異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
915 / 1,121

最後の夏 3

しおりを挟む
「今年も氾濫は起こらなかったな」
「これはもう、大丈夫なんじゃないか? すげぇよ、こんなに長く氾濫が起こらないなんてなぁ!」
「これで畑だけ豊作ならよ……」
「あぁ、ほんとどうしちまったんだろうなぁ……」
「お前んとこの娘、また身篭ったって?」
「そうなんだよ。まだ二人目もちいせぇってのに三人目よ」
「そりゃ、工事があって見入りが増えるのは有難いけどねぇ……」
「ここもどんどん煩くなっていくよ……」

 雨季が明け、セイバーン村の視察に来た俺の耳に、道幅拡張のための工事現場で交わされる、言葉の数々が飛び込んでくる。
 その中に紛れ込んでいた、麦畑の話題にはどうしても、意識が向いてしまった。
 氾濫の抑制から、どんどん減っていく収穫量……。もう誤魔化しきれないほどに、結果は出ていた。

「レイシール様、お早く」
「あぁ……すまない」

 外套を深く被っているため、俺がここにいるということにはまだ気付いていないのだろう。
 だから、そのまま気づかれないうちにと足を進めた。
 今年の麦の生産量は、今までの記録を塗り替えるほどに減少してしまった。

 足を進めているのは、村の北側。元は領主の館に勤めていた者たちの住む界隈だ。
 川周辺の借家をいくつか買収する手続きのため出向いていた。

「へぇ……ここの庭に、こんな立派な厩を造るんで?」
「厩と宿を兼ねた借家に改装するんだよ。
 交易路を利用するのは、個人より圧倒的に行商団だろう?
 今はここを通り過ぎ、メバックやアヴァロンに足を伸ばそうとする商人が多いが、ここで宿泊できるならばしたいと考える者もいると思うんだ。
 だけど、大きな商業施設を造ったってね……ここはあくまで田舎だし、麦の生産地で、無意味に煩くなってもらっても困る……が、金は落として欲しい」

 そう言うと、くすりと笑う男衆。

「畑の量を増やしたのは、休耕畑を設けるためだ。ここの農法も改めていく予定だから。
 その休耕畑をただ休ませておくのも勿体無いから、積極的に飼葉を育てる。その飼葉や水、宿泊できる場所を提供するのが、ここを宿場にする意味だよ。
 借家は掃除だけして丸々を鍵ごと貸せば良い。今までの借家とおんなじだ。ただ、厩が付くだけでね」
「馬の世話なんかはしないんで?」
「しても良いんじゃないか? 別料金で」
「おぉ……そういうことかぁ」

 とりあえず数軒の借家を買い受けたが、後は借家を持つ家々が同じような改装をし、同じような商売を勝手に進めてくれればと考えている。
 この数軒の借家は吠狼の面々が管理し、行商人に提供していく一棟貸しの形で管理されるが、我々が手を出すのはそこまでだ。

「アヴァロンとここは近い。アヴァロンの中に宿を確保しようと思うと割高だし、空きが無い場合もある。
 だから先に、ここで一泊しておきたいって思う人はそれなりにいるだろう」
「あと、食事処を利用したいって客も多いよな、絶対」
「あぁ、絶対。あと風呂な」
「風呂はあるな!」
「厩かぁ……うちの借家の庭にも作れるか……? でも、せいぜい馬二頭、馬車一台程度しか……」

 うーんと唸っている男。大きな行商団を相手にできるほどの借家と土地を有していないと考えているよう。
 だから、行商団だって色々だぞ。と、声を掛けた。

「荷物の大きな行商団ばかりじゃない。貴重品を少量運んでいる者だっている。
 だから、自分たちの借家の強みというものを各自が持てば、それなりに需要は見込める。
 我々が買い取った借家は大規模な行商団用だが、それは個人で管理するには難しいと考えたからであって、お前たちまでこの規模でやる意味は無いよ」
「……成る程!」
「馬の世話が料金に含まれる、食事が提供される、借家の中に頑丈な金庫がある。馬車ごと入れる倉庫がある……。
 色々やってみれば良い。固定客が付けば、しめたものだぞ。行商団ってのは大体行路が決まってるからね」

 ただ手続きして済ませるはずが、事業説明会みたいになってしまった。
 俺たちが来てるようだと聞きつけた、色々な家の者が顔を出し、質問に答えているうちにこんなことになってしまったのだが、まぁ……手間が省けて良かったかもな。
 ハインに促されて足を進めつつ、そんなことを考え、今度向かったのは集会所。
 説明会の本番はこっちだ。

「レイ様だー!」
「レイ様、サヤ姉ちゃん一緒じゃないの?」
「こらっ、手を振り回すなっ」
「レイ様じゃないでしょっ、もう領主様!」
「いいよどっちでも、呼びやすいようにしてくれたら」

 収穫の終わった畑は放置されている。また麦を植える十の月まで、農民らは畑には出ず、内職等をして過ごすのだが……。
 今、幼き子らはともかく、大人は揃って神妙な顔だった。
 俺に対する信頼というものは見える。けれど……。
 氾濫が無くなってから、ここを離れてしまった俺への……麦の収穫が年々減り、それに対しての対策を講じていないことに対する、不満。
 そういったものが見え隠れしていた。

 まぁ、仕方がない。
 実際俺はアヴァロンに移り住み、前のように毎日見回りなど行わなくなった。ここを配下に任せるようになった。そして今まで通り、ただ麦の生産を続けるようにとしか、指示していなかったのだ。
 結果、毎年収穫量は減り続け……。もう、後が無い。
 これ以上に減ると、麦の生産だけでは食べていけない。
 実り豊かであったはずのこの地が、他の麦畑よりも劣る生産量になってしまうのも、そう遠い未来ではない……。
 困惑と焦燥……何がどうしてしまったのだと不安に押しつぶされそうになっているのは、当然のことだろう。
 けれど彼らは、それを俺にぶつけないよう、一生懸命笑顔を維持しようとしているのだ……。

 氾濫を治めてくれたんだから。
 もう死ぬ覚悟、死なせる覚悟をしなくて良いんだから。
 領主様は、我々を守ってくださったんだから。
 そんな思いが見える……。
 あぁ、すまなかった。本当に……。

「……長らく、待たせた。心配させたろうね……」

 そうやって、三年もの間待ってくれた彼らを、本当に愛しく思う。

「だが、待ってくれただけの成果を、示せると思う。
 今年の十の月から、新しい農法を試すこととなった。今回はそれをまず、説明する」


 ◆


 ロゼの鼻を頼りに追肥の検証を行った結果は、雨季の前に出ていた。
 鼻の有効性を確認するための試みだったので、畑ごとに加えた肥料や分量は違ったのだけど……。得られた結果はほぼ同じ。それは、驚愕に値することだった。

「……嘘だろ」
「そう言いたいのは山々ですがな。この通りでして」

 コダンとエーミルトは神妙な顔。
 だが、そこにはなんとも言いようのない喜びが見え隠れしている。
 半分だけ、明らかに実りの違う畑が続いていたのだ。尽く。
 畑ごとに加えた追肥は違うものであるのに、似通った結果に纏まったということは、ロゼの目指した匂いが全て同じであるということ。それをきちんと再現していたということだろう。
 これは、ロゼの鼻を頼りにすれば、確実に畑の生産性が上げられるという結果に他ならなかった……。ロゼの鼻……つまり、獣人の鼻だ。
 そしてそれは、俺やマルが得たいと切望していた、大変に大きな手札でもあった。

 だけどこんな形は……想定していなかったんだ……。

 得たい。とは、思っていたのだ。本当、喉から手が出るほどに望んでいた。
 だからそれを得るために、交易路を整え、即法案を通した。そして更に次の一手で、その手札を手にできる足掛かりができると考えていた。
 そう。この段階で、まだ足掛かり……。

 速報案が定着した後、次に通そうと思っていた事業計画がある。
 それが、郵便法案。
 交易路を定期的に走る早馬を利用し、通常では考えられない安値で、指定地域に書簡や書類を運ぶ事業だ。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?

サイコちゃん
恋愛
リジューレ伯爵家のリリウムは養女を理由に家を追い出されることになった。姉リリウムの婚約者は妹ロサへ譲り、家督もロサが継ぐらしい。 「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」 リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...