異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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地位と責任 10

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「今日下見してもらう建物は、二軒あるんだよ。
 一つは、主筋通り沿いの店舗長屋。もう一つは戸建ての民家」
「……え?    店舗ですか?」
「うん。当面は食事処へ勤めてもらうけどね、それは選択肢の一つだと思って」

 そう前置いて、まず主筋通りに案内する。
 一番大きなのは主筋通りなのだが、その両側にもそれなりの広さの道が続いている。この村に入ってすぐの部分は、店舗が連なる場となるのだ。
 それぞれの通りの両側に、連なった店舗兼、民家が並んでいるのだが、横道を区切りに、数軒ずつ連なった賃貸長屋は裏側が繋がっており、作業場や調理場をある程度共同で利用する形に整えてある。共同利用することで、費用削減や協力体制を促すことを狙いにしているのだ。
 上部から見ると、水路が中心を貫いているものの、口の形がいくつも並んでいるように見えることだろう。
 それぞれの店舗にも作業場や調理場はあるが、こちらは簡単な作りのものとなっている。

「二人にはね、将来のことを念頭に、生活中も学んで欲しいんだ」

 一応形を成していた一階店舗部分に目を白黒させているユミル。そしてカミルは何が楽しいのか、中を駆け回っていたのだが、俺がそう声を掛けると、不思議そうに首を傾げた。

「将来……のこと?」
「そう。ちょっと難しいことだから、ちゃんと聞いて。
 ユミルとカミルは農家に生まれた。畑を耕していくことが初めから決まっていた。そしてその道を進んできたよな。
 だけど、氾濫対策で、畑を手放さざるを得なかった。畑の料金は、借金の返済に充てるしかなかった。色々、選択肢のない中を、それしかなかった生き方を、続けてきた」

 俺の言葉に、ユミルは神妙な顔になるが、カミルはよくわからないといった風に、首を傾げる。
 ユミルは家族を支えなければいけなかったものな……ずっと真剣に、このことを考えていたと思う。

「それで結局ユミルは、料理人になるしかなかったわけだけど……」
「わっ、私!    後悔なんてしていません!    今すごく、楽しい。美味しいって食べてもらえることが、幸せだって思えます!
 明日の不安無しに生きていける……それは全部、レイ様がくださったんです。
 まだ全然、腕前だってたいしたことない私を、ちゃんと料理人として扱ってくれるガウリィさんたちにだって、感謝こそすれ……」

 必死にそう言葉を連ねるユミルの頭にぽんと手を置く。
 愛おしいなという気持ちがこみ上げてきて、そのままぎゅっと、引き寄せて抱きしめた。

「ありがとうユミル。
 そう言ってくれるのは嬉しいよ。だけどな……ただ与えられた道を進むだけでは、駄目なんだ。
 それでは……それでは、俺がいなくなった時、ユミルの道の先は、俺と一緒に途絶えてしまうだろう?
 ユミルは、ユミルで立って、歩かないといけないんだよ」
「私で、立って?」

 そう言ったユミルが、俺を見上げる。
 その頭にもう一度手をやって、俺は言い聞かせるように言葉を続けた。

「そう。自分の将来を考えて、未来を思い描いて、そのための道を選ぶんだよ。
 今回、カミルのことを考えて、ここに移りたいと願ったね?    それもそのうちの一つ。
 だけど、まだ駄目だ。もっとしっかり考えないとな。
 例えばさ、ユミルの将来は、食事処の手伝いをして終わって良いのか?    ユミルは、いつかユミルの店を持ちたいと考えたりは、していないのかな?
 カミルはどうだろう。小作人という、与えられた未来を拒んだなら、では次は何を目指す?
 やりたいことはなんだろう。
 なりたいものはなんだろう。
 そのために、どんなことを学ばなければいけないだろう。
 まだ何も決められないのだとしても、将来決めるために、その準備をしていかなきゃいけない。
 人生っていうのはさ、そういうのの積み重ねなんだよ」

 俺の言葉が難しいのだろう。カミルがもう集中力が途切れたような顔をしている。それに笑って、彼も抱き寄せた。
 二人を腕の中におさめて、言葉を贈る。

「カミル……ここに移り住むならな、まず学校……幼年院に行くんだ。
 無論、湯屋の手伝いも必要だよ。だけど、カミルの全部をそれにつぎ込んでは駄目だ。
 学校に行って、文字や計算を習う。
 それから、いろんな仕事を見せてもらって、自分が将来どんな職人になりたいかを考えるんだ。
 学校のお金は、湯屋の管理と、ユミルの稼ぎで充分賄えると思うから、安心して学びなさい」

 一瞬顔を曇らせた二人だったけど、そう言うとホッとした表情になる。
 きっと学校にかかる料金なんて思いつかないのだと思う。けれど、それでやっていけるように学費は抑える方向でマルと調節している。
 初めの十数年は赤字であるだろうけど、それでも職人を育てることに意義があるという結論に至っていた。

「ユミルは、まずは食事処の手伝いをすることになるだろうけど、その先を必ず考えなきゃ駄目だ。
 一人前と認めてもらえるようになったら、どうしたいか。
 ダニルみたいに、店を任させる場合もあるかもしれない。もしくは、自分の作りたいものを作って売る、新しい店を持つことを選ぶかもしれないな。
 この長屋店舗は、そのための練習をする場所として作ってあるから、時が来たら、ここを借りて自分の店を始めても良いんだよ。
 だから今日はここの下見をしてもらおうと思ったんだ。見ていた方が、想像しやすいだろう?」
「ただ毎日を漠然と過ごすより、目標を用意して、それに向かうことを意識している方が、より成長できるんです。
 例えばユミルさんは、甘いものが好きでしょう?甘いものだけを扱う、甘味屋を作ろうと思ったら、何を学べば良いかな。
 食べ歩きができる軽食を扱う店を作ろうと思ったら、何を学ぶべきかな。
 そんな風にね、考えながら学ぶと、自分のやるべきことが見えてくるんです」

 サヤの言葉を、真剣な顔で聞き、噛みしめるユミル。
 今まで与えられたことのなかった、未来の選択肢。
 せっかく得たそれを、無為にしてほしくなかった。自分のために、考えて選んで欲しい。
 自分の幸せを、自分で掴めるのだと、理解してほしかった。

「はい。ここの見学は以上だ。
 まだ見てない場所があったら今のうちに見ておいてくれよ。次は借家の方に行くからな」
「カバタ⁉︎」
「そう、カバタを見に行くぞ」
「やったー!」

 やっぱりカミルには難しすぎたかなぁ……。
 将来の話なんてそっちのけで、カバタが見れることに盛り上がっているカミルに苦笑しつつ、店舗長屋を後にする。
 サヤと料理の話をするユミル。俺の手を引っ張って早く行こうと急かすカミル。そんな俺たちを、ハインはただ黙って見ていた。





「すげえええぇぇ!    勝手に出てる⁉︎    なんで?    なんで水が勝手に出てんの⁉︎」
「土の中の水が水圧で押し出されているんです」
「全然意味分かんねー!」

 何がおかしいのか大笑いを始めてしまったカミルの声が、大きい。
 作業をしている大工が苦笑しつつ、横を通り過ぎて行くのを、煩くしてすまないなと謝っておく。

「いや、分かりますよ。
 僕らだって水が出た時は……同じような感じだった……」
「ああ、正直おんなじ反応してたわ」

 そんな風に笑って、作業に戻る大工たち。
 調理場となるここのカバタは、正しく機能していた。鉄管からちょろちょろと水を吐き出し続けているのだが、それはそのまま、水路に流れ落ちている。

「ここに住むことになったら、この水が出ている場所に水受けを置く。その受けた水を調理に使うんだ。
 水受けから溢れた水は、勝手に隣の水路に落ちていく。食器などは、この落ちた水で洗うんだよ。
 あぁ、でも油を大量に流したり、汚すぎる汚れを流したりしては駄目だぞ。この水路では魚を養殖する予定だから」
「魚⁉︎」
「そう。魚を水路で育てるんだ。その魚が、食べ物のクズを食べて大きくなったら、冬場の食料になるんだよ」
「ま、マジか⁉︎    カバタすげえええぇぇ!」

 冬場の食料事情はどこも切迫している。
 冬の前に牛や豚を始末して大量の肉を、燻製や塩漬けにして残すのだが、正直それはどうしたって腐る。そんな状況でも食べるのは、他に食べるものが無いからだ。
 肉の腐敗は周りから進むので、外側をこそげ落として中を食べるが、それでも食あたりなんて当たり前だ。家畜に越冬させる経済力の無い家庭は、この方法で冬を越すしかない。
 川魚だって、必ず釣れるわけでもないし、寒風の中で釣りなんて正直かなり厳しい。体調を崩すのがオチで、収穫なく帰るなんて当たり前。
 けれど、水路で養殖した魚は、餌場となるカバタに戻ってくるだろう。だから家の中にいて魚が確保できるというこの仕組みは、とんでもないのだ。

「地下水脈の水は一年を通して温度も一定です。
 夏は涼しく、冬は暖かいですよ。例えば夏場なら、袋に入れた果物を放り込んでおけば、ある程度冷やせます」
「凄い……こんなところに住めるんですか?」
「三人用の借家なら、小さいものを選べるからな、月々はさして高くないよ。
 あと、この借家にも、長屋がある。カバタを数件で共同利用したりするんだけど、それで良いならもっと安くなる。
 これの場合は水汲みが発生するけど、食器を洗ったりはカバタに運んできてすれば良いから、そんなに大量には必要ない。担いで運べる水瓶一つくらいで充分だ」

 長屋はまだ建築が始まっていなかったのだが、水路の延長であるカバタは既に完成していたため、食事処に帰る道すがら、前を通ってみた。
 水路べりには階段が設置され、水面に沿って広く足場が設けてある。数人が一度に利用できる感じだ。今は野ざらし状態だけど、雨の日にも使えるよう、ちゃんと屋根や、荷物を置く棚が作られる予定だ。

「夢の園みたい……」

 ポツリとユミルがそう呟くのが聞こえた。
 先を見通せない不安からではなく、大きな期待……。明るい未来を想像しての言葉なのだということを、彼女の紅潮した頬は物語っていて……。

 その姿が胸に刺さった。

 ユミルのその先を、俺は、見れないかもしれないのだ……。

 終わりにしたくない……。
 もっと先を、俺も、目にできたら…………。

 ユミルやカミルが、ちゃんと大きくなって、幸せな家庭を築く姿を、自分の目で見れたら、どんなに良いだろう。
 この拠点村が、大きく発展する姿を見たい……。獣人も人も関係なく、顔を晒して歩き回れる。そんな村を。
 交易路が活用される姿を……誰かに委ねるのではなく、俺自身で、成し遂げたい。
 サヤのもたらしてくれた沢山のものが、皆の生活を豊かにしていく様を見たい。
 サヤの…………。
 サヤの、五年先、十年先を…………、彼女と一緒に、その時間を歩んで行きたかった…………。

 急に大きな感情の波が、ぶわりと膨らんで、胸を圧迫した。
 今まで沢山のものが、俺の手から零れ落ちていった。
 そして今度は俺が、この世界から零れ落ちていく番かもしれない……。
 そんな風に思ったら、遣る瀬無い気持ちがこみ上げてきたのだ。

 まだ、沢山ある。
 やりたいこと、やるべきこと、俺が果たさなきゃいけない役割が。
 なのになんで俺は、それを捨てなきゃならない……。
 理不尽じゃないか……ずっと学舎にいた俺は、ここのことなんて欠片だって知らされなかったのだ。
 なのに、その責任を、担わなきゃならないなんて……そんなの、理不尽以外の、なんだっていうんだ!

 ……だけどそれは、俺がずっと逃げていたから……。
 立ち向かっていれば、こうなる前に、何かできていたかもしれないのに…………。

 その言葉が、溢れそうになっていた感情に、枷を繋いだ。
 俺が選んできた道なのだ。
 たとえ生まれ落ちた場所が、望まぬ場所であったとしても。それは誰しもそうで、受け入れるしかないことだ。
 その中で俺は、こう生きることを選んできたのだ。
 だから……これも責任の、果たし方だ。
 今まで責任らしい責任を取らずに来た。
 父上と母を……生まれた場所を、視界からすら遠去けて。
 のうのうと、幸せを享受していた。十年間もだ。

 だから、せめて最後かもしれないこの時くらい……父上の子として恥ずかしくないように振舞わなければ……。

「そろそろ、食事処に向かおうか」

 穏やかな声音になるよう意識して、表情を和らげた。

「賄いを食べたら、湯屋の準備を始めるぞ。
 今日は試しに、湯を張って使ってもらうから、頑張れよカミル」
「任せとけ!」

 元気にそう答えるカミルの頭をぐしゃりと撫でた。
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