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新たな問題 10
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鍛錬を見学したのち、父上はジークらに感謝の言葉を伝え、春になれば正式に、配属先を決定すると伝えた。
彼らはセイバーンのいたるところから、父上奪還のために集められた。それぞれが持っていた立場を捨てて。
それだけの犠牲を払ったのだから、それぞれの希望する地域に配属できるよう配慮すると、父上は伝えに来たのだった。
それぞれの地方にそのまま就く衛兵とは違い、本来は一方的に配属を言い渡されるのが騎士だ。そこに配慮するというのは破格の待遇だった。
それだけ父上が、皆のことを考えてくれたのだと思うと、なんだかとても嬉しい。
馬と鎧も、用意が整い次第、それぞれに下賜されることとなるが、これは準備に時間がかかるので、順を追ってとなるだろう。
「越冬の間に調整を行おう。それまでに希望を集め、提出してほしい」
「有難うございます」
綺麗に整列し、頭を下げる騎士らに手を振って、俺たちは訓練場を後にした。
訓練を一区切りさせたサヤも、汗を流すため、湯屋へ向かうと、その場を離れた。
「そういえば、驚いた……この館は、色々と不思議な造りをしているな」
ふと思い立ったように父上が言う。
「風呂があるのも驚いたが、水の出続ける調理場や、不浄場の手洗い……。食事にしても、珍しいものが多い。
私はまだ、この村の中を目にしていないが、使用人らは興奮しっぱなしだ。
王都はこんなにも洗練されているのかと、そう言っていた」
ゆっくりと足を進めながらそんな風に言われ、俺は苦笑した。
王都は全く、こんな風ではない……。
「父上はご存知でしょう? 王都にこんな場所は、ありませんよ」
「そうだな。だから不思議でならない。
一体この村は、なんなのかと……。
其方が、得体の知れない二子などと言われるのにも、それ相応の理由があるということだ」
言われた言葉に、父上の耳にも届いていたのかと思った。
父上を護衛してきた一団は、一部報告のため帰還したものの、大半が父上の身辺警護に残っている。
そのため食事の準備も結構な手間なのだが、彼らがここに残り続けているのも、その辺りの懸念が理由の一つなのだろう。
セイバーンにあまり関わってこず。
何故か影を使い。
不可思議な村を作り上げた、二子。
進むと定めた道を進んできたらこうなっていたというだけなのだが、その道行を知らなければ不可解さしか無いのは仕方がないだろうな。
「ここは、試験場なのです。
アギーに繋げる交易路の話は耳にされましたか?」
「ああ。よくまあ、アギーが了承したものだと、皆が驚いていたが、学舎では縁が深かったと聞いている」
父上の中では、一応理由が通っているらしい。
それにしても、俺の交友関係を何故把握しているのだろう。王都にセイバーンの者は、一度も訪れていないというのにな。
「まあ、それの関係です。
とはいえ、状況が少々変わってしまいまして、今どうなっているか、俺もいまいち把握してないのですよね……」
言葉を濁す。
セイバーンを終わらせるつもりでいた時に、俺は姫様に書簡を送っていた。
だから今、その結果がどうなっているか分からない。
必ず来いと言われている、アギーの冬の社交界で、謝罪と確認をしようと思っているのだが……。
だから、父上にはまだお話しできないのだよな……。
「確認が取れましたら、またお話しします」
そう伝えるにとどめるしかなく、そのことでまた、ガイウスの心象を悪くしたかもなと思ったけれど、致し方ないことだと流すしかなかった。
そのまま部屋へとお送りしようと思っていたのだが。
「影の者らには会えないものか?」
と、問われ、ガイウス共々、更に驚かされた。
「アルドナン様……!」
「救出しておいて危害を加えるなど無かろうよ」
諌めようとするガイウスに、父上はそう答え、意思を曲げる気はない様子。
「……分かりました。
ですが、お部屋に戻られてからにしましょう。
だいぶん長い間兵舎にいましたから、これ以上はお身体への負担になります」
そろそろ休んでいただかないと、心配で仕方がない。
突っぱねられたらどうしようかと思ったのだけど、父上は素直に了承してくださった。
部屋に向かう途中、お茶をお願いして、ハインが一時的に背後を離れる。
そのままシザーのみを連れて、父上の部屋に向かった。
実は、父上の到着した直後、この部屋でも、一悶着あった。
父上の部屋は、状態を考えた結果、一階に用意された。
寝室と、主室。それに使用人用の部屋がもうひとつ隣接する定番の構造なのだが、お身体を不自由にしてしまった父上には、少し使いにくいだろう……。
部屋を自力で移動するのも大変だろうからということで、寝室は使わず、主室に寝台を置いていた。一応、衝立で目隠しを立てているけれど、本来はあまり好まれない内装だ。
足の不自由さに加え、体力の低下が酷く、使用人の手を借りたとしても、あまり動けるお身体ではない。
サヤやユストに相談した結果の結論であったのだが……一般的に、身分の高い者は上階。といった風潮があり、一部四階まであるこの屋敷の最下層に部屋が用意されたということが、当初ガイウスには納得できなかったのだ。
不快感をあらわに「無防備だ」と、難色を示されたのだが。
「父上の体力と、状態を考えたらば、上階では生活が不便であると判断しました。
春になったら、父上の部屋は別途増築する予定なので、冬の間だけ、ご容赦ください。
それに、案外無防備でもないのですよ」
この屋敷は水路に囲われ、更に敷地の周りを低い垣根で囲ってある。不法侵入しようと思うと、まず水路を超えなければならないし、垣根を越えるならば、音が酷いことになる。更に、垣根であるから、内側に入っても、姿を隠す場所がない。
「警備は少ないように見えるでしょうが、見せていないだけです。
この屋敷の警備は騎士や衛兵ではなく、影らに主力を担ってもらうので」
丁寧に説明したのだが、ガイウスの表情が更に険しくなる……。
警備の主力が影であるって部分が、気に触る様子だ。
まあ、常識的に考えるとそうなるのは仕方がないだろう。
「この冬は、納得して頂くしかございません。
元々、ジェスルの者が大半を占めていたセイバーン村には、騎士も衛兵も最低限しかおりません。
当然そこでレイシール様は孤立しておりましたし、表立った武力を持って反感を買うわけにもいきませんでした。
我々に正規の兵が少ないのはそういった理由です。無いものは出せません」
従者の方の態度に反発を覚えたのか、ハインが剣呑な表情で嫌味交じりにそんなことを言うものだから、場の空気が更に悪くなった。
だから「ハイン」と、窘めて、父上に謝罪の言葉を口にする。
「不便を強いてしまうこと、お許しください……。
我々は元々人手不足が甚だしく、セイバーン村の守りを考えると、あまり衛兵らをここに引き抜くことも憚られたのです。
幸い、影の者らは優秀です。見えはしませんが、警備は決して、疎かにはしておりませんから……」
そこで父上は、俺の口を止めるため、手を挙げた。
言い訳は要らないということ……か?
少し警戒して言葉を待ったのだが。
「彼らの優秀さは身を以て知っている。
私は不満など無いし、彼らが守りであるなら、むしろ心安くしていられる。
すまぬな。これは元々細かい性分だ。口煩いが、じき黙る」
その言葉に、ガイウスが渋い顔をし、ルフスは苦笑した。
「ですが、影などと……」
「レイシールが、影の信を得ているというのが不服か」
「…………いえ」
否定しているけれど、明らかに不服があるといった様子。
まあそうだろう。影を持つのは本来、大貴族や……ジェスルのような、元大貴族だ。
組織を一つ養っていくというのは、並大抵の経済力では回らない。
男爵家で孤立していた二子が持つようなものではないのだから、不審に思うのは当然だろう。
それに、彼が気にしているのは、影云々ではなく、多分こちらだ……。
「あの……便宜上、影と呼びましたが、彼らは正確には影ではなく……忍と言います」
「しのび…………? 虚ではなく、か?」
ガイウスが心配したのは、彼らが虚……兇手であり、金次第で殺人だってこなす裏稼業の者だという部分だろう……。そう察したから、違うのだと説明しておくことにした。
「しのび……とは、聞いたことがないが?」
「忍は、諜報特化の組織だと認識していただければ、概ね外れないと思います。
殺人等の仕事は請け負いません。彼らの仕事は、情報や重要なものを、確実に持ち帰ること。必ず生きて戻ることです。
父上を救出する際も、そうであったと思いますが」
そう言うと、父上が、面白そうに瞳を煌めかせたように見えた。一瞬のことであったけど……見間違い……か?
「あぁ、確かにそうだった。
驚いた。窓から音もなくだった。三階だろうが、関係なしにな」
そう言った父上に、ガイウスがギョッとした顔をする。父上は別邸の三階に監禁されていたということだし、そこから救い出されたのだから。
「誰にも見咎められず、私の元まで来た。そして、バンスを出るまで、それは守られた。
ジェスルの影を相手に、見事なものだった。
私の問題が無ければ、救出はもっと楽であったろうな……。色々と、不便をかけたにも関わらず、私を守り抜いてくれた」
全面的に彼らを肯定してくれた父に、ホッとしたものだ。
当然、彼らが獣人を含む集団であることも、獣化するところも見ただろう。それを承知した上で、そう言ってくれているのだ。
「事情は理解した。
それに、空しか見えない場でただ寝かされているのでは、バンスと変わらん……。
ここであれば、多少なら庭にも出れるだろう。気分転換になるさ」
結局父上が納得してしまったため、部屋の配置は変更されなかった。
その部屋に戻り、父上を寝台に休ませてから、俺は断りを入れて庭に出た。
犬笛を軽く吹くと、近くにいた者がさっと姿を現わす。
「すまない、ジェイドを探してきてもらえるか」
そう言うと、コクリと頷いてまた消えた。
部屋に戻り、暫く待っていると、コンコンと訪を告げる音。
やって来たジェイドを手招いて、父上の枕元まで移動した。
「父上、彼が取次役を担ってくれているジェイドです。
虚ではないのですが、忍も姿を晒すことは、仕事に差し支えます。
なので、この者一人で、お許しください」
そう言うと、ジェイドが不審そうに表情を険しくし、くるりと振り返った。
「子供ではないか……」と、小声で呟いたルフスの言葉を聞き咎めたのだ。
「……ルフスっつったか。あんたの目、節穴だな。本気で俺が、子供に見えてンのか?」
カチンときてしまったか、ジェイドが言葉も選ばず剣呑にそう、口にする。
一瞬滲ませた殺気に近い気配に、ガイウスとルフスが反射で剣の柄を握るから、とっさにジェイドを窘めようと口を開きかけたのだが。
「すまぬな。失礼をした」
先んじて父上が謝罪をしたものだから、ガイウスらは慌て、ジェイドは舌打ち一つで矛を収めた。
ハインみたいに引っ張らないでくれて助かる……あいつは根に持つからな。
内心でそう安堵しつつ、ルフスも貧乏くじを引いたなと思う。
正直、ジェイドの年齢が分かる奴っているのかな……。
俺は今だに分からない。十五歳くらいに見えることもあれば、三十五歳と言われたって納得できそうな時もあるのだ。
「わざわざ出向いてもらってすまぬ。
だがどうしても、もう一度、機会をいただきたかった。
先日は、大変世話になった。其方らには、返しきれぬ恩がある。何か望みはないのだろうか。極力、考慮したい」
父上の言葉に、ガイウスらが慌てた様子を見せた。
想定されていない言葉であったのだろう。
けれどそれに対し、ジェイドは素っ気なく、俺を指差し。
「報酬は、こいつがくれる。
俺らはあんたのために動いたンじゃない。こいつが望むから動いたンだ。身内だろうがあんたを信用しちゃいないし、何かを貰う謂れもない。懐柔しようったって無駄だ」
と、態度も改めずつっけんどんに突っぱねた。
俺のために動いてくれたという言葉はとても嬉しかったが、ガイウスが大変怒っている様子なので、慌てて背に庇う。
「も、申し訳ありませんが、この者らは正しくは、私の配下ではないのです。
彼らと私は、対等であると、お互い定めていまして……。
ですから彼は、私たちに傅く必要はないのです」
流浪の民である彼らはセイバーンの領民でもないのだから、俺たちに媚びる必要なんてない。
まぁだからって、貴族相手にその態度は自殺行為なのだが……。
「成る程、承知した。
ではジェイドと言ったか。其方らはレイシールの友であるということだな」
さらっとそう答えた父上に、ガイウスが慌てた様子を見せる。
不敬も咎めず、肯定したからだろう。
「アルドナン様! それでは示しがつきません!」
「なんの示しだ。彼らあっての私だからな。別に良いではないか」
「ですが貴方様は領主であられます!」
「息子に全て任せきりで寝ているだけだ。威厳もへったくれもないのだから、拘る必要はなかろう」
手を振って取り合わず、微妙な顔をするジェイドに向き直り、笑顔で言葉を続けた。
「友のよしみで、力を貸してくれたのだな……ありがとう。
これからも、末長く、レイシールを宜しく頼む。
ガイウス、お前いい加減、煩い」
「アルドナン様⁉︎」
「お前だってこれくらいの時は、私を呼び捨てしていたり、不敬も厭わなかったろうに……まさか忘れたのか? たかだか三十数年でもうろくするとはな」
クックと笑って父に言われ、ガイウスは顔を真っ赤にしてブルブルと怒りを押し殺す。
あ……そういえば、幼馴染……と、言っていたな。
それにしても……これくらいの時って……父上にはジェイドが、いくつくらいに見えているのだろう……。
「懐かしいな。ガイウス。お前が私をアルドと呼んでいた頃は、お前もこんな感じだったぞ?」
「アルドナン様!」
そこでコンコンと、また扉が叩かれ、ハインがお茶を持ってやって来た。
怒るガイウスや苦笑するルフスを見て、訝しげに片眉を上げたものの、特に意に介さず、入室してきてお茶の準備を始める。
そんなハインに失態は見せられないと思ったのか、ガイウスも話を続けるわけにいかなかった様子で……あとは和やかなお茶の時間となった。
彼らはセイバーンのいたるところから、父上奪還のために集められた。それぞれが持っていた立場を捨てて。
それだけの犠牲を払ったのだから、それぞれの希望する地域に配属できるよう配慮すると、父上は伝えに来たのだった。
それぞれの地方にそのまま就く衛兵とは違い、本来は一方的に配属を言い渡されるのが騎士だ。そこに配慮するというのは破格の待遇だった。
それだけ父上が、皆のことを考えてくれたのだと思うと、なんだかとても嬉しい。
馬と鎧も、用意が整い次第、それぞれに下賜されることとなるが、これは準備に時間がかかるので、順を追ってとなるだろう。
「越冬の間に調整を行おう。それまでに希望を集め、提出してほしい」
「有難うございます」
綺麗に整列し、頭を下げる騎士らに手を振って、俺たちは訓練場を後にした。
訓練を一区切りさせたサヤも、汗を流すため、湯屋へ向かうと、その場を離れた。
「そういえば、驚いた……この館は、色々と不思議な造りをしているな」
ふと思い立ったように父上が言う。
「風呂があるのも驚いたが、水の出続ける調理場や、不浄場の手洗い……。食事にしても、珍しいものが多い。
私はまだ、この村の中を目にしていないが、使用人らは興奮しっぱなしだ。
王都はこんなにも洗練されているのかと、そう言っていた」
ゆっくりと足を進めながらそんな風に言われ、俺は苦笑した。
王都は全く、こんな風ではない……。
「父上はご存知でしょう? 王都にこんな場所は、ありませんよ」
「そうだな。だから不思議でならない。
一体この村は、なんなのかと……。
其方が、得体の知れない二子などと言われるのにも、それ相応の理由があるということだ」
言われた言葉に、父上の耳にも届いていたのかと思った。
父上を護衛してきた一団は、一部報告のため帰還したものの、大半が父上の身辺警護に残っている。
そのため食事の準備も結構な手間なのだが、彼らがここに残り続けているのも、その辺りの懸念が理由の一つなのだろう。
セイバーンにあまり関わってこず。
何故か影を使い。
不可思議な村を作り上げた、二子。
進むと定めた道を進んできたらこうなっていたというだけなのだが、その道行を知らなければ不可解さしか無いのは仕方がないだろうな。
「ここは、試験場なのです。
アギーに繋げる交易路の話は耳にされましたか?」
「ああ。よくまあ、アギーが了承したものだと、皆が驚いていたが、学舎では縁が深かったと聞いている」
父上の中では、一応理由が通っているらしい。
それにしても、俺の交友関係を何故把握しているのだろう。王都にセイバーンの者は、一度も訪れていないというのにな。
「まあ、それの関係です。
とはいえ、状況が少々変わってしまいまして、今どうなっているか、俺もいまいち把握してないのですよね……」
言葉を濁す。
セイバーンを終わらせるつもりでいた時に、俺は姫様に書簡を送っていた。
だから今、その結果がどうなっているか分からない。
必ず来いと言われている、アギーの冬の社交界で、謝罪と確認をしようと思っているのだが……。
だから、父上にはまだお話しできないのだよな……。
「確認が取れましたら、またお話しします」
そう伝えるにとどめるしかなく、そのことでまた、ガイウスの心象を悪くしたかもなと思ったけれど、致し方ないことだと流すしかなかった。
そのまま部屋へとお送りしようと思っていたのだが。
「影の者らには会えないものか?」
と、問われ、ガイウス共々、更に驚かされた。
「アルドナン様……!」
「救出しておいて危害を加えるなど無かろうよ」
諌めようとするガイウスに、父上はそう答え、意思を曲げる気はない様子。
「……分かりました。
ですが、お部屋に戻られてからにしましょう。
だいぶん長い間兵舎にいましたから、これ以上はお身体への負担になります」
そろそろ休んでいただかないと、心配で仕方がない。
突っぱねられたらどうしようかと思ったのだけど、父上は素直に了承してくださった。
部屋に向かう途中、お茶をお願いして、ハインが一時的に背後を離れる。
そのままシザーのみを連れて、父上の部屋に向かった。
実は、父上の到着した直後、この部屋でも、一悶着あった。
父上の部屋は、状態を考えた結果、一階に用意された。
寝室と、主室。それに使用人用の部屋がもうひとつ隣接する定番の構造なのだが、お身体を不自由にしてしまった父上には、少し使いにくいだろう……。
部屋を自力で移動するのも大変だろうからということで、寝室は使わず、主室に寝台を置いていた。一応、衝立で目隠しを立てているけれど、本来はあまり好まれない内装だ。
足の不自由さに加え、体力の低下が酷く、使用人の手を借りたとしても、あまり動けるお身体ではない。
サヤやユストに相談した結果の結論であったのだが……一般的に、身分の高い者は上階。といった風潮があり、一部四階まであるこの屋敷の最下層に部屋が用意されたということが、当初ガイウスには納得できなかったのだ。
不快感をあらわに「無防備だ」と、難色を示されたのだが。
「父上の体力と、状態を考えたらば、上階では生活が不便であると判断しました。
春になったら、父上の部屋は別途増築する予定なので、冬の間だけ、ご容赦ください。
それに、案外無防備でもないのですよ」
この屋敷は水路に囲われ、更に敷地の周りを低い垣根で囲ってある。不法侵入しようと思うと、まず水路を超えなければならないし、垣根を越えるならば、音が酷いことになる。更に、垣根であるから、内側に入っても、姿を隠す場所がない。
「警備は少ないように見えるでしょうが、見せていないだけです。
この屋敷の警備は騎士や衛兵ではなく、影らに主力を担ってもらうので」
丁寧に説明したのだが、ガイウスの表情が更に険しくなる……。
警備の主力が影であるって部分が、気に触る様子だ。
まあ、常識的に考えるとそうなるのは仕方がないだろう。
「この冬は、納得して頂くしかございません。
元々、ジェスルの者が大半を占めていたセイバーン村には、騎士も衛兵も最低限しかおりません。
当然そこでレイシール様は孤立しておりましたし、表立った武力を持って反感を買うわけにもいきませんでした。
我々に正規の兵が少ないのはそういった理由です。無いものは出せません」
従者の方の態度に反発を覚えたのか、ハインが剣呑な表情で嫌味交じりにそんなことを言うものだから、場の空気が更に悪くなった。
だから「ハイン」と、窘めて、父上に謝罪の言葉を口にする。
「不便を強いてしまうこと、お許しください……。
我々は元々人手不足が甚だしく、セイバーン村の守りを考えると、あまり衛兵らをここに引き抜くことも憚られたのです。
幸い、影の者らは優秀です。見えはしませんが、警備は決して、疎かにはしておりませんから……」
そこで父上は、俺の口を止めるため、手を挙げた。
言い訳は要らないということ……か?
少し警戒して言葉を待ったのだが。
「彼らの優秀さは身を以て知っている。
私は不満など無いし、彼らが守りであるなら、むしろ心安くしていられる。
すまぬな。これは元々細かい性分だ。口煩いが、じき黙る」
その言葉に、ガイウスが渋い顔をし、ルフスは苦笑した。
「ですが、影などと……」
「レイシールが、影の信を得ているというのが不服か」
「…………いえ」
否定しているけれど、明らかに不服があるといった様子。
まあそうだろう。影を持つのは本来、大貴族や……ジェスルのような、元大貴族だ。
組織を一つ養っていくというのは、並大抵の経済力では回らない。
男爵家で孤立していた二子が持つようなものではないのだから、不審に思うのは当然だろう。
それに、彼が気にしているのは、影云々ではなく、多分こちらだ……。
「あの……便宜上、影と呼びましたが、彼らは正確には影ではなく……忍と言います」
「しのび…………? 虚ではなく、か?」
ガイウスが心配したのは、彼らが虚……兇手であり、金次第で殺人だってこなす裏稼業の者だという部分だろう……。そう察したから、違うのだと説明しておくことにした。
「しのび……とは、聞いたことがないが?」
「忍は、諜報特化の組織だと認識していただければ、概ね外れないと思います。
殺人等の仕事は請け負いません。彼らの仕事は、情報や重要なものを、確実に持ち帰ること。必ず生きて戻ることです。
父上を救出する際も、そうであったと思いますが」
そう言うと、父上が、面白そうに瞳を煌めかせたように見えた。一瞬のことであったけど……見間違い……か?
「あぁ、確かにそうだった。
驚いた。窓から音もなくだった。三階だろうが、関係なしにな」
そう言った父上に、ガイウスがギョッとした顔をする。父上は別邸の三階に監禁されていたということだし、そこから救い出されたのだから。
「誰にも見咎められず、私の元まで来た。そして、バンスを出るまで、それは守られた。
ジェスルの影を相手に、見事なものだった。
私の問題が無ければ、救出はもっと楽であったろうな……。色々と、不便をかけたにも関わらず、私を守り抜いてくれた」
全面的に彼らを肯定してくれた父に、ホッとしたものだ。
当然、彼らが獣人を含む集団であることも、獣化するところも見ただろう。それを承知した上で、そう言ってくれているのだ。
「事情は理解した。
それに、空しか見えない場でただ寝かされているのでは、バンスと変わらん……。
ここであれば、多少なら庭にも出れるだろう。気分転換になるさ」
結局父上が納得してしまったため、部屋の配置は変更されなかった。
その部屋に戻り、父上を寝台に休ませてから、俺は断りを入れて庭に出た。
犬笛を軽く吹くと、近くにいた者がさっと姿を現わす。
「すまない、ジェイドを探してきてもらえるか」
そう言うと、コクリと頷いてまた消えた。
部屋に戻り、暫く待っていると、コンコンと訪を告げる音。
やって来たジェイドを手招いて、父上の枕元まで移動した。
「父上、彼が取次役を担ってくれているジェイドです。
虚ではないのですが、忍も姿を晒すことは、仕事に差し支えます。
なので、この者一人で、お許しください」
そう言うと、ジェイドが不審そうに表情を険しくし、くるりと振り返った。
「子供ではないか……」と、小声で呟いたルフスの言葉を聞き咎めたのだ。
「……ルフスっつったか。あんたの目、節穴だな。本気で俺が、子供に見えてンのか?」
カチンときてしまったか、ジェイドが言葉も選ばず剣呑にそう、口にする。
一瞬滲ませた殺気に近い気配に、ガイウスとルフスが反射で剣の柄を握るから、とっさにジェイドを窘めようと口を開きかけたのだが。
「すまぬな。失礼をした」
先んじて父上が謝罪をしたものだから、ガイウスらは慌て、ジェイドは舌打ち一つで矛を収めた。
ハインみたいに引っ張らないでくれて助かる……あいつは根に持つからな。
内心でそう安堵しつつ、ルフスも貧乏くじを引いたなと思う。
正直、ジェイドの年齢が分かる奴っているのかな……。
俺は今だに分からない。十五歳くらいに見えることもあれば、三十五歳と言われたって納得できそうな時もあるのだ。
「わざわざ出向いてもらってすまぬ。
だがどうしても、もう一度、機会をいただきたかった。
先日は、大変世話になった。其方らには、返しきれぬ恩がある。何か望みはないのだろうか。極力、考慮したい」
父上の言葉に、ガイウスらが慌てた様子を見せた。
想定されていない言葉であったのだろう。
けれどそれに対し、ジェイドは素っ気なく、俺を指差し。
「報酬は、こいつがくれる。
俺らはあんたのために動いたンじゃない。こいつが望むから動いたンだ。身内だろうがあんたを信用しちゃいないし、何かを貰う謂れもない。懐柔しようったって無駄だ」
と、態度も改めずつっけんどんに突っぱねた。
俺のために動いてくれたという言葉はとても嬉しかったが、ガイウスが大変怒っている様子なので、慌てて背に庇う。
「も、申し訳ありませんが、この者らは正しくは、私の配下ではないのです。
彼らと私は、対等であると、お互い定めていまして……。
ですから彼は、私たちに傅く必要はないのです」
流浪の民である彼らはセイバーンの領民でもないのだから、俺たちに媚びる必要なんてない。
まぁだからって、貴族相手にその態度は自殺行為なのだが……。
「成る程、承知した。
ではジェイドと言ったか。其方らはレイシールの友であるということだな」
さらっとそう答えた父上に、ガイウスが慌てた様子を見せる。
不敬も咎めず、肯定したからだろう。
「アルドナン様! それでは示しがつきません!」
「なんの示しだ。彼らあっての私だからな。別に良いではないか」
「ですが貴方様は領主であられます!」
「息子に全て任せきりで寝ているだけだ。威厳もへったくれもないのだから、拘る必要はなかろう」
手を振って取り合わず、微妙な顔をするジェイドに向き直り、笑顔で言葉を続けた。
「友のよしみで、力を貸してくれたのだな……ありがとう。
これからも、末長く、レイシールを宜しく頼む。
ガイウス、お前いい加減、煩い」
「アルドナン様⁉︎」
「お前だってこれくらいの時は、私を呼び捨てしていたり、不敬も厭わなかったろうに……まさか忘れたのか? たかだか三十数年でもうろくするとはな」
クックと笑って父に言われ、ガイウスは顔を真っ赤にしてブルブルと怒りを押し殺す。
あ……そういえば、幼馴染……と、言っていたな。
それにしても……これくらいの時って……父上にはジェイドが、いくつくらいに見えているのだろう……。
「懐かしいな。ガイウス。お前が私をアルドと呼んでいた頃は、お前もこんな感じだったぞ?」
「アルドナン様!」
そこでコンコンと、また扉が叩かれ、ハインがお茶を持ってやって来た。
怒るガイウスや苦笑するルフスを見て、訝しげに片眉を上げたものの、特に意に介さず、入室してきてお茶の準備を始める。
そんなハインに失態は見せられないと思ったのか、ガイウスも話を続けるわけにいかなかった様子で……あとは和やかなお茶の時間となった。
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