異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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軍用馬 5

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「やぁ」

 三日目。パンダを持って来た。
 窓枠の縫いぐるみはやはり置かれたままであったけれど、なんとなく体勢が違う気がする。

「じゃーん。これがパンダだよ。また隣に座らせておこう」

 明るく言ってみたけれど、幼子の返事は返ってこなかった。

 部屋に来るなり、勝手に盛り上がって人形を取り出し、窓辺に並べる男……まぁ、うん。
 でも、昨日サヤに元気をもらえたから、今日の俺はいつもよりへこたれないでいられる。

「面会希望、出さなかったそうじゃないか。
 誰でも良いっていう申請でも良かったんだぞ? そうすれば、手の空いた誰かが来てくれたと思う」

 そう声を掛けたけれど、シン……と、鎮まった室内。どうやら俺と雑談をする気は無いらしい。
 それどころか、どこか不穏な空気……。

「……まぁ、無理にとは言わないさ。だけどな……」

 この雰囲気では、きっと断られるという予感がしていた。
 それを選ぶのは良い。皆でそう決めたなら、尊重しようと思う。けどな……。
 それはやるべきことをやってからの選択ならば、だ。

「今、自分たちが窮地に立っていると思うなら……情報は得るべきだ」

 情報を得られる機会を与えたにもかかわらず、それを手に取らなかったことだけは、正すべきだと思った。
 彼らが今後をどう生きるにしろ、何を選ぶにしろ、必ずこれだけは、必要なことだと思う。

「何事を判断するにしても、情報を得ないままで、どうやって正解を選び取るつもりでいる?
 お前たちは、ここまで来た。それしか選べなかったのだとしても、ここから先はまだ決まっていないのに……今から先を、捨ててどうする。
 どんな情報でも得るべきだ。得られる機会があるなら、貪欲に得るべきだ。無かったとしても、捻り出すべきだ。何からでも情報をもぎ取らなければならない。それが、自分や周り、先の未来を守ることだ」

 急に口調を厳しくした俺に、男たちは警戒を強くした。だけど、昨日俺と言葉を交わした男は、表情を強張らせる。
 守りたいものがある立場は、同じだろう? なら、俺の言葉は理解できなきゃならない。

「俺の言葉を疑うのは良い。だけど、俺の言葉を闇雲に疑うことに意味は無いよ。
 お前たちは俺という人物の情報を得ずに、俺の何がどう信用ならないか、その理由を突き詰められたのか?
 今後もそうしていくつもりか?
 ならば……それは先細りの道にしか続かないよ」

 流民となった以上、どこかで職を得なければ、生きていけないのだ。領地を捨てた以上、新たな場所を見つけ出すしかない。
 それができなければ、待っている未来は一つしかない。それが何かは、分かっているだろう?

「お前たちは、生きていけると思える場所を探すために、闇雲に歩くだけでは駄目なんだよ。
 いつの、どの機会を掴むか、否か。それを判断するために、情報を得なさい。人、土地、領主、気候、環境……いくらだって知るべきことはある。
 さぁ、そのために今は、何をすべきだ?」

 そこで俺は口を閉ざした。
 何を選ぶ。それを考えさせるために。
 黙って立ち続ける俺に、流民らもまた黙ったまま。お互いに目配せし合って、俺の言葉について思考しているのだろう。
 だが、俺の目がどうも気になる様子……。

「俺がいると話し合えないというなら、そう申告しなさい。そうすれば時間を確保しよう」

 腕を組んでそう告げると、またもや沈黙……。
 そうして暫く待ったら、いつもの男が意を決し、口を開いた。

「……もう一日、時間が欲しい……」

 うん。それで良い。

「分かった。ではまた明日出直そう。
 昨日言った通り、警備に声を掛けてくれれば、先に保護した者たちとも話す機会を作れるから。
 その上で、しっかりと話し合いなさい。
 …………明日は、猫を持って来るよ」

 最後の一言を幼子に添えて、俺は仮小屋を後にした。

 …………ふむ。
 もう一度情報収集と、対策を考えなきゃならないのは、俺も同じだけどな。


 ◆


 今日の予定が変更になったので、会議の前倒しとなった。

「じゃあ、来年の無償開示は紙製品の包装用品各種と……。
 これひとつでも充分な流動が起こりそうですけどねぇ」

 マルの言葉に俺も頷いた。だけど、無償開示はやはり二つ以上でいきたいんだよ。

「経済を回すという意味では起こるだろうけれど、市民の生活の向上に繋がるかと言われると微妙かなと考えてるんだ。
 紙製品は、中階層以下ではやはりあまり使わないから。最下層の底上げには、然程繋がらないと思うんだよ。
 それに……今までに使われていた飾箱の需要も、当然落ちることになるだろう?
 だから、これと一括りで出すべきだと思うんだ」

 今まで桐箱や飾箱を使っていた包装品……高額品はともかく、然程の価格ではなかったものは、これから紙の包装に変わっていくと思われる。
 その需要の低下を、別の形で補えるのがこの品だと思うのだ。

「俺たち……ひとつのものをより良い形にする。という発想に乏しい気がする。
 とりあえず使えるから良い。
 こういうものだからこれで使う。
 そんな感じで、多少の不便を感じても、手間が掛かっても、そこから先を突き詰めるということをしないだろう?」
「まぁ、確かにそうですね……」
「だからこれが良い事例となるんじゃないかな」
「これの工夫の部分が、自動的に模索を促す作用に繋がれば……という伏せた目的も併せ持つわけですか」
「その意味では、紙製品の包装用品無償開示も、同じ着眼点での選出と言えますね」

 紙の包装用品の秘匿権は元から無料で開示されているのだが……これがなかなか、利用法が広まらないという難点があった。
 秘匿権が取られているという時点で、無償開示されているとは思いもよらないよう。
 また、貴族の所持する秘匿権であることを警戒して、利用に踏み切れない例が多くあるのだと、メバックの製紙組合長ガウディから進言があった。
 それで、こちらも国に譲渡、無償開示品として大々的に発表することにしたのだ。

 その上で、俺が勧めているもうひとつの無償開示品なのだが……名を、収納木箱という。

 いやもう……なんなんでしょう。それが俺たちの、一番初めの感想。

「本当に……秀逸というかなんというか……未だに衝撃から抜け出せないのですが……」
「土嚢を知ったときの衝撃が再来しましたよね……」
「うん、あの発想は……うん……」
「効率化民族ってどういった思考手順でものを考えてるんでしょうね……」

 荷物を運ぶ際、俺たちが多用するのは木箱だ。これに物を入れ、蓋をし、釘を打つ。
 もう少し貴重な物を運ぶ時や、道々で取り出さなければならないものを梱包する場合は、金具で補強された鍵付きの木箱を使うが基本的には釘を打つ方が多用される。こちらの方が安価だし、鍵付きも釘打ちも、品物の保護という点で言えば、強度的にも大差ないからだ。
 遠方に荷物を運ぶ場合、釘打ちされた木箱への梱包は、当然の手順となる。だが、近場である場合は、そこまで厳重にはしない。
 例えば、拠点村の品をメバックに移動させるのに、釘打ちまでは必要無いから、荷車の中に適当に放り込むか、箱には入れるが釘は打たないか……。

 まあこんなふうに多用する木箱だが、大きな問題点が一つあった。
 帰りは空の木箱が余るということだ。
 空箱のまま運ぶかもしくは、新たな品をその木箱に詰めて持ち帰る。空箱の場合、無駄に場所を取るがそれは仕方がない。そういうものなのだ。で、終わる。
 例えば木箱に入らないものを買った場合悲劇だ。新たに荷車を用意するか、空箱を処分するしかない……。どっちを選んだところで痛い出費だ。
 まぁだからこそ、極力そうならないよう、考えて買い物をするわけだが。
 木箱だってそれなりに値段のするものだし、そうやって使い続けるのが普通なのだが……。

 そこに、革命が起こった。

 サヤが……木箱を、重ねられる形に改良する案を出して来たのだ!
 無駄に嵩張っていた空箱を、内側に入れて重ねていき、小さく纏める。
 いや、入れ込める木箱はあった。あったが……大の中に中、中の中に小……と言った具合で、要はいかに纏めるか、工夫を凝らすというものだった。
 サヤの提案して来たのは全く違う案。同じ大きさの箱を、とある工夫で重ねていけるようにするというもの。大の中に大を入れる形だったのだ!

「底面を若干細くする……土嚢作りの時の木枠で分かっていたはずなのに、思い付かなかったよな……」

 サヤの国は、なんでも効率化するのだと認識していたが、それが猛威を振るったのだ。
 箱の規格を揃え、底の部分を少しだけ細くする。たったそれだけのことなのだが……。

「しかも意味分かんないのが、蓋を上向にするか、下向きにするかで、使い方を選べる部分ですよ……あれ、なんなんです?」

 そう蓋! この蓋の構造もただ事ではなかった。
 通常の蓋というのは一枚板だ。釘で打ち付けて使うので特別な飾りや機能等は必要無い。

 だがサヤ考案の蓋は、一見同じく一枚板なのだが、裏側に出っ張りがわざわざ作り付けてある。すると箱に重ねるだけで、その出っ張りが箱に沿い、蓋がきっちり止まる仕様なのだ。
 釘を打たなくても止まる。釘打ち用の木箱の蓋は、今まで乗せるだけだったから、釘で打たなければ止まらなかったのに!
 これのおかげで、釘打ちしない箱の上に物が置けることになった。重ねるために開ける箱をわざわざ釘打ちしたり、中身を選別する手間を省いてしまったのだ。

 まずそこでびっくりできるのだが、釘を打ち付けて密閉する際は、その出っ張り部分を上側に……外に飛び出るようにして打ち付ける。
 するとその出っ張りが、上に置く木箱の底にはまって上箱の底を固定する。つまり、馬車が揺れても箱がずれていかないという、意味の分からない機能を果たすのだ!
 木箱は釘で打った後、縄で縛り付けていくものなのだが、かなり厳重に縛っても馬車の揺れで必ずずれていく。
 だから数時間ごとに休憩を挟み、その都度荷を整え直さなければならなかったのだが、この手間が半分以下になることとなった。
 相当な悪路でもない限り、ずれない……。縄で括って補強しておけば、まず問題無く、目的地に到達できてしまう。

「革命と言わずしてなんと言えば良いんでしょうね」

 ほんとそれな。

「本当は、蓋も重ねられるよう、表側にも窪みをつけたかったんですけどね」

 サヤはそう言って苦笑するが、それをすると値段がかなり嵩むので却下となった。けれど蓋なんて元から嵩張らないのだから、壁に立てかけて並べるで充分!

 というわけで、提案されて間もない収納木箱は、満場一致で無償開示品となった。
 物流に革命をもたらす品となるに違いないと、我々も認識していたが、それがその後、想像以上の、本当にとんでもない革命品だったことは後で分かる。
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