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光の影 3

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「待つ……ですか。それはまた……苦難の多き道ですね」
「俺自身としては、然程でもないですよ。まぁ……彼女の身の安全等、結構難しいところはあるので、協力してくれる皆には、本当に感謝しています」

 苦笑しつつも、俺の選択を手助けしてくれる。サヤを大切にしてくれる。
 他の二人に視線を向けると。

「しょうがないじゃないですか。お二人にとっては、それが最良なのですから」
「愛する相手を大切にしたいと思うのは、当然のことですし」

 とのこと。しょうがないと言いつつも、顔は笑っているから、否定する気は無いと分かる……。それが有難いって、言ってるんだけどな。
 俺の視線が逸れた瞬間、アレクセイ殿が少し俯いたのが視界の端に見えていたけれど、彼はすぐに顔を上げた。

「貴方がたの選び歩む道に、加護があらんことを」
「ありがとうございます……。
 でも、我々のことは、ここまでにしておきましょう。
 それよりもアレクセイ殿。お時間を……とのことでしたが、何か問題がございましたか?」

 自ら時間が欲しいとおっしゃったのだし、何かしら用があるのだろう。
 そう思い問うと、彼は少し困ったように眉を下げ、口元を笑みの形にした。
 困惑も、この苦笑顔も……やはり全てが制御されたままで、どうしても違和感が拭えないのだけれど……。

「いえ、実を申しますと、然程の用は無いのです。あれは、ちょっとした言い訳のようなもので……。
 その……カタリーナらは、どう過ごしているかと、それが少し気になったのと……。
 今、神殿内は色々と、混乱しております。
 国の事業に関わるとおっしゃっておられたレイシール様にも、この混乱が飛び火するやもしれぬと思いましたもので、咄嗟に……」

 そう言われ、想定していなかった言葉に、意味の理解が追いつかなかった。
 だって彼は……その身を餌に使った駆け引きを、あの場でしていたのだ。それが、まさか俺に関わることだなんて。

「大司教様の覚えを良くしておけば、こちら側から貴方に手出しをと考える輩は、減りますから」
「……え?……で、でもそれでは、み……っ!」

 身を削る貴方に、いつたい何の得があると言うんです⁉︎

 そう言葉を続けそうになって、咄嗟に自らの口を塞いだ。

「レイシール様?」
「……いや……」

 こんな場で、口にする言葉じゃない……。
 サヤに聞かせる以前の問題で、あんな…………あんなことを、この方がしているだなんて……。
 未だに信じられないというか、信じたくない気持ちが優っていたのだけれど、俺の名が出たことで、余計に胸の奥につっかえていたものが、無視出来なくなる。
 この後、彼があの大司教に何を求められるのか……。それが俺には、分かってしまっているから、余計に……。

「なんでもない……です」

 辛うじてそう口にしたけれど、ブワリと胸に広がったのは、嫌悪感と、罪悪感……。

 知ってて、黙認するのか?    しかも俺の関わることだと言われたのに?

「……カタリーナたちは、元気にしていますよ。
 今はまだ、メバックですが、孤児を引き取り次第、仮の運営を借家で始めようと考えています。
 その時に、彼女たちにも拠点村に、来てもらう予定でいます」
「もう、動いてらっしゃるのですね……」
「急がないとなりませんからね。色々が、動き出しましたから。
 あ、ジーナはとても元気になりましたよ。メバックの子供たちとも仲良くなって、よく一緒に遊んでいます」
「そうですか……良かった」

 そう言いアレクセイ殿は、作りものとはいえ、屈託ない笑顔を浮かべた。
 その表情に、また胸を抉られる。
 つい言葉を詰まらせてしまった俺に、その沈黙を配慮したかのように、視線を庭に戻すアレクセイ殿。
 それで俺は呼吸を整え……、結局、黙っていられなくて、自ら話を蒸し返す。

「……やはり、神殿は混乱の渦中ですか」

 あぁ、触れなければ良いのに……。だけど、やっぱり……。

「それはもう。なにせ、我らはずっと白を……この色を、心の拠り所としてきているのですから。
 我らにとって白は、穢れなき色、尊き色……なのにそれが、悪魔に魅入られた色であったと、言うのですから……」

 困った笑み。けれどどこか、自嘲を含んだような……憂いを帯びた、表情。
 感情の制御を完璧にこなすこの方が、本当のところはどう思っているのか……。それが、全く分からない。

「我々は、神の恩恵を……愛をひとつ、失ったのです……」

 生死を彷徨う怪我を負い、生き残ったものの、色彩をひとつ失ってしまったこの方。
 神の色を、授かったと、栄誉あることだと、おっしゃっていたこの方にとって、この白は本当に、特別なことであったのだろう。

「……失ってなど、おりませんよ」

 本当は、悪魔などいやしなくて、ただ病があっただけだ。

「王家の白は病であった。それだけのことでしょう。
 だからって、今まであったものも、今からあるものも、変わりません。
 貴方は自らの試練と戦い、それを乗り越えた。その事実だって、変わりません。
 貴方の髪は、王家の白とは、違うでしょう?」

 そう言うと、どこか虚無を見つめていた彼の瞳が、俺を見た。

「生きるために、戦って、得た。それが今の貴方でしょう?」
「……そうです……。そのために、なんだって、してきたんです……」

 一瞬だけ、その瞳に何かが過ったような気がした。
 だけどそれ以上に、なんだってしてきたという、彼の言葉が胸に刺さっていた。

 なんだって……。
 その中に、あれも含まれている……?
 この方は貴族の出だと思う。そうでなければ、たとえどれだけ優れた方でも、司教に至る道など、無かったはずだ。
 神職者は上位の殆どを、貴族出身者が占めている。そして貴族であったとしても、この若さで司教に上り詰めるなんてことが、並大抵のことであるはずがない。
 きっと、血反吐を吐くような努力を、してこられているのだと思う。思うが…………。

 その中に、あれすら、手段として、含まれていたというのか?

 無言で、陽の沈む庭に視線を向けるアレクセイ殿は、とてもじゃないが、そんな風には、見えなかった。
 演じられているのだと分かっていても、今の彼は、とても清涼に見える……。

 だけど、あの時のあれはどう考えても……。

 俺だって、あんな目で見られれば、気付く。
 ドロリと濁った、まとわりつくような、隠す気の無い獣欲。満たすことに慣れきっている……当然得られると思っている……。そんな視線。
 事実、俺の思い込みや勘違いでない証拠に、サヤが体調を崩した。自らに向いたものではなかったにも関わらずだ。
 それくらいの視線に、この方は躊躇なく身を晒した……。それどころか、それが自らに向かうよう、俺に絡み執着してみせ、嫉妬を煽って……。

「レイシール様……」

 袖を引かれた。
 声の主に視線をやると、サヤが俺を見上げていて……その瞳に滲む恐怖に、俺の思考が彼女にとって苦痛だったのだと悟る。
 慌てて、考えていたことを切り替えようとしたのだけど、彼女の視線は、そのままアレクセイ殿に向かい……。
 心配そうに、見上げるその瞳。
 俺が何を考えていたか、サヤは全て分かっているのだと、理解した。

 そりゃそうだよな……サヤは、あの大司教の視線に、あそこまで当てられたんだ……。
 それが、この人にも向いていたってことも、当然、分かっている……。

「……アレクセイ殿…………あの……」
「はい?」

 俺の声に、にこりと笑って首を傾げる彼に、言葉が詰まった。
 あの時の彼はとてもさらりと、手札を切った。慣れた手段であるとでもいうように……。
 彼がどうやってここまで来たか、俺には分からない……。その道しかなかったのかもしれない。選びたくて選んできたわけでは、ないのかもしれない。
 それでも彼は、その手段を得た。どんな形であったにせよ、それが彼の選んだ生き方で、今もなお、手にする武器……。
 褒められたことじゃない……だからこそ、隠している。
 なのに……。

 気付いているのだと、伝えてしまって、良いのだろうか。
 俺に、口を挟む権利が、あるのだろうか?

 でも、俺を吟味していたあの視線を、この方は敢えて自分に引き戻した。
 嫉妬を煽って、欲望が自分に向くように…………っ。

「………………………………ご自分を、大切になさって、ください……」
「…………?」

 そう、絞り出すと、俺を見上げるアレクセイ殿。

「俺は…………俺だって、貴族の端くれです。責任を担う立場を得た。それは、俺が自ら望んだことなんです」

 違う。
 言うべきことは、そんなことじゃない。
 不思議そうに俺を見上げるアレクセイ殿。
 まるで何も知らないみたいなその表情が、言うべき言葉を飲み込ませる。
 本当は、勘違いなんじゃないかと、思いたくなる……。

 だけど……ならば何故この方は、全ての感情を、作りものにしているのか。

 それを考えると、言わなきゃ駄目なんだと、思った。
 感情を殺し切る理由なんて、ひとつしかないんだ。

「それなりの覚悟は、しています。
 些細な問題を回避するために、誰かに犠牲を強いるようなことは……望んでない……。
 だから………………あ、貴方が……、貴方が、苦しむようなことは…………しないでほしい」
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