異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
760 / 1,121

魔手 8

しおりを挟む
 視界を広に切り替えつつ、振り返りざまにそう口にすると、ドバキャッ!という、形容し難くもけたたましい音がし、ドカン……バシャン!と、音が続いた。

 サヤたちの閉じ込められた馬車の扉が吹き飛び、何人かを跳ね飛ばし、木にぶつかって、最後に地面へと倒れたのだ。

 あまりの状況に子供らも含め、視線が馬車に釘付けになる。唖然と飛んだ扉を見る……。
 その間に俺は笛を加え、吹いていた。誰もこちらを見ていない。音のしない笛が、鳴り響く。

「ハヴェル、小刀をくれるか」

 呆然と固まった子供らにそう言うと、真っ先に我に返ったトゥーレが、ハヴェルの腰帯から小刀をひったくる。

「俺の後ろに。すぐ助けが来てくれる」

 そう言うと、トゥーレは急ぎ子供らの手を引っ張って、俺の後ろ側、道の端に身を寄せた。
 それを見届けて、俺は深く息を吸い込み、腹に力を込める。

「武器を捨て、投降せよ。そうすれば、この場で切り捨てることはしない!」

 急にそう宣言した俺に、我に返った男らの視線が戻る。
 まだ気付いてくれるな。そう念じつつ、広の視界を見渡す。
 誰もかれもが、場の状況がまだ理解できていない顔。けれど、条件反射なのか、小馬鹿にしたように首を傾げたひとりが、威圧するみたいに表情を険悪に歪め、一歩を踏み出した。

「はぁ?     何を巫山戯た……」

 抵抗と見なす。
 余計な動きをさせないための、見せしめになってもらおう。
 次の瞬間、俺が放った小刀が、男の喉に突き刺さった。 これで俺の手は尽きた。

「もう其方らは、それ以外の道を持っていない」
「「カッ…………ゴホッ……は……」」

 溺れてしまった人のような、ゴボゴボという音に掠れる呻き声。それが二箇所からあがる。

 一投目。俺がサヤへの合図とともに放った小刀は、過たず頭の首に突き立っていた。それにより、彼は声が出せない。呼吸も苦しいことだろう。
 喉に小刀を突き立てた男が倒れるのと同時期に、崩れるように膝をついた頭。皆は呆気にとられるだけで、状況の理解が追いついていないようだ。
 目深に被った頭巾のせいで、喉の小刀がほぼ見えないのだから仕方がない。

 残念。誰もお前を、助けに動いてはくれないよ。

 俺が早くにこの決断を下していれば良かった……。
 言い訳はいくらでも頭に浮かぶ。
 あの時は誰が指示者か特定できていなかった……とか。
 この連中の出方を探る必要があったから……とか。
 正確な人数をきっちり確認できていなかったから……とか。
 巻き込む人を極力減らしたかったから……とか。
 情報を得るために、頭は生かして捕らえたかった……とか。

 だけど結局は、俺が決意できなかっただけ。
 人を手に掛ける覚悟が、定まらなかった。甘さを捨てられなかった……。
 そのせいでサヤを、シザーを、あんな目に合わせてしまった……。

 先程の合図により集っていた吠狼の者らが、木々の間から飛び出して来た。
 馬車を囲み、俺たちを囲む。無論、こちらに背を向けて。

 闇から染み出すように現れ、増える影たち。
 いつの間にやら包囲されていた現実に、野盗一味はやっと気が付いた。
 そうしてそこでようやっと、頭も絶命したのだろう。かしいだ身体がバシャリと地に崩れたことで、もう待っても命令は飛ばないのだと、理解できた。
 動かなくなった頭の周りに、赤い輪が広がっていく……。

 俺が待っていたのは、俺と子供達。サヤとカタリーナたちが、この連中から距離を取れる瞬間。
 入り乱れていれば、誰かが人質として身を抑えられてしまうかもしれず、吠狼らが俺たちを守りやすくなる瞬間を待っていた。
 彼らは不殺の約定がある。この危険な連中から、身を守ることしかできないのだ。だから、戦意を削ぐ必要があった。

 使い慣れ、手に馴染んだ小刀は、覚悟さえ定まれば、目に焼き付けた場所に、放つだけだった。
 一瞬の隙は、サヤが作ってくれた音。
 そして指示者を失えば、彼らが動けないことも、理解していた。

 一人の人物が、恐怖でもって集団を支配するというのは、そういうことだ。
 配下に判断する余地を与えてこなかった。それがこの頭の敗因。

 子供らに刃物を向けた吠狼の一人に、そちらは良いのだと告げた。
 そうして今一度、子らをじっくりと見渡す。
 もう無条件に信じることはしない。彼らに確実に、歯向かう気持ちが無いことを、きちんと見て、確認する。そうして納得できたから……。

「……怖かったな。だけど、もう大丈夫だ」

 そう声を掛けたら、ワッとハヴェルが泣き伏した。更に馬を駆って騎士やオブシズ、ハインも到着し、後方では野盗らとの大捕物が始まっていた。
 吠狼らに子供らの保護を命じて、俺も現場の指揮に向かう。

「場が収まるまで、馬車の中の女性らは表へ出すな。血は極力見せたくない……。
 女性の吠狼は何人いる?    馬車には彼女らだけを向かわせてくれ」

 淡々と指示を飛ばし、手当をと慌てる彼らを、後で良いからと遠去けた。
 いつもなら怒りで我を忘れ、爛々と瞳を光らせていそうなハインが、今はまだ大人しい。
 だから彼に、村の状況の報告をせよと告げた。

「村人に死者はおりません。
 負傷者は多数に及びますが、真っ先に野盗らと接触したのが大工や石工らでしたので、被害は最小限と言えるでしょう。
 分散され、全員を捕縛するのに少々骨が折れたようですが、無事に全て、召し捕えました。
 現在、領主様とクロード様が村の対処を担っておられます」
「…………シザーは……」
「……死者はいないと、言いましたが?」

 その言葉でようやっと、息が吸えた。

「あれでも武官です。覚悟はしておりますし、咄嗟でも急所を逸らすくらいのことはします」

 冷めた口調でそう言ったハインは、もう宜しいでしょう?    と、俺の手を取る。
 瞳の奥に、焦燥に駆られたような、憐憫のような気配をちらつかせたけれど、それは直ぐに隠された。

「傷の手当ては、帰ってからにいたしましょう。とりあえずは、村へお戻りください」
「その前に、カタリーナと話をしなければ」

 ホッとしたせいか、痛みが鋭くなってきた脚で、馬車に向かった。

 馬車の周りには女性の吠狼が五名。扉は壊れ飛んでしまったが、扉を繋ぐ蝶番が弾け飛んでしまっただけのようで、形は保っていた。
 今馬車の中には行灯がひとつ用意されており、裸足のままであったサヤやカタリーナの足裏が応急処置されている姿が闇に浮かび上がっている。
 やってきた俺に、ハッと身を硬くしたカタリーナ。
 だから極力、怖くないように、距離を置いて笑いかける。

「ひどい目に合わせてしまった。貴女とジーナは、大事ないだろうか……」
「…………あ、あの…………」

 必死に何かを、口にしようとするカタリーナ。そのカタリーナの首に、無言でかじりついたままのジーナ。
 表情を固めてしまったまま、ジーナは、泣き声ひとつ、あげなかった。今に至っても。
 それはとてつもない恐怖と心労を与えてしまったからだろう。幼い子に、酷い経験をさせてしまった……。
 そしてカタリーナ……。彼女は理解している。この状況の原因を。
 だけど、今は良いのだと、首を振った。

「まだ退けていない。この場を脱しただけだから、状況は、変わっていないんだ」

 レイモンドも、ブリッジスもまだ健在。何も状況は、変わっていない。
 俺の言葉に、ギュッと、歯をくいしばるカタリーナ。
 俺が状況を全て承知していたということも、これで理解したのだと思う。

「だけど、もう何も、させはしない。何ひとつ。絶対にだ。
 そのためにも、協力してほしい。勿論……戻って、落ち着いてからで良いから」

 そう言うと。カタリーナはこくりと頷いた。
 その瞳には強い意志が宿っており、もう彼女は大丈夫だと思えた。
 それから…………。

「サヤ」

 呼ぶと、ビクリと、身を竦ませる。

 先程から……、カタリーナと言葉を交わす間もずっと、サヤの緊張は、伝わっていた。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。怖い。どうしよう。

 そんな風に、サヤはずっと、暴れそうになる感情を必死で、抑え込んでいた。
 当然だ。当然のことだ。あんな…………っ。

 あんな酷い目に、合わせてしまったのだから……。

 更に二歩下がって、サヤから距離を取った。
 そうして極力怖がらせないように、苦しませないように、全力で微笑む。
 瞳は見れなかった。見る、勇気が、無い……。

「良いんだよ。大丈夫、分かってる。
 焦ることも、申し訳なく思うことも、必要無い。
 サヤの心を否定しなくて良い。
 それは、当然のことなんだから!」

 心の傷を、深く、とても深く抉られたのだ。
 その上で俺は、俺は…………サヤの前で……っ。
 俺が怖くなって当然だ。
 あの時だって俺は、サヤを助けることをしなかった。
 逃げろと言いつつ、動かなかった。自らは何も、しなかったのだ……。
 こんな極限の状態に追いやられても、サヤはここまで、必死に耐えた。一人きりで頑張った。
 だから、もう何も、我慢しなくて良い。

「まずは戻って、ナジェスタに傷をきちんと、治療してもらおう。
 それから、ゆっくり湯に浸かって、身体を温めて。その後はしっかり眠って、休んでほしい。
 ちゃんと落ち着いてから……今後のことは、それから考えれば良いんだ。
 あと……………………………………あ、……んな、……、ごめんっ」

 ごめん。サヤを見捨てたのだと、そう思われたって仕方がない。
 だから、サヤがどう考えても……それがどんな選択になっても、受け止めるから。

「引き上げる。後の対処は頼む」

 ハインに、彼女らを丁重に扱うよう告げ、俺は馬車を離れた。

「戻ったら、ブリッジスと面会する」
「手当てが先です」

 俺の表情も、状況も無視して、いつものままの調子でハイン。
 そうしてくれたことが、とても有難かった。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?

サイコちゃん
恋愛
リジューレ伯爵家のリリウムは養女を理由に家を追い出されることになった。姉リリウムの婚約者は妹ロサへ譲り、家督もロサが継ぐらしい。 「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」 リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...