異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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閑話 夫婦 5

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「また近く、立ち寄る」

 それだけ約束して、俺たちは食事処を後にした。
 張り詰めた様子のダニルに、何も言えないまま……。だけど今の彼に、俺が何を言ったって意味が無いと思った。
 来世のために罪を贖おうと説得したところで、何も飲み込めないだろう。それだけは、いやでも分かった。
 今のダニルは前を見ていない……。
 彼は調理場から出てこなかった。俺たちを、店の前まで見送りに出てきてくれたのは、カーリンと手伝いの少女たちだけ……。

 だけどダニル。
 俺は、まだ諦めていないから。
 今は駄目でも、どこかで必ず、お前が救われる道を、幸せを目指せる方法を、見つけるから。

 現場に戻り、作業に携わる皆にもう一度挨拶して、六の月から宜しく頼むと伝えた。
 アーシュとクロード。毎日どちらかは必ず現場にいるようにするからと。
 そうして俺たちは、セイバーン村を後にした。


 ◆


 一度訪れなければと思っていたのだ。
 色々と関わりは増えたけれど、まだ直接、顔を合わせてはいなかったから。

「……ロジェ村にですか?」
「うん。伺うのは極力少人数で、事態を知っている者だけに絞ろうとは思うのだけど、一度ちゃんと挨拶をしておきたくて。
 正直、結構な難題を受け入れてもらっているのに、顔を出しもしない管理職って、信用的にどうかなって思うし……生まれた幼子の健康管理についてや環境に関しても気になるのと、やはり産業面……。
 あの一帯を吠狼の管理区域としたから、色々免除は受けられるんだけど、やはり収入源には難があるままだろう?    そこが気になってて」

 マルやサヤと色々検討し、いくつかロジェ村で収入確保に繋げられそうなものを見繕ったのだ。それについても相談したい。
 そう言うと、今年初めての玄武岩を運んで来ていたエルランドとホセは、なんとも複雑そうな顔をした。

「そこまで気を配っていただけるってこと、普通無いですよ……」
「そうなの?」
「そもそもオーストでは存在すら認められませんでしたから」

 あー……そういえばそうだった。
 俺の反応に、顔を見合わせたエルランドとホセ。だけどくすりと笑って……。

「セイバーンが豊かであるのは、立地に恵まれただけじゃないってことが、よく分かります」
「いやだってさ……収入源もないのに納税しろとか、豊かになれとか、言われて出来るなら誰も苦労してないし。
 自分たちでどうにか出来る問題なら、その土地がずっと貧しいままであるはずないんだよ」

 そんな時のための領主だと、父上は言う。俺もその通りだと思うのだ。

「そうですね……、では我々がご案内します。
 吠狼の方々がいらっしゃるなら、あまり意味はないのですが、我々も責任上、知っておく方が良いでしょうし」

 そんなわけで、七日間程拠点村を空けることとなった。
 同行者は当然ハイン、サヤ。シザー、オブシズに加え、ユスト。そして吠狼から、ジェイドと久しぶりのアイル。
 父上に留守をお願いし、護衛が少なすぎるとぶちぶち言うガイウスには、明けの明星という、信頼度の高い傭兵団の護衛があるから大丈夫と伝えた。
 交易路計画に関してはクロードとアーシュが。
 拠点村に関してはマルとウーヴェが、それぞれ担ってくれることが決まった。
 孤児院に関しては、最近子供達にも信頼されてきているジークが引き受けてくれた。

「オブシズの古巣ですから、信頼できますよ」
「そうか。ではオブシズ頼む」
「はっ。必ずやお守り致します」

 仕事の速い女中頭が荷造りを担当してくれたので、準備も一日で済んだし、エルランドらを案内役として雇う形を取ったので、荷車も利用出来る。
 あれやこれやと積み込むと、結構な荷物量になってしまったけれど、まぁ、良いよな。

「生まれて三……四ヶ月か?    ちっちゃいんだろうな」
「結構大きくなりましたよ。生まれたてなんて、片手に乗るくらいの大きさだったのですが」

 道中の休憩時間、昼食を兼ねて交流を深めた。
 そう話すホセは、当初の寡黙さなどかなぐり捨てている。幼子のことはいくらでも語れるらしい。
 双子は男児をレイル、女児をサナリと名付けられたそうなのだが……。

「あの……申し訳ありません……お、お二人の響きを少々……」
「…………えっ⁉︎」

 俺とサヤの名から音を拝借したと言われ、嬉しいやら恥ずかしいやら……。

「良かったのかな……」
「無事に二人とも生まれて来てくれました。それはレイ様の尽力あってこそなので」

 笑ってそう言われ、なんともいえない気持ちになる。
 何をしたってわけでも、ないと思うのだけどなぁ……。

「ロゼがきっと喜びますよ。拠点村に遊びに行きたいって、駄々こねまくってますからね」

 金星ヘルガーが、そう言って笑う。

「ロゼ一人なら良いんですけどねぇ……弟と妹をレイ様に見せるのだと言って聞かないから……。
 サナリはともかくレイルは連れ出せないって口を酸っぱくして言ってるんですけど……まだ理解できないみたいで」

 その言葉に納得。
 ロゼだものなぁ……。あの子は幼さもあると思うけれど、それ以前にこう……性格から、内緒ごとには向いていないと思う……。
 サナリは人だけれど、レイルはやはり、獣人の血が濃く出たらしい。特徴が顕著にあるから、村から出すことはできないという。
 だけどロゼからすれば、どちらも大切な弟と妹なのだ。サナリだけと言われたって、納得などできないだろう。

「楽しみだ。俺も早く会いたい。ロゼにも、サナリとレイルにも。なぁサヤ」
「ええ。そうですね」

 久しぶりの、なんだか明るい話題と雰囲気。
 その空気に浮かれて、俺たちはのんびりと会話を楽しみながら、西を目指した。


 ◆


 西への旅は昨年の秋以来。あの時は、進むにつれ体調を崩していった。

 今なら分かる。俺は多分、西の風景や匂い、雰囲気などを、無意識化で記憶していたのだろう。
 あの夢の場所……母が俺の死を望んだ場所。あそこに近付くことを、身体が拒否していたのだ。

「…………」

 なのに、不思議だ……。
 同じ風景を前にしているのに、あの時の恐怖が、今は湧いてこない……。

 陽光にきらめく水面は、ただ美しいだけだ。
 夢の中で何度もここに足を浸した。あの時の俺は小さかったから、あっという間に頭の先まで、水の中だったけれど、今なら……。

「レイ」

 名を呼ばれ、後ろから抱きつかれて我に帰った。
 振り返ってみると、不安そうな表情のサヤと視線が合った。水面を前に動かなくなってしまった俺を心配したのだと分かって、ちょっと恥ずかしくなる。

「いや、大丈夫なんだよ。あれだけ怖かったのに、もうなんともないのが不思議で……見入っていただけなんだ」

 そう言うと、ホッとしたのか、表情と腕を緩めた。けれど……。

「もう、準備できたから、戻ろ」

 俺の袖を摘み、まだどこか不安そうな表情で、そう言ってくる。
 その言葉に従って、サヤとともに水面を離れた。
 本日宿泊する予定の邸に戻ると、懐かしい顔が出迎えてくれ、俺は彼に微笑みを向けることができたことを、改めて嬉しく思った。

「カーク、久しぶり。その後なかなか顔を出せなくて申し訳なかった」

 隣の地区を管理するカークが、ご挨拶にと出向いてくれていた。
 手紙でのやり取りはあったものの、父上救出の後はすぐに越冬準備に追われてしまった。
 更にアギーの社交界出席、王都の戴冠式と続いたから、カークとは秋以来だ。歳も歳だし心配していたのだけど、どうやら元気であったよう。

「その後変わりはない?
 この地区の管理者を定めた件、急だったのに色々手配を手伝ってくれてありがとう」
「いえいえ、お陰様で越冬期間の仕事量が半減しました。
 スヴェンという者も、勤勉で良い人物ですね。
 越冬中、来て早々村の雪下ろしを始めたそうで、大雪の後は定期的に行ってくれたと聞いております。皆助かったと感謝しておりました」

 長らく管理者がいなかったこの区域を、セイバーンの特別部隊、吠狼の管理区域としたことを、カークには伝えてあった。
 影の部隊となるため、表向きは俺の私兵扱い。その部隊の長が、吠狼のスヴェンと定まったのだ。
 彼はローシェンナの補佐的な役割を長年続けており、豺狼組であった頃の人間側代表者……ローシェンナを表に出せない場合の、頭役。だから適任者だろうとなったのだ。

 急にこの地区に管理者が決まった理由は、これからこの西の地に道を繋げる予定が立ち、そのための下準備という建前になっている。
 氾濫のせいで、この地域へ赴くには南から大きく迂回しなければならなかったため、色々不便で発展も遅れていたのだけど、道が繋がれば、メバックまでにかかる時間が半分以下になる。そのため、その計画は大いに歓迎されているようだ。比較的豊かなセイバーンにおいて、この区域が最も寂れていたしな。

「父上は足を痛めてしまっているし、医師の管理下で容態を調整しているから、長距離の移動が色々と難しくてね。
 王都に行くのはどうしようもない決定事項だったから、そこでちょっと無理を押している。それで今は、拠点村で体調を整えているんだ。
 でもカークに手紙を預かってきている。後で渡すよ。
 それから父上の容態だけど、相変わらず毒の摂取は続いているけれど、分量としては当初の半分以下に減ってるんだ。今年いっぱいを目処に、終わりにできそうだって医師は言っているから、とても順調に回復へと向かっているよ。
 最近はね、車椅子で村の中を散策されたりもするんだ」

 父上の様子を話して聞かせると、とても嬉しそうに目を細める。
 母のことも、色々あったけれど、今は飲み込めていると伝えた……。

「もう、母が俺を疎んでいたわけじゃないのだって、分かったから……」

 そう話すと、良うございましたと涙を拭うカーク。
 泣かせるほど心配させていたのかと慌ててしまう。

「歳を取ると涙腺が脆くなってしまいますもので……」
「色々心配させて申し訳なかった」
「これでようやっと、心残りがなくなりました。安心して来世へと旅立てます……」

 そう言い肩の力を抜いたカーク。
 きっとカークは、俺の年齢と同じくらいの年月、母と俺のことを思い悩んでいたと思う。

「縁起でもないこと言うな。父上が、道が繋がったらこちらにも顔を出したいとおっしゃっていたんだよ。
 もう交易路計画の方は始動してる。堤も完成したから、雨季が明けたら西への道にも着工できると思うんだ。
 毒が抜けたら、父上はもう少し自由に行動できるようになるから、カークと顔を合わせることもできると思う。だからどうか元気でいてくれないか」

 そう言うと、お迎えが来ぬ限りは頑張りますと言い、カークは微笑んだ。
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