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光の影 2
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何故そんな風に言ったのか……言ってから分かった。
アレクセイ殿に、サヤを渡したくないと、そう思ったからだと。
何故、彼にサヤを、渡したくないと思ったのか……。多分それは、プローホルで見た、あの視線。あれがどうしても、頭から離れないからだ。
サヤの全ては俺のものだ。
サヤが選び、進んできた道は、この世界では、正しいとされる道ではなかった。
だけと、この世界でただ独りきりの彼女は、自分ができることを全力でしてきただけだ。
サヤが選んできた道だ。男装することも、この世界で生きていくことも。もう姿を、偽らないことも。
周りがどれだけ彼女を否定しようと、俺は肯定する。サヤはここにいて良いのだと、好きにして良いのだと、全部俺が、認める。
俺がずっと、共に行く。
そう、俺自らの意思で決めた。
だから、余計な口出しは無用。
どんな理由をでっち上げてこようと、俺はサヤを離さない。
例え、誰が相手であろうとも。
頭の中を、熱が、支配していた。
だけど。
「っ、…………申し訳、ありません!
ちょっと私も、疲れているのか、言葉に棘がありましたね……」
パチンと、目の前で手を打ち鳴らされたような感覚。張り詰めていたものが、プツリと切れていた。
立ち上がり、頭を下げるアレクセイ殿。
「正直、心構えはしてきたつもりであったのですが、やはり……王家の白が病であるということが、どうにも受け止め難く……っ。
いえ、それもただの言い訳です。心を乱すのは、私の未熟さでしかない。ただの八つ当たりでした。
異国の方、事情がおありなのは、分かりきっていたことでしたのに……。
まことに、失礼いたしました!」
それで急激に、俺の緊張と怒りも萎んでしまった。彼からの意味不明な圧も、無くなっていたし……。
そして、なんであんなに腹を立ててしまったんだろうと、たった今、自分がこの方に取った態度を思い返し……。
「い、いえ! 違います、私も、同じで!
別段、腹を立てるほどのことではなかった……のに……つい、反発してしまい……!」
俺も慌てて頭を下げた。その頭の中は、もう大混乱に陥っていたけれど。
離さないってなんだ、渡さないって……⁉︎ アレクセイ殿はそんな風なこと、ひと言もおっしゃっていなかったのに!
なんか今、なんでか急に腹が立って、サヤを見せつけるみたいに抱き寄せて……って、うわあああぁぁ!
「ごめんサヤ! 申し訳なかった!」
無理やり抱き寄せたサヤを離し、必死で謝ったのは、彼女が怒った顔で真っ赤になっていたからだ。
人前、しかも職務中に、そういうのは、あかん! と、表情に書いてある!
そんな俺たちの様子に苦笑する一同であったけれど、気持ちを切り替えるように、アレクセイ殿が殊の外明るく、声を弾ませて……。
「おめでとうございます。では、華折の儀も近いのですね! その際は是非とも伺いたいものです」
「あっはいっ!……………………えっ⁉︎ い、いや、その……っ」
「お日取りは? 神にこの身を捧げておりますので、祝いの品を送ることはできませんが、せめて祝福は、私にお任せいただけると嬉しいですね。
幸いにも司教を賜りましたし、管轄内だと主張できます。失礼のお詫びも兼ねて、お呼びいただけるならば、馳せ参じますが」
「えぇっ⁉︎」
い、いや、そんな予定まだ当面無いんですけど⁉︎
「まー、普通はそうですよねー……」
なんとも仕方のないものを見る目で俺を見たマルが言い、オブシズが相槌を打つ。サヤはそんな二人を見て、俺を見て、こてんと小首を傾げて……。
「あの……はなおりのぎって、なんですか?」
っ⁉︎
「あれ? 華折って、分からないです?」
「はい……」
「へー、サヤくんの国で、この言葉は使いませんか」
マルの言葉に、申し訳なさげに眉を下げるサヤ。
通じる言葉と通じない言葉があるのはなんとも不思議だ。
婚姻も、結婚も、婚約も通じたのになぁと不思議に思う。
隠語に関しては、特に通じないみたいだし、この国の隠語は、サヤにとって渡来語みたいなものかなと考えた。
だけど、通じなかったことにホッとしたのも確か。
この答えはちょっと、サヤには毒だろう。どう伝えようか。穏便に説明しなくてはと、少し思案を巡らしたことが、後手になってしまった……。
「まぁ隠語なんてものは、その国独自の形態を取りますからねぇ」
「そうなんですか?」
「ええ。フェルドナレンは自然になぞらえた例えが多いでしょう?苑、華、蝶や蜂……。
隣国のジェンティーローニでは、海になぞらえた隠語が多いです。
で、華折はですねぇ、儀を付けると成人前の政略的婚姻を指すんですけど、元々をぶっちゃけますととこぃ」
マルの口を塞いだ。両手で、顔ごと潰す勢いで。
おまっ、今、床入りって言おうとしたな⁉︎ 言葉選べ! ぶっちゃけるな! そういえば前にもサヤに向かって交配とかとんでもない言葉使ってくれてたよな⁉︎
マルの危険な発言は、オブシズにも察知できた様子。これ以上余計な言葉を口にする前にと、慌てて続きを引き受けてくれた。
「華折の儀は、家同士の合意の上で行う、成人前の婚姻を指すんだ! ほら、婚約者のことを華に例えるだろう?」
「あ! それで華折……っ。
そういえば前に、レイシール様も華を手折る。って、おっしゃってました」
ん゛⁉︎
オブシズの顔が瞬間で引きつる。
そして「お前、サヤにそんなこと言ったの?」と、俺に怖い視線を向けてくるから、違う! サヤに言ったんじゃないよ⁉︎ と、必死で首を横に振って否定した。
手折る……。貴族の隠語の中でも、よく使われる言葉。
これは女性と契ることを表現して使われることが多いのだけど、実は、契ること自体を指す言葉ではない。
その……通常は…………き……生娘を相手とする場合にのみ、使う、言葉で…………つまり手折ると例えられることそのものは、いわゆる…………は、破瓜のことだ。
華を手折ると使うなら、恋人と、初めて契りを交わすことを指す。
だがこの使い方では、家同士の合意のもとの契りであるとは限らず、少々ややこしい。
そのため、区別をつけるために華折という似て非なる言葉が別にあり、成人前に、家同士の合意のもとで行われる政略的な契りを指し、華折の儀とすれば、婚姻を指すことができた。
言ってしまえば家同士の血による契約だ。お互いを契りという鎖で繋ぐこと。おおっぴらに口にすることじゃないから、言葉で飾り、見目を整える。それが隠語というもの。
アレクセイ殿は、成人前である俺が、サヤを近く妻にすると言ったから、この言葉を使ったのだ。
「……サヤ、さんは、この国の隠語を、あまりお知りではない?」
「はい……まだ勉強不足で……」
違う。
敢えて教えていないだけだ。
貴族の隠語は、隠したいことを飾るための言葉。当然、そこに美しい意味など無い。
女性を表す蝶という言葉だって、未通の女性……というのが本来の意味。
いちいちがこんな風だから……こういったこと全般が、心の傷に直結しているサヤに教えて良いものかどうか……決めあぐねていた。
知れば、今まで以上に傷付くことになりかねない……。
「知らぬとは存ぜず、失礼を致しました」
「いえ……」
「サヤさんの国では、こういったことはどう表現されるのですか?」
「え……普通に……。婚約者は、許嫁と言うことも、ありますね……。婚姻は、結婚……嫁入り、輿入れ、縁付けなんて表現もあります」
……あまりサヤのことを根掘り葉掘り聞かれても困るから、この話はさっさと切り上げたい。
正直、彼女との事情を他者に説明したくはなかったのだけれど、誤解を招いたままにしておくわけにもいかない。
サヤに隠語を教えるかどうかは、ひとまず置いておき、アレクセイ殿に向き直り、華折の儀は行わないことを説明することにした。
「……アレクセイ殿……。私たちは婚約は済ませましたが、婚姻はサヤが成人してからとする予定なのです。
彼女は両親に婚姻の許可を得ることができぬ身だ。彼女の国は……そう易々と帰れないほどに、遠い地にあるから」
「え? でもそれならば……」
「彼女の意思で先を選べる歳まで……彼女の成人まで、婚姻は待つと決めています。それは、領主である父も了承済み。
申し訳ない。俺がややこしい言い方をしましたから、誤解させてしまいました」
さり気なくサヤを後ろに下がらせ、会話を打ち切る。
俺の言葉に、戸惑いを見せるアレクセイ殿。
貴族の俺が、平民であるサヤを待つということ。婚約したと言うのに、彼女の耳に穴が無い事実。色々が、ちぐはぐだからだろう。
けれど、マルたちの反応や、サヤに隠語を伝えていない様子や、耳にある不思議な飾り、俺の表情などを見て、それなりの推測は立てたのだろう。余計な口を開かぬと決めた様子で「左様ですか」とだけ、最後に付け足した。
「待つ……ですか。それはまた……苦難の多き道ですね」
アレクセイ殿に、サヤを渡したくないと、そう思ったからだと。
何故、彼にサヤを、渡したくないと思ったのか……。多分それは、プローホルで見た、あの視線。あれがどうしても、頭から離れないからだ。
サヤの全ては俺のものだ。
サヤが選び、進んできた道は、この世界では、正しいとされる道ではなかった。
だけと、この世界でただ独りきりの彼女は、自分ができることを全力でしてきただけだ。
サヤが選んできた道だ。男装することも、この世界で生きていくことも。もう姿を、偽らないことも。
周りがどれだけ彼女を否定しようと、俺は肯定する。サヤはここにいて良いのだと、好きにして良いのだと、全部俺が、認める。
俺がずっと、共に行く。
そう、俺自らの意思で決めた。
だから、余計な口出しは無用。
どんな理由をでっち上げてこようと、俺はサヤを離さない。
例え、誰が相手であろうとも。
頭の中を、熱が、支配していた。
だけど。
「っ、…………申し訳、ありません!
ちょっと私も、疲れているのか、言葉に棘がありましたね……」
パチンと、目の前で手を打ち鳴らされたような感覚。張り詰めていたものが、プツリと切れていた。
立ち上がり、頭を下げるアレクセイ殿。
「正直、心構えはしてきたつもりであったのですが、やはり……王家の白が病であるということが、どうにも受け止め難く……っ。
いえ、それもただの言い訳です。心を乱すのは、私の未熟さでしかない。ただの八つ当たりでした。
異国の方、事情がおありなのは、分かりきっていたことでしたのに……。
まことに、失礼いたしました!」
それで急激に、俺の緊張と怒りも萎んでしまった。彼からの意味不明な圧も、無くなっていたし……。
そして、なんであんなに腹を立ててしまったんだろうと、たった今、自分がこの方に取った態度を思い返し……。
「い、いえ! 違います、私も、同じで!
別段、腹を立てるほどのことではなかった……のに……つい、反発してしまい……!」
俺も慌てて頭を下げた。その頭の中は、もう大混乱に陥っていたけれど。
離さないってなんだ、渡さないって……⁉︎ アレクセイ殿はそんな風なこと、ひと言もおっしゃっていなかったのに!
なんか今、なんでか急に腹が立って、サヤを見せつけるみたいに抱き寄せて……って、うわあああぁぁ!
「ごめんサヤ! 申し訳なかった!」
無理やり抱き寄せたサヤを離し、必死で謝ったのは、彼女が怒った顔で真っ赤になっていたからだ。
人前、しかも職務中に、そういうのは、あかん! と、表情に書いてある!
そんな俺たちの様子に苦笑する一同であったけれど、気持ちを切り替えるように、アレクセイ殿が殊の外明るく、声を弾ませて……。
「おめでとうございます。では、華折の儀も近いのですね! その際は是非とも伺いたいものです」
「あっはいっ!……………………えっ⁉︎ い、いや、その……っ」
「お日取りは? 神にこの身を捧げておりますので、祝いの品を送ることはできませんが、せめて祝福は、私にお任せいただけると嬉しいですね。
幸いにも司教を賜りましたし、管轄内だと主張できます。失礼のお詫びも兼ねて、お呼びいただけるならば、馳せ参じますが」
「えぇっ⁉︎」
い、いや、そんな予定まだ当面無いんですけど⁉︎
「まー、普通はそうですよねー……」
なんとも仕方のないものを見る目で俺を見たマルが言い、オブシズが相槌を打つ。サヤはそんな二人を見て、俺を見て、こてんと小首を傾げて……。
「あの……はなおりのぎって、なんですか?」
っ⁉︎
「あれ? 華折って、分からないです?」
「はい……」
「へー、サヤくんの国で、この言葉は使いませんか」
マルの言葉に、申し訳なさげに眉を下げるサヤ。
通じる言葉と通じない言葉があるのはなんとも不思議だ。
婚姻も、結婚も、婚約も通じたのになぁと不思議に思う。
隠語に関しては、特に通じないみたいだし、この国の隠語は、サヤにとって渡来語みたいなものかなと考えた。
だけど、通じなかったことにホッとしたのも確か。
この答えはちょっと、サヤには毒だろう。どう伝えようか。穏便に説明しなくてはと、少し思案を巡らしたことが、後手になってしまった……。
「まぁ隠語なんてものは、その国独自の形態を取りますからねぇ」
「そうなんですか?」
「ええ。フェルドナレンは自然になぞらえた例えが多いでしょう?苑、華、蝶や蜂……。
隣国のジェンティーローニでは、海になぞらえた隠語が多いです。
で、華折はですねぇ、儀を付けると成人前の政略的婚姻を指すんですけど、元々をぶっちゃけますととこぃ」
マルの口を塞いだ。両手で、顔ごと潰す勢いで。
おまっ、今、床入りって言おうとしたな⁉︎ 言葉選べ! ぶっちゃけるな! そういえば前にもサヤに向かって交配とかとんでもない言葉使ってくれてたよな⁉︎
マルの危険な発言は、オブシズにも察知できた様子。これ以上余計な言葉を口にする前にと、慌てて続きを引き受けてくれた。
「華折の儀は、家同士の合意の上で行う、成人前の婚姻を指すんだ! ほら、婚約者のことを華に例えるだろう?」
「あ! それで華折……っ。
そういえば前に、レイシール様も華を手折る。って、おっしゃってました」
ん゛⁉︎
オブシズの顔が瞬間で引きつる。
そして「お前、サヤにそんなこと言ったの?」と、俺に怖い視線を向けてくるから、違う! サヤに言ったんじゃないよ⁉︎ と、必死で首を横に振って否定した。
手折る……。貴族の隠語の中でも、よく使われる言葉。
これは女性と契ることを表現して使われることが多いのだけど、実は、契ること自体を指す言葉ではない。
その……通常は…………き……生娘を相手とする場合にのみ、使う、言葉で…………つまり手折ると例えられることそのものは、いわゆる…………は、破瓜のことだ。
華を手折ると使うなら、恋人と、初めて契りを交わすことを指す。
だがこの使い方では、家同士の合意のもとの契りであるとは限らず、少々ややこしい。
そのため、区別をつけるために華折という似て非なる言葉が別にあり、成人前に、家同士の合意のもとで行われる政略的な契りを指し、華折の儀とすれば、婚姻を指すことができた。
言ってしまえば家同士の血による契約だ。お互いを契りという鎖で繋ぐこと。おおっぴらに口にすることじゃないから、言葉で飾り、見目を整える。それが隠語というもの。
アレクセイ殿は、成人前である俺が、サヤを近く妻にすると言ったから、この言葉を使ったのだ。
「……サヤ、さんは、この国の隠語を、あまりお知りではない?」
「はい……まだ勉強不足で……」
違う。
敢えて教えていないだけだ。
貴族の隠語は、隠したいことを飾るための言葉。当然、そこに美しい意味など無い。
女性を表す蝶という言葉だって、未通の女性……というのが本来の意味。
いちいちがこんな風だから……こういったこと全般が、心の傷に直結しているサヤに教えて良いものかどうか……決めあぐねていた。
知れば、今まで以上に傷付くことになりかねない……。
「知らぬとは存ぜず、失礼を致しました」
「いえ……」
「サヤさんの国では、こういったことはどう表現されるのですか?」
「え……普通に……。婚約者は、許嫁と言うことも、ありますね……。婚姻は、結婚……嫁入り、輿入れ、縁付けなんて表現もあります」
……あまりサヤのことを根掘り葉掘り聞かれても困るから、この話はさっさと切り上げたい。
正直、彼女との事情を他者に説明したくはなかったのだけれど、誤解を招いたままにしておくわけにもいかない。
サヤに隠語を教えるかどうかは、ひとまず置いておき、アレクセイ殿に向き直り、華折の儀は行わないことを説明することにした。
「……アレクセイ殿……。私たちは婚約は済ませましたが、婚姻はサヤが成人してからとする予定なのです。
彼女は両親に婚姻の許可を得ることができぬ身だ。彼女の国は……そう易々と帰れないほどに、遠い地にあるから」
「え? でもそれならば……」
「彼女の意思で先を選べる歳まで……彼女の成人まで、婚姻は待つと決めています。それは、領主である父も了承済み。
申し訳ない。俺がややこしい言い方をしましたから、誤解させてしまいました」
さり気なくサヤを後ろに下がらせ、会話を打ち切る。
俺の言葉に、戸惑いを見せるアレクセイ殿。
貴族の俺が、平民であるサヤを待つということ。婚約したと言うのに、彼女の耳に穴が無い事実。色々が、ちぐはぐだからだろう。
けれど、マルたちの反応や、サヤに隠語を伝えていない様子や、耳にある不思議な飾り、俺の表情などを見て、それなりの推測は立てたのだろう。余計な口を開かぬと決めた様子で「左様ですか」とだけ、最後に付け足した。
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