそれぞれに穂を実らせることで、収穫量が増えるんだ!」
できる限り明るく、声を張った。
株が増えることに関しては、必ず保証してやれる。追肥で効果的に育てることもだ。
本来なら……農民らの畑で直接試すしかなかった。失敗することも当然と、受け入れるしかなかった。
そうであったなら、こんな風には言えなかったろう。
「ち、ちょっと良いですか?
つまり、持ってる畑を今ある分の半分ほど増やし、それらを三つに分けて栽培するんですよね?
なら、麦を育てる量が、今までの半分になっちまう……。それじゃ今年の収穫量すら、怪しいですよ。
それに、俺たちはもうずっと、麦を作り続けてきた……だから畑はもう、限界ってことなんでしょ?
じゃあ、その素晴らしい農法を試したとしても、実りが期待できるとは……」
「大丈夫。できる手段を得てる」
そう言うと、また瞳を見開き、ついでに口もあんぐりと開く村人たち。
「馬だよ! 人の手では掘り返せなかった深さで、畑を耕すんだ。
麦の根が届くより深い場所の土は、まだ養分を多く含んでる。その土を上に持ってくる!
そう何度も使える手じゃないが、今年に限っては、それで収穫量を確保できるはずだ!」
これもサヤに教えてもらっていた奥の手だった。
家畜を農耕に利用していなかったからこそ使える手で、本当はずっと前に聞いていた……。
けれど、この時のために伏せていた。
一年を凌ぐために使っても、次の年までに新たな農法が確立できている保証がなかったから……。
ギリギリまで耐えてもらう。それを選んできた。
「今年は、十の月から、水撒きの代わりに畑を耕す。
十一の月までに種まき。
十二の月のうちに、麦踏みを数度挟む。
土掛けは春になってから、追肥の際に行う。
その他の細かい部分はエーミルトが計画を立ててくれているから、彼に相談すると良い。
畑の管理が始まったら、ここに通ってもらう形に整える。
農耕馬は五頭確保する予定だから、畑を鋤く順番を五組に分けて決めておいてほしい」
「エーミルトさんかぁ!」
「あぁ、あの人が言うなら間違いねぇか」
やっと皆の表情に、安堵が戻ってきた。
長年、ここの農夫であったエーミルトが立てた計画ならば、ここのこと、小麦のことをよく知ってる。それを当然、ふまえてくれているはずだ。
それが分かって、ホッとしたのだろう。村人らは少しずつ、うずうずそわそわしだし、期待に弾んだ声で言葉が交わされる。
「馬……かぁ。そうだよな、もう氾濫、無くなったんだし……」
「馬があんなら、内職の品も、自分たちで運べるんじゃないか?」
それは良い!と、盛り上がる村人たち。
メバックからの馬車を心待ちにしなくとも、自分たちで買い付けだってできると話が弾む。
そんな中で……ぽつりと呟かれた、別の声。
「馬が持てるなら、アヴァロンまで子供らを送ってやれんかな。農耕馬なら荷車も引けるだろう?」
「……そうだねえ。勉強してみたいって言ってたもんねぇ」
子供らから、小さく歓声が上がった。けれど、大人の話を邪魔しないよう、さっと引っ込み、期待に満ちた視線だけをキラキラと輝かせる。
集会所の中が、久しぶりに明るい、良い雰囲気になった気がした。
馬を持てると期待する声に、俺も口を挟むことにする。
「農耕馬は村の管理で五頭確保しようと思ってたけど……早めに工面しようか?
厩を用意すれば、シュヴァル馬事商からすぐに買えるから……そうだな、ユミルたちの家……あそこの跡地を厩に改装するよう、アーロンに頼んでおけば、八の月のうちには完成するんじゃないかな」
一家に一頭……としても良いのだけど、そこまで馬を必要とする予定は無い。荷運びに使うにしても、持て余すだけだろう。
だから、風呂同様、村人の持ち回りで管理するのが良いと思う。費用も減るし、越冬の飼料確保だってけっこうなものになるから。
そう言うと、納得の声がいくつか上がり、質問も飛んできた。
「エーミルトさんはアヴァロンから通うんで?」
「交易路を使えば、一時間かからずここに来れるからね」
「そっか……案外近いな。それなら……」
荷車も欲しいよなぁ……と、誰かの声。
だけどそれは少々難ありだぞと、俺は思った。
荷車の揺れは結構すごいのだ。体重の軽い子供たちは、石にでも乗り上げれば荷台から放り出されてしまうかもしれない。
そんなことになってしまえば、下手すると怪我では済まない。
「……子供らを幼年院にやるなら、辻馬車を手配しようか?」
人を雇うことになるから割高だけれど……怪我をするような方法で通うなんて、危険すぎる。
そう思い口を挟んだのだけど……。
「いやいや、どうせ内職の品をアヴァロンまで運ぶんだ。それに子供らを同乗させりゃいいんで」
「荷車じゃ雨の日品を濡らしちまう」
「じゃぁやっぱり幌馬車だな。金出し合って村で一つ確保するか」
内職で程々身入りが良いのか、小麦の生産性は落ちているものの、村人らの会話は切迫感が薄い。
だからこそ、この三年を耐えれたのだと思う……。沢山の内職を提案してくれたサヤに、頭が上がらない思いだった。
幌馬車……かぁ。
だけど幌馬車も、揺れが酷いと、子供らが放り出されそうなんだよなぁ……。
幌がある分マシだけれど、やっぱり心配だ。
けれどそこで、ふと思い出した。
「幌馬車……ブンカケンの検証品から用意しようか?
試験用の試作だが、質としてはちゃんとしたものだし、少々形が特殊だけれど、使用感についてを後で教えてもらえるなら、手頃に入手できる」
「へぇ、そんなのがあるんですかい」
「形が特別って……どう特別なんで?」
「うん……」
言葉で説明するのは少々難しいのだけど……。
「幌馬車の前部分に座席がある、人と物を分けて管理する仕様になってる」
そう言うと、興味を持ったよう……。
「あと……どうせアヴァロンまで荷物を運んでくるならば、そのまま屋台を持って自分たちで販売するのも良いんじゃないか?
手の空いた年寄りとか、女性……店番はそんな人たちでも充分に勤まるし、卸値で売るより、屋台を借りる方が値も良いと思う。
それで、村の必要な物資を買い付けて、夕刻子供らを連れて戻る……とかね」
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