異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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産みの苦しみ 7

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「あれ、クー?」

 馬事師の所のクーだ。ひとりなんて珍しい。

「んっ」
「?」

 両手を高く挙げて胸を張るクー。

「クーも!」

 そしてキッと、ロゼを睨む。
 ……これはあれか。対抗意識を燃やしてる?

「レイ……さま、ロゼおりるよ。この子よりおねえちゃんだしね」

 クーが俺をれいさまと呼んだから、ロゼは自分もちゃんとしなければと思ったらしい。
 初めてロゼに、レイ様と言われた。それが何だか寂しくもあり、微笑ましくもある……。

「さすがお姉ちゃんだな、ロゼ。
 クー、ロジオンについて来たのかい? ティムはどこに行ったんだ?」
「ごほうびもらってくるって!」
「……それ、何処かで待っておくようにって、言われなかった?」

 ティム、クーを探し回ってそうだな……。
 エルランド達が荷物を下ろす間、ロゼを見ておこうと思っていてたのだけど……ティムを探しに行くべきか。
 とりあえずお望み通りクーを抱き上げたものの、判断に迷っていたら、あっ! と、ロゼが声をあげた。
 ブンブンと手を振る先に視線をやると、カミルの姿。おや、一緒にいるのはフロルたち。セイバーン村から遊びに来ていたのか。

「カミルー、久しぶり!」
「ロゼじゃん。夏ぶり。あっ、ロゼいるならもうひとつ、貰ってくりゃよかったな」

 もう十三になったカミルは、今年随分と背が伸び、姉のユミルを追い抜いてしまった。どっこいどっこいだったフロルたちからも、頭半分飛び出している。
 ロゼと初対面のフロルたちが、誰? どこの子? と、ソワソワしているのに対し、随分と落ち着いており、大人っぽくなった。

「ロゼ、まだ開けてないからこれやるよ。今日子供はクッキーが貰えるんだ」
「カミルのじゃないの?」
「俺は後で姉ちゃんに貰える。それより今日来たの?」
「うんっ! 越冬に来たーっ」

 お姉ちゃん風もどこへやら。
 元気に答えたロゼに、カミルがチラリと、俺に視線をやった。

「そっか、また越冬か。じゃあこの冬はこっちに居るんだ。
 それなら……リリ達があっちにいたけど、一緒に行く?」

 どうやら幼子を抱く俺に、気を利かせてくれたよう。さり気ないその気遣いに、良い男に育ってきたなぁと思う。
 女の子の名が出たことで、ソワソワが増したフロルたちは、年相応の反応だ。まぁ……年頃だもんなぁ。

「行っておいでロゼ。幼年院前庭と、ここの道と、中央広場。宴の会場にいるなら大丈夫。エルランドにも、そう伝えておくよ」

 そう言ったら、ぱぁっと満面の笑みを浮かべて頷き、カミルに駆け寄って、きゅっとその手を握った。カミルは嫌がりもせず、ロゼの手を優しく握り返す。
 ロゼは鼻が良いから、どこからでもエルランド達を見つけ出すだろうし、特に問題は無いだろう。

「今回もおじさんと一緒?」
「ううん。エーチャとね、ヘルたちもだよ。スザナも来た!」
「えっ、ヘルってヘルガーさん? 傭兵団の人達もここで越冬?」
「へっ、この村傭兵団がいんの⁉︎」
「うん、一緒に来たよー」

 そんな会話が、遠去かっていくのを見送る。
 ロゼと共に、人で唯一の嗅覚師である女性スザナも、ここに同行して来ている。
 今年、ここでのロゼの保護者は、そのスザナ。越冬の間、研究に参加してもらうために呼んでいた。
 スザナの姿はまだ見ていないが、きっと荷物整理に行っているのだろう。

「さてクー。ティムを探しに行こうか」

 ティム、責任感じて、泣いてなきゃ良いけどなぁ……。
 シュヴァル馬事商の面々も、この村で越冬するから、最悪その借家に連れて行けば良いだろうが、気を揉ませるのも悪い。

「シザー、悪いけど付き合ってもらえる?」

 声を掛けたら、近場で存在感を消していたシザーがスススと近寄ってきた。

 抱っこしようか? と、俺に手を差し出してくれたけど、クーはプイッと、顔を背けてしまい、どうやら俺の腕が良いらしい素振り……。
 村の警備は吠狼らがしっかりと行ってくれているけれど、いつ何があるか分からない。シザーは両手を開けておく方が良いだろう。

「大丈夫。俺が抱いておくよ」

 そうして足を、サヤのいるであろう、クッキー配りの会場、幼年院の前庭に向けた。
 まぁつまり……俺も早く、サヤに会いたかったのだ。


 ◆


「ティムさん、来ましたよ。さっきふたつ、袋を渡しました……けど……」
「うん。クーが動いちゃったんだと思う……」

 案の定、ティムは既にクッキーを受け取り、立ち去った後。道中ですれ違ってしまったようだ。

「迷子放送とか、ここではできませんもんね。んん、どうしましょうか……。
 規模も大きくなってきたし、今度から、迷子あずかり所みたいな場所を、設置した方が良いかもですね」

 顎に手を当てて悩むサヤ。
 とりあえず歩いて探すしかないなと、人を集める算段を始めたのだけど、サヤの肩を、ちょんちょんとメイフェイアがつついた。そして、笛を吹いてみようか? と動作で促され、あぁ、その手があったなと今更気付く。

「頼める? ティムの場所が分かれば良いんだけど……できればそこで待つように、近くの人に伝えてもらえたら……」

 そこまでクーを連れていくと、続けようとしたのだけど……。

「レイシール様」

 サヤに袖を引かれ、指差された先を見ると、先程別れたばかりのロゼとカミルが、ティムの手を引いてこちらに駆けてきていた。

「見つけたーっ」
「ロゼすげー。一発でレイ様に辿り着いた」
「えへへー!」

 ロゼ、鼻にものを言わせたらしい。
 案の定、半ベソだったティムが、俺に抱かれたクーを見つけて、更に涙を増やしてしまった。
 ティムを慰めるロゼと、キョトンとしたクー。この子はまだ状況がわかっていない様子だな。

「ロゼが、クーを探して泣いてるティムを見つけたんだ。
 レイ様がいっしょだから大丈夫。連れて行ってあげるよって宥めてさ……」

 こそっと事情を教えてくれるカミル。

「そっかぁ……ありがとうなロゼ! 本当にお姉ちゃんになってきたなぁ!」
「いっひひ、そうでしょ!」

 ちゃんとクーの名前と匂いを覚えてたのだ。
 そしてそれに付き合ってくれたカミルにも、ありがとうなとお礼を言った。
 カミルは照れて、姉ちゃんにクッキーもらいにきたついでだしっ。なんて言っていたけれど。面倒を見てくれたのは一目瞭然だもの。
 そうしてティムが泣き止むまで、根気強く慰めようとするロゼ。
 それと同時に、クーが全く状況を気にしていないことにも気付いているよう。まだ年端もいかない幼子だからな。自分が迷子だなんて、考えてもいないのだろう。

「ティム、ひとりでクー見てるのたいへんじゃない? ロゼも小さいいもうとと、おとうといるからね。知ってるよ。
 ちょっとですぐにどっか行っちゃうでしょ。大人のひとは、いそがしいのかな?」

 ロゼ、自分もかつて同じくらいの時に迷子になってたんだって、覚えてるかなぁ……?

「……今、お仕事なんだよ」

 俺たちがエルランドらの馬をお願いしたのだものな。これは責任を取って、クーを見ていないとと、思ったのだが……。
 お仕事かっ。それは仕方ないなっ。と言った風に、ロゼはうーんと考えて……。

「それじゃ、ロゼたちといっしょにいる?
 クー、いなくなっても、すぐ見つけられるよ。ロゼそういうのとくい!」

 今もすぐだったでしょ! と、にっこり笑う。

「そうだな。小さい弟や妹連れてる奴だっていっぱいいるから、ティムも混ざれよ。
 みんなで見てれば誰かが気付く。だからほら、一緒に遊ぼう。レイ様、ティムたちと広場をうろついておくからさ、大人には伝えておいてくれる?」

 ティムがまだここに馴染んでいないこと、カミルは察していたのだろう。
 渋っていたティムだけど、結局一緒にいることにしたよう。御馳走が木みたいになってると言われて興味を持ったようで、クーとしっかり手を繋ぎ、ついて行った。
 そんな様子を微笑ましく見送ってから、メイフェイアには、ロジオンら、庇護者への連絡をお願いした。
 エルランドたちも一緒だろうから。

 そこからは、お菓子配りを少し手伝って、手が空いてきたあたりから、父上と合流して、挨拶巡り。来年はとうとう婚姻ですねと冷やかされ、サヤと二人赤くなったりしつつ。
 夕刻近くになって広場を通ったら、ロゼたちに孤児院の子らまで加わっていた。
 一番年長のトゥーレがクーを抱いていて、クーは寝入ってしまったよう。
 ティムがキャアキャア叫んで、逃げ回っている……あ、高鬼してるのか。これ、今孤児院で大流行しているのだ。
 ティム、あんなに大きな声、出たんだな……。やっぱりまだ子供、ずっと幼子の面倒を見ているのは、大変だよな……。

「……トゥーレ、年が明けたら衛兵見習いだなんて……」
「うん……凄いよな。ちゃんと夢を追っている」

 トゥーレは十五になり、文字も計算も、申し分無いと判断されたため、幼年院を卒業する。
 無論、孤児院も出て、見習い職人らと共に共同宿舎に入り、生活することが決まっていた。
 衛兵として働きつつ鍛錬を続け、資金を貯めて、騎士を目指すのだ。
 スティーンも今年卒業。一足先に自立したトゥシュカを追って、食事処に住み込みとなる。
 二人は料理人を目指し、まずは一緒に屋台を持つのだと言っていた。

 そんな彼らの未来に想いを馳せていたら、ポツリと、サヤがまた、小さな呟きを溢す。

「炭団、今年はどうでしょうね。数はある程度、確保できましたけど……」

 狼は雪をものともしない。
 だから、越冬に入り雪が積もったら、ウルヴズ行商団として炭団を数度、プローホルの下町に配りに行く手筈となっている。
 ああいった場所は、規則などあって無いようなものだし、人の良心なんてものも期待できない。
 だから、彼らなりのやり方で動いてもらって良いと、一任してあった。
 己の命を最優先にせよと伝えてあるが、その上で……どうしても見捨てられない者がいれば、連れ帰って良いとも伝えた。
 拠点村はだいぶん大きくなって、またもう少し、受け入れることもできそうだったから。
 なにより、かつての彼ら自身を救い上げることこそが、彼ら自身を救うことだと思うのだ。


「来年はそろそろ、オゼロに木炭作りの許可を得られないか、申請してみるか。そうすれば、もっと炭団が作れるし。
 できれば耐火煉瓦が完成してからと思ってたんだけど……」

 ついそう呟いて、しまったと思った。

「駄目だよっ! サヤはこれ以上ないくらい頑張ってくれてるんだから、焦らなくて良いんだからね⁉︎」

 すると苦笑。分かっていますとサヤは言って、俺の右手を取った。

「でも……越冬中に、沢山時間がありますから、ゆっくりいちから、検討し直そうと思っています。
 ……今年も、荊縛は下火みたいで……良かったですね」
「うん……」

 ユストらの一門を通じて、荊縛の押さえ込みに喉の治療が有効であることを広めてもらって、今年で三年目……。だいぶん浸透してきたのかもしれない。
 小規模なものの報告はセイバーンでも受けていたが、大事には至っていない。

「おかげでゆっくり、サヤと過ごせる……」

 サヤと指を絡めるように、手を握り返してそう囁くと、恥ずかしそうに顔を伏せたけれど、肩が触れ合うほど、身を寄せてくれた。

「……戻ろうか」
「はい」

 宴は日暮れまで続くだろう。そして明日は片付け。明後日からは、本格的な越冬に入ることになる。

「ハインの祝いの品、用意した?」
「私は例年通り新レシピですよ。ハインさん、これが一番喜ばれるので」
「まだ料理あるの……? よく出て来るなぁ……」
「こちらでは、作るのが少々手間なものが多いのですけど……ハインさんは気にされませんから。レイシール様は?」
「無水鍋」
「あ、やっぱり?」
「ものすっごい欲しそうにしてたろう?」

 くすくすと笑い合って。
 これが拠点村で過ごす最後の冬になるなんて、思いもよらず……。
 俺たちは、ただただ、幸せだった。
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