上 下
379 / 1,121

地位と責任 11

しおりを挟む
「ユミルぅ、お願いこっち手伝っとくれ!」

 食事処入るなり、エレノラのそんな声が飛んできた。

「え?    はい!」
「ごめんねぇ、洗い物に手が回らないんだよ。
 半時間くらいで目処が立つと思うから」
「いえ、全然大丈夫です。入ります!」

 小走りにユミルが調理場に向かい、俺たちは店の端を陣取っていたマルに手招きされ、そちらに向かう。
 食事処は見事に職人でごった返しており、机二つを占拠している自分たちが彼らの邪魔をしていそうで、申し訳ないほどだ。

「如何でしたか?」
「カバタすげー面白かった!」
「それはそれは、楽しめたようでなによりですねぇ」

 とてもご機嫌のカミルにマルもにっこりと微笑む。
 そしてマルの隣にウーヴェもいた。俺たちが村を見学している間に、メバックより到着した様子だ。

「食事処の二階をひと部屋借り受けております。食事が終わったら、まずはそちらに。
 湯屋の準備は、その後にお願いします」

 ウーヴェに今後の予定を聞いていたら、エレノラが早足でやって来て、俺たちの前に賄いを並べていく。

「レイ様、ひと段落したらガウリィを二階にやるから、食事処の使用感はそこで伝えるよ」
「分かった。悪いな、忙しい時に」
「いいのよ。ユミル手伝ってくれるみたいだから」
「俺も食ったら手伝う!」
「あらぁ、カミル、男前ねぇ。じゃあ頼むよ」

 とりあえず早く食べてしまおう。席を空けないと、外で食事待ちをする職人も出てきそうだ。

 皆で急ぎ食事を済ませる。
 味は申し分なく、量がやや多いと感じるのは、肉体労働者向けであるからだろう。
 と、そこで複数の女性が食事処に入ってきて、あっけにとられてしまった。

「エレノラ~、少なめ三人前~」
「汁物は多め~。ずっと水使ってるのはやっぱ冷えるわぁ」
「ねー。やっぱり洗いと干し、交代制が良くない?」
「洗いが追っつかないじゃん」

 男物のような細袴を履いた女性三人組だ。
 十代から二十代かと思われる……はすっぱな口調で仕草もどこか荒々しい……。
 今まで現場に女性がいるのを見たことがなく、唖然としていたのだが、俺の視線に気付いたらしい一人が、ギョッとし、慌てて他の二人の肩を叩く。

「あっ、忘れてたっ」
「ちょっと、男なの?   あたしらよりよっぽど……うそぉ」
「ほ、ほほほ、ちょっとあんたたち、首飛ぶよっ。し、失礼しましたあ!」

 そそくさと店の端に移動して、そこからはコソコソとこちらを伺いつつ何かを話している。
 そんな様子を伺いながら席を立ち、二階に借りた部屋へと移動することとなった。

「ウーヴェ?    なんで女性がいる?」
「彼女らは、ここの雑務を担当してくれています。    洗濯や、道具の整備と管理などです。
 日中に雑務をこなしておいてもらえると、職人の仕事が捗るので」
「あぁ……そうか」

 メバックより通いで来ている女性らであるらしい。
 日中に住み込みとなっている職人の、洗濯や部屋の掃除。そして使用した道具の洗浄などをしてくれるという。
 それのおかげで、職人は仕事に専念できて効率が良いらしい。
 大きな現場ではよく雇われるものなのだそうだ。

「雪が積もるまでに、進めておきたい仕事が多いので、効率優先してるんですよぅ。
 あとふた月程しかありませんしねぇ」

 食事処の二階は、セイバーン同様生活空間となっている。
 そのうちの一部屋を借りて、俺たちは状況報告等を行うこととなった。
 あ、カミルはもう調理場の手伝いに行っている。ユミル同様、皿洗い担当らしい。
 シザーはいつも通り寡黙に小さくなっているのだが、ジェイドが全く喋らないのは、単に興味のある話題がないだけなのだろう。

「女性の雇用、もう少し人数を増やした方が良いでしょうか……なにやら話していましたね」
「人数より効率ですねぇ。
 所属職人増えてきましたし、手が付けられる品があれば試作して頂いてますから、それを試験導入してみますか。
 レイ様、紙袋の交渉、通りましたよ。
 書類用としては不良扱いとなった紙を優先し、こちらに回していただけるように取り計らいました。
 あと、秘匿権即時公開というものに対しての謝辞をいただいてますよ。紙製品の発展に大きく期待を寄せている。何かあれば協力を惜しまないので述べてくれとのことです。
 それから、十の月が終わる頃には、借家が数軒完成する予定です。
 そろそろ夜間の冷え込みもありますしねぇ、湯浴みでは寒い時期になってきましたし、ユミル一家には早々に家移り願いたいんですけど、良いでしょうか?
 それと、さっきの女性らですけど、彼女らも通いはきついから現場に移りたいとのことですよ。
 仮小屋に女性を放り込むのはどうかと思うので、こちらも借家一軒を女性用に開けようかと。
 でもそうなると治安の問題があります。
 早々に警備担当者の手配を進める必要がありますね。
 あ、そうそう。エルランドさんから連絡がありましたよ。玄武石の搬送第一弾だそうです。例の傭兵団については何も述べられていないので、まだ接触していない様子ですね」

 報告をずらずらと並べられる。
 俺が西へ行っている間に、随分と色々進んでいる様子だ。
 所属職人の中で、作業ができる者には、既に所持秘匿権の中から試作に取り掛からせているらしい。

「ですが、今年中の干し野菜、導入は難しそうですね……。
 いえ、試作に関しては腐る様子もなく、順調に品質を保っていますけど、民間に広めるとなるとそうもいきません。
 やはり今年は、ロジェ村に試験導入……くらいが限界ですかね。
 エルランドさんがいらっしゃることですし、そちらに品を渡してみますか。
 冬までにもう少し試作を増やして、冬の間に利用して頂くのが良いかと思いますよ」
「やはりそれが限界かな……。半端な知識のままを提供して、大きな問題が起こると今後に関わるしな……。
 だが、数はこなしておきたい……俺たちが日常業務の合間に作っていたのでは、数が圧倒的に足りないだろう?」

 むぅ……と、唸っていると。
 それまで黙っていたジェイドが口を開く。

「冬までの期間、臨時雇いってことなら、吠狼の女を貸してやってもいいぜ……。
 その代わり、その干し野菜っていう保存食、俺らの分も確保させてもらうのが条件だ。
 当然、作り方も覚えちまうンだろうし、今後も利用するだろうが、それで良いンだよな?」

 それは願ってもない申し出だ。
 使用感の報告をしてもらえるなら、尚良いということで、是非お願いしたいということになった。

「問題は、その干し野菜を製作する場所だよな……。
 長期間滞在できて、謎の行動が怪しまれない場所……となると…………」

 なかなかに難しい。そう思ったのだが、ジェイドには心当たりがある様子。

「ンなん、あンだろうが。目立たなきゃ良いンだろ?
 ならよ、あの山城。あそこを使えば良いだろ。俺らなら移動に道なンざ関係ねぇし、一日ありゃ行ける場所だ。
 あの傭兵もどきの連中は隠れ下手だったが、俺らはそんなヘマしねぇよ」

 あそこなら調理場もあり、生活に支障もない。火を利用すれば煙等、存在を示してしまう可能性があるぞと指摘すると、誤魔化し方なんかいくらでもあると言われた。
 そんなのも含めて得意分野らしい……。

「なら、吠狼の女性を数人借り受けて、まずそちらに指導しましょう。
 その上で更に、他の吠狼の面々に伝えていただく形はどうでしょう。ロジェ村の人数が分かりませんが、隠れ里ですし、千人単位ってことは無いでしょうし、それでなんとか……。
 ただ、竹炭だけは、相当量の煙が長時間立ち昇ることになりますから、誤魔化すのも難しいかと。
 あれはこちらで用意するようにしましょうか……」

 サヤがそのように進言してくれた。

 山城からロジェ村までは、やはり彼らにとっては一日程度の距離であるらしい。
 我々であれば、セイバーン村から馬車で五日ほどかかる計算になる……。西の道が通っても、三日ほどか。それを考えると、品を届けるにしても、彼らが山城で作業してくれるのは効率が良い。
 ギリギリまで保存食製作をして、村に届けることを考えて、そこでお願いすることにした。

「早急に確保できる人数はどれくらいだろう」
「まず教え込む人数なら、五人ってとこか。明後日には到着できる。その後は、元から山城に向かわせた方が良いと思うぜ。
 それならまあ、三十人くらいは確保できンじゃねぇか」

 報酬は、保存食を現物支給と決まった。硝子瓶等の保存容器と大きめの竹笊も高くつくので、それも含めてだ。
 サヤの指示する大きさと形を、各々街を巡っている間に一つ二つ程度、買い集めてもらう指示を添えて、山城に集合してもらうこととなった。料金は後で請求してもらうことにする。

「では本日戻りましたら、バート商会より乾燥剤製作用の器材を受け取り、採寸した竹、硝子瓶と共にセイバーン村へ送ります。
 明日中に到着できると思います。それと、製紙組合からの紙を確保できるだけ加えておきます。
 こちらは、拠点村に立ち寄り、倉庫に保管しておくということで」
「あっ、数十枚程度で良いので、荷物に残しておいてもらえると嬉しいです……。
 紙袋が作れるなら、竹炭を入れておく袋に紙袋を使えます。その方が、炭が溢れないと思うので」

 そんな風に保存食製作の計画を大体まとめられた頃、ガウリィが上がってきた。休憩であるらしい。
 盆に賄いを一食乗せてやって来たのだが。

「ありゃ駄目だ」

 開口一番がそれだった。

「駄目……とは?    店の構造はほぼ注文通りにしてあると思うんですけどねぇ」
「店のつくりは問題無い。
 思いつく限り、最良だと思うぜ。けどよ……カバタが合わねぇんだよ。
 そりゃ便利だぜ。水汲み不要ってのは、俺らの仕事にゃこの上もない救世主だがよ……水があんなチョロチョロとしか出てこねぇんじゃ、鍋に溜めるだけでかなり時間が掛かんだよ。
 おかげで色んな作業が後ろに押しちまう……。今からでも井戸をどこかに設置できねぇもんか、ちょっと検討してくれよ」

 そう言って大きく溜息を吐く。

「……管を太いものに変更すれば、水量はもう少し確保できそうですけど……そうするとその水量が常に流れますし、それはそれで不便ですよね……。
 うーん……やっぱり水道じゃないと色々、勝手が違う……」

 ガウリィの訴えに、サヤがそんな風に呟いた。スイドウ……って、なんだろうな……。
 って、今はそんなことより!
 想定外のことに、俺たちも少々慌てる。まさか水量が足りないという訴えが来るとは……。それは想定していなかった。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

愛なんてどこにもないと知っている

紫楼
恋愛
 私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。  相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。  白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。  結局は追い出されて、家に帰された。  両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。  一年もしないうちに再婚を命じられた。  彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。  私は何も期待できないことを知っている。  彼は私を愛さない。 主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。  作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。  誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。 他サイトにも載せています。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...