上 下
420 / 1,121

新たな問題 11

しおりを挟む
 お茶を楽しんだ後は、流石に疲れが出たのかもしれない。父上が休むと言い、俺は部屋を後にした。
 ジェイドもまたふらりと何処かへ消える。館の警備に戻ったのだろう。
 ついでだからとシザーにも休憩を言い渡し、部屋に帰すことにした。

「領主様は、思いの外、積極的なお方なのですね……」

 ハインだけが俺の部屋についてきたのだが、暖炉の火を調整しつつ、そんな感想を零す。
 うん。それは俺も思った。あんなに垣根の低い人だとは想像していなかった。
 と、いうか……。

「昔は……もう少し、厳しい方だったような気がする……。
 それこそガイウスみたいに、融通がきかないというか…………。
 まぁ、俺がここにいた頃は、領地を飛び回ってらっしゃったから、月に一度か二度、合間に半時間ほどまみえる程度しか、接していないのだけどな」

 その時間とて……俺たちは距離を取り損ねたみたいに、当たり障りない会話しかしていなかったと思う。
 俺は誓約に引っかかること、後に待つ兄上との時間に怯え……。
 父上も、そんな俺に何を言って良いやら戸惑っていたのだろう。
 今にして思えば、使用人や従者もジェスルの者らであったはずだから、父上も言葉や行動を考えていたと思う。
 お互い雁字搦めの状態で、それでも父上は、俺と接する時間を捻出してくれていたのだ……。
 幼かったとはいえ、思い返せばそこかしこに愛はあった。
 今こうして、父上と接する時間を得れたからこそ実感できる。
 こんなことに気付けたのも、全て、サヤのおかげ。

 身体を張って、命まで賭けて、ここまで俺を導いてくれたのは、やはりサヤなのだ。

「そういえば、先程ユストから先触れがあったと報告がありました。医師らですが、本日夕刻、馬車一台で到着とのことです。
 それと、胡桃らの行商団。
 やはり到着は遅れる様子ですね。本日中は無理かと。……本当に、宜しかったのですか?」

 火の調節を終えたハインが、そう言いつつ眉を寄せる。
 その言葉に、心配性だなと、苦笑しつつ答えた。

「ああ、越冬だしな。村人と接する機会もそう多くないだろうから、気を付けていれば気付かれることもないと思うよ」

 兼ねてから予定していたことなのだが。
 拠点村の行商団用宿舎の運営を担う胡桃らが、本当は昨日辺り、到着する予定だった。
 けれど、俺たちの方のゴチャゴチャがあったり、胡桃らの方でも動きにくい問題が発生したりで、到着が遅れていた。
 病に罹患した者が出たのだ。

 旅生活の彼らにとって病は大変な問題だ。
 飛び火しないよう隔離しておくことも難しく、旅生活であるがゆえに、安静にしておくこともままならない。
 この時期でなければ、しばらく移動を控えて野営するのだろうが、それをしていたら雪に埋まってしまいかねない。
 本当は、備蓄庫として使用を許されている山城に行き、養生させるつもりであったようなのだが、飛び火した者が増え、移動が難しくなってしまった。
 それを耳にし、彼女らの位置関係的に、こちらに来る方が早い様子であったので、拠点村の宿舎を使って構わないと伝えたのだ。

 病を患った者には獣人の特徴が顕著である者もいるとのことであったが、どうせもう越冬間近だし、まだ人も少ないこの村だから、宿舎の部屋に入れてしまえば見られることもないだろう。万が一、山城に到着できず、雪が積もり出す……なんてことになるのも怖かったしな。

 それから、到着する医師というのは、父上のために呼び寄せた者らのことだ。
 ぶっちゃけると、父上の状態を管理してもらうための医師は、確保できなかった。
 医師というのは地に根付く。
 その地域を担当するといった形で、都や街に居を構えるのだ。
 そして冬のこの時期は、医師を必要とする者が特に多い。
 元から医師というものは不足がちということもあり、この忙しい時期に、担当の地域を離れることが可能な医師など、いはしなかったのだ。
 だから当初は、父上がこの村に来ることも無理だという話になっていたのだけれど……。

「あのぅ、俺、心当たりあります。手隙の医師」

 状況を聞いたユストが、そう言って俺を訪ねてきてくれて、状況は一変した。

「まぁその……身内なんですけどね。俺の上の兄弟で……俺、勘当された身だからちょっと連絡しづらいんですけど、領主様のためですし、それに多分……話を聞けば、断ってこないと思うんですよね」

 腕は確かだが、性格と言動と格好に難がある。とのことであったけれど、聞いたマルは即答で話を受けた。

「ユストの実家でしょう?    領主様の問題が無くてもお近付きになりたいです!
 言い値で払いますからなんとしても確保してください!」

 そんな感じで、名も聞かぬまま、その医師の派遣が決まった。
 医師らはその助手と合わせて三人であるそうだ。なので、館の一室を利用してもらうつもりで整えている。
 あと、同じく見つからなかった薬師は、吠狼の伝手を頼った。父上奪還の際にも、手を貸してくれた薬師だ。

「どんな人が来るんだろうな……」

 腕は確かだが、性格と言動と格好に難がある……か。ユストの実家は医師の家系で貴族嫌いだというのはこの前聞いた。それなのに、今回要請は拒否されなかった。
 引く手数多であろう医師なのに、この時期に手隙……。飛びついたマルは何か知ってそうだけど、忙しそうにしていてなかなか声をかけづらい。
 まあ、考えていたってどうせ何も分からないのだし、とりあえず、暇にしている時間は無いので、後回しにしていた書類仕事を再開することにした。
 そして、一時間ばかりした頃。

「医師の方々がご到着です」

 サヤがそう、知らせてきた。

「分かった。応接室にお通ししてくれ」
「私が向かいます。サヤはレイシール様の身支度を」

 間髪入れずハインがそう言い、サヤが何か言う前に俺を放り出し、行ってしまった……。
 あいつなりの気遣いなんだろうけど……。場の雰囲気を考慮して欲しかった。

「着替える」
「はい……」

 少し見た目を整えるため、上着と腰帯を変更する。
 二人して無言で、淡々と。
 着替えたら髪を括る飾り紐も色が合わないとなったらしい。サヤが飾り紐をまとめてある小箱を持ってきた。

「お髪も、整え直しましょう」

 言われるまま長椅子に座って、髪をサヤの手に委ねる。
 一旦解かれた髪は櫛付けられ、また編み込まれていく。丁寧に、ゆっくりと。まるでこの時を噛みしめるように……。

「終わりました」

 そう言って立ち上がったサヤの腕を。

「待って」

 捕まえた。

「離してくださ……」
「昨日のこと、考え直してくれないか」

 そう言うと、腕に力がこもる。彼女の緊張が、直に伝わってきた。
 その反応に、心が揺さぶられる。けれど俺には、言葉を続けるしか、手段が無い。

「俺は、サヤ以外は考えられないよ」
「私は……相応しくないですよ。他の皆さんだって、そうおっしゃってるじゃないですか」

 困った顔で、そんな風に言い、視線を逸らす。
 昨日は関係ないって言ったのに……。今度はガイウスらの言葉を、盾に取るのか……。

「なら、彼らが納得してくれたら、受けてくれるの」
「……そういう、問題じゃ、ないんです……」

 ただ拒否のためだけに利用したらしい。
 その頑なさが、昨日皆で話したことを裏付けている気がして、胸が苦しくなる。

「俺はっ……!」
「お客様をお待たせしています。今、そんな話、しなくていいじゃないですか」

 そう言ったかと思うと、サヤは俺の腕をするりと振り払った。
 絶対に離すまいと力を入れていたのに、どうやったのか、簡単に外されてしまい、途方にくれる。
 力では敵わない。それも承知していたけれど、それでも諦めたくなかった。

「もう一度、話をする時間をくれ」
「私からお伝えすることはもうありませんし、何度時間を作っても無駄ですよ」

 食い下がる俺に苛立ちを滲ませて。
 けれど、その裏に隠された苦しさや哀しみが見えるから、ほんのひとすくいの縋りたい気持ちも感じるから、それがただ頑ななだけじゃないと分かるから、俺が折れたら終わりなのだと思う。

「諦めないから」

 それだけ言って、扉に向かった。折角来てくれた医師らを待たせるのは、確かにいけないと思うから。

 サヤは、一瞬だけ足を止めていたけれど、いつもより少しだけ距離を空けて、ついてきた。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

処理中です...