異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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魔手 10

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「婚約者が、近寄ることすら拒むのです。それで婚姻など、できるはずがないでしょう。
 ですから、もう相応しくないと言うなら、そう申し上げて断っ……」
「黙れ‼︎」

 ハインの襟元を掴んだ。
 強引に引いてみたけどピクリともしない。まるで動じないハインに、余計腹が立った。
 サヤが言っているだと……?    お前、サヤに、何を吹き込んだ⁉︎    あの娘に何を言わせたんだ‼︎

「今までと何も違わない!    俺はサヤが成人するまで待つと言ったんだ!    俺からそれを反故にするなど、絶対に無い!」
「ですが……」
「サヤが許さないことはしない。それは初めからずっとおんなじだ!    触れられるかどうかなんて……そんな些細なことなんて、どうだっていい!」
「左様ですか。言うことがそれだけならば、とりあえずお休みください」

 問答無用で寝台に押し返された。
 その上で顔面をがっちりと鷲掴みにされて押さえ込まれ、全ての抵抗を完全に、腕一本で、無にされる。お前っ、主相手に腕力にもの言わせるって、それ従者としてどうなんだ⁉︎

「このままゆっくり養生していただきたいのですが、その前に私も少々言い足りないので、この際ですから言わせてもらいます。
 婚約者を名乗る者に、距離を取られ、視線すら合わせてもらえず、今後のことは後で考えると言われたら、貴方ならばどう思いますか」

 ギチッっとこめかみ辺りの指に力が入る。

「貴方がそんな風にしたから……だからサヤは、身体を改めるなんてことを、自ら言い出したんですよ。
 貴方が、サヤを穢らわしいみたいに、扱ったからでしょう⁉︎」

 口調は崩れていなかったが、掌は熱かった。その熱が、ハインの憤りを伝えてくる……。
 だけど俺は、そんな風にした覚えなんて、欠片も無い!

「サヤは、我々があの場に向かえなかった理由を、ちゃんと承知しておりました。
 あの状況で最優先されるべきは貴方の命。だから、動けなかった。
 それでも貴方は、子らを犠牲にしたくないと、抵抗しないことを選んだ!
 そうである以上サヤも、何をされようが、動くべきではなかった。それが貴方の命を守るということだったからです!
 貴方のために彼女はああ動いた!    それが分からなかったなど、言わせませんよ⁉︎
 なのに何故あの時、逃げたんです?    サヤから距離を取ったんです⁉︎」

 顔面をがっちりと掴まれ、ハインの顔は手で覆われて、見えない。
 だけど彼の怒りは、その手の圧で分かる。

「サヤに働かれた無体など、気にしていないと言ってやるべきではなかったのですか⁉︎
 怖い思いをさせて悪かったと、もう大丈夫だと、抱き寄せてやるべきではなかったのですか⁉︎
 言い訳を並べて、逃げて、視線すら寄こさずあんな風に謝られたら、誤解を招いて当然でしょう⁉︎」

 ハインの罵倒に、サヤがあれをどう受け取ったのかを理解した。
 俺がサヤを避けたって?   違う、サヤが俺を怖がったんだ。俺が距離を取ったのは…………。
 俺に、その権利が無いからだよ!

「違う!    あれ以上近づいてはいけないって思ったんだ。
 ……男に、望みもしない手荒なことをされた……っ。あれがサヤにとって、些細なことであるはずがなかった……。
 それなのに俺は、動かなかったんだ。サヤを助けに動かなかった!
 その上で、あの状況の打破に、サヤを利用した。思いやる言葉ひとつすらかけず、あいつらの視線を引き付けろって、そう命じたんだ!」

 あんな極限の状態に立たされたサヤに、俺は男らの視線を引きつけるようにと指示した。
 サヤが、それをどれほど恐れていたか……分かっていたのに!

「あの時サヤは……俺が、あそこまで近づいただけで、震えてたんだ……。
 あいつらと同じだって、俺のことをそう、感じたんだろ。だから身体が拒否したんだろ⁉︎」

 全身で慄いていた。震えていたんだ!    俺が距離を詰めることを、怖いと感じていた。それが俺に対する、サヤの答えだと……。
 口先だけで逃げろと言い、何もしなかった俺に対する、サヤの答えだと……っ。

「それに俺は、サヤの前で人を、二人も、手に掛けた……。
 俺が、怖くなるに決まってる……恐ろしくなって当然じゃないか!」

 しかも、万が一失敗すれば、俺の放った小刀が外れていれば、全てが台無しだった。
 そうなればサヤは、どんな扱いを受けていたか……っ。
 俺はサヤの危険を顧みずに、他を優先したんだ!
 サヤを一番にすると言ったのに、全てサヤに捧げると言ったのに、俺の言葉は、とんだ大嘘だった!

「どんな風にすれば良かったんだ。
 俺はサヤに合わせる顔なんて無いだろ⁉︎
 あの娘に触れて良いはずないだろ⁉︎
 俺にサヤを慰める資格なんて無かった。怖がらせて、怯えさせて、嫌だも言わせない、そんな風に追い詰めるだけじゃないか!
 だからサヤが望むなら、全部受け入れようって思ったんだよ!    怖いなら、近付かないでおこうって……っ。
 婚約の解消でもなんでも、承知しようと……。だけどそれは、サヤがそれを望むならばだ!
 俺がサヤを拒むなんて絶対に無い‼︎」

 やっとハインの手が、俺を離した。見えたハインは、瞳をギラギラと滾らせていた。

「……サヤが穢されたから、拒否したのではないと?」
「俺がそんな風に思うはず無いだろうが!」

 それくらいのこと、お前は分かってくれていると、思っていたのに!

「サヤは己が穢れなき純白の蕾ではなくなったから、貴方が己を退けたのだと、そう解釈したようですが」
「どこをだ⁉︎    穢されてなんてなかった、なんでそうなる⁉︎」
「仕方がないでしょう。あの娘は隠語を知らないのですから。
 サヤにとっては、貴方以外の男に身体を触れさせたことがもう、穢れることだったんでしょう」

 そう言われ、頭が真っ白になった。
 貴族の隠語……流石にまだ、セレイナの授業でも取り上げられていなかったのだろう。
 だからサヤは、ナジェスタに身体を改めさせた?    自分が純白でなくなったかどうか、判断するために?
 しまった、それは考えていなかった。サヤに誤解だって、伝えないとっ!
 慌てて寝台から出ようとしたら、また押し倒されて顔面を固められた。なんで顔面を掴んで止めるんだ⁉︎

「寝てください。今の状態で頭がまともに働くとお思いですか」
「サヤに誤解させたままでいいわけないだろうが⁉︎」
「サヤも今熱で臥せっています」
「一言伝えるくらいさせろ!」
「今まで仕事に逃げていた人間が何を言うんですか!    もっと早くにサヤの名を出してしかるべきだったでしょう⁉︎
 なのでこれは罰です。熱が引くまでは接触禁止です」
「お前は鬼か⁉︎」

 必死でもがいたけれど抜け出せなかった。
 ハインは、全く手を緩める気が無いらしい。容赦しないその姿勢に腹が立って、手に爪を立ててみたけれど、効果は無かった。
 限界まで暴れて、体力を使い尽くし、呼吸まで乱れ、熱も上がったのか、寝ているはずなのに平衡感覚が揺さぶられる……。
 ぐにゃぐにゃとたわむ床に寝かされている心地で、朦朧とする意識の中を彷徨っていると、まるで睡魔に誘うかのような、淡々とした口調で、ハインが言った……。

「サヤは貴方の選択は間違っていなかったと言いました。
 裏切った子供らを見捨てなかったことも含め、全て承知しておりました。
 あの状況で貴方が抗えば、孤児院の子らがどんな扱いをされるか分からなかった。
 最も身分の高い貴方があの場にいることが、子供らへの手出しの抑止力であり、サヤを守る唯一の手段。貴方にできる最大限のことだった。
 だから貴方は動けない。それでも自分に逃げろと言った。
 逃げて、良いと……。
 その意味をきちんと、サヤは理解していましたよ」

 眠りに落ちてしまった後、馬鹿も程々にしてください。という更なる悪態が聞こえてきた気がした。

 くそっ、覚えてろ……。
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