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新風 2
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大急ぎで朝食を掻き込んで、サヤと共にアルバートさんとの商談に向かうことにした。
朝食会は父上とスランバートさん夫婦にお任せする。三人は親同士の親睦を深めましょうかと笑って送り出してくれた。
そうしてギルとサヤを伴い、応接室のひとつに通された俺は、そこで沢山の意匠案を目にし、唖然とすることになる……。
机の上にある、紙の束。
いくつかに分けられたそれは、見覚えのあるものが含まれていた。
これ……こっちはサヤのだよな? この絵柄を見間違うわけがない。だけどこっちの似て非なるものは……誰のだ?
首を傾げていたら、ギルが説明してくれた。
「だいぶん前から、サヤには意匠の草案も全部送ってもらってたんだけどな。
それは、こちらの意匠師にこれを模写させるためでもあったんだ。
意匠師の練習法って、レイは知らなかったろう? 流石にこれ、お前には見せてなかったんだけどな、人の意匠の模写から、かなり多くを学べるんだよ。
サヤの発想っていうのは、この国に無いものが多い。で、この国の意匠は結構行き詰まってたから……この新しい発想っていうのは、とても良い勉強になった。
でだな。これから女性の仕事着を、本店の意匠師とも連携して考えていくことにしてる。
当然その仕事着作りはメバックの支店が主流になって行うんだが、意匠案ならばどこからだって集められる。
だから、本店の意匠師にも、描かせようと考えてるんだ。
で、そのついでにサヤの勉強にも、使えるなって。
サヤはサヤで自由に意匠を考えてくれりゃ良いんだが、お前にとっても、こちらの意匠案の模写は良い勉強になるだろう。
それで、今日はその下見な。一回他の意匠師の描くもんを、見せておこうと思った」
その言葉に、サヤは一枚の草案に手を伸ばした。
少し興奮しているのか、瞳がキラキラと輝いているように感じる。
「……この国の、別の方の描いた意匠案、初めて見ました」
そう言い、熱心に草案を眺め、次の一枚を手に取り、かわいい! と、声を上げる。
メバックにだって、他に意匠師がいるだろうにと不思議に思ったのだけど、今までは、サヤの案を元に描き直されたものしか見たことがなかったという。
「あまりお前の発送を制限したくなかったんだよ。
こっちの草案を見たら、こう描かなきゃって風に、考えてしまうかと……。
だけどもう、お前はお前のやり方ってやつが、見えてきていると思う。自分自身の強みも、足りないものも、分かってるだろう?
だから、そろそろ良いかと思ってな」
実際、こちらの常識に疎いサヤは、細々とした決まりごとや、それこそ貴族の階級による刺繍の判別などもつかない。
そういったことも、数をこなしていけば理解できてくるだろうとギル。
「まぁ、今から少しずつ身につけていけ」
そう言い、クシャクシャとサヤの頭を掻き回す。
サヤはそれをくすぐったそうに受け入れて、ありがとうございます。と、言葉を返した。
けれどギルの瞳は俺の方を見ていて……。
あぁ、これは三年後、貴族社会に身を投じるサヤのためなんだと、理解した。
彼女が気負わないよう、自然とそうなれるように、仕向けてくれているんだ……。
そんなことを、自然と感じれるよう、日常に織り込むギルの優しさに、頭が下がる。
「それよりも私は、サヤくんが本当に意匠案を目にしたことがないことの方がびっくりだ……。
独特な描き方をしてくるとは思っていたが、本当に基本知識が無かったとは……」
それであの完成度で描いてくるのか……と、呆れとも感嘆とも取れる息を吐くアルバートさん。
「だから何度も言ったろうが。
学舎で趣味の延長みたいに独学しただけだって」
何度も言わせんなよと言うギルに、だけどサヤが、言いにくそうにソワソワと視線を彷徨わせる。
「あっ、あの、それは……。
あれはその……私の国の、意匠案の描き方と、言いますか……」
「…………お前、習ってねぇって言ってたよな⁉︎」
途端に目を剥くギルであったけれど、そんな彼に対してサヤは、真っ赤になって手をブンブンと振り回す。
「習ってないです! と、いうか……」
もじもじと、恥ずかしそうに言い淀み、視線を彷徨わせ……。
「……習う、つもりで、いたんです……。
その……大学は、服飾デザイン学科のある学校をって、そんな風に思っていて……。
あ、最終課程の学問所なんですけど、そこは学びたい学科と、学校を選び、受験して、合格したら入学できたんです。
それで私はその……祖母の影響で、身に纏うものに興味が強くて、こ、こういった仕事がしたくて…………」
恥ずかしそうに肩を小さく縮こめ、手で顔を隠す。横から見ていても、羞恥で耳まで赤いのが、分かった。
「ま、まだ何も……何も身に付けていないのに、それを仕事とされているギルさんに、私の図案を見せなきゃいけないのが……初めは本当に、恥ずかしくて……。
私からしたら、雲の上の人で、憧れの職業に、就いている……人で……。
なのに、お金をもらうなんて、とんでもなくて。ただ私の描いたものが形になるだけで、それだけでもう、胸がいっぱいで……」
言葉を絞り出すサヤが、真っ赤になっている様が、可愛くて胸がギュッとなった。
だけどそう感じたのは俺だけではなかった様子。俺が手を伸ばすより先に、ギルがサヤを腕に引き込み、抱きしめる。
「ああぁぁ、くそっ、そういうことはもっと早く言っとけよ⁉︎
そうすりゃもっと、色々、お前に挑戦させてやったぞ俺は! あああぁぁぁ、遠慮なんかするんじゃなかった!」
「ギルっ⁉︎ やめろ、手を離せ、サヤを抱くな!」
「嫌だ。今はこうしたい。憧れって、雲の上って、うわむちゃくちゃ嬉しい」
「お前わざとだろう⁉︎ サヤは俺の婚約者だ、簡単に触れるな!」
必死で取り戻して腕に抱き込む。
お前、自分の外見分かってるだろうが! お前がそんな風にしたら、俺の心には波風しか立たないって分かってわざと、やってるだろう⁉︎
ニヤニヤ笑いつつサヤを奪おうとにじり寄ってくるギルから、必死でサヤを遠去けていたのだけど、当のサヤの手が俺の背に回され、ギュッと抱きしめられたから、びっくりして彼女を見下ろした。
「私は、幸せ者です。
やりたかったことに触れられて、生きたいように、生きられる……。それを、許してくれる人に恵まれて……。
本当なら、私……っ。
ありがとうございます。こんなに大切にしてもらえて、ここにいれることが、幸せです」
それが涙声だったから、俺は更に胸がいっぱいになった。
そんな俺たちを、ギルが二人まとめて腕に抱き込む。
「バカ、お前はまだこれからだぞ。
今ので満足なんかしてんなよ、もっともっと幸せになりゃいいんだ。
そのためにも気張ってもらわなきゃ困るぞ。お前はもう、うちの立派な専属意匠師だし、頼りにしてんだからな」
「はい」
俺も……。俺だって、幸せだ。
こんな風に、愛する人が腕の中にいる。幸せだって、言ってくれる。
ありがとうを言いたいのは俺の方なんだ。
絶対に無いはずだった、こんな未来を、サヤが与えてくれたんだ……。
だから、サヤの耳に、小さな声で「俺も幸せ」と、気持ちを捧げた。
そうして涙が落ち着くのを待って、商談を始めようかと声をかける。
まだもっと、幸せになるんだ。そのための一歩をこうして毎日、毎日、歩んで行くんだ。
◆
「動きやすい仕事着とのことで、今回提案したく考えましたのはふたつ。
ひとつは、ワンピース型。もうひとつは、カスタマイズ型です」
そう言い、サヤが机に広げたのは、数枚の紙に描かれた数多の服。
「まずワンピース型というのは、一枚で全身を覆う服のことを言います。頭からかぶる仕様であることが多いのですが、今回はこちらの亜種である、ジャンパースカート型……。
見ての通り、中衣と袴が一体になったものを提案したいです」
全身を覆う仕様のものがワンピースと呼ばれ、これ一枚のみで着るものであるらしい。
紙に描かれたものは、短衣と袴がくっついて表現されており、一枚の着用だけで良いのは確かに楽そうだと思った。
しかし今回の提案はそれの亜種……中衣と袴がくっついたもの。袖は無く、そこはかとなく前掛けを連想する形をしている……。
「それです。女性の仕事着の基本と言えば、エプロン……前掛けなんですけど、このジャンパースカート型は、まさしく前掛けから派生。私の国ではエプロンドレスなんて別称もあるんです。
私の国の女中服にはメイド服というのもあるのですが……この国の衣服を考えると、あちらはあまり、好まれないかなって。
それにこれ、着方がとても簡単で、まず短衣を纏ったら、袴部分を履き、腰の後ろで帯部分を括り、繋がった中衣の部分を首に通すだけ。
中の短衣は、季節により袖丈を変えたり、色合いを変えたりできるので、統一感を持たせつつも融通が効きます。
冬場には、更に上着を羽織ります。私の国で制服は、だいたい年間を通して着ることが多く、このような仕様になっています」
「たった二枚で、衣服を全て、身に纏えるのか。それは確かに楽そうだな」
図で見ると、全く普通の服装に見える。中衣や帯の部分の色を変えたりすれば、きちんとした服装にもっと近付くだろう。
ただ、着るときはたったの二枚。三行程くらいで着替えが終わってしまう、まさに画期的な衣服だった。
「丁度、幼年院の制服を考えていたので……その延長で、女中の仕事服もいけるのじゃないかって。
それで、今までのやり方を大きく変えていくならば、ひとつ提案したい製造法がありまして、それも合わせて提案させていただこうと思いました。
それがこのカスタマイズ型です。
見ての通り、色々な形があるのですが……これ、組み合わせるだけで、何通りものパターンが作れるんです」
二枚の紙に渡り、数種の上着、数種の短衣、中衣、袴、先程のワンピース……と、描かれている。
それにはひとつずつ番号が振られており、サヤは、これと、これと、これを合わせて身に纏ったのがこれ。これと、これだとこれ。と、その番号の組み合わせで全く雰囲気の変わる図を更に出してきた。例えば袴が同じものであっても、上着と短衣が違えば、別のものに見えてくる。
「私の国で制服は、言わば、所属場所を示す顔。流行より、統一された形式を重んじます。長く使われれば使われるほど知名度も上がり、親しまれます。
男性の近衛正装など、正しくそうですよね。騎士団など軍属の方は、特に意識の統一を重要視されるのか、分かりやすくするためか、統一感を大切にされているように感じました。
でも、全てを特注で作っていては、とんでもない費用が掛かりますし、大きさの調整も大変です。
所詮使用人ですし、雇う側は然程の拘りを持たれていない……だから使用人服は、あまり統一されていないのだろうなと。
決まった形式の中で、家ごとの意匠を提案するのも大ごとですし……。
そこで、定まった形の中から組み合わせを選んでいただき、次に色を決める。それを量産する。という手法を提案します。
決まった形の中から選んで纏めるならば、製造は特定の形を量産すれば良いので、見込みで先に作っておくことも可能。そういった意味でも無駄が少ないです。
例えば、短衣の基本色は白と決めて、少し手頃にしておくのも有効ですよ。特別な拘りが無ければ皆さんそれになさいます。
人気の無い意匠は一定期間過ぎたら廃盤、新たな案を組み込むなど、少しずつ変更していくこともできるんです。
長年統一された形式には格が備わります。あの使用人はどこの家の者か、形と色で伝わります。
現在既に、色の統一や使用人服の支給を行なっている家ならば、特に需要が見込めるのではないでしょうか。
同じように、男性使用人の服もパータン化し、色合いなどを家全体で纏めれば、統一感はもっと上がります」
サヤが説明をしている途中から、ギルは笑い出していた。
クックと声を殺して、可笑しそうに。
訝しむアルバートさんは無視し、説明を終えたサヤにギルは、なんとも好戦的な笑みを向ける。
「お前……女近衛の正装の時から、これを意識してたろう」
「実は……はい。制服って言われたらどうしてもイメージが引っ張られてしまって……」
「分かってるのか? 俺たちは秘匿権申請を廃止する。これは直ぐに模倣されるぞ」
「直ぐには無理ですよ。数が多過ぎます。一年かそこらの経験では読み違えているかもしれませんけれど、模倣なら、それこそ一年近く掛かるのではないですか?
それに、前人未到の地に、先んじて一歩を踏み出すことに、一番大きな意味があります。
女性の仕事服を、制服として初めてつくり、提案。それが秘匿権申請放棄と共に発表されれば、話題を総浚いするでしょう。バート商会の名は必ず記憶に刻まれて、残ります。
例え二番煎じの方が秘匿権を取ったとしても、卑怯者の誹りを受けるだけだと思います。
なにより、数がこれだけ多ければ、模倣するのも大変ですし、中途半端に真似ては、我々以上に充実した提案など、絶対に行えません。
だからまず、下準備を入念にこなし、種類とサービスで勝負に出るのが大切じゃないかと、考えます。
例えば各部位ごとに四種類の意匠を用意すれば、組み合わせは二千を超えます。色や小物で、更に差を付けられます。痒い所に手が届く対応を目指しましょう。
まずこの分野の創業者になることが、この手法で勝ち抜く最善手だと、私は考えています」
私の国でも、創業者はだいたい老舗として長く残ってますし、きっと大丈夫です! と、サヤは拳を握った。
それでギルは更に腹を抱えて笑い出し、成人前の、女性意匠師から、まさかここまで経営に踏み込んだ提案がなされるとは思っていなかったであろうアルバートさんは、固まってしまって言葉が出てこない。
「……制服の契約は長く続くってのも、見越してんだなお前……女近衛の正装と同じに。……いや、それを知って、この形を考えたのか……?」
そう言葉を零したギルに、アルバートさんはハッと我に帰り、更に愕然とした様子。
それより俺は、サヤの読みの深さに驚いていた。前から、サヤの提案はとても深いと思っていたけれど……孤児院の時だって、土嚢壁の時だって、思っていたけど……。
女近衛の正装を依頼されて、たったひと月程度だというのに……!
「新たな道を歩むための、武器です」
そう答えたサヤに、俺の肩をポンと叩くギル。
「お前、本当に良い嫁を得るぞ。こんな運営に明るい男爵夫人、二人といない」
そう言われてサヤは、それまでの表情を一変させ、真っ赤になって俯いてしまった。
朝食会は父上とスランバートさん夫婦にお任せする。三人は親同士の親睦を深めましょうかと笑って送り出してくれた。
そうしてギルとサヤを伴い、応接室のひとつに通された俺は、そこで沢山の意匠案を目にし、唖然とすることになる……。
机の上にある、紙の束。
いくつかに分けられたそれは、見覚えのあるものが含まれていた。
これ……こっちはサヤのだよな? この絵柄を見間違うわけがない。だけどこっちの似て非なるものは……誰のだ?
首を傾げていたら、ギルが説明してくれた。
「だいぶん前から、サヤには意匠の草案も全部送ってもらってたんだけどな。
それは、こちらの意匠師にこれを模写させるためでもあったんだ。
意匠師の練習法って、レイは知らなかったろう? 流石にこれ、お前には見せてなかったんだけどな、人の意匠の模写から、かなり多くを学べるんだよ。
サヤの発想っていうのは、この国に無いものが多い。で、この国の意匠は結構行き詰まってたから……この新しい発想っていうのは、とても良い勉強になった。
でだな。これから女性の仕事着を、本店の意匠師とも連携して考えていくことにしてる。
当然その仕事着作りはメバックの支店が主流になって行うんだが、意匠案ならばどこからだって集められる。
だから、本店の意匠師にも、描かせようと考えてるんだ。
で、そのついでにサヤの勉強にも、使えるなって。
サヤはサヤで自由に意匠を考えてくれりゃ良いんだが、お前にとっても、こちらの意匠案の模写は良い勉強になるだろう。
それで、今日はその下見な。一回他の意匠師の描くもんを、見せておこうと思った」
その言葉に、サヤは一枚の草案に手を伸ばした。
少し興奮しているのか、瞳がキラキラと輝いているように感じる。
「……この国の、別の方の描いた意匠案、初めて見ました」
そう言い、熱心に草案を眺め、次の一枚を手に取り、かわいい! と、声を上げる。
メバックにだって、他に意匠師がいるだろうにと不思議に思ったのだけど、今までは、サヤの案を元に描き直されたものしか見たことがなかったという。
「あまりお前の発送を制限したくなかったんだよ。
こっちの草案を見たら、こう描かなきゃって風に、考えてしまうかと……。
だけどもう、お前はお前のやり方ってやつが、見えてきていると思う。自分自身の強みも、足りないものも、分かってるだろう?
だから、そろそろ良いかと思ってな」
実際、こちらの常識に疎いサヤは、細々とした決まりごとや、それこそ貴族の階級による刺繍の判別などもつかない。
そういったことも、数をこなしていけば理解できてくるだろうとギル。
「まぁ、今から少しずつ身につけていけ」
そう言い、クシャクシャとサヤの頭を掻き回す。
サヤはそれをくすぐったそうに受け入れて、ありがとうございます。と、言葉を返した。
けれどギルの瞳は俺の方を見ていて……。
あぁ、これは三年後、貴族社会に身を投じるサヤのためなんだと、理解した。
彼女が気負わないよう、自然とそうなれるように、仕向けてくれているんだ……。
そんなことを、自然と感じれるよう、日常に織り込むギルの優しさに、頭が下がる。
「それよりも私は、サヤくんが本当に意匠案を目にしたことがないことの方がびっくりだ……。
独特な描き方をしてくるとは思っていたが、本当に基本知識が無かったとは……」
それであの完成度で描いてくるのか……と、呆れとも感嘆とも取れる息を吐くアルバートさん。
「だから何度も言ったろうが。
学舎で趣味の延長みたいに独学しただけだって」
何度も言わせんなよと言うギルに、だけどサヤが、言いにくそうにソワソワと視線を彷徨わせる。
「あっ、あの、それは……。
あれはその……私の国の、意匠案の描き方と、言いますか……」
「…………お前、習ってねぇって言ってたよな⁉︎」
途端に目を剥くギルであったけれど、そんな彼に対してサヤは、真っ赤になって手をブンブンと振り回す。
「習ってないです! と、いうか……」
もじもじと、恥ずかしそうに言い淀み、視線を彷徨わせ……。
「……習う、つもりで、いたんです……。
その……大学は、服飾デザイン学科のある学校をって、そんな風に思っていて……。
あ、最終課程の学問所なんですけど、そこは学びたい学科と、学校を選び、受験して、合格したら入学できたんです。
それで私はその……祖母の影響で、身に纏うものに興味が強くて、こ、こういった仕事がしたくて…………」
恥ずかしそうに肩を小さく縮こめ、手で顔を隠す。横から見ていても、羞恥で耳まで赤いのが、分かった。
「ま、まだ何も……何も身に付けていないのに、それを仕事とされているギルさんに、私の図案を見せなきゃいけないのが……初めは本当に、恥ずかしくて……。
私からしたら、雲の上の人で、憧れの職業に、就いている……人で……。
なのに、お金をもらうなんて、とんでもなくて。ただ私の描いたものが形になるだけで、それだけでもう、胸がいっぱいで……」
言葉を絞り出すサヤが、真っ赤になっている様が、可愛くて胸がギュッとなった。
だけどそう感じたのは俺だけではなかった様子。俺が手を伸ばすより先に、ギルがサヤを腕に引き込み、抱きしめる。
「ああぁぁ、くそっ、そういうことはもっと早く言っとけよ⁉︎
そうすりゃもっと、色々、お前に挑戦させてやったぞ俺は! あああぁぁぁ、遠慮なんかするんじゃなかった!」
「ギルっ⁉︎ やめろ、手を離せ、サヤを抱くな!」
「嫌だ。今はこうしたい。憧れって、雲の上って、うわむちゃくちゃ嬉しい」
「お前わざとだろう⁉︎ サヤは俺の婚約者だ、簡単に触れるな!」
必死で取り戻して腕に抱き込む。
お前、自分の外見分かってるだろうが! お前がそんな風にしたら、俺の心には波風しか立たないって分かってわざと、やってるだろう⁉︎
ニヤニヤ笑いつつサヤを奪おうとにじり寄ってくるギルから、必死でサヤを遠去けていたのだけど、当のサヤの手が俺の背に回され、ギュッと抱きしめられたから、びっくりして彼女を見下ろした。
「私は、幸せ者です。
やりたかったことに触れられて、生きたいように、生きられる……。それを、許してくれる人に恵まれて……。
本当なら、私……っ。
ありがとうございます。こんなに大切にしてもらえて、ここにいれることが、幸せです」
それが涙声だったから、俺は更に胸がいっぱいになった。
そんな俺たちを、ギルが二人まとめて腕に抱き込む。
「バカ、お前はまだこれからだぞ。
今ので満足なんかしてんなよ、もっともっと幸せになりゃいいんだ。
そのためにも気張ってもらわなきゃ困るぞ。お前はもう、うちの立派な専属意匠師だし、頼りにしてんだからな」
「はい」
俺も……。俺だって、幸せだ。
こんな風に、愛する人が腕の中にいる。幸せだって、言ってくれる。
ありがとうを言いたいのは俺の方なんだ。
絶対に無いはずだった、こんな未来を、サヤが与えてくれたんだ……。
だから、サヤの耳に、小さな声で「俺も幸せ」と、気持ちを捧げた。
そうして涙が落ち着くのを待って、商談を始めようかと声をかける。
まだもっと、幸せになるんだ。そのための一歩をこうして毎日、毎日、歩んで行くんだ。
◆
「動きやすい仕事着とのことで、今回提案したく考えましたのはふたつ。
ひとつは、ワンピース型。もうひとつは、カスタマイズ型です」
そう言い、サヤが机に広げたのは、数枚の紙に描かれた数多の服。
「まずワンピース型というのは、一枚で全身を覆う服のことを言います。頭からかぶる仕様であることが多いのですが、今回はこちらの亜種である、ジャンパースカート型……。
見ての通り、中衣と袴が一体になったものを提案したいです」
全身を覆う仕様のものがワンピースと呼ばれ、これ一枚のみで着るものであるらしい。
紙に描かれたものは、短衣と袴がくっついて表現されており、一枚の着用だけで良いのは確かに楽そうだと思った。
しかし今回の提案はそれの亜種……中衣と袴がくっついたもの。袖は無く、そこはかとなく前掛けを連想する形をしている……。
「それです。女性の仕事着の基本と言えば、エプロン……前掛けなんですけど、このジャンパースカート型は、まさしく前掛けから派生。私の国ではエプロンドレスなんて別称もあるんです。
私の国の女中服にはメイド服というのもあるのですが……この国の衣服を考えると、あちらはあまり、好まれないかなって。
それにこれ、着方がとても簡単で、まず短衣を纏ったら、袴部分を履き、腰の後ろで帯部分を括り、繋がった中衣の部分を首に通すだけ。
中の短衣は、季節により袖丈を変えたり、色合いを変えたりできるので、統一感を持たせつつも融通が効きます。
冬場には、更に上着を羽織ります。私の国で制服は、だいたい年間を通して着ることが多く、このような仕様になっています」
「たった二枚で、衣服を全て、身に纏えるのか。それは確かに楽そうだな」
図で見ると、全く普通の服装に見える。中衣や帯の部分の色を変えたりすれば、きちんとした服装にもっと近付くだろう。
ただ、着るときはたったの二枚。三行程くらいで着替えが終わってしまう、まさに画期的な衣服だった。
「丁度、幼年院の制服を考えていたので……その延長で、女中の仕事服もいけるのじゃないかって。
それで、今までのやり方を大きく変えていくならば、ひとつ提案したい製造法がありまして、それも合わせて提案させていただこうと思いました。
それがこのカスタマイズ型です。
見ての通り、色々な形があるのですが……これ、組み合わせるだけで、何通りものパターンが作れるんです」
二枚の紙に渡り、数種の上着、数種の短衣、中衣、袴、先程のワンピース……と、描かれている。
それにはひとつずつ番号が振られており、サヤは、これと、これと、これを合わせて身に纏ったのがこれ。これと、これだとこれ。と、その番号の組み合わせで全く雰囲気の変わる図を更に出してきた。例えば袴が同じものであっても、上着と短衣が違えば、別のものに見えてくる。
「私の国で制服は、言わば、所属場所を示す顔。流行より、統一された形式を重んじます。長く使われれば使われるほど知名度も上がり、親しまれます。
男性の近衛正装など、正しくそうですよね。騎士団など軍属の方は、特に意識の統一を重要視されるのか、分かりやすくするためか、統一感を大切にされているように感じました。
でも、全てを特注で作っていては、とんでもない費用が掛かりますし、大きさの調整も大変です。
所詮使用人ですし、雇う側は然程の拘りを持たれていない……だから使用人服は、あまり統一されていないのだろうなと。
決まった形式の中で、家ごとの意匠を提案するのも大ごとですし……。
そこで、定まった形の中から組み合わせを選んでいただき、次に色を決める。それを量産する。という手法を提案します。
決まった形の中から選んで纏めるならば、製造は特定の形を量産すれば良いので、見込みで先に作っておくことも可能。そういった意味でも無駄が少ないです。
例えば、短衣の基本色は白と決めて、少し手頃にしておくのも有効ですよ。特別な拘りが無ければ皆さんそれになさいます。
人気の無い意匠は一定期間過ぎたら廃盤、新たな案を組み込むなど、少しずつ変更していくこともできるんです。
長年統一された形式には格が備わります。あの使用人はどこの家の者か、形と色で伝わります。
現在既に、色の統一や使用人服の支給を行なっている家ならば、特に需要が見込めるのではないでしょうか。
同じように、男性使用人の服もパータン化し、色合いなどを家全体で纏めれば、統一感はもっと上がります」
サヤが説明をしている途中から、ギルは笑い出していた。
クックと声を殺して、可笑しそうに。
訝しむアルバートさんは無視し、説明を終えたサヤにギルは、なんとも好戦的な笑みを向ける。
「お前……女近衛の正装の時から、これを意識してたろう」
「実は……はい。制服って言われたらどうしてもイメージが引っ張られてしまって……」
「分かってるのか? 俺たちは秘匿権申請を廃止する。これは直ぐに模倣されるぞ」
「直ぐには無理ですよ。数が多過ぎます。一年かそこらの経験では読み違えているかもしれませんけれど、模倣なら、それこそ一年近く掛かるのではないですか?
それに、前人未到の地に、先んじて一歩を踏み出すことに、一番大きな意味があります。
女性の仕事服を、制服として初めてつくり、提案。それが秘匿権申請放棄と共に発表されれば、話題を総浚いするでしょう。バート商会の名は必ず記憶に刻まれて、残ります。
例え二番煎じの方が秘匿権を取ったとしても、卑怯者の誹りを受けるだけだと思います。
なにより、数がこれだけ多ければ、模倣するのも大変ですし、中途半端に真似ては、我々以上に充実した提案など、絶対に行えません。
だからまず、下準備を入念にこなし、種類とサービスで勝負に出るのが大切じゃないかと、考えます。
例えば各部位ごとに四種類の意匠を用意すれば、組み合わせは二千を超えます。色や小物で、更に差を付けられます。痒い所に手が届く対応を目指しましょう。
まずこの分野の創業者になることが、この手法で勝ち抜く最善手だと、私は考えています」
私の国でも、創業者はだいたい老舗として長く残ってますし、きっと大丈夫です! と、サヤは拳を握った。
それでギルは更に腹を抱えて笑い出し、成人前の、女性意匠師から、まさかここまで経営に踏み込んだ提案がなされるとは思っていなかったであろうアルバートさんは、固まってしまって言葉が出てこない。
「……制服の契約は長く続くってのも、見越してんだなお前……女近衛の正装と同じに。……いや、それを知って、この形を考えたのか……?」
そう言葉を零したギルに、アルバートさんはハッと我に帰り、更に愕然とした様子。
それより俺は、サヤの読みの深さに驚いていた。前から、サヤの提案はとても深いと思っていたけれど……孤児院の時だって、土嚢壁の時だって、思っていたけど……。
女近衛の正装を依頼されて、たったひと月程度だというのに……!
「新たな道を歩むための、武器です」
そう答えたサヤに、俺の肩をポンと叩くギル。
「お前、本当に良い嫁を得るぞ。こんな運営に明るい男爵夫人、二人といない」
そう言われてサヤは、それまでの表情を一変させ、真っ赤になって俯いてしまった。
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栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
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騎士サイド追加しました。2023/05/23
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※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
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