異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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夏のはじめ 3

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 食事の席が終わり、頃合いかなと思ったので……。

「エルランド、もうそろそろ良い?」
「そうですね。ロゼもよく頑張ったことですし」

 了解が得られたので、貴族らしくするのはここまで。仕事の時間を終えることにした。

「ロゼ、良く頑張ったね。どうだった? 緊張したかな」

 普段通りの感じに戻った俺に、またもやきょとんとした表情。

「お仕事終わったから、もう良いよ」

 ロゼを抱き上げてそう言うと、ホッとした顔になったロゼが、グリグリと首に擦り付いてきた。
 きっと不安も多く感じていたのだろう。

「レイ、違う人みたいだった……」
「うん。お仕事の時はあんな感じなんだ。
 ロゼもこれから、ああやってお仕事の時のやり方を覚えていかなきゃならない。お姉ちゃんになったからね」

 お姉ちゃんになったから。
 これはロゼにとって魔法の言葉なのだろう。

「……お姉ちゃんだから?」
「そうだよ。レイルやサナリにも教えてあげなきゃならない。重要なことなんだよ」
「そっか。ロゼおっきくなったもんね!」

 いきなりは難しいだろうから、まずはこんな感じで良いと思う。
 お姉ちゃんになったらやるんだということで納得できた様子のロゼは、きっとこれから、お姉ちゃんらしく振る舞えるように頑張っていくことだろう。

 この件がひと段落したので、ロゼをサヤにあずけることにした。

「明日の水合戦、孤児院の子らに混ざってもらおう。今日のうちに、顔合わせしておく方が良いかと思うんだ」
「そうですね。ではロゼちゃんを連れて、孤児院に行ってきます。……あっ、ついでにお風呂、入ってもらっても良いですか? 丁度その辺りの時間ですし」
「そうだね。その方が馴染むのも早いだろう」

 恐縮するホセに構わないかなと聞くと、よろしくお願いしますとのこと。
 了解が得られたので、ロゼと手を繋いだサヤは、一礼して応接室を後にした。

「さて……俺たちはここからもう少し仕事の時間だ」
「お手間を取らせました。ご配慮いただきありがとう存じます。
 それに……随分とスッキリされましたね。髪が短くなっていたので、少々驚きました。成人、おめでとうございます」

 エルランドが改めて一礼。

「ありがとう。まぁまた伸ばすのだけどね」
「そうなのですか?」
「うん、サヤがとても気に入ってくれていたから。三つ編みできないのが寂しいみたいで」

 そう言うと、ヘルガーがくっくと笑い「仲睦まじいですね。羨ましいことです」と、茶化してくる。

「まぁ、その辺のことは良いんだ」

 それよりも、気になったことがある。

「……ホセ。ロゼは、獣人のことを伏せることができるようになったんだね?」

 そう聞くと、驚いたように瞳を見開いた。

「どうしてそのようなことがお分かりになるのです?」
「ハインがいたのに、カーチャを口にしなかった……。
 レイルやサナリのことに触れても、必要最低限のことしか言わなかったし……可哀想だけどね」

 ロゼは人だけれど、母親のノエミと、弟レイルは獣人だ。
 またレイルは、生まれた時から狼の姿のままで、もしかしたら人にはなれないかもしれないという。
 ロジェ村の中ならば、そんな獣人らも気兼ねなく過ごすことができるが、あの村以外での獣人は、人に忌まれた存在だ。
 うっかり口にしてしまえば、どんな恐ろしてことになってしまうか……想像できない。

「俺との立場の差を教えようとしたのも、きっとその辺りと絡んでるんだろうと思って」
「はい……。だいぶん言葉の理解も深まりましたので、ようやっと」
「そうか……必要なことだもんな。
 双子はちゃんと元気かな? ロゼは元気だと言ってくれたけど……その後どう? レイルはまだ、人の姿には……」
「子犬さながらに転げ回っております。
 言葉は理解できるようですが、ワンとかキャンとかしか言えませんから、喋るかどうかは分からないのですが……。
 まぁまだ一歳ですからね」
「そうだな。まだ話しても音を発する程度か」

 あっけらかんとしたホセの態度に、獣姿の息子でも等しく愛しているのが伝わって、ほっと胸を撫で下ろす。
 あそこの村の人らは、レイルが人の姿になれなかったとしても、ちゃんと受け入れてくれるだろうから、心配する必要はないのかもしれない。

「近況が聞けて良かった。では、越冬中の保存食について、報告を聞こうか。
 どうだろう、一年以上を保つことのできる保存状況を、匂いで判断できるような手掛かりは、得ることができたろうか」

 俺の問いに、嗅覚師の女性は硬い表情のまま……。

 結論から言うと、まだ決定的な特徴を掴むには至っていないということだった。

「もう水分は抜けきったと思っていても、黴が発生する場合があるのです。
 他に何か要因があるのかもしれないと、今はその兆しを探す日々でございます」

 ただ、サヤ考案の薄切り器を利用し、野菜の厚みを一定に保つようにした結果、乾燥の進み具合のバラつきは前より無くなっているという。

「そうか……。引き続き、研究を進めてくれると嬉しい。
 そうだな……色々な種類の野菜を混ぜずに、一つの品だけ長期間保つ……とかでも良い。
 極力長期間の保存が可能となる手法や品を、模索してくれ」
「畏まりました」
「……ありがとう。なかなか確認にすら行けないのに、進めてくれていて、本当に助かっているよ」

 そう労うと、我々にも必要なものですからと微笑んでくれ、彼女らがこの仕事を、重要なことだと理解してくれていることが伺えた。

「西廻りの道が開通すれば、視察の時間も取れそうなんだけどな……」
「現状では時間が掛かり過ぎますからね。今年中には開通できそうなのでしょうか?」
「あぁ。多分冬までにはなんとか」
「有難い。西廻りの道が開通すれば、隠れ里からここまでの日数が、三日ほど縮みますからね。
 我々流通を担う立場からすると、道は命綱も同然ですから」

 現状では往復するだけで七日以上掛かる。領主を引き継ぎ、視察も増えるだろうから、この道は俺にとっても命綱同然だろう。

「では、明日一日はゆっくり過ごしてくれ。
 なんなら、水合戦に参加しに来ても良いよ」

 そう言うと、不思議そうに皆は首を傾げた。

「その水合戦というのはなんですか?」
「うん。西軍と東軍に分かれてね、戦士、武将、姫の役を担い、紙の的を身に付けるんだ。
 それで、お互いに水のかけ合いっこをする。
 的に穴が空いたら戦死。そこからは水をかけられない。応援に回ることになる。
 戦士が全滅するか、姫が倒れると負け。
 武将には、的が二枚ある」

 そう説明すると、なぜかソワソワしだすヘルガー。うん。彼は傭兵だからな。興味があるんじゃないかと思ったんだ。

「水のかけ合いっこですか。タライでも持って走り回るんですか?」
「いや、水を打ち出せる武器をね、午前中かけて作るんだよ」

 そう言うと、ヘルガーのソワソワに、瞳のキラキラが加わった。

「……それ、我々も参加できるのですか?」
「うん良いよ」
「水を打ち出す武器って……どういうものなんです?」
「うん。それはね……サヤの国ではミズデッポウと言うらしい」

 なかなかに凄いものなんだよ、これ。


 ◆


 そして合戦当日。

 綿の短袴に肌着といういでたちの男性陣。
 女性陣は、肌着の上に、更に大きな一枚布を巻いている。
 サヤはパレオと呼んでいたのだけど、巻き方は千差万別。ワンピースのようになっていたり、短衣のようになっていたり……なかなかにお洒落だ。足は全員裸足。

 午前中のうちに、竹を使った大量のミズデッポウが作られ、水の吸い方、打ち出し方も練習し、皆がやる気に満ちている。
 各陣営に、姫は一名。武将は十名、戦士はざっと五十名からおり、これは人数が多すぎるということで、半分は補充戦力。1人倒されたら1人補給が可能。

 いや、思った以上に大人の参加者が増えたんだよね……主に男性陣。

「休まなくって良かったの?」

 腕を組んで仁王立ちのヘルガーに声を掛けると。

「合戦を休んでなんとします!」

 と、物凄いやる気を漲らせている……。
 明けの明星、全員参加です……。戦力が公平に行き渡るよう、両陣営に四名ずつ配置されました。

 因みに姫役と武将二名は、低めだが櫓の上におり、姫は小ぶりな盾を持っている。
 姫役だけは、頭に付いた的を、この盾で守ることができるのだ。

 幼年院の校庭にも障害物や、水補給用の盥なんかがあちこちに置かれていた。

 ではまず、西陣営の姫役は、ユミル。的の色は赤。
 何故かユミル……。断れなかったのだろう。

 そして東陣営の姫役は、驚くなかれ、シルヴィである。的の色は青。
 屋根付きの櫓だし、つばの広い帽子を着用し、完成した色眼鏡を装着しているので多分、大丈夫だろう。一応陽向には出ないよう言ってあるのだが、本人はとても楽しそうにニコニコしているのでまぁ……不敬とかも気にしないでいてくれるのだろう。うん。

 ロゼは西軍。バリバリの戦士だ。最前列に陣取っており、敵陣営にカミルを見つけて手をブンブン振っている。
 はい。俺も戦士です。隣のヘルガーも一兵卒です。東軍で、今日は不敬なんて気にしません。

 本日は、校舎の中が観覧席だ。窓辺には子の身内が合戦を見守っている。
 教室のうちの一つが貴族席みたいになっており、クロード夫婦もそこにいた。シルヴィの勇姿を応援するのだろう。
 そして元領主。現在は本幼年院長である、父上もそこに。
 一応、ナジェスタとユストも、今日は万が一の怪我に備え、医務室待機。

 さて。時は来た。

 審判役のサヤを筆頭とする騎士らが配置に就き、ジークが中心に進み出てきた。

「それでは、水合戦……」

 近くの盥に、ミズデッポウを突っ込む戦士や武将……。

「開始!」

 慌てて後方に飛び退くジークの前を、テッポウを構えた大人や子供が鬨の声をを上げて突っ走っていった!


 ◆


 あっという間に的を破いてしまった俺は、戦死したので場外へ。
 大人の的は、少し大きめにしてたんだけど……それにしたって早すぎではないだろうか……まず容赦なく真っ先に狙われたし。
 的が破れたにもかかわらず水を浴びせられまくってどぼどぼである。

「頑張れーっ!」
「西軍優勢! 西軍優勢!」
「東軍! 武将、戦士は捨て置け、姫を狙うのだ!」

 ヘルガーが武将でもないのに指揮を取り、本気すぎて笑うしかない。
 傭兵団の隊長がガチになっちゃ駄目だろう……。

「あいつ狙え。あいつ倒せば統率が崩れる」

 西軍のトゥーレが容赦なくヘルガーを標的にした。

「お疲れ様です、手拭いをどうぞ」
「ありがとう」

 教員が、濡れそぼった子供たちに手拭いを渡して回っており、俺にも回ってきたものだから、有難く受け取ってとりあえず戦死者の集まる場所に向かって足を進めることにした。

 ぎゃー⁉︎ という、凄い悲鳴。テイクかな。やられたらしい。
 ドッと笑いが巻き起こったり、おおおぉ⁉︎ と歓声が上がったり、大いに盛り上がっている様子だ。
 櫓のうえのシルヴィも楽しそう。キャアキャア騒いで盾を構え、近付いてきた敵軍に向かい、櫓の武将が応戦している。

 審判役もびしょ濡れになっている。勿論サヤも。
 でもキラキラと輝くような笑顔を振りまいており、楽しそうだ。

 …………だけど服が透けてはいけないから、後で何か羽織れるものを持って行こう……。
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