異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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馬事師 1

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 水合戦の翌日。
 いつも通りの日常業務のつもりでいたのだけど、本日の始まりは少し違った。

「春は社交界と新年挨拶と会合でセイバーンを開けることが確定しているし、戻ったら直ぐに収穫時期が来て、雨季……。
 だからもう、雨季明けしか無理だと思うんだよ……」

 通常、春に行われる騎士試験だが、今年はまだ行われていない。
 本年より試験基準を大幅に改定することとなり、更に領主の引き継ぎや王都での会合等があったため、延期。雨季の中での開催となっていた。
 その準備が着々と進められていたのだけど、来年度からの試験をどこに持ってくるのかという話になり、先程の俺の発言。
 しかし、そうじゃないでしょうと、物申す人物がいた。

「なんでもかんでもレイシール様が立ち会ってるからですよ。そこは部下に振りましょう?
 幸い、人手も増えました。試験だけならば、留守役でも回せる仕事です。
 レイシール様は、セイバーンに戻られてから任命式だけ、執り行えば良いと思います」

 今年は試験運用ですし、しょうがないですけど。 と、言うのはヘイスベルト。
 ここのところ、随分しっかりしてきたなぁと思う。
 前はクロードに話しかけることにすら躊躇っていたのだけど、やっと吹っ切れたのか、慄く様子も無くなってきた。
 男爵家にあるまじき、上位貴族が同僚として当たり前にうろうろしているこの職場。開き直らないとやってられない。

「なので、来年は通常通り春開催で、レイシール様が王都に行っている間にとり行いましょう。任命式は五の月に。
 どうせ今年から、新人は拠点村で二年間の研修を受けることになったのですし、任命式が少々遅れるくらいは問題無いと思われます。
 イエレミアーシュ。僕と貴方で来年春からの騎士試験、担当できませんか。
 貴方はここで仕官していて、実際に騎士試験も受けていますから内情にも詳しいし、僕は書類面ならば得意です。
 宿舎管理や試験希望者の手続き、軍用馬手配等は僕が担当しますので、試験管理がお願いできれば、丁度良いと思うのですが」

 作業工程の一覧を差し出したヘイスベルト。それを受け取ったアーシュは内容を吟味し……。

「それならば、交易路計画の現場管理をどうするかという問題が発生します。クロード殿お一人に任せるには仕事量が多すぎますので」

 セイバーン領内の交易路は完成が近い。ここからは地方への出張も増えることになる。
 するとすかさず手を挙げる、小柄な姿があった。

「私が補佐に入るのはどう?」

 クララだ。情報収集も兼ねられるし一石二鳥と考えているよう。
 だがそれに対するヘイスベルトの反応は、芳しくなかった。

「厳しいと思います。まず肉体労働がありますし、現場貴族の風当たりも相当キツくなるでしょう……。
 女性士官の受け入れは、まだまだ難しいですよ」
「だからよ。実際女がやってるって見せるのも周知に必要でしょ。そうすれば、地方からの女性士官希望者も、増えるかもだし」
「うーん……でもクオ……クララはまだ成人前だし……」

 俺なんてそっちのけで話が進む……。
 そうして、少し考え込んだヘイスベルトだったけれど。

「僕……実はちょっと思ってたんですけどね」

 失敗書類を取り出し、その裏に何やら書き始めた。
 まずは領内補佐、と書き込まれ、その下に……。

「……僕は、クロード殿にはこの拠点村内で、レイシール様の補佐を担っていただくべきだと思うんです。
 レイシール様は王家の職務に加えて領内の運営もあり、実際留守にされることが多いですから、内政面での補佐は絶対に必要ですよ。
 クロード様はヴァーリンの中で領内運営にも関わっておられたでしょうから適任でしょうし、ご身分的に……交易路への関わりはここまでに留めておくべきかと」

 貴族の中で最も血の地位が高いクロードだ。本来は、身軽にうろつける立場ではない。ヘイスベルトはそれを言っているのだと察することができた。
 その意見は至極尤もで、誰も異論を唱えない。
 それでヘイスベルトは、領内補佐、クロード。と、裏紙に記入した。

 セイバーン領内の交易路が完成したら、今度はアギー領内に踏み込むことになる。
 実際アギー公爵様は、俺がクロードを従えていることを快く思われなかった。だから、ヘイスベルトの進言はその意味でも的確に的を射ていた。
 そしてさらに書き込まれた言葉。今度は、交易路計画管理。

「それから交易路計画の管理は、派遣官の職務にしてはどうでしょう。
 各家の派閥から一名ずつ、四名で組んでいただけば、それぞれの派閥領内での情報伝達も容易になるでしょうし、力関係の摩擦も減ります。
 土嚢作りを浸透させる面でも、この人事は活きると思うんですよね」

 いつの間にやら人事異動会議になってしまったが、ヘイスベルトのその提案、結構良いのじゃないかと思った。
 ヘイスベルト……こういうのに適してるんだな。人の仕事をよく見ているというか、得手不得手の把握と適正判断が的確だ。
 皆も彼の采配に異論は無いようで、引き継ぎ等についての話が始まっていたりする。

「工事箇所が増えてきたら、各領地から派遣官を増員してもらうこともできると思うんですよ。
 領事館も完備されるのですから、実際放っておいても増えるのじゃないかと思ってますけど」

 そうだな……。なんかもうなし崩しでそうなるよな……。

「うん。ではヘイスベルトの案で行こう。今年の雨季で調節して、雨季明けからそれで動く」
「「「はっ!」」」
「それからヘイスベルト、当面人事担当で長を担ってもらう。騎士試験の管理にも関わることだから、丁度良いしね」

 最後に付け足した俺の言葉に、ヘイスベルトは「はぃ……?」と、気の抜けた声。そして……。

「……っ、え、ええっ⁉︎」
「良いと思う」
「うん。良いと思うわ」

 実際マルは俺の補佐として一緒に行動することが増えている。別に人事を担当してくれる人がいると、とても助かる。

「僕、男爵家庶子なんですけど⁉︎」

 一番下っ端ですよと、ヘイスベルト。自分より上位の方々を差し置いて役職を賜るなんてと慌てるが、主君の俺がその男爵家庶子なのだからしょうがない。
 そもそも、地位に拘る人種はここで職務に就くなんて無理なので、血の地位を理由に反対する者なんて出るはずもないのだ。

「だーめ。決定」

 にっこり笑ってそう言うと、真っ赤になって頭を抱えてしまった。うん。受け入れてくれたようで良かった。
 この際だから、各自に担当希望も聞いて取りまとめておくれよと、お願いしておく。

 さて、ひと段落したところで職務に戻ろう。

「そろそろ雨季だなぁ。今年も……無事に越せたら、良いのだけどな」
「……そうですね。もう雨季ですか」
「セイバーン村の収穫は本日中に目処が立ちそうです」

 そんな報告を受け、それでは本日俺は、騎士試験の打ち合わせの方に行ってくるよと伝えた。

「サヤとシザー、それからマル。……ウーヴェは今日はいたっけ?
 なら、この四人は昼からの予定で準備しておいてくれ」


 ◆


 拠点村から視認できるギリギリという位置。徒歩でなら半時間弱となるだろうか。
 ここに今、小屋が建てられている。仮小屋と変わらぬくらいの簡素なものだ。本日の目的地はここ。
 もっときちんとしたものを建てると言ったのだけど、彼らからしたらこれで充分であるらしい。

 もう、昨年の……夏の始まりのことになる。セイバーンに招いた馬事師らは、その年の雨季明けに決意を固めてくれた。
 丁度良いので、その時のことを、少し話そうと思う……。
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