異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
652 / 1,121

光の影 6

しおりを挟む
 関わり続けようと決めて、だけど今できることは少なくて……。
 マルに言われた通り、とにかく今は、出来ることを精一杯、することにした。
 いつか、機会が巡ってきた時に、ちゃんと、手を指し出せるように。

 アレクセイ殿との接点はある。
 孤児院と、カタリーナたち。
 だから、焦るな。まずは、ちゃんと、一歩ずつ。前に進むしかないんだ……。


 ◆



 翌日、午前中のうちにリヴィ様との商談も無事終わった。
 そうして今、俺たちは、セイバーンに帰還するための、準備を進めている。

「ワドへの手紙、頼んだ」
「うん」
「何も無いに越したことはないが、何かあればワドに言えよ。俺も極力、早めに帰るようにするけど……」
「慌てるなよ。今、女近衛の衣装関係は本店で進めた方が良いって、話し合ったばかりだろ」

 そう言うとギルは、視線を彷徨わせて口籠る。
 なんのかんのでリヴィ様を意識している感じで、俺としてはとても微笑ましい。
 慌ててセイバーンに戻ることはない。折角の機会なのだから、リヴィ様と思う存分触れ合ってほしいものだと思っている。

「をぃ……なんかしょうもねぇこと考えてる顔だぞ……」
「しょうもなくないよ。お仕事大変だなって、思ってただけだ」
「あのなぁ……なんもねぇからな⁉︎」
「余計なこと言っていると墓穴を掘るだけですよ」

 横合いから荷物を持って通ったハインに、しらっとそんな口を挟まれ、ギルがおいコラ待ちやがれ!    と、喧嘩を買いに行き、それを見送っているとルーシーが、アルバートさんの細かい注意事項から耳を防御しつつ戻って来て……。

「もうっ分かってるから、いいってば!」
「きちんと聞きもしないで良いとはなんだ!」
「あらあらぁ、大丈夫よアル。ルーシーはお姉ちゃんになるのだもの。
 そりゃぁ、ひとりで頑張りたい。しっかりしたいって思うものよ。察してあげなさい」

 アリスさんがそんな風にとりなして、無事に兄弟が産まれたら、喜び勇んで帰ってくるわよと笑われるアルバートさん。
 家出で飛び出した娘をまた送り出すのだから、親としては小言の十や二十では足りない心境なのだろう。
 けれど、母親に窘められて、渋々引き下がる。
 まぁつまり、ギルは暫く本店に残るのだが、ルーシーは俺たちと一緒にセイバーンへと向かうのだ。

「アルバートさん。ルーシーは俺が責任を持ってお預かりしますから」
「レイくん……君は優しいから、遠慮してしまうのではと心配になるのだけどね……。
 ルーシーがダメなことをした時は、ちゃんと、怒ってくれて、構わないのだからね⁉︎」
「はい。心得てます」

 まるっきり幼子への対応みたいになってる……。

 顔には出さないように注意しつつ、内心では笑いを堪えるのに必死だった。酷使される腹筋が痛い。

「若様。荷物の積み込みは全て終了致しました」
「ありがとう。女中頭……家族へのお土産はちゃんと買いに行けた?」
「…………そのような心配はご無用ですわ」
「そうだね。でも、忘れている人がいるかもしれないから、一時間後に出発ってことで。各自休憩。みんな身の回りをもう一度確認してって伝えておいて」
「畏まりました」

 帰りは焦らなくて良いから、ゆっくり目に進むつもりだ。本日は昼からの出発だから、どうせ泊まるのは隣街。一時間くらいは余裕がある。
 俺も適当に暇つぶししようと思い、サヤを探した。

「サヤ」
「はい。どうされましたか?」
「出発は一時間後だから、少し付き合ってもらえる?」
「どちらへ?」
「俺の部屋」

 そう。
 今回は離れを丸々借りたから使わなかったのだけど、バート商会には俺の部屋がある。
 流石にもう片付けられ、なくなっているものと思い込んでいたのに、先程アリスさんから、まだちゃんと残してあるから、必要なものがあれば持って帰るようにと言われたのだ。
 とはいえ、もう三年半使ってない部屋だし、特別必要なものは無いと思うのだけど……整理くらいはしておこうかなと。

「ここなんだ」

 久しぶりの部屋は、本棚の場所ひとつ、変わっていなかった……。

 必要最低限の家具。生活感の薄い、与えられたものがそのまま置いてあるだけの部屋。
 色調は柔らかい薄緑に統一されていて、余計なものは一切置かれていない。
 それは、持ってはいけない俺への配慮。
 失くすことを恐れる俺が、怖がらなくて済むよう、気を使ってのこと……。

 三年以上、主人の訪れていなかった部屋なのに、ちゃんと掃除がされていて、いつでも俺が来れるようにと、ずっと、ずっと、整えられていた部屋……。
 執務机の引き出しを開けると、兵棋盤。衣装棚の隅には、木剣。そして寝台の脇にある小机の引き出しには、飾り紐が沢山……。

「全部、借りているだけのつもりでいたんだけどな……。やっぱりこうして見ると、愛着がある……」

 持ってはいけない俺だから、全部、借りていた。自分にそう言い聞かせていた。
 だけどここにある全ては、俺のために用意されたものだった。
 この飾り紐なんて……貴族である俺は、どうしたって髪が長く、邪魔になるからって……。下ろしっぱなしでも構わなかったのに、行く先々で、皆が買って来て、お土産だと、渡してくれた……。

「俺は、喜ばないって、分かっていたのに……」

 ありがとうございます。
 ただ、決まり文句のようにそう言うだけで、怖がって、受け取らない……。にこりともしなかったろう俺に、何度も何度も、笑顔で手渡されたお土産。
 引き出しの中がこうしていっぱいになるくらい、何度も、何度も……。

「……これ、持って帰ろうかなぁ……」

 使えるとしたら、来年の今頃までなのだ。
 そうしたら俺は、この長い髪を切ることになるから。

「俺が使わなくなっても、サヤが使ってくれると嬉しいんだけどな。
 男用に買ったものだから、可愛い色や飾りのものは、少ないんだけど……」

 そう言い振り返ると、とんと、胸にサヤが飛び込んできて。俺を抱きしめた。

「……どうした?」
「ううん。レイが……ここでちゃんと愛されとったんやなって、分かって、凄く…………嬉しくなっただけ」

 血の繋がりなんてないのに。
 ただ学舎で、触れ合っただけの俺を、この家族は本当に、大切に、家族の一員のように、接してくれていた。

「うん……こんなにも、大切にして貰ってた……。俺は、ほんと、幸せ者だった。
 ……いや、違うな。ずっと、幸せだったんだな……」

 何も言わず、王都を去っても、こうして大切にしてもらっていたのだ。ずっと。ずっと……。
 また俺が、ここに戻って来る保証なんて、無かったのに……。

「サヤ。……セイバーンに戻ったら、色々が始まるけど……。
 ひとつ、やりたいなって、思い付いたことが、あってさ……」

 腕の中のサヤを抱きしめて、その耳元に囁くようにして告げたのは、ちょっと恥ずかしかったからだ。

「孤児院の子供たち……には…………その……お、親が必要だと、思うんだよ」

 里親を見つけてやれれば良いのだけど、こればかりは巡り合わせもあるだろう。
 だけど、みんながちゃんと、ここが我が家だと、胸を張って言える場所が必要だと思うんだ。
 孤児であることを、引け目に感じてほしくない。不幸だと思ってほしくないんだ。

「孤児院に迎える子供ら全員を、俺たちの子にしないか。
 将来結婚する時も、父親と、母親として、ちゃんと俺たちの名を出せるように……。
 養子に迎えるわけじゃないし……ほんと、気休めみたいなもので、あまり、意味はないし……その……ただの独りよがりかもなって、ちょっと、思うんだけど……。
 親なんていない……って、言わせたくないなって……。皆、ちゃんと神の祝福を得て、生まれてきたんだから。
 孤児院の子らは、皆、セイバーンの子……だからその……サヤの名を……え、えっと……」

 血の繋がりなどなくても、俺は愛を注いでもらった。幸せだって思えるくらい、大切にしてもらったんだ。
 だからそれを、返したい。そんな気持ちだったのだ。
 だけど……。
 婚姻すら、まだ済ませてもいないのに、母親として名を使わせろって………………もしかして、物凄く、失礼なのでは……。

 そのことに今更思い至ってしまった。
 思いついた時はなんかもう、これだーっ!    って、それしかなくて……っ。

「…………私の場合、サヤ・ツルギノ・セイバーン……に、なるんやろか……」

 胸に染み込む吐息の熱と、呟き。

 サヤ・ツルギノ・セイバーン……?

 言葉が突き刺さった。心臓に。

 ブワッと膨れ上がった興奮?    高揚感?    それと一緒に、背筋をゾクゾクとした、何か謂れもない衝撃が、駆け登った。目の前がキラキラしてみえる。
 何故かブルブルと震える手で、サヤの肩を押し退けて、びっくりした様子のサヤの顔を、両手で包み込んだ。

「レイ?……れっ…………⁉︎」

 いや、するだろう⁉︎    口づけ!    しないでいられるわけがないだろう⁉︎
 三年先なのは分かってる。だけど、サヤが、俺の妻になることを、受け入れてくれているんだなって、だから名前を……。ツルギノサヤと、いつも名乗るのに、サヤ・ツルギノに、セイバーンを付けてくれたのだって、そう思ったらもう!

 サヤの腰が砕けるまで口づけしたら、その後で物凄く怒られた……。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?

サイコちゃん
恋愛
リジューレ伯爵家のリリウムは養女を理由に家を追い出されることになった。姉リリウムの婚約者は妹ロサへ譲り、家督もロサが継ぐらしい。 「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」 リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...