異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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絶望 2

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 結局、熱が引くまで更に二日かかった。

「まだ引いてません」
「引いてるだろ⁉︎」
「私の手の方が冷たいうちは微熱があります」

 ツンとそっぽを向いたハイン。
 ギルが後ろの方で苦笑しているのもまた、凄くしゃくに触る。

「まぁそれくらい大目にみてやれよ。足の方も順調そうだし、問診も問題無い感じなんだろう?」
「まだ気を抜ける段階ではございません」

 どこまでも食い下がって来るハインに俺は、はぁ……と、大きく息を吐いた。もうその誤魔化しはうんざりだ……。

「……なぁ、もう正直に言っていい。
 サヤが……俺に、会いたくないって、言っているんだろう?」

 二人のやり取りの隙をついてそう口を挟んだら、ギルがギクリと表情を固める。
 それに対してハインはいつも通り。動じた様子は全く無い。
 これだからな……。
 ハインは隙を見せてくれないと思ったから、ギルがいる時を狙ってカマをかけたのだけど、思ってた通りの展開になって、それはそれで嫌な気分だ。

「俺が怖いって? まぁ、そうだろうと思うよ。何せ俺は……」

 人を殺した。
 守るためであっても、その事実は変わらない。だからサヤは……。

「まったく貴方は。
 もう成人間近だというのに、まるで駄々をこねる子供のようですね。
 その悪い方向に無駄に推測を働かせる癖。いい加減、どうにかしていただけませんか」

 やはり不機嫌なハインが、そんな風に喧嘩を売ってくる。
 いい加減にって言うならな……お前のねちこく引っ張りすぎるのも、いい加減どうにかして欲しいんだが?
 ギッと睨み据えたら、小馬鹿にしたような表情で見返された。

「まぁ確かに。サヤは貴方に会うことを渋っておりますよ。
 怖いのでしょうね。貴方のこと。そこは否定しません」
「おいハイン……」

 売り言葉に買い言葉。ハインの言動を、ギルが嗜める。

 俺が、怖い……。

 その言葉が胸を抉った。

「けれど、貴方の思う理由であるかどうかは、ご自分の目で見てお確かめください。
 良いですよ。大目にみましょう。今からサヤをこちらに呼びます。思う存分確認して、納得して下さい」

 フフンと鼻で笑い、喧嘩を売る調子のハインを、ギルが「お前もたいがい大人気ないからな」と嗜める。
 そうして、こちらも困ったような表情で……。

「まぁ……あれだ。
 サヤは……お前のことを、傷付けたくないって思ってんだよ。
 今まで通り、お前のことを大切に想ってるってことは変わらん。それだけは忘れるな」

 何故がそんな風に念を押された。

 久しぶりに寝台を下りて、夜着以外を身に纏う。身体が重いと感じるのは、やはり少々筋肉が衰えてしまったからだろうか。
 髪は括らず、背中に長く垂らしたまま。これは多分、サヤにしてもらえということなのだろうと解釈。
 長靴は足の負担になるからと、こちらは布靴のままとなった。
 早く足裏に新しい皮膚ができてほしい。歩けないことはないが、体重の掛け方ひとつで傷が開くので、思うように動けない……。
 俺を着替えさせたハインは、さっさと部屋を出ていってしまった。ギルも、何かあれば呼べよと一声だけ添えて、外へ。
 俺は部屋の中にぽつんと一人、残された。

 期待と恐怖の両方で高鳴る心臓。

 サヤに会える。そう思うと嬉しいのに、胸がギュッと締め付けられる……。
 またあの夜のような……怯えた視線が、俺を見たらどうしよう……。
 サヤは俺の事情を分かってくれていたって、ハインは言っていたけれど……理由を理解することと、現実に納得することは、違う。
 サヤは本当に、俺を許してくれているのだろうか……。
 今まで通りを、受け入れてくれるのだろうか……。
 心臓が、中から胸を叩くように、激しく鼓動している……。

 いったん落ち着こう。

 そう思い、深く息を吸い込んだ時。

 コンコン。


 ◆


「は、はいっ、どうぞ!」

 慌てすぎて、少々むせたうえに声が裏返った。
 恥ずかしい……緊張がバレバレじゃないか。

 そう思って顔が熱くなった。だけどまぁ……俺が色々ヘタレているの、サヤにとっては今更のことだよなと、苦笑。
 初めから、恥ずかしいところばかり見せてきているから、今更だ……。

 そう思い、サヤの入室を待っていたのだけど……。
 扉は、なかなか開かなかった。
 俺の返事が聞こえていなかったとは思えない……サヤは、耳が良いのだから。

「…………サヤ?」

 今一度声を掛けたら、慌てたように扉が開いて。

「すいません、ちょっと、手間取ってしまって」

 ひょこりと顔を出したサヤは、何故か縫いぐるみを抱えていた。
 結構大きい。三歳くらいの幼子ほどもある、兎の縫いぐるみ。灰色と薄い紫の布地を主に使っていて、首には太めの刺繍飾り紐が蝶結びにされ、冴えた青い中衣を纏っていた。
 瞳はこれまた青い包み釦。ぺたんと垂れた耳が、なんだか自信なさげに見える。

「やっと熱が下がったんですね。良かったです」

 にこりと笑って、そう言った。
 服装は今まで通りの女性従者服。ただし髪は俺同様、括られていなかった。

「サヤも……良かった、元気そうで。
 右脚の方が、怪我が酷かったって聞いたのだけど……」
「あ、はい。なので私もまだ布靴です。それで、仕事も鍛錬も禁止されていて……」
「え。全部禁止?」
「はい……。もう少し休みなさいって。ハインさん問答無用なんです。
 鍛錬の方も、突きをするだけでも下半身まで使うから駄目って。だから凄く身体がムズムズしてて……動き足りなくて気持ち悪い感じです」

 思っていたよりずっと、平気そうだった。
 あの日のことを全く引きずっていないように、朗らかに、ハキハキと喋る。
 多少右脚を気にしながら歩いてきて、俺の対面の長椅子に腰を掛けた。

「暇を持て余して、いつも以上に縫いぐるみ製作が捗ってしまいました。
 あっ、これ、貴族用の贈答品にどうかと思って試作してみたんですけど、レイシール様にもご意見を伺いたくて」
「……仕事してるんじゃない? それ……」
「し、してませんよ⁉︎
 これを作るのは息抜きです!」

 きゅっと抱きしめたれた縫いぐるみ。
 今に至るまで……サヤと視線が合わない。
 そうして会話……あの事件に触れようと、しない……。
 わざわざ縫いぐるみを持参したのは、話題を作るためなのか?

「服を着ているのは初めて見たな」
「私の国ではよくあるんですよ。短い袴を穿かせるのも可愛いかなって思うんですけど」

 必死で口を動かしている感じが、どうしても、痛々しくて……。

「…………怖い?」

 たまらずそう聞いたら、ピタリと唇が、開いたままの形で止まった。

「…………そんなことはないです」

 視線を合わせないまま、口元を笑みの形に歪めて、サヤは言う。
 俺にはそれが、とても不自然に見えて……サヤが必死で取り繕っているようにしか、思えなかった。

 口調が、訛りに戻らない……。

 やっぱり、怖いんだ。俺が。
 だから、緊張してしまうんだ。
 視線が合わないのも、俺を見れば、明確に、恐怖を感じる。そしてそれを俺が悟るって、分かっているからだよね。

「なんだか久しぶりで、ちょっと落ち着かなくて」

 言い訳を並べて、動揺を誤魔化すみたいに、視線を泳がせる……。
 それが苦しくて、サヤを視界から追い出すために、視線を床に落とした。
 俺を怖がっている。前もって言われていたけれど、その通り。
 俺を傷付けたくない……そうだな。サヤは優しいから、どうしてもそう思うよな。
 こんな痛々しい姿は見ていたくない。
 だから……。

「ごめん。用があったわけでもないのに、呼び出してしまって。
 その……サヤに、不快な思いをさせてしまったのを、ずっとそのままにしていたから、その謝罪だけ、したかったんだ」

 もう結果を先延ばしにするのをやめようと思った。

「今まで、隠語を伝えていなかったから……あらぬ誤解をさせてしまった。それをずっと、謝りたく思っていた。
 サヤに、自ら身体を改めさせるなんてことを、させた……。それは本当に、申し訳なく思っている。
 それから…………誓いを、守れなかったことも」

 サヤを一番にする。そう言ったのは俺だったのに。
 たった一年すら、俺はその誓いを守れなかった。
 サヤが本当に危機に瀕していた時、サヤよりも、立場を取った。

 こんな男、信用できないよな。当然だ。
 怖いよな。何かあればまた裏切るかもしれないって、考えるよな。

 ぐるぐると思考が回る。
 どう償えばいいのだろうか……。これ以上、サヤを苦しめない一番良い選択はなんだろう……。

「サヤの不安も、嫌悪も、もっともだと思う。
 だから……俺の対面とか、そういうのは一切考えなくて良い。
 サヤの気持ちだけを優先してくれたら良いから、今後について、婚約の解消も含めて、お互いもう一度…………」

 ガタン!

 と、大きな音がした。
 びっくりして飛び上がってしまったのは、それが唐突であったことと、音源があまりに近かったから。

「…………嫌悪って……なにそれ」

 ぼそりと、掠れた呟き。
 視線を上げると、縫いぐるみを腕の中にギュッと抱きしめていたサヤが立ち上がっていた。

「怖くないって言うた。
 レイが怖いんやない。言葉では、信用ならへんって言いたいん?」

 視線を合わせないままなのに、何故か怒り声。
 態度と、言葉が食い違う。

「……無理しなくていい」

 そう言ったら、今度は縫いぐるみが飛んできた。
 慌てて両手で受け止めたけれど、何故急にこれが飛んできたのかが理解できなかった。

「なんでそうなるん……なんで全部、私の考えまで、レイが勝手に決めてしまうん⁉︎」
「???」

 怒り出したサヤに、頭がついていかない。

「言わんとこうて、思うてたけど……私……っ、私、あの時のことかて本当は、怒ってるんやしな⁉︎
 なんでレイは、全部自分だけで背負うたん。自分も危なかったの、なんで私に言わへんかったん⁉︎
 子供らのことだけしか言わんと……あの作戦かて、私のこと、全く戦力外扱いやったんは、なんやの⁉︎」

 ……なんで俺が怒られてる? ていうか、今どこに話が飛んでる?
 あの時? 全部自分だけ? 戦力外って…………?

「分かってるもん! 私がっ、あんなことで震えて、何もできんようになるような、足手纏いでしか、なかったからや!
 せやからレイが、全部決めた……。せやからレイに、全部やらせてしもうた……。
 私が、もっとちゃんとできたら、もっと他に、やりようがあったはずやのに……っ」

 ボタボタと落ちていく滴。
 唖然としてしまい、言葉が出てこない。
 サヤが何に怒っているのかが、まだ理解できていなかった。

「そうしたら、レイに、人殺しまで、させへんかった……あんな傷付いた顔、させへんかったのに!」

 あ…………。

「一緒にセイバーンを支えていかなあかんはずやのに、横に並べへん。
 私が、とんだ役立たず。そういうことや!」
「……っ、ち、違うっ!
 サヤが役立たずだなんて、そんなこと俺が思っているはずないだろう⁉︎」
「思うてる! 思うてるからそんな行動になったんやんか!」
「違う!」

 怒って泣き叫ぶサヤを落ち着かせるため、俺はいつも通りのつもりで、小机を回り込んだ。
 抱き締めようと腕を伸ばす。
 そんな風に、サヤが自分を責めているだなんて、今まで全く、考えてもいなかった。
 けれど、俺が伸ばした腕は、サヤに触れる前に、途中で止まった。
 今まで怒り、叫んでいたサヤが……悲鳴をあげて蹲り、縮こまってしまったから……。

「………………サヤ……」
「…………っ、こんなやから……役に立たんかった…………私、……ううぅぅ」

 恐怖に抗えない自分を、まるで憎悪するかのように、サヤは慟哭した。

「レイが怖いんやない。あの時はああするしかなかったって分かってる。その上で泥を被る覚悟してくれたんやって、ちゃんと……っ。
 なのに……かんにん、かんにんな。触れたいのに…………っ。
 傷付いたんは私やのうて、レイやのに、なんで私……このくらいのこともできひんの⁉︎」
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