異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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荊縛の呪い 19

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 俺がそう叫んだ途端。サヤの表情が、強張った。
 いけないと、自分の中で小さな声がしたけれど、それはすぐ感情の波に流されてしまった。
 ふつふつと湧き上がってくるのは、苦しさと、怒りと、悲しみ。

 違う、こんなことが言いたいんじゃないんだ。
 無事に帰ってきてくれたことを喜びたい。頑張ってくれたことを、労わなきゃ……サヤだって、きっとすごく気を付けていたはずなんだ。それでも病の中に身を置いていたら、飛び火してしまう。防ぎきれるものじゃない。それは、充分承知していて、それでもこうしてちゃんと、ちゃんと…………っ。

 そう思っているのに、口から零れてくるのは、怒りと苛立ちを含んだ言葉ばかり……。

「…………俺は……そんなに、信用ならないの…………」

 本当のことを言えないくらい、頼りない?

 苦しかったはずだ。心細かっただろう。自分の明日を、不安に感じなかったはずがないのだ。
 沢山来世に旅立つ姿を見送って、自分もあの中に、含まれるのではと……そう考えたに違いないのに!
 この世界にたった一人の不安を、抱かなかったはずがないのに!
 そんな時すら、傍にいてと、ここに来てと、何故その一言を、遠慮するんだ⁉︎
 もし、万が一の時お前は…………一人で逝く気で、いたと?
 俺をおいて、勝手に、知らないうちに、旅立ってしまう気でいたって言うのか⁉︎

「…………っ」

 全部を吐き出して、叩きつけてしまいたかった。
 だけどただ安全な場所で待っていただけの俺に、何を言う権利があるだろう……。
 サヤが隠したことが全てで、今の結果が答え。
 不甲斐なくて頼りない俺にそんなことを知らせれば、立場も目的も捨てて、暴走しかねないと、そう思われていたということ。
 あぁ、そうだろう。その通りだ!
 信頼するに値しない。
 だって俺は、きっといてもたってもいられなかった。
 下手をしたら、赤縄の中に自ら足を向けていたかもしれない。
 だから俺には、全て伏せられていたんだ!

「…………いいよ。行って。着替えでも、風呂でも、今サヤに必要なことを、しておいで……」

 全部を押し殺して、長椅子に腰を下ろした。
 気分を落ち着けなければいけない。
 頑張ったサヤを、追い詰めるような言葉を、吐きたくなんてないのだ。
 サヤが身支度をする間に、全部捨てよう。ちゃんと綺麗に笑えるように、ならなきゃ。
 この苛立ちは不要なものだ。だってサヤはちゃんと、ここにこうして、戻って来た。それを喜ばないと。
 だって、全部が、今更なんだ……。

 顔を伏せて。両手をきつく握りしめた。
 気持ちを落ち着けようと、頭の中を真っ白にする努力を始める。

 顔を伏せた俺に、サヤの表情は見えなかった。
 だけど、そこにずっと、所在無げに突っ立ったままでいることは、気配で感じる。
 黙ってしまった俺を、彼女は暫く見下ろしていて、足が、戸惑うように少しだけ動いて、それからまた、静寂。
 二人して、微動だにしなかった。そして、どれ程か時間が経った頃……。

「……………………か…………かんにん……」

 か細い、サヤの声。

「お、怒られる……かなって……。あ、あれだけ、気をつけるって、言うたのにって……。
 手紙は、書きたかったけど、身体が、思うように…………熱と、痛みで…………、あ、これインフルエンザとは、違う病気やて、そう思ったらもう、先が…………予想とか、できひんくて…………」

 しどろもどろに、焦って言葉や気持ちの整理も無しに、紡ぎ出されるサヤの言葉。

「長いこと、手紙、出せへんかったら、今度は…………い、今更書くの、が、おかしい、気がして…………。
 その…………違う、から。
 信用、して、へんとか、そういうんやのうて……」

 そこでまた、黙ってしまった。
 沈黙が部屋を支配して、少し冷静になると、自分がかなり手前勝手な理由で腹を立てている現実から、目を反らせなくなる。
 信頼できなかったとか、そういうこともそりゃ、あったろうけど、そうじゃなく。サヤはきっとただ単純に、心配をかけたくないと考えて、病を知らせてこなかったのだろう。
 実際知らされても、俺は何一つしてやれなかった。駆けつけることは周りに止められたろうし、それは立場的にも許されることじゃない。俺の周りを忙しくさせるだけだ。
 だから別に彼女は……間違ったことは、していないのだと、思う。

 やめよう……。これ以上、大人気ない自分をサヤにぶつけるのも嫌だ。
 笑って、ちょっとした冗談だと……無理やりでもいいから、誤魔化してしまおう。そう思うのに、いつもやり慣れているはずの笑顔は、何故か上手くできなかった。
 ひきつる顔を無理やり動かして、当たり障りない言葉を、必死で吐く。

「もう良い。もう分かったから。
 部屋は掃除だけ、ルーシーがしてくれているから、そのまま使えるはずだ。
 お疲れ様。本当に長い間、大変な仕事をこなしてくれた。今日はゆっくり休んでほしい。
 ……あぁ、食べたいものがあれば、今日は奮発するとエレノラが言っていたから、早めに調理場にひとこと……」

 そこまで口にした時、サヤが覆いかぶさってきて、言葉が詰まった。
 細く、軽くなってしまったサヤを身体で感じて切なさがいや増し、自分の不甲斐なさに、より一層の責任を自覚した。
 小刻みに震える彼女の腰に腕を回しそうになって、止める。
 そんな資格が、どこにある。サヤを、こんな風に動揺させたのは俺なのに。
 俺は、本当は彼女に、こんな風に気を使わせていては、いけないのに……。

 俺が頼りないから、サヤは遠慮する。言葉一つ気兼ねなく吐けない。
 不安なことを、正直に口にすることすら、できなかったのだ。
 なのに俺は、こうして気持ちの切り替えにすら、手間取って……彼女を不安にさせて……最低だ。

「……ごめん。本当に、ごめんな。
 俺が言うべきは、あんな言葉じゃなかった…………」
「違う。私があかんかった。レイが信用できひんかったんやないの。
 みんな、不安なんは、一緒やのに、同じように、頑張ってるのに、怖いって、言うたら駄目やって、そう、思って……」

 サヤは必死で、何かを言い繕おうとしていた。
 だけどもう良いからと、首に回された手を離すため身を起こすと、慌てたように、また腕に力を込める。
 軽くなってしまった身体を必死で密着させて、離れまいとする。
 結局彼女を追い詰めてしまっていることに、俺が溜息を吐くと、一瞬ピタリと、動きが止まって……。

「かんにん……ほんまに……ほんまに、ちがうの!    レイは何も、悪うない。一回弱音吐いたら、我儘が止まらん気がして、会いたいが、止まらん気がして、全部、迷惑もかえりみんと、求めてしまいそうで、もういいかって、思うてしまいそうで……っ!」

 急にボロボロと、まるで本音を零すみたいに吐き出された言葉と、涙。

「慣れなあかんと、思うたの……。ずっとは、あかんって……。もう、本当は、恋人だってやめなあかんのも分かってるのに、まだその勇気が持てへん。
 ちゃんと、一人で乗り切らなあかんって、荊縛に罹患したって分かった時、はじめはそう、思うたの。
 なのに結局怖ぁて、レイのことばっかり思い出してた。苦しいし、痛いし、こんな病気知らへん……どうしようって、不安で、心の中ではずっと呼んでた。
 レイが頼りないから、言わへんかったんと違う。全部私が、あかんの。全部私の、都合や!」

 自分で何を言っているのか、分かっていないのかもしれない……と、その時やっと、気が付いた。
 極限の状態で、病と闘っていたのだ。
 知らない病気だったって言った……苦しくて痛かった……その恐怖を必死で乗り越えた。こうしてここに、戻ってきた。
 切羽詰まっていたのは、俺だけではなかったろう。きっとサヤだって……いや、死の恐怖に晒されたなら尚のこと、思い詰めていただろう。
 それが今、歯止めが効かなくなって、吐き出されているのかもしれない。
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