異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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戯れ

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 数ヶ月ぶりの王都。
 夏の盛りのそこは、暑い……。
 都市全体が石畳みだから、熱が蓄えられてしまうのだ。
 よって、早朝と夕方に仕事を集中させ、日中はうだうだ半死人のようになってダレる。というのが、夏の風景になる。

「だから、夏の長期休暇後の授業が地獄のようだったよね……」
「雨季が長期休暇だったのですよね? どうして、雨季だったんでしょう。雨季に勉強して、その暑い盛りを休みにすれば良いのでは?」
「雨季は武術の講義が中止になりまくるからじゃないかな。
 特に学年が上になればなるほど、野外授業や実戦訓練が増えていくから。
 遠征実習とか、数日間にわたって行われるものもあるし、雨続きだと色々支障が出るんだ」
「思い出しますわね。八の月の講義。屋内、野外関係無しに、必ず数人は倒れて医務室送りになってましたもの」
「あぁ、なってた。俺が三学年になった頃から、八の月は水差しの持ち込み許可が出たんだ」

 今回も、バート商会のお世話になる。
 前回同様、離れを丸ごと貸してくれたので、荷解きをしつつ話をしていたのだけど、皆、汗が凄い……。荷物を入れ終わる頃には全身がベトベトだった。

「王都暑い……」
「セイバーンって、涼しかったんですね……。こんな暑さ、久しぶりです」

 首や額に髪の毛を張り付かせたサヤ。頬も紅潮しており、倒れやしないかと心配になる。
 大丈夫かと問うたら、京都は暑い所だったので、慣れてはいるんですよと、笑顔で答えてくれたけれど。

「サヤさんのお国も、暑いところだったの?」
「はい。……いえ、盆地だったので、熱や湿気が篭りやすい場所だったんです。
 街中がここみたいにアスファ……石畳で覆われていたし、建物も石造り。やっぱり熱が篭るんですよね」

 ここも城壁で囲まれていますから、盆地と同じ条件ですもんね。と、サヤ。

「まぁ、どの地域だって、大抵夏場は暑いわよね」

 ヨルグがそう言い、ごめんなさいねと謝りつつ上着を脱ぐ。背中や脇は汗で短衣が貼りつき、薄い青色が濃く滲んでいた。
 あぁ、涼しい。と息を吐く向こうでテイクなど、もう上半身肌着のみだ。
 庶民の夏場は薄着が基本。
 貴族社会は何故上着を脱げないのか……。涼しそうにされていると恨めしくなる。

「じゃあレイ様、僕、昼食作りに入るけど、荷解きは……」
「いい。こっちでやっとくから」
「……レイ様は動くから暑くなるんだと思うけど。
 普通、貴族は下々にやらせてじっとしとくもんじゃん」
「だって皆が忙しくしてるのに……」

 俺だけ涼しい所でボーッとしてるなんて、居心地悪いったらないよ。

 全てを言葉にはしなかったものの、俺の考えは伝わってしまったよう。テイクは笑って「レイ様も上着脱いじゃえばいいじゃん。ここ、王宮の中じゃないんだし」と、そんな言葉を残して調理場へ。
 ふむ……一理ある。
 ただ、現在俺が着ている長衣は、去年サヤが考案した背中の大きく開いたあの意匠なのだ。脱いだら背中が丸見えなんだよな……。絶対に涼しいに決まっているけれども。

「まぁ、いいか。背に腹は変えられない……」

 現在上着を脱いでいない面々は、皆同じ、背中の大きく開く内着を身に付けているのだろう。
 俺が脱げば、皆が脱げるか。

 そう思い、上着を脱いだ。
 襟だけ付き、前掛けのようになっている俺の長衣。
 上着にも風を通す加工は色々あったのだけど、脱いだ方が涼しいに決まっている。

「あああぁぁぁ、涼しい!」
「まぁ、レイ様! それ去年人気だったあの短衣の……!」
「うん。それ。長衣でも作ってもらった」

 背中が直接外気に晒されるから、物凄く涼しい。
 観念したのか、ハインを筆頭に、ユストやシザーも上着を脱いで、皆で日陰に集まった。
 女性陣が目のやり場に困っている様子であるのが申し訳ないけれど。

「うわ、これはもう辞められないやつだ……涼しい」
「セイバーンって本当に豊かですわね。まさか使用人皆さんがこれだなんて……」
「だって、これ作ったのバート商会だし。支店がメバックだし」

 しかも意匠を考案したのサヤだし。優先度がこっちなんだよな。

「王都では手に入りにくくて、凄い競争率だったのですよ⁉︎」
「聞いてる。夏場に来年の夏物の注文が殺到したのは初めてだって、ギルが言ってた」

 そして現在は来年どころか、三年先の予約すら入ってくる状態だという。

 バート商会は、今年の春から秘匿権の放棄を宣言し、抱えている秘匿権を捨てはしないものの、無償公開に踏み切っている。
 予約のある秘匿権はまだ秘匿維持をされているのだが、現在入っている予約のものが終わり次第、その秘匿権も無償公開に踏み切ると言っているにも関わらず、予約が入るのだ。

「まぁ、無償開示したとしても、まずは技術を身に付けなきゃならないしな……」

 初めての意匠というのは、得てしてそうだ。
 だから、他の店がこの内着を売り出せるとしたら、次の年からとなるだろう。

「そうと分かっていても、やはりどうせ手に入れるなら、考案先のバート商会でとなるのは頷けますわね」
「模倣先は、バート商会より値段を下げるなり、何か特徴を付けるなり、売り方を考えた方が良いのかもしれないな」

 そんな話をしていたのだけど、ルーシーがアリスさんに呼ばれ、そちらに走って行き……キャーっと、歓声をあげた。そうして、喜びの弾けた声でサヤを呼ぶ。
 なんだなんだ? と、見ている中で、女中頭も含め、女性らが皆呼ばれて、何やら盛り上がっていたのだけど……。
 そこをするりと抜けて、サヤがこっちに走って来た。

「あの、女性は水浴びの用意をしたから、いらっしゃいとのことなのですが……」
「あぁ、行っておいでよ。男は井戸で水をかぶれるから、こういうのは女性が優先なんだ」
「そうなんですね」

 むずむずと、喜びをひた隠す様子が微笑ましい。俺たちに申し訳ないなとでも考えているのだろう。

「残りの荷解きは夜にしよう。もう昼間は疲れるだけだから、ここまでにする。ほら、皆ですっきりしておいで」
「はい……では、行ってきます」

 ひらりと身を翻して、サヤが走っていく。
 そうして姿が建物の奥に消えてから、俺たちも身を清めようかと、皆に声を掛けた。
 井戸を借りて、濡らした手拭いで身体を拭いたり、もう面倒だと頭から被ってしまう。どうせ全身着替えるのだし。

「懐かしいなぁ、幼い頃は、よく水遊びしたよな、ここで」
「ギルも来れたら良かったのですけどね」

 ギルはこの前まで居残りだったもんな。さすがにとんぼ返りだしって断られてしまった。

 シザーは足の包帯があるから、頭から被っちゃ駄目だぞと、ユストに止められ、少し悲しそう。
 因みに俺も止められた……。髪が長いから、乾かすのに難儀するので却下だそうだ……。
 他の面々はもう童心に返り、好き勝手に水を浴び、全身ずぶ濡れ。
 そんな中……やはりオブシズは、どこか表情が暗い。

「オブシズ」

 考え事をしていたのか、俯き動きを止めていた彼に声を掛けたら、はっとこちらを向く。そこに俺は、思いきり盥の水をぶっ掛けた。

「れ、レイシール様……」
「さっさと水浴びしないからだ」

 前髪から落ちる水滴を手で払うオブシズだったけど、また横手からバシャリと水を掛けられ、ボタボタと頭から水を滴らせる。
 キッとそちらを睨むと、騎士らがしてやったりと笑い、お前らな……と、一歩を踏み出したオブシズの頬に、またパシャリと水が掛けられた。
 あわあわと慌てるロビン。その後ろにサッと隠れたユスト……。
 結局皆で水の掛け合いになり、シザーも包帯を濡らし、俺も髪を濡らし……。

 悪鬼の形相で怒るハインに半時間、炎天下で説教された……。
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