異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
401 / 1,121

フェルナン 1

しおりを挟む
 異母様の部屋からもう少し先。
 兄上の部屋は、昔からずっと、この場所だ。
 窓からは村が一望できて、かつては幼かった父上も、この部屋であったと聞いている。

「扉の鍵は、壊しました。けれど、家具等で塞がれている様子で……」
「中の人数は?」
「数名の騎士と女中がいると思われます」
「……まずは投降を呼びかけてみよう。
 中の者たちが家具を退けてくれるのが、一番早い」

 対処をしている間に、他の状況も伝えられていく。
 廊下で足止めをしていたシザーとジェイドは、さした傷も負わず役割を成し遂げていた。
 目潰しと石飛礫の効果は絶大で、騎士らは半数が自滅したも同然であった様子。
 そこを抜け出しシザーに向かった者も、学舎主席の腕前を前に、手も足も出なかったようだ。
 役割を与えられたシザーは、とても愚直だ。黙々と向かってくる相手を薙ぎ倒し、人垣を作り上げてしまう。しかも死ぬわけではないから、その人垣は呻くのだ……。死屍累々、呻き声の絶えない廊下に仁王立ちの大男。それは怖い光景であったろうと思う。

 一つ困ったのは、二階だ。
 執事長を捉えに向かったアーシュらだが、任務の遂行は失敗に終わったらしい。
 それも仕方がない話で、執事長はどうも状況を察知していたらしく、さっさと逃げ出し、その部屋には多くの騎士が待ち構えていたのだという。
 人数的には拮抗していたものの、不意を突かれたことと、後方からの援軍に挟み撃ちにあい、身を守ることで精一杯の状況に追いやられてしまったようだ。

「面目次第もありません……申し訳ございませんでした……」
「仕方のないことだ。あの少人数で、よく耐えてくれたと思う。兵にも君達にも死者が出なかった。そのことの方が、俺には重要だよ。
 まずは休んで、状況報告は、後で良いから」

 怪我をおして報告にきたアーシュを宥めて休ませた。
 決して軽い怪我ではないのに、報告なんて後で良い。ユストにちゃんと休ませてくれとしつこくお願いして、怪我人を任せた。あ、ジェイドも加えた。熱が随分と上がっていたというのに、黙ってやり過ごそうとしていたからだ。あの場に残ったのも、もう自分で戦力にはならないと判断したからであるっぽい。

「……さて。どうなった?」
「投降を了承しました。今、家具を退けていっている様子です」

 兄上の部屋まで戻ると、中でごそごそと作業する音と、囁き声のようなもの、すすり泣きのようなものが聞こえてくる。
 兄上の部屋の警備と女中は、投降を承諾したらしい。
 まあ、援軍はもう望めないと察すれば、そうするしかないだろうな……。
 程なくして、警戒しつつ出てきた騎士らは武器を取り上げられ、牢に連行となった。
 女中は四名いたのだが、そのうち二人はその……そちらの相手であった様子で……身繕いをさせてほしいと懇願されたため、見張りをつけるならばということで、了解した。流石にこれは、仕方がない処置だろう。セイバーンの女中に見張りをさせ、何かあれば衛兵らが飛び込めるよう、配慮した上でと念は押しておいたが。
 彼女らもまた、見張りを立てた部屋に集めて監禁となり、そちらへ連れて行かれる。
 結構な人数だから、牢では足りないのだ。

「……兄上は?」
「あ……その……寝室へ……引きこもられてしまい……。
 フェルナン様は、昼夜の関係ない生活をされておりましたので、レイシール様の行軍を目撃されて……我々に扉を閉ざすよう命じられてから、後はもう……」

 最後の女中に聞いたのだが、その言葉に、沈黙するしかなかった。

 酒の入っていない場合の兄上は、ただひたすら無気力で、現実から目を逸らしている様子だったから、酒が抜けた状態なのかもしれない。
 行軍を見たのに、逃げるでもなく、部屋を閉ざして寝室に逃げ込む。もうまともな状況判断など、できないのかな……。
 ハインと偽装傭兵団の数人を連れ、部屋の中に入ると、家具が動かされて雑多とした部屋は、しんと静まり返っていた。

 ……嫌な、気分だな……。
 ここで散々俺は…………。

 父上との面会時間を過ごすと、その後に待っていたのは兄上からの呼び出しだった。
 この部屋で、父上と何を話したのか、どう答えたのか、それを聞かれながら、振るわれる暴力にただ耐える時間。
 その間、ずっと、呪詛を浴びせられていた……。

 望んではいけないのだと。
 何一つ得てはいけないのだと。
 操られるまで動かない。それが唯一の正解なのだと。

 そうしなければ、俺だけではなく、俺の周りまで、壊されていく…………。

「寝室は、鍵が掛かっているのか?」

 頭を切り替え、とにかくまずは目前のことへ対処することを意識する。

「いえ……開いていますね」
「では、行こう」
「いけません。レイシール様は、お待ちください」

 ハインに押し止められ、数歩下がる。それを確認してから、ハイン自身が扉に手を掛けた。
 取っ手を回し、扉を押し開く。
 中に見えた光景は、薄暗い室内と、部屋の中心にある豪奢な寝台。そして盛り上がった上掛け。
 部屋が暗いのは、窓に帳が下されているからだろう。風に揺れて、室内の光量が変化していて、この寒い季節に窓を開けているなんて……と、不思議に思った。
 ハインもそれは感じた様子で、窓の方に視線をやり……。

「酒臭い……」

 と、呟いたのだが。

「⁉︎」
「ハイン⁉︎」

 ダッと中に駆け込んだハインが、膨れた上掛けを剥ぎ取ったのだが、そこにあったのは衣服の山だった。
 衣装棚から引っ張り出したものを適当に積み上げた様子。
 窓に駆け寄ったハインは、階下を見下ろし「ここから逃がしたのかもしれません」と、舌打ち。

「レイシール様はここにいてください!」

 それだけ言い残し、部屋を駆け出していった。
 ジークや兵士長の名を呼ぶ声が、遠退いていく。

 窓から……逃げた?

 その言葉を確認すべく、寝室に入り、窓に向かった。
 頭を出して見おろすと、露台のない窓の下は、地面まで筒抜けであったのだけど、横手に張り出た露台や、掴まれそうな出っ張りがあり、それを上手くつたっていけば、二階の窓へと移動できそうではある。二階からなら、飛び降りることも、無理ではないかもしれない……が。

 兄上が、そんなことをするかな?

 という、疑問が残る。
 兄は尋常じゃなく酒を飲むものの、食にはあまり興味が無い様子で、身体も細く、特別身体を鍛えているわけでもなかったと思う。
 その兄が、危険な状況だからって、窓から逃げるだなんてするのだろうか。
 部屋の入り口を塞いでいたのが時間稼ぎで、そのうちにこの窓から逃げたと、ハインは考えたのだろう。
 外はもう随分と白んで、あとは日が昇るばかりといった様子。空が、青くなってきている。
 けれど、兄の逃げたと思える時間は、もっと薄暗かったのでは……?

「……ここが、父上のお部屋であったことにも……理由があるのか?」

 一子をこの部屋にするという習慣は、父上の更に前の代からあったことなのだろうか?
 そうであるならば、この部屋のどこかに、何か仕掛けがあるのかもしれない。
 例えば隣室や、階下に逃げることのできる仕掛け……そういったものが。

「少し、良いかな?」

 俺と共に部屋に残ってくれていた、偽装傭兵団の面々に声を掛けた。

「もしかしたら、この部屋のどこかに、何か仕掛け等があるのかもしれない。
 家具を動かしたのも、それを誤魔化すためであったのかも」

 そう言うと、皆も得心がいった様子。それぞれ手分けをして、部屋の中を確認していくことになった。
 俺はそのまま寝室を。
 転がっていた酒瓶を拾って、机の上に置いた。机には小さな行灯があり、ゆらりと、炎が瞬いている。
 そのまま寝台を迂回して、窓に歩み寄った。帳を上げて、明るくなった室内を見渡すと、まだまだそこかしこに酒瓶が転がっている。
 溢れた酒が床を濡らしているし、この強い、酒の匂い……兄上は相当酩酊状態なのではないだろうか。
 壁際に歩み寄って、触れてみた。
 基本は石造りの領主の館だけど、この部屋の内装は木や漆喰が使われている。
 壁紙を貼られているが、それのどこかに、不自然な切れ目などないだろうか。
 隣室側の壁から、丁寧にじっくり。手で触り、目で確認しつつ、横に移動していく。
 寝台のすぐ横手まで来て、少し悩んでから、上に上がった。
 寝台奥の壁が、怪しいかなと思ったのだ。押し開くならば、家具があったって問題無いわけだし。なんとなく服を積み上げて寝ている風を装ったのも、ここから逃げていることを誤魔化すためではないのかと、そう思った。

 ……………………勘ぐり過ぎかな?

 特に、これといった怪しいものは、ない。
 逆側から降りて、壁の端まで続きを見ていこうと、したのだけれど。

「っ⁉︎」

 左足に激痛が走った。
 何が起こっているのかが分からず、ただ痛みに喉が詰まる。
 視線を下ろすと、寝台の下から手が伸び、握り込まれた小刀が、俺の脹脛を刺していた。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?

サイコちゃん
恋愛
リジューレ伯爵家のリリウムは養女を理由に家を追い出されることになった。姉リリウムの婚約者は妹ロサへ譲り、家督もロサが継ぐらしい。 「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」 リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...