異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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作戦決行 3

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 真夜中、唐突に意識が覚醒した。

 何故自分が眠っていたのかが分からなかった。
 いつの間にやら部屋に運ばれていたらしく、服も夜着に着替えさせられていて、自分の記憶が飛んだ場所はどこだろうかと考えると、食後のお茶を飲んだ後だと気付く。
 食後……とは言うものの、やはり殆ど、食べれていなかったのだけど……でも水分は摂っておかなければと、お茶だけは全部、飲み干したのだ。
 ……何か盛られたかな……。流石にこれ以上寝ないのは、危険だと判断された可能性が高い……。
 身体を起こそうとしたのだけれど、妙に重く感じ、目眩にも襲われた。

 ……これは明らかに盛られたな……。

 まぁ、仕方がないとは思う。自力で眠れないのだから。
 だけど、一応眠ったおかげで、頭は少しスッキリしていた。ものを考える余裕がある。

 ふらりと起き上がって、羽織を纏い、部屋を出た。
 まだ完成したばかりのこの館は、木の香りを強く、感じる……。
 漆喰で塗られた壁は真っ白で、夜でもどこか、存在感を誇示ていて、合間合間に挟まれた木材の柱や梁が、浮き立ってみえた。
 空気が刺さりそうなほどに冷たい……夜着と羽織だけでは薄すぎたかなと思いつつ、戻る気は無かったので、足を進めた。
 そのまま壁伝いに廊下を進んで、玄関広間に向かうと、だんだんと何か、慌ただしい話し声が聞こえてきだす。
 何か、進展があったのか⁉︎
 慌てて急ぎ、階段を下った。執務室に飛び込むと、帰還を願っていた一人の顔が、そこにはあって……!

「ジェイド!」
「サヤはまだだ」

 喜びのあまり駆け寄った俺に、ピシャリとジェイドは言い捨てた。
 まだ……?    戻ってきてはいない……ジェイドが戻ったのに?

「今、呼びに行こうと思ってたところなんですよ。
 レイ様、気を確かに持って、聞いてくださいね。ジェスルが趣旨替えをしたそうです」

 マルが、いつになく真剣な表情で、俺に駆け寄ってきた。
 その場にはハインとシザーもおり、同じく神妙な表情で、俺を見ている。

「領主様の奪還を諦めて、始末する方向に転じたみたいでね。ちょっと狙われ方が過激になったそうなんです。
 これではっきりしました。ジェスルと異母様は、一枚岩ではない。
 まだ異母様には、領主様が姿をくらましたこと自体の、知らせすら行ってないようです。
 だから、領主様を始末することを選んだのはジェスルですね」

 父上を、始末……。
 生きたまま二年も監禁していたのに、今更?

「だいたい読めてきましたよ……。
 ジェスルとしては、金蔓のセイバーンを手放したくないんでしょうね。だけど異母様の意向で、領主様の殺害は見送られてきた……。
 本当はさっさとフェルナン様を領主に据えたいと思っていたのでしょうが、異母様方がその意思を示さなかったのでしょう」
「マル、今、異母様の事情はどうでも良いです。それより、何故ジェイドらが戻り、サヤらが残っているのかの部分でしょう?」

 鋭い声音でハインが指摘し、マルがそうでした……と、話を戻す。

「領主様の状態的に、長距離の移動をしつつ潜伏場所を確保するのは困難です。
 それで、近くの信頼できる方の所に、逃げ込むことにしたそうなんです。頭がまともな時に、領主様がそう提案されたそうで。
 けれどまぁ……そうすると、吠狼は同行できません。獣人が関わっていることは表沙汰にできないのでね。
 とはいえ、サヤくん一人で領主様を連れて行くなんて無理な話ですから、とりあえず足手纏いになる怪我人は帰らせる。という方向で纏まったそうでね。報告がてら、ジェイドは戻ったんですよ」
「怪我⁉︎」
「サヤは無事だっつーの……俺がちょっと、ドジ踏ンじまっただけだしよ」

 そう言われ、はじめてジェイドの腕が、だらんと下がったままであることに、気付いた。

「中衣、助かったぜ……片腕でも、狼に捕まってられたから、さっさと戻れた」

 汗の浮いた額……皮肉げに笑っているものの、表情に余裕は無い。

「傷は一応、抉っておいたし、極力血も絞って洗ったから、大丈夫だろ」
「駄目です。少量は回ってしまっているのでしょう?    なら、薬師か医師にちゃんと見てもらって、きちんと処置しなければ……」
「俺は耐性がある。こっちでどうとでもするから、気にすンな。
 俺は当分、役に立たねぇンだ……。こっちに手を割いてる暇があったら、さっさとあっちをどうにかしてくれ。でないと、気が休まらねぇ……」

 先程から、会話に違和感を感じていた。俺に気を使って、言葉を濁している……。
 足を進めて、ジェイドに歩み寄り、動かない腕に手をやると、随分、熱を持っていた……。

「ジェイド……上着を脱げ」
「だから俺は…………チッ……分かったよ」

 抵抗しようとしたものの、俺が本気で怒り顔だったからか、しぶしぶと言葉を聞くジェイド。
 上着脱ぐと、前腕に布が巻かれており、はみ出た部分すら赤黒く変色し、腫れている……。

「……これは放置なんて絶対駄目だ。メバックに。医者を叩き起こしてでも見てもらえ」
「大袈裟な……」

 布を外し、傷の具合を確認するも、思っていた以上に悪い……。傷を抉ったせいで、傷口がかなり、歪んでしまっていた。

「マル、ジェイドの処置は俺が引き受けておくから、状況整理と今後の行動指針、まとめておいてくれ」
「畏まりました。いってらっしゃい」

 そのままジェイドを館の調理場まで引っ張っていき、カバタから流れ続ける水で傷口を洗い直す。
 丁寧に中を探るのは、相当傷んだことだろう。しかし、ジェイドはそれに耐えた。
 冷たい水が俺の手の動きまで緩慢にしてくるが、時間を掛けてもきちんと処理しなければならない。
 少しでも中に異物を残してはいけないからだ。
 シザーとハインが燭台を持ち、傷口がちゃんと見えるように取り計らってくれたのだが、正直、きちんと処置された傷とは到底思えない状態で、眉をひそめる。
 それにこの色……赤黒い腫れが、おかしい……。

「毒を、塗られていたのか……」
「みたいだな。痺れがあるから、さして痛みは感じてねぇ。あと俺は耐性持ちだ。酷く見えるだろうが、見た目だけだ」

 ……そんなわけ、ないじゃないか……。

「他の、怪我人は?」
「あとの奴は毒物には触れてない」

 毒を使用していたのは全員ではないということか。
 ならそれは、父上が狙われ、ジェイドが庇ったということなのだろう。

「………………」

 すまない……と、心の中で詫びた。言えばきっと、ジェイドは怒るから……。
 命を落とさずにいてくれて、本当に、良かった。
 だけど、まだ分からない。毒物が身体に回ってしまう可能性だってあるのだ。
 傷付いてから、ここまで帰ってくるのにどれくらいの時間を有したのか分からないが、楽観視して良いものではないだろう。

 そして、ジェスルは……本気で父上を始末しにきているのだということが、嫌という程分かった……。

「ハイン、アーシュらを起こしてくれ。
 夜道の行軍も彼らは訓練済みだろうから、メバックに向かわせよう。馬車だと時間がかかる、馬で急がせる」
「畏まりました」

 ハインが走り、傭兵団のもとに向かったのだが、何故かユストだけを連れて戻ってきて……。

「おはようございまぁす。
 あの、実は俺、医官になる予定だったんで、ある程度のことなら面倒見れますよ」

 と、想像外のことを言うものだから驚いてしまった。

「うち、医師の家系なんですけどね、貴族嫌いなんですよ。
 だから俺、勘当されて後ろ盾も金銭的な支援も何も無しなもんで、資金不足。おかげで士官の試験受けれてなかったんですよねー」

 軽い感じでそんなこと言う。
 医官になる予定……って。それは、結構な家系の出と、いうことなのでは……。
 何やら軽く朗らかなユストとからは想像できない出自に、面食らってしまった。
 けれど、医官になりたい……ではなく、なる予定と本人が言うのだから、それなりに自信も実力あるということなのだろう。
 薬箱も持参してくれていたので、ジェイドの処置をお願いすることにした。応急処置だけでも、しておいてもらおうと思ったのだ。
 物凄い嫌そうな顔をしたジェイドを宥めすかして、傷を確認してもらう。
 当初にこやかだったユストだが、ジェイドの傷口を確認すると、途端に真剣な表情になった。

「あー……こりゃ、酷いことしたねぇ。
 ちょっと舌を出して。口内確認するよー。……うん、了解。
 レイシール様、この傷口、もうちょっと綺麗に切ってしまう方が、傷の化膿も防げるし安全ですよ。
 こんなに入り組んでちゃ、悪いモノが取り憑きやすいし……。
 いけないものが既に入っちゃってるけど、これはもう、取り出しようがないから、自力で耐えてもらうとして……。
 血は、まさか口で吸い出したりしてない?    傷抉って絞った?    おぉ、そりゃ良い判断だ。これ、経口摂取したら呼吸までヤバかったよ」

 ……思いの外しっかりと診断する……。

 薬箱の中から別の小箱を取り出し開くと、布張りされたその箱の中は小さな刃物が数本並んでいた。

「熱湯沸かしてもらえます?    煮沸消毒しときたいんで、鍋に水を張って、手拭いに乗せて、その上でこれを湯に晒したいんだ」

 要望通り、調理場に火が入れられた。
 まだ調理器具は揃えておらず、食事処から夕飯用の汁物を届けてもらった際の小鍋を利用することとなった。
 数分ほど茹でた刃物を手拭いの上に置いたまま取り出し、もう一枚、鍋につけてあった手拭いで、ユストは丹念に自身の両手を清めていく。更に、薬箱の中の小瓶から何か液状のものを少量取り出し、それを手に塗り込めた。

「あ、これ強い酒精です。手は熱湯で湯掻けないんでね」

 こんな時でも茶目っ気は忘れない。
 ツンとくる匂いは、確かに濃い、酒のような匂いだ。あまり吸うと酔ってしまいそうだな……。

 一通りの準備を済ませたら、それじゃ始めますと、宣言。
 そこからはあっという間だった。
 刃物を手にしたユストが、一切のためらいもなくサッとそれを滑らせ、ザラついていた傷口をすっぱりと切り直した。かなりの早業。肉片を取り除き、じわりと血の湧く傷口に油紙を当てた上、綿紗で覆うと、くるくる手早く包帯を巻いてしまう。
 切り取られたのは本当に最小限で、慣れた動きというか……相当、場数をこなしているように見受けられた。

「はい、いいよー。
 とりあえず明日の昼までこのままね。また傷の確認に来るから。
 レイシール様、これで終わりです。きっと熱が出ちゃうんですけど、それは傷のせいって言うより、中に入っちゃった毒素のせいだから、もう耐えてもらうしかないんですよね。
 まぁ、腫れとか口内の感じからして、あんまし取り込んではいないっぽいです。だから、重篤なことにはならないと思いますよ。
 今からメバックに行っても、特に処置すること無いんで、このまま休んでもらったら大丈夫です」

 そんな風に喋りつつも、テキパキと手を動かし、使った機材を洗って拭いて、薬箱の中に仕舞い込む。
 一通り片付いてから、俺の顔を覗き込むように身を乗り出してきた。

「……レイシール様も、酷い顔色してますね。
 この怪我といい……領主様の方、芳しくないんですか?」

 そう言われ……。

「……あぁ、すまない……。
 ちゃんと、生きておられるよ。ただ、お身体はだいぶん、ひどい状態であった様子で……」

 そこまで口を滑らせて、マルが彼らにどこまでを伝えるつもりか、考えることを忘れていたことに気付く。
 ……まぁ、彼らを起こしに行った時点で、もう全部話すしかない状況だよな。

「ジークなら、俺と一緒に起きて支度済ませてますよ。もう、こちらに来てるんじゃないかな?
 不測の事態なんて、あって当然なんですから、そんな顔しないでください。
 手数が必要なら、俺たちを使ってくれて良いんですよ?    俺たちは、貴方の配下なんだから。
 だからほら、皆と合流して、話を聞かせていただけたら、嬉しいなぁって」

 俺に気を使って、ユストがそんな風に言う。
 そう、だな……。もう、隠して行動できる状況は、終わってしまっている……。

「執務室へ、行こうか」
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