異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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対の飾り 8

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「構造はこれで決まった……あとは数を作るだけだ」
「もう針子に任せておける段階になったってこと?」
「そ。なので俺はちょっと寝てくる……」

 そう言い欠伸を咬み殺すギル。
 あとは針子らが総出で作り上げていってくれるのだろう。作れる段階まではどれも進めてあるのだろうし、多分あとはある程度早いはず。
 とはいえ、リヴィ様のお帰りは明日だ。

「ギル、リヴィ様は明日の昼にお帰りになるらしい。
 だから、リヴィ様の荷物を早めに済ませてあげて欲しいんだ」

 そう言うと、扉に向かっていた足が止まった。

「…………明日の昼?」

 予想していなかったといった表情。

「はい。私、一度アギーに戻らねばなりませんの」

 美しく微笑んで、リヴィ様はなんでもないことのように、そう口にする。
 本当は今の、この一瞬だって、リヴィ様にはギルと過ごせる貴重な時間……。だけど、ギルを引き留める様子は無い。
 ギルが全力を出し切って、女近衛の正装に挑んだと理解しているから……。

 ただ微笑むリヴィ様に、ギルはまた、暫く沈黙した。

「……畏まりました。では本日のご予定は?」
「特にはございませんわ。荷物はもうだいたい、纏めてありますし……」
「ならば少々お待ちいただけますか。身支度を整えてまいりますので」
「え?」

 首を傾げるリヴィ様。
 それに対しギルは、説明もなしに急ぎ退室していくから慌てた。

「サヤ、ちょっとここ、任せて良い?」
「はい」

 ついて来ようとするハインも断り、外には行かないからと伝え、ギルの後を追った。
 彼の部屋に行くと、慌てた女中が湯を張った桶と剃刀を持ってやって来たり、礼服を持って走って来たりと忙しなくしている。
 開いた扉から中に身を滑り込ませると、身支度中のギルが何やら女中に指示を飛ばしていた。

「ギル、寝るんじゃなかったの?」
「はぁ?    そんな場合じゃねぇだろ」

 そう言い、もっと早く教えろよと言わんばかりに俺を睨むギル。
 言える状況じゃなかったろうが。そんな風に目の下を黒くして、切羽詰った顔して、仕事に没頭してた奴に。
 そう言ってやろうかと思ったけれど、その言葉は胸の奥にしまい込む。
 今は少しでも、休ませてやることを優先しよう。

「…………ギル、とりあえず長椅子に横になれ。俺が髭、剃ってやるし。
 あ、すまないが、湯で湿らせた手拭いを頼む。極力熱いやつ、二つね」

 女中にそう指示して、長椅子にどかりと腰を下ろし、長靴を脱いだ。
 その様子を見ていたギルが嫌そうに顔を歪める……。

「男の膝枕かよ……」
「文句言うな」

 散々抱きついたりして来るくせに、これくらいのことがなんだ。

 ぽんぽんと膝を叩くと渋々こちらにやって来るから、ギルの頭を無理やり膝の上に引き下ろした。
 背の高いギルは、俺が長椅子の端に座ったって足が反対の端からはみ出るのだが、女中がサッとギルの長靴を脱がし、手置きに引っかかる足の下に座褥クッションを詰め込み、腰から下に上掛けを掛けてしまう。
 素早い……。彼女らも、ギルを少しでも休ませたいって、思っていたのだろう。
 そんなことを考えながら、俺は別の女中が持って来てくれた手拭いを、鼻から下と、目の上に置いた。

「コラッ、なんで視界を塞ぐ」
「目元を温めると、くまが多少ましになるって、サヤが前にやってたんだよ。……髭剃る間だけでも、寝てろ」

 そう言うと、目元の手拭いを取ろうと伸ばされた手が、そのままパタリと胸の上に落ちた。

 髭が湿るのを待つ間に、用意を済ませた女中に手振りで退室を促すと、お願いしますと視線のみで伝えて来た彼女らが、そのままそっと部屋を退く。
 静かになった室内で、とりあえず手持ち無沙汰な俺は、ギルの前髪を手で梳いて、暇を潰した。
 たいして待つまでもなく、寝息が聞こえてきだす……。
 前も目元をこうすると、気持ちが良いのかよく寝てたもんな。

「お疲れ、ギル……」

 声を掛けてみたけれど、返事は無い。
 俺は頃合いを見て、勝手にギルの顔の手入れを開始した。

 こうして……リヴィ様を放置しないでおこうと動くのは、女性に手厚いギルなら当然のことだ。
 今回は、仕事を優先して放置していたと自覚もしているから、尚更だろう。

 だけど……お前、自分でちゃんと気付いてる?

 普段のお前なら、女性に隙を見せるなんてしない。
 求められる通り、いつも完璧な王子様を演じるのだ。
 それは、王子様を求められていると、自覚しているから。女性がギルの姿をした偶像を見ているだけだと、理解しているから。
 つまり、無精髭を生やしたり、目の下にクマを作ったりしている姿を晒したりなんてしない。

 なのに……。

 姫様の命とはいえ、リヴィ様のために、なりふり構わず全力を出しきって、あの細袴を作り上げたんだろ?
 元の細袴でも、構わなかったのに。
 彼女は文句ひとつ、言っていなかったのに。
 つまりもうそれが、お前の答えなんじゃないのか?

 そう思うものの、ギルは多分、このままではこれ以上を踏み越まないという、確信があった。
 リヴィ様がアギーの方であり、自分がただの庶民であるということを、きっと俺以上に理解しているのだ。
 更に俺たちの問題もある。
 まだ晒すわけにはいかない、獣人らのこと。
 だけど、地盤を固め、時が来たら、獣人らに関わっていることを、俺たちは世に示す。
 その日は必ずやって来る……。

「そういや、あの馬鹿野郎は王都にいるのか?」

 いつの間にか手が止まっていたのだろう。
 ギルが不意にそう言うから、びっくりして剃刀を取り落すところだった。

「あっ、あっぶな……!
 あのなぁ、起きてるならそれらしくしててくれないかな⁉︎」
「お前こそ剃刀構えて考え事に没頭してんなよ。俺の顔に傷を入れる気か」

 目元を隠したまま、見えもしないのにそんな風に言う……。
 くそっ、腐れ縁ってこう言う時に不利だ……。
 そう思ったものの、ギルの言う通り、剃刀を構えて考え事なんてするもんじゃない。
 何よりリヴィ様をお待たせしているのだし。
 剃刀を一旦洗いつつ、俺はギルの質問に質問を返す。

「馬鹿野郎って、誰のこと?」
「一人しかいないだろうが。オリヴィエラ様の、ほら、元あれだ……」
「……あぁ、ライアルド様?」
「様なんか付けんな」

 心底嫌そうに吐き捨てる。
 まぁ、ギルの対極にいるような人だもんな。嫌悪もするか……。

 とりあえず髭剃りを再開して、ギルの質問について考えた。

「……いるんじゃない?    軍属だって言ってたし。
 リカルド様が見覚えあるみたいに言っていたから」
「…………じゃぁ、王都で顔を合わせる可能性もあるんだな」
「…………そうだね」

 王都の国軍に属しているなら、式典には必ず出席するはずだ。
 そう答えると、ギルの口元が不機嫌そうに歪む。

「急に動くなって。本当に切っちゃうだろ」
「……お前の印象では、どうなんだ。そいつは」
「どうって?」
「……だから式典で顔を合わせでもしたらだよ。
 オリヴィエラ様に、暴言を吐くような輩なんだよな?」

 そう言われ、まあそうだろうなと思った。
 一応、マルにも聞いたのだ。ライアルドという人物について。
 イングクス伯爵家、第一夫人の子で、イングクスでは三子にあたるライアルド。
 母親が公爵家の者であったため、二人目の妻であったけれど、第一夫人となったのだという。
 だから、三子であっても扱いは嫡子となり、それゆえか……。

「リヴィ様は、あちらの体裁を考えて、姫様の推挙により女近衛となるためって理由で、縁を切ったらしい。
 だから、あちらの落ち度は問われていない」

 伯爵家の者であるのに、リヴィ様に敬称を付けなかったライアルド。
 この出自で、あの性格なら……リヴィ様をこき下ろして自分の株を上げるくらいのことは、躊躇なくするだろう。

「軍属なのだし、戴冠式やその他の式典にも顔を出すと思う。
 今まではリヴィ様との縁を伏せていたようだけど、たぶん大々的に晒すだろうな。
 国への忠誠、貢献として、婚約者を泣く泣く手放した……という艇を取るのじゃない?」

 無論リヴィ様は、そうすることができるようにと、あの理由を使ったのだと思う。
 それが彼の方のけじめのつけ方であり、アギーの者であるという矜持なのだろう。
 だけど、正直俺はそれを、歯痒く思っていた。
 リヴィ様がそれをライアルドに許すならば、ライアルドはきっと、リヴィ様を好き勝手にこき下ろす。
 そしてなりより、女近衛となるリヴィ様の決意など関係無しに、その地位を妬むだろう。
 近衛隊長は、ただ軍属であるライアルドよりも、地位としては上になる。
 家の格式が違ってすら、リヴィ様を見下していたあの男が、それを許すとは思えない。

「アギー公爵様は、知っていらっしゃるのだよな?オリヴィエラ様の身に起きていたことは」
「うん。そう思うよ。ただ……。
 アギーの社交界に出席して感じたのだけど、アギー公爵様は、自ら動くことはしないと思う。
 リヴィ様本人が申し立ててくれば動くかもしれないけれど、ただ過保護にリヴィ様を守ることはしない。
 だから、リヴィ様の申告通り、推挙が理由ってことで、ライアルドとの縁を切ったのだろうし」

 アギー公爵様は獅子だ。
 子を千尋の谷に突き落とす方だ。
 這い上がってこれない子も慈しむだろうけれど、自らの背に乗せて谷を駆け上がろうとはなさらない方。

「ていうか、ギルはアギー公爵様と面識あるだろ?」
「ねぇよ馬鹿。大公爵様だぞ」
「えっ⁉︎    だって推薦状……」
「……あれは……姫様経由でお願いしたから。だから……面識すら無い。
 俺はアギーの女性陣とは縁があるが、男性方とは無いんだよ」

 そう言い、どこか歯痒そうに口元を歪める。
 女性全般に優しいギルにとっては、アギー公爵様の放任主義は納得いかないのだろう。

「女近衛は、今までのこの国の在り方を真っ向から否定してんだぞ。
 馬鹿野郎だけじゃなく、そこらじゅうが彼の方やサヤを、真っ当な目で見ない……」
「うん……そうなるだろうね」

 女性が武を嗜むことすら否定してきた国だ。
 急に方針を翻したって、すぐそれに右倣えとはならないだろうことは、容易に想像できた。
 女王となる姫様すら、受け入れられるには時間が必要だろう。

「姫様は王だ。それに姫様には、ルオード様がいらっしゃる……。サヤは式典だけで、普段はセイバーンなんだよな?」
「うん。そうなる……」

 なら、リヴィ様の盾となってくださる方は?

 その問いを、ギルは俺に投げかけはしなかった。
 分かっていたのだろう。リヴィ様は、一人立たなければならないということが。
 ただでさえ少ない女近衛。その長となるリヴィ様は、男社会に身を投じなければならない。全ての矢面に立つための、長だ。

「……姫様は、オリヴィエラ様の任期について、何も言ってらっしゃらなかったのか?」
「言ってなかったよ。だけどまぁ……数年では済まないだろうな」

 たぶんリヴィ様は……ご自身の結婚は、人生の中に想定していらっしゃらない……。
 生涯を独身で通すか、役割を果たした後に、どなたかの後妻として、政略的な結婚をする形か……その辺りを想定していらっしゃるのじゃないかな。

「初めての役職だし、なにより女性が政策に携わるための礎を作らなきゃならない。
 リヴィ様は、それを分かってらっしゃると思うよ……」

 分かってらっしゃる……。
 その覚悟をしているから、ギルに何も、求めないのだろう……。

 リヴィ様は、きっと踏み越えない。
 ギルをただ、良い思い出として、宝箱に奥底に、しまい込むつもりなのだろう。
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