異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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新たな戦い 10

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 硝子工房はこの辺りでは珍しく、ガラス窓で室内が明るい店だ。
 サヤを伴って中に入ると、何故か彼女が急に動きを止める。

「……わぁ……」

 感嘆の声とともに、店の一角に足を向け、そこにあった小瓶をじっと見つめ、動かなくなってしまった。
 何があったのだろうか?    と、気になって上から覗き込むと、そこに陳列されていたのは香水瓶で、色とりどりな、美しい硝子の芸術品だった。
 サヤの視線の先を辿ると、その中でも案外質素な、色硝子を使っていない作品だ。
 少し欠けた月のような、底だけ潰された丸い瓶。だが蓋は、一輪の花を立体的に模してある。

「椿?……綺麗……」

 どうやらその花がお気に召した様子だ。
 ツバキって……ツバキアブラのツバキだろうか。

「いらっしゃいませ、贈答品ですか?」

 急に聞こえた低い声に、飛び上がる。
 人なんていないと思っていたのに、案外近くから声がしたのだ。
 慌てて視線をやると、陳列棚の向こう側が、作業台であったらしい……。

「あぁ……いえ……。サヤ、どういった形が必要なんだ?」
「あっ、申し訳ありません!    えっと、調理場で使用する貯蔵用の大瓶を……」

 我にかえったサヤが、慌てて必要な瓶の形状を探し、視線を彷徨わせる。そして目当ての物は反対方向にあったらしく、売り子を伴ってそちらの方に行ってしまった。
 その後に続こうと足を向け、もう一度だけ、サヤの見ていた瓶を見る。
 ……華美でない、質素な意匠だ。蓋の花だって、そんなに凝った形じゃない。なのに、周りにある、青や薄桃色などの、美しい色瓶には見向きもしなかった。そこがまた、彼女らしい。
 二人の方に追いつくと、片手で持てるギリギリの大きさといった蓋つきの瓶を選び終えていた。同じくらいの大きさのものを三つ。

「完成しましたら、届けてもらえますか?    今日はこの三つだけ。これも届けて頂きたいのですが……」

 違った。六つ欲しかったけれど、なかったから、あるぶんを三つだけ貰うようだ。
 支払いを済ませ、店を出る。

「これで一通りか?」
「そうですね。あとは乾燥させる野菜を調達して戻りましょうか」
「分かった」

 帰り道にある店に寄り、赤茄子トマト甘唐辛子ピーマン胡瓜きゅうりをそれぞれ結構な分量購入し、買い物籠を持ってきていなかったことに今更気付いた。
 届けますよと言ってくれた店の主人にお礼を言って、二人で帰路につく。
 目のやり場に困る広場を無言で通り過ぎ、やっと人心地ついたと溜息を零したら、サヤも全く同じに息を吐いていて、二人して笑った。

「ずいぶんと買い物しましたね」
「そうだな、二人でこれだけ歩き回ったのは、初めてだな……」
「夜市の時も……結構すぐに、戻ってしまいましたしね」
 そこでまた、沈黙してしまう。
 無言で足を進めていると、先ほどの材木屋が見えてきた。
 それを横目で見つつ、前を通り過ぎた時だ。

「竹炭は、作りやすいって、母が」

 母……。

 サヤの口から出た単語に。つい足を止めてしまった。
 俺の、母という存在に対する印象は……あまり、良いものではない。
 その言葉に連想させられるのは、苦くて苦しいことばかり……。だから俺は、とっさの時、その言葉にビクついてしまう。

 俺の記憶の中で、唯一正しい母親だったのは、ギルの母、アリスさんのみ。
 そしてサヤの母親も、病弱だった幼い彼女を置いて……遠く離れて生活することを、選んだ女性だ……。
 サヤから母親について聞いたのは、ほんの一度きり……医療に携わる仕事であったということだけ……。
 あの時は、疑いを晴らすために、無理やり、家族のことを語らせてしまった……。
 だから……。
 気になった。
 けれど、聞けなかった。
 サヤの言動から、両親を恨む様子は見受けられなかったけれど……俺にはそれを聞く資格など無いのではないかと、とっさに思ってしまったのだ。

 俺はサヤに、その両親を捨てさせた。
 世界ごと、捨てる覚悟をさせた。彼女は、ちゃんと両親に愛されていると自覚していて、そして彼女自身も、両親を愛しているのに……。

 振り返ったサヤに、うまく笑顔が作れなかった。
 中途半端に歪めただけの唇を、次にどう動かせば良いか、見当もつかない……。
 そんな俺の様子を、どう思ったのかサヤは、しばらく見つめてから、口を開いた。

「……私の母は、助産師という仕事をしていました。この世界ではなんと呼ぶのでしょうか……出産を手助けするお仕事なんです」

 その表情は思いの外落ち着いており、伸ばされた手が、俺の手を取る。
 温かい……。

「私の両親が暮らすのは、主に発展途上国と呼ばれる国です」

 そのまま手を引かれて、俺たちはまた歩き出した。

「私の両親が出会ったきっかけは……大きな災害でした。
 二人とも、仕事を始めてまだ間もない頃であったそうです。
 とても大きな地震で、建物が崩れたり、潰れたり……早朝だったという時間も災いして、火災まで広がって……。
 倒壊した建物で道は塞がれ、知っているはずの街並みは、別世界と化し、逃げ場もないような状態で、火の海に取り残されて、更に余震が繰り返される……悪夢のようだったって……話してくれました。
 六千人以上の方が、犠牲になったそうです。
 母は、被災した身であり、救う側でもありました。医療関係者でしたから。
 そして父は、救われる側。母の勤めていた、避難先の病院で、出会ったそうです」

 淡々と語られる、彼女の父と母の話。
 六千人もの人が亡くなったといわれる災害は、サヤの国においては、さほど珍しいものではないという。

「地震大国と言われてます。
 私が生まれてからも、大きな地震は各地で起こってますし、私の住んでいた地域も、百年のうちに、母の遭遇した大震災より、更に規模の大きなものが起こると言われています」

 二千年以上の歴史を、彼女の祖先はその地で生き、命を繋いできた。

「まあそんな大きな災害ですから、うちの両親も、死を間近に感じたそうです。
 それと同時に……生きるということの責任と、意味を、深く考えるようになった。
 本当にしたいこと、やるべきと思うことをやらずに、死を迎えられるのかって」

 なぜ今、この話を?    俺に、気を使った?
 不安になって足を進めた。横に並んで、サヤの顔をそっと覗き見ると、表情を消したサヤが、まっすぐに前を見つめていた。

「それからほどなくして二人は結婚して……数年のちに、私を授かって……難産で、また死を覚悟して……。
 助産師ですから、自分の出産のリスク……危険性は、嫌という程、分かっていたのだと思います。
 それでも、生き残れたなら、残りの命は……私の生きる世界に還元しようって、世界を整えることに使おうって、二人で話し合って、決めていたって」
「世界を……整える?」

 そう問うと、こくりと頷いた。

「母は仕事を辞めました。父は母のやることを支えるために、海外に職場を移すと同時に、農業について学び直しました。
 それで、発展途上国での生活支援を生涯の仕事に、選んだんです。
 貧しく、生活に追われるだけの人生を、少しずつ、改善していくお手伝いをするんです。
 効率的な食べ物の作り方、安全な食べ方、手間のかかる作業の簡素化、正しい知識を教えたり、出産の手伝いも……やることは、多岐に渡ります。
 私の国は、なんでも手に入ると錯覚をしてしまうくらい、豊かですけど……世界は当然、そうじゃない、貧しい国も沢山ありましたから」
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