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門出 15
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いくらカーリンが求めたとしても、ダニルの過去は、おいそれと口にできることじゃない。
彼一人のことではないから。
彼は吠狼の一員で、厳しい掟の中に身を置く者だ。
元兇手であるから、裏切りは許されない。
秘密を口にするということは、下手をすると、そのまま自身と、カーリンの人生を終わらせることになってしまう……。
それは当然、腹の子だって……巻き添えだ。
沈黙するしかない俺たちに、その沈黙は痛く、重かった……。
暫くただ、その痛みに身を晒されながら、時を刻む。
そしてそれを破ったのは、やっぱり、カーリン……。
「……でも、もう聞かない」
答えられない俺たちに、その結論に、是と返す……。
その声音には、分かっていたのだと、諦めの色が滲んでいた……。
本人が言えないことを、俺が言うはずもない。それは、分かっていた。
だけど俺が久しぶりに村へ来たと聞いたら、いてもたってもいられなかった……。
苦しむダニルのために、何かしたかったのだろう。
彼が言えない、抱えた何かを、分かち合おうとしたのかもしれない。
だけどそれは、無理だった。
そして……たとえ結果がどうであれ、腹の子は育ち、この世に生まれてくるのだ。
だから、彼女は覚悟、していたのだと思う……。
「初めから分かってたんだよね。ダニルに何か事情があることはさ。
それでもって言ったのは私なんだし、私が欲しくて授かった子なんだから。私は何も、後悔してないから、大丈夫」
自分に言い聞かせるみたいに、彼女はそう言った。
そのうえで「でも、ダニルは違うよ」と、言葉を続ける。
「私が無理言わなければ、ダニルはなんにもしなかった。
それも分かってるんだよね、私。
自分が無理やり距離を詰めたって、ちゃんと分かってる。
だからダニルは別に、この子の父親になろうなんて、思わなくっていいんだよ。
私はこの子が貰えただけで、充分」
その言葉に、ダニルが愕然と瞳を見開く。
そうして、次にカーリンが口にした言葉「一人で産むから」に、唇を戦慄かせた。
「大丈夫、うちは兄弟が多いから、もう一人増えたって、さして変わらないもん」
ダニルに抱きついたまま、表情を隠して、明るく弾んだような口調で、普段の元気なカーリンを、自ら演じる。
「言いたくないことは、言わなくていいよ……。知らなくったって、私は何も、変わんないんだし。
だから、ごめんね。先走っちゃった。もう、気にしなくて良いから。私も……気にしないから」
それだけ言って、するりとダニルの首から、腕が離れた。
咄嗟に後を追った手が、途中で何かを思い出したかのように、止まる。
「レイ様もごめんなさい。何か忙しくしてたみたいなのに。
もう良いから。大丈夫だから。
早く帰らないと、ハインさんが怖いよ?」
カーリンは笑う。
初めて子を授かって、父親となるはずの相手がそれを拒んで、不安しかないだろうに、それでも笑う。
涙はもう枯れていた。
痕跡だけが残る頬を、無理やり引っ張り上げて、ただ笑う。
「さてっ、夜の賄い作り、始めないとね。
早くあの子たちを仕込まないと、色々後が困るし。
後半年で、なんとか最低限は、身につけてもらわないとさ」
半年後、自分がここを離れることを、理解して、それでも笑う。
そして最後に「もう、帰って」と……それ以上の、全ての言葉を、拒絶した。
◆
言うべきことを言えないまま、俺たちは帰路についた。
サヤと俺は馬に相乗りだったけれど、それを嬉しく思うこともできない。お互い、道中を沈黙するしかなかった。
カーリンに拒まれた以上、もう、何を言う意味も無いからだ……。
日が暮れきる前に、なんとか拠点村に辿り着いたら。
「レイシール様、おかえりなさいませ!」
「……ただいま」
村門を守っていた騎士らが、笑顔で迎えてくれた。
嬉しいことなのに、それすらが重い……。
簡単な挨拶だけして、馬を進め、館の前で警備についていた騎士らにまた声を掛けられ、ただいまと告げる。
極力問題無い風を装って挨拶し、馬をお願いして屋敷の中に入ると、すぐにハインがやって来た。
「お帰りなさいませ」
「うん……悪かった。遅くなってしまって……」
お小言がぐちぐち続くかと思ったけれど、俺の様子にそれを控えたらしいハイン。
「夕食まではまだ時間があります。部屋で休んでいらっしゃったらどうです?
アギーのご令嬢方は、ギルが相手をしていれば充分でしょうし」
そんな風に気を使われてしまった。
……きっと俺は今、酷い顔をしているんだろうな……。
「シザー、ありがとう。もう良いから」
物言いたげな彼にそう言って手を振って、サヤにも休憩しておいでと言い、その場で別れた。
久しぶりの自室はちゃんと掃除がされていて、一人だけ留守番をしていた女中が頑張ってくれていたのか、女中頭らが戻ってから頑張ってくれたのか……と、そんなことを考えて、現実逃避している場合じゃないなと、頭を振る。
そのまま足を止めず部屋を突っ切って露台に出て、懐から取り出したのは、犬笛。
吹き鳴らそうと息を吸い込み、口に咥えたけれど、やっぱり今はまだ、相談する時じゃないかなと思い直して、吹くのを止めた……。
なのに……。
「なンだよ」
音はまだ、出てなかったと思うのに、久しぶりの声が横から聞こえた。
そのままひょいと露台の手すりを越えて、藍色の衣装に身を包んだ男が、小言交じりに絡んでくる。
「そういう中途半端なの止めろ。言うか言うまいかなンざ、悩むだけ無駄なンだよ。とりあえず言え、こっちで判断する」
「……ははっ、そっか。うん……そっか……」
怒ってたのか、気まずかったのか。
ずっと顔を出さなかったくせに、今出てくる。
それは、ダニルとのことだって、見ていたからだろう。
腕は大丈夫? と、聞くと、そっぽを向かれた。この前はごめん。と、言うと、知らン。忘れたと、返事があった。
それに笑って、次に言葉を吐く前に。
「俺らと関わったら、ロクなことがねぇって、分かってたろうが」
そんな風に、言われてしまった……。
「今更兇手だったことを、無かったことになンざできねぇってことも、分かってたろうが」
「……違う。そんなことを、後悔してるんじゃない……」
そう口にして、俺は後悔していたのかと、理解する。
「じゃあなンだよ」
そう言われ、俺はなんで笛を拭こうとしたんだろうかと考えた。
相談……うん、相談しようと思ったんだ、ダニルのことを。
でもそれは、ダニルが兇手だったことをどうこう言いたいとか、そういうんじゃないんだ。
ギルやウーヴェの先を狭めてしまっていることも、目の前に突きつけられるだろう現実も、分かっていたけど身に染みてなかっただけのこと。
だから、でも、そうじゃなくて…………。
「……俺、ダニルに何をしてやれる?」
彼らに聞くのは間違っていると思う。
それこそ傷を抉る行為だと思う。
だってダニルが特別なんじゃない。吠狼の皆が、きっとダニルと変わらない人生を歩んでいるんだ。勿論、このジェイドも……。
「なんでまず、責めてしまったんだろうな……。理由を、聞くべきだったのに。ダニルがそんな奴じゃないって、分かってたのに……。
多分俺、ダニルに嫉妬してた。それで余計に怒りが湧いて……巫山戯るなって、真っ先に思ってしまって……」
子ができたことを、拒んだように見えたから……それで怒りが、振り切れてしまったんだ……。
「……お前がダニルに嫉妬する部分なンてあったかよ?」
「…………」
それには無言を返した。皆には言わないと決めていることだから。
「あいつとが三年先になったのは、お前が選ンだことだろうが」
「うん……」
どうやらサヤと今すぐ夫婦になれないことで嫉妬したのだと解釈したらしい。
勿論違った。
だけどそうだったことにする。
多分、サヤは俺以上に傷付いた。苦しかったに違いないから。
俺はサヤに、そんなことは些細なことだって、気にしてないって、何の問題も無いって……そう振舞わなきゃならない。
子を授かるまいが、俺たちは一緒に歩むんだ。
あぁ、だけど……。
羨ましいと、思ってしまった。それが無いかもしれない自分達の先に、少なからず傷付いてしまった。
だから、あんなに腹が立ったんだ……。
ただ黙ってうつむく俺に、同じく黙って、ただそこにいたジェイドが、不意に動いた。
「…………あいつが逃げたのは……責任が取れないからだろ?」
露台の手すりに腰を下ろして、俺に付き合ってくれる素振りを見せ、そんな言葉を口にする。
「責任?」
頬杖をついたジェイドは、どこか諦観した……まるで老人のような瞳を闇に向け、ボソボソと小声で囁いた。
「俺らは、親なンて知らねぇし、どうすりゃいいかなンざ、検討もつかねぇからな。
ちゃンとしようと思っても、できる自信が無くて、けど子は生まれちまうンだ……。
その生まれて来る奴は、俺らと同じなのか、カーリンと同じなのか、どっちだ? とか。
俺らと同じもンが生まれちまったら、カーリンはどう思うンだ? とかよ。
例えカーリンと同じだったとしても、俺らはどうしたって、来世は今以上に堕ちる。
それだけのことをしてきた自覚はしてる。
そンなことに、せっかく真っ当に生まれるかもしれねぇ赤子や、カーリンを巻き込むかもしンねぇって、そう思ったンだろ」
カーリンは堅気だ。と、ジェイド。
真っ当な人生を歩んできて、これからもそう生きるはずのひと……。
「今以上に穢したくない。巻き込みたくないって、思ったンだろ……」
そう言われて、俺は露台にしゃがみ込んだ。
あれは、ダニルなりの、優しさだったって言うのか……。
「…………俺は、何をしたら、いいんだ……」
ダニルもカーリンも大切な領民だ。
そんな二人が、こんな悲しい先を選ばなきゃならないなんて、おかしいだろ?
俺は、そんなのは絶対に嫌だ。だってじゃあ、俺はなんのために、こうしてる? 領民の幸せを求めるのが領主一族の責務なら、彼らだって幸せにならなきゃ駄目だ。そうするのが俺の役割だ。
なのに、孤児だったってだけでダニルがこんなに苦しい人生を歩んで、これから先も、それを進むしかないなんて……。そうであるなら、俺の存在価値ってなんだ。
じゃあハインは? ローシェンナは? 獣人らはもっと、苦しむってことだ。それを俺は、ただ見ているだけなのか?
俺は、それを覆したくって、今こうしてるはすだろう…………。
闇に染まってしまった空の下、俺はただ蹲るようにして、ジェイドもそんな俺を、ただ受け入れて、暫く二人でそうしていた。
彼一人のことではないから。
彼は吠狼の一員で、厳しい掟の中に身を置く者だ。
元兇手であるから、裏切りは許されない。
秘密を口にするということは、下手をすると、そのまま自身と、カーリンの人生を終わらせることになってしまう……。
それは当然、腹の子だって……巻き添えだ。
沈黙するしかない俺たちに、その沈黙は痛く、重かった……。
暫くただ、その痛みに身を晒されながら、時を刻む。
そしてそれを破ったのは、やっぱり、カーリン……。
「……でも、もう聞かない」
答えられない俺たちに、その結論に、是と返す……。
その声音には、分かっていたのだと、諦めの色が滲んでいた……。
本人が言えないことを、俺が言うはずもない。それは、分かっていた。
だけど俺が久しぶりに村へ来たと聞いたら、いてもたってもいられなかった……。
苦しむダニルのために、何かしたかったのだろう。
彼が言えない、抱えた何かを、分かち合おうとしたのかもしれない。
だけどそれは、無理だった。
そして……たとえ結果がどうであれ、腹の子は育ち、この世に生まれてくるのだ。
だから、彼女は覚悟、していたのだと思う……。
「初めから分かってたんだよね。ダニルに何か事情があることはさ。
それでもって言ったのは私なんだし、私が欲しくて授かった子なんだから。私は何も、後悔してないから、大丈夫」
自分に言い聞かせるみたいに、彼女はそう言った。
そのうえで「でも、ダニルは違うよ」と、言葉を続ける。
「私が無理言わなければ、ダニルはなんにもしなかった。
それも分かってるんだよね、私。
自分が無理やり距離を詰めたって、ちゃんと分かってる。
だからダニルは別に、この子の父親になろうなんて、思わなくっていいんだよ。
私はこの子が貰えただけで、充分」
その言葉に、ダニルが愕然と瞳を見開く。
そうして、次にカーリンが口にした言葉「一人で産むから」に、唇を戦慄かせた。
「大丈夫、うちは兄弟が多いから、もう一人増えたって、さして変わらないもん」
ダニルに抱きついたまま、表情を隠して、明るく弾んだような口調で、普段の元気なカーリンを、自ら演じる。
「言いたくないことは、言わなくていいよ……。知らなくったって、私は何も、変わんないんだし。
だから、ごめんね。先走っちゃった。もう、気にしなくて良いから。私も……気にしないから」
それだけ言って、するりとダニルの首から、腕が離れた。
咄嗟に後を追った手が、途中で何かを思い出したかのように、止まる。
「レイ様もごめんなさい。何か忙しくしてたみたいなのに。
もう良いから。大丈夫だから。
早く帰らないと、ハインさんが怖いよ?」
カーリンは笑う。
初めて子を授かって、父親となるはずの相手がそれを拒んで、不安しかないだろうに、それでも笑う。
涙はもう枯れていた。
痕跡だけが残る頬を、無理やり引っ張り上げて、ただ笑う。
「さてっ、夜の賄い作り、始めないとね。
早くあの子たちを仕込まないと、色々後が困るし。
後半年で、なんとか最低限は、身につけてもらわないとさ」
半年後、自分がここを離れることを、理解して、それでも笑う。
そして最後に「もう、帰って」と……それ以上の、全ての言葉を、拒絶した。
◆
言うべきことを言えないまま、俺たちは帰路についた。
サヤと俺は馬に相乗りだったけれど、それを嬉しく思うこともできない。お互い、道中を沈黙するしかなかった。
カーリンに拒まれた以上、もう、何を言う意味も無いからだ……。
日が暮れきる前に、なんとか拠点村に辿り着いたら。
「レイシール様、おかえりなさいませ!」
「……ただいま」
村門を守っていた騎士らが、笑顔で迎えてくれた。
嬉しいことなのに、それすらが重い……。
簡単な挨拶だけして、馬を進め、館の前で警備についていた騎士らにまた声を掛けられ、ただいまと告げる。
極力問題無い風を装って挨拶し、馬をお願いして屋敷の中に入ると、すぐにハインがやって来た。
「お帰りなさいませ」
「うん……悪かった。遅くなってしまって……」
お小言がぐちぐち続くかと思ったけれど、俺の様子にそれを控えたらしいハイン。
「夕食まではまだ時間があります。部屋で休んでいらっしゃったらどうです?
アギーのご令嬢方は、ギルが相手をしていれば充分でしょうし」
そんな風に気を使われてしまった。
……きっと俺は今、酷い顔をしているんだろうな……。
「シザー、ありがとう。もう良いから」
物言いたげな彼にそう言って手を振って、サヤにも休憩しておいでと言い、その場で別れた。
久しぶりの自室はちゃんと掃除がされていて、一人だけ留守番をしていた女中が頑張ってくれていたのか、女中頭らが戻ってから頑張ってくれたのか……と、そんなことを考えて、現実逃避している場合じゃないなと、頭を振る。
そのまま足を止めず部屋を突っ切って露台に出て、懐から取り出したのは、犬笛。
吹き鳴らそうと息を吸い込み、口に咥えたけれど、やっぱり今はまだ、相談する時じゃないかなと思い直して、吹くのを止めた……。
なのに……。
「なンだよ」
音はまだ、出てなかったと思うのに、久しぶりの声が横から聞こえた。
そのままひょいと露台の手すりを越えて、藍色の衣装に身を包んだ男が、小言交じりに絡んでくる。
「そういう中途半端なの止めろ。言うか言うまいかなンざ、悩むだけ無駄なンだよ。とりあえず言え、こっちで判断する」
「……ははっ、そっか。うん……そっか……」
怒ってたのか、気まずかったのか。
ずっと顔を出さなかったくせに、今出てくる。
それは、ダニルとのことだって、見ていたからだろう。
腕は大丈夫? と、聞くと、そっぽを向かれた。この前はごめん。と、言うと、知らン。忘れたと、返事があった。
それに笑って、次に言葉を吐く前に。
「俺らと関わったら、ロクなことがねぇって、分かってたろうが」
そんな風に、言われてしまった……。
「今更兇手だったことを、無かったことになンざできねぇってことも、分かってたろうが」
「……違う。そんなことを、後悔してるんじゃない……」
そう口にして、俺は後悔していたのかと、理解する。
「じゃあなンだよ」
そう言われ、俺はなんで笛を拭こうとしたんだろうかと考えた。
相談……うん、相談しようと思ったんだ、ダニルのことを。
でもそれは、ダニルが兇手だったことをどうこう言いたいとか、そういうんじゃないんだ。
ギルやウーヴェの先を狭めてしまっていることも、目の前に突きつけられるだろう現実も、分かっていたけど身に染みてなかっただけのこと。
だから、でも、そうじゃなくて…………。
「……俺、ダニルに何をしてやれる?」
彼らに聞くのは間違っていると思う。
それこそ傷を抉る行為だと思う。
だってダニルが特別なんじゃない。吠狼の皆が、きっとダニルと変わらない人生を歩んでいるんだ。勿論、このジェイドも……。
「なんでまず、責めてしまったんだろうな……。理由を、聞くべきだったのに。ダニルがそんな奴じゃないって、分かってたのに……。
多分俺、ダニルに嫉妬してた。それで余計に怒りが湧いて……巫山戯るなって、真っ先に思ってしまって……」
子ができたことを、拒んだように見えたから……それで怒りが、振り切れてしまったんだ……。
「……お前がダニルに嫉妬する部分なンてあったかよ?」
「…………」
それには無言を返した。皆には言わないと決めていることだから。
「あいつとが三年先になったのは、お前が選ンだことだろうが」
「うん……」
どうやらサヤと今すぐ夫婦になれないことで嫉妬したのだと解釈したらしい。
勿論違った。
だけどそうだったことにする。
多分、サヤは俺以上に傷付いた。苦しかったに違いないから。
俺はサヤに、そんなことは些細なことだって、気にしてないって、何の問題も無いって……そう振舞わなきゃならない。
子を授かるまいが、俺たちは一緒に歩むんだ。
あぁ、だけど……。
羨ましいと、思ってしまった。それが無いかもしれない自分達の先に、少なからず傷付いてしまった。
だから、あんなに腹が立ったんだ……。
ただ黙ってうつむく俺に、同じく黙って、ただそこにいたジェイドが、不意に動いた。
「…………あいつが逃げたのは……責任が取れないからだろ?」
露台の手すりに腰を下ろして、俺に付き合ってくれる素振りを見せ、そんな言葉を口にする。
「責任?」
頬杖をついたジェイドは、どこか諦観した……まるで老人のような瞳を闇に向け、ボソボソと小声で囁いた。
「俺らは、親なンて知らねぇし、どうすりゃいいかなンざ、検討もつかねぇからな。
ちゃンとしようと思っても、できる自信が無くて、けど子は生まれちまうンだ……。
その生まれて来る奴は、俺らと同じなのか、カーリンと同じなのか、どっちだ? とか。
俺らと同じもンが生まれちまったら、カーリンはどう思うンだ? とかよ。
例えカーリンと同じだったとしても、俺らはどうしたって、来世は今以上に堕ちる。
それだけのことをしてきた自覚はしてる。
そンなことに、せっかく真っ当に生まれるかもしれねぇ赤子や、カーリンを巻き込むかもしンねぇって、そう思ったンだろ」
カーリンは堅気だ。と、ジェイド。
真っ当な人生を歩んできて、これからもそう生きるはずのひと……。
「今以上に穢したくない。巻き込みたくないって、思ったンだろ……」
そう言われて、俺は露台にしゃがみ込んだ。
あれは、ダニルなりの、優しさだったって言うのか……。
「…………俺は、何をしたら、いいんだ……」
ダニルもカーリンも大切な領民だ。
そんな二人が、こんな悲しい先を選ばなきゃならないなんて、おかしいだろ?
俺は、そんなのは絶対に嫌だ。だってじゃあ、俺はなんのために、こうしてる? 領民の幸せを求めるのが領主一族の責務なら、彼らだって幸せにならなきゃ駄目だ。そうするのが俺の役割だ。
なのに、孤児だったってだけでダニルがこんなに苦しい人生を歩んで、これから先も、それを進むしかないなんて……。そうであるなら、俺の存在価値ってなんだ。
じゃあハインは? ローシェンナは? 獣人らはもっと、苦しむってことだ。それを俺は、ただ見ているだけなのか?
俺は、それを覆したくって、今こうしてるはすだろう…………。
闇に染まってしまった空の下、俺はただ蹲るようにして、ジェイドもそんな俺を、ただ受け入れて、暫く二人でそうしていた。
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