異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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式典 12

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「其方は人が良いのだろうな。
 今までは、請われるままをこなしてきたのかもしれぬ。しかし、これより其方は模範とならねばならぬ立場となった。
 下々の声に耳を傾けることはこれからも必要だが、それだけでは駄目だ。我々貴族は、彼らの先導者として、無軌道な船の舵を握らねばならない」

 そう言ったエルピディオ様は、しかしその前に……と、深く息を吐く。

「其方の場合は、まずこの王都における庇護者が必要であろうな……」
「……?    庇護者であれば、父がおります」

 そう返すと、そうじゃないのだと首を振る。

「セイバーン殿は地方領主。王都の、この独特の貴族社会に関しては、畑違いであろうよ。
 基本的に、王都は上位貴族がひしめく場であるしな……。男爵家の者は極端なまでに少ない。それゆえ、他の男爵家出身者も自らのことで手一杯。其方に気を回す余裕は無かろう。
 こういった場合は、本来縁のある上位貴族が庇護者たるべきなのだが……セイバーンはジェスルとの縁が切れたと聞く。そして今はアギーとの繋がりを得た様子だね」

 確認してくるその言葉にこくりと頷く。
 するとエルピディオ様は、それが問題なのだとおっしゃった。

「アギー殿はああいった方だ……人を育てるということには、あまり関心をお持ちでない」

 自ら立てぬ者に興味が無いからなと、肩を竦める。
 うんまぁ……と、いうより……人の裾に縋って進もうとする輩をふるいにかけているというのが、俺の印象ではあったけど。
 アギー公爵様は、人を育てることに興味が無いのではなく、育つ気の無い者を育てる気が無いだけだ。
 だから、例えば俺が教えを請うなら、請う内容に関しては手助けしてくださると思う。

「アギー殿は野心家だ……。まだ自身の進む先を自ら目指しておられる。
 まだ若いうちはそんなものだがね。自ら進むことを一番としているうちは、下々の成長は後回しになりがちなんだよ」

 エルピディオ様からしたら、アギー公爵様も若者分類らしい。
 じゃあ父上も若者分類かな……同じくらいの年齢だし。なんてどうでも良いことを考えていたら「やはり、分かっていない様子だね」と、声音を鋭くしたエルピディオ様。
 そうして……。

「成人前の、まだ何も知らぬ身に役職を与え、こうして無理やり矢面に立たせたのは、陛下への反感を少しでも逸らす隠れ蓑として、其方を衆目に晒しているからだよ」

 お前は生贄なのだ。と、そう言われた気がした。
 その指摘に少々困惑してしまったのが、顔に出たのだと思う。エルピディオ様は不憫そうに眉を寄せる。

「確かに其方の業績は素晴らしい。
 しかし、成人前の其方に、補佐も、盾も無しだ。その上で急造した役職に就けたのは、いざとなれば其方を切り捨てられる位置に置いたということだ。
 そして、今のままでは遠からずそうなる。下位の男爵家、しかも成人前の身でしかない其方は、この王都で最も立場が弱い。
 まだ貴族社会を正しく経験すらしておらぬ身にこの役職は、重すぎる」

 それは、そうだろう。
 ………………俺が、何も知らずにいたのならば。

 だが、俺に補佐が無いのは、俺を自由にさせるため。
 いくら陛下の指示とはいえ、成人前の男爵家後継に仕えよと言われた者が、心からそれに従えるとは限らない。
 だから、無駄な摩擦や足枷を与えるよりは、自ら使うものを探し出すよう、取り計らってくださっただけだ。
 そもそも風除けとしても期待しているのだと、陛下は包み隠さず、俺におっしゃった。そしてそれを、俺は承知したのだ。

 成る程。エルピディオ様は、王家の闇……王家の病発表に、俺が関わっていることを、耳にされていないのだな。
 だから、俺がアギーの捨て駒として利用されようとしていると指摘し、警戒しろと言ってきているわけか。
 それがなんとなく察せられたため、俺は当たり障りない言葉で場を逃れる算段を始めることにした。
 俺は自分で選んでここにいる。別段エルピディオ様の心配するようなことはないのだけど、色々秘する必要がある事柄が絡むから、今は誤魔化しておくしかない。

「陛下をお支えするのは、我々貴族にとって当然のことです」
「無論だ。
 陛下は女性の身で、これからのフェルドナレンを背負い立たねばならない。
 けれど、それをお支えするのに、其方のような成人前を生け贄の如く扱う必要が、あるだろうか?」
「それも……私は承知して、お受けしたことですから」
「王家に請われ、男爵家の其方に否やなど言えようか?
 それすら計算の内だと、何故思わぬ?」

 しつこい……。
 しかも、言ってることはまともだから、たちが悪い。周りに歩く者らだって、耳にするかもしれないというのに……。

「私はもう、お役目をいただきました」
「そうだ。もう逃れられぬ。だからせめて、ここで生きていく術を身につけるべきだと言っているのだよ」
「私は、王都にはおりません。後継ぎとしての務めもありますから……」
「生き馬の目を抜く政界において、距離と時間は最も重要だ。
 なのに其方は此処を離れ、地方から任務を遂行するという。
 そこが既に間違いだと思わないか?    其方から知るべきことを退けているという、この現状が」

 何を言っても切り返されて困る……。
 内心では、少々焦り始めていた。
 今俺が演じている人物ならば、そこまで押されれば是と答えてしまう……。エルピディオ様は、それを狙っていると思えてならない。
 断られることなど、元から想定していないとでもいうように攻めてくる。

「其方はもう少し、色々知るべきだ。貴族社会には、表も裏もある。其方が目にしてきたことが全てではないのだ。
 アギーは確かに大きい。しかし、当然それだけではない。だから私は懸念しておるのだよ」

 焦るが、焦りを表に出すわけにはいかない。どう返そうかと考えを巡らせていた俺に、エルピディオ様が手を伸ばした。

「私が、それを教えよう」

 膝に触れる……直前。不意に「失礼」と、割り込む声。

「オゼロ殿、私にも彼とのお時間を頂けますか」

 いつの間にか、目の前にヴァーリン公爵、ハロルド様と、リカルド様がいらっしゃっていた。
 二人並ばれているのを見たのは初めてだ。もう仲違いしている演技は必要無くなったとは思うのだが、ちょっとドキドキしてしまう。
 並ぶと本当に良く似ていると、改めて思った。
 スッと引かれたエルピディオ様の手が、自身の膝に戻る。

「本日私は遅れてしまいましたから、この者とまだ挨拶一つ交わしていないのです」
「おお、そうであったな」

 その言葉で慌てて席を立つ。そうだ、ヴァーリン公爵様にはまだ挨拶を済ませていない。

「大変失礼いたしました。セイバーン後継、レイシール・ハツェン・セイバーンと申します。この度、地方行政官長を賜りました。以後、よろしくお願い致します」
「ありがとう。昨年よりヴァーリン領主となったハロルド・ラーべ・ヴァーリンと申す。其方のことは弟よりよく耳にしていた」
「えっ⁉︎」
「とても面白い男だと。だから、本日を楽しみにしていた」

 リカルド様がムスッとした表情で「何故またこのような所にいる。其方は建物の端に寄り付く習性でも持っておるのか」などと言う。
 いえ、そういうわけじゃ……。

「なんでも良い。お前があの場に来ぬから探し回ってしまった。お陰で時間が取られたのだから、とにかく疾く、来い」
「は、はい。それはもう……ですがその……」
「オゼロ殿、もうこやつとの時間は充分取られたであろう?」
「若者はせっかちでいかんな。だが、ここはヴァーリン殿にお譲り致そう」
「ありがとうございます。実は下の弟を待たせていてね、リカルドはそれで急いているのだよ」
「……おふたりの、弟君ですか……?」

 面識無いよな?
 だけどとにかく急げと言われ、俺は慌ててエルピディオ様に離席を請うた。そしてそれは快く受け入れられる。

「また、折を見て話そう……」
「はい。ありがとうございました」

 いえ、もう結構です。なんて言えないので、当たり障りなく答えておく。
 持たされていた硝子の器も卓に戻し、一礼してから踵を返した。
 ふぅ、助かった。色々な意味で。そんな風に思っていたら……。

「其方は阿呆か。クリスからの忠告は聞いたのであろうが」
「えっ⁉︎」
「まんまとオゼロに捕まり長話をしておったろう?    クリスがヤキモキしておったわ」

 あー……陛下も見てたんですね?
 視線を上げると、薄絹越しに薄ぼんやりとした陛下のお姿。
 つまり、陛下に助けて来いと言われ、このおふたりは俺の元に足を運んでくれたということなのだろう。

「ありがとう、ございます。ほんと色々、警戒が足りませんでした。申し訳ない……」
「あれは弁が立つ。中途半端に関わるな。
 そもそも其方はあれを敵にするも同然なのだぞ?    それは分かっておろう」

 そうですね……。
 秘匿権の価値を下げようとしている俺にとって、オゼロ公爵様は相容れない存在。必ず立ち向かわなければならない相手だ。

「易々と隙を見せるな。それと気軽に一人で出歩くな」
「そうはおっしゃいますが……俺、男爵家なんですよ。貴族出の部下、いないんですから、仕方ないじゃないですか」

 一人で出歩くなと言われても、俺には連れ歩ける者がいない。
 オブシズはもう名を捨てているから平民だし、父上は車椅子だから介添えが必要だ。そうなるとこうなるのだから仕方がない。
 それに、アーシュがいるだけ奇跡的なことなんだよな。だって上位貴族の子爵家出みたいなのに、男爵家に仕えるだなんて……。

「まったく、何故其方は男爵家の者なのか……それが一番ややこしい事態を招いておるのだ」
「…………俺だって選んで男爵家に生まれたわけじゃないんですけどね……」

 俺とリカルド様のそんなやりとりを聞いていたハロルド様。

「ふむ……やはり、そこが一番の問題か」

 似て非なるお顔が優しく笑う。

「ならばやはり、あの者だな」

 そうして「其方との縁を、ヴァーリンも望みたいしな」と、意味深な言葉……。
 え、ちょっと待ってください。俺はサヤ一筋だって言いましたよ。リカルド様だってご存知のはずでしょう⁉︎
 慌ててそう口を挟もうとしたのだけど、今は人目があるから黙っておくようにと、手振りで支持された。
 公爵家の方に逆らえるわけがない……。が、妻だけは断固、断りますよ⁉︎

「大丈夫。そんな顔をしないでおくれ。
 其方に新たな妻候補をヴァーリンから……と、いうことではないから」

 そう言ったハロルド様は、とにかく行こうと、前を向いた。
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