上 下
297 / 1,121

信頼 6

しおりを挟む

「……つまり、獣人の絡むことなんだな。
 彼らをどうしたいんだ」
「簡単な話です。彼らを人だと証明したい。我々が皆、人と獣人の混血であることを、世間に認めさせたいんですよ」

 さらりと告げられたことに、ああ、やはりか。と、思うと同時に、重くのしかかる重圧を感じた。
 白化の病を知った時、俺の中でもその結論は、出ていた。
 そしてなんとなく、マルが何を成そうとしているのかも、漠然と感じていた。

 サヤを純血と表現したり、遺伝という、人の設計図の話に食いついていたり、王家の系譜を見据えていたのも、何かしら意味がある行動なのだろうと思っていた。
 彼が、我を忘れるくらい一生懸命になる時は、いつも、彼らが絡んでいた。
 だから……言われたことに対しては、別段反対も何もない。
 むしろ俺だって、それには賛成だった。
 ハインも、ガウリィも、胡桃さんも人なのだと証明したい。幸せを諦めたり、死にたくなるほど自分を否定したりしてほしくない。幸せになってほしい……。だが……、それを証明するとなると、大きな問題に直面する。

「つまり……神殿を敵に、回すのか」
「そうなります。
 民心を得るためには、敵を作ることが一番手っ取り早いんです。獣人は、そのための贄にされているんですよ。
 悪魔だの、大災厄だの、全部とは言いませんが、結構な部分がでっち上げです。
 まあ、人と獣人が争った結果滅びかけたっていうのは事実で、お互い、もう二進も三進もいかなくなって、種を越えてまぐわうことで生き残ったのが、我々だってだけの話でね」

 さらりと軽く告げられる内容が、身に染み込む度に重くなる。
 神殿を敵に回すということは、一歩間違えば異端とみなされ、排除されるということだった。
 この世界では、無神の民は忌避される存在だ。
 世の中の大半は、神に縋って生きている……。

「サヤくんの話を聞いてね、色々合点がいったんですよ。
 たぶん、獣人の遺伝子は、劣性遺伝子だったんでしょう。まぐわった結果、一旦血に隠れてしまった。
 あの話で色々と疑問や問題が解決しました。
 大抵のことに理由が付きましたよ。
 だから確信を持って言い切ります。我々は、人と獣人の混血種ですよ。全員がね。
 純血の人、純血の獣人は、きっともう、存在しない。
 それこそ、サヤくんの設定よろしく、島に隔離されて世界と隔絶でもしてない限り、ね」
「……それを証明しようと思う、理由を、教えてもらえるか」

 マルは、今までずっと、一人でそれに、挑んできたのか……。
 奇人だ、変人だと言われながら、食べることも邪魔に思えるほどに没頭して、彼が全身全霊をかけているものが何なのか、知りたかった。
 そう思ったから、単刀直入に聞いてみたのだけれど、マルはガリガリに痩せ細った腕に視線を落とし、まるで懺悔するかのように、言葉を口にした。

「…………僕ね、人を一人、殺したんですよ。世間的に。
 暗黙の了解だったんです。だから知ってました。彼らが獣人であることは。
 なのにね……その特徴を、僕を救うために、晒しちゃった人が、吊るし上げられて、追われたんです。
 耳や尻尾が付いてたのは、初めから分かっていたのに、知らなかったことにして、石を投げて追いやったんですよ。
 その所業を受け入れて、その人一人を獣にして、難を逃れたその一族全体にも腹が立ちましたけどね、その一族がいなけりゃ、冬も越せない自分たちを分かってて、そんな中にいて、何の役にも立たない穀潰しを助けたせいで、その人が、人をやめなきゃいけなかったことが、僕は許せなかったんです。
 それを招いた役立たずの自分が、最悪でした」

 ……………………胡桃さんだ。

 それはもう直ぐに分かった。
 そんな風に特徴が露わな人は、そうそういない。
 マルは……胡桃さんの名誉を守るために、彼女を救い上げるために、ずっと戦っているんだ……。
 それこそ、世界を敵に回して……。 

「レイ様と同学年になるまで学舎に残ったのも、計算尽くですよ。貴方と僕に、縁を繋ぐためでした。
 貴方は人が良いし、勝算は高いと思ってましたよ。案の定でした。
 貴方が、僕が生きて、知ってきた中では、一番僕の目的に近かったんです。
 ハインを獣人だって、知りもしないで、接していた。感情の暴走をものともしないで、手放さない。
 びっくりするくらい上手く、彼を手懐けた。
 この子供はなんなんだろうってはじめ感心したんです。
 そうしたら、関わりたくないと思っていた、ジェスルの魔女に縛られていた子供でしょう?
 笑っちゃいますよね……一番近づきたくない場所に、求めるものがあったんですよ。
 そしたらどうです、その子供……男爵家の、妾腹の、嫡子でもないその子供が、王家にまで繋がってるんですよ?意味不明でしたよ」

 全部、偶然の産物なんですよねぇ……。それがまた、運命的でねぇ……。
 そう言ったマルが、どこか疲れた視線を俺に寄越す。

「あなたと縁を繋げていれば、王家との縁も繋がる。だから僕は、ここにいました。
 貴方をずっと、利用してたんです。
 貴方が姫様と結ばれてくれたら、それが一番手っ取り早いと思ってました。
 貴方はハインを手放さない。なら、彼の存在が王家との関わりでどう扱われるか……。そこから突破口が見えるのじゃないかって……。
 だけど……この時にはもう、貴方は僕が思い描いていた以上に、獣人を受け入れてしまっていて、一か八かの賭けに消費するのでは、もったいないって思えてしまったんです。
 だけど正直、落胆もしてました。また路が、遠退いた気がして……。
 なのに貴方、今度は、兇手の彼らを村に大量導入するなんて言い出すし……ほんと正気を疑いましたよ。
 僕の予想や推測なんてものともしないで、その上を行くんです。
 その予測できない行動ってつまるところ、サヤくんのせいなんですよねぇ。
 彼女が絡むと、僕の想定していないことが、起こる。彼女の知識が、行動が、貴方を左右する。
 もう、僕が裏で画策するのが、最善じゃないんだ。
 だからね……貴方の利益になりますよ、僕。身を粉にして働くって、約束します。
 その代わり、僕の役に立ってくれませんか。
 僕、貴方のためにとっておきの情報を用意したんです。それを……」
「そんなものは要らない」

 マルは、簡単に俺を意のままにできる手段を持っている。
 それはサヤだ。
 彼女の秘密を盾にされたなら、俺は従わざるを得なかった。
 彼はそれを分かっていたろうし、できたはずだ。なのにしなかった。
 そうして、命がけの情報を掴む方を、選んだのだ。
 なら、その行動だけで充分……。そう思った。

「交渉とか必要ないって、さっきも言った。
 マルが彼らを大切に思うのと同じくらい、俺だってハインが大切だよ。
 なら、それで理由は充分じゃないか。
 だいたい、今からやることだって何も変わらない。ただ意味が一つ加わるだけの話だろ。
 何の問題も無い」

 そう伝えると、何故か困ったように眉を下げる。
 長いこと一人で戦って、疲れてしまっているであろう彼が、死ななくて良かったと、本当に心からそう思った。

「マルは今まで通りで良い。俺は、それで充分満たされてる。
 それよりもな、今はまだ、焦るな。
 ただ事実を突きつけたって、世間は絶対にそれを認めはしないって、分かってるだろう?
 二千年もかけて、獣人は獣だという作られた常識が、世界に根を張っているんだ。
 それを覆すのは、簡単な話じゃない。時間が必要なんだよ。
 だから、まず礎を作ろう。彼らがただ人である証拠を、蓄える。
 俺がしようとしていたのはそれだ。
 獣人である彼ら自身すら、自分たちを獣だって思い込んでる。そこを覆さなきゃ、始まらない」

 彼ら自身が、歯車に組み込まれ、動いている。そう信じ込まされ、その役割をこなしている。ここを覆さなきゃ、何を言ったって、きっと駄目なんだ。

「できるんですかね、それ……」

 か細い声で、マルが問う。
 こんな風に、本心を赤裸々に晒すマルは、初めてだった。
 ただ不安で、怖くて、だけど諦められなくて、必死で足掻いて、ボロボロになった。
 彼が胡桃さんにそこまでする理由も、今の俺には分かる。だから、強く、頷いた。

「やる。まずは拠点村だ。あそこを獣人の定住地にしよう。
 胡桃さんのように特徴がある人が、姿を晒していられるくらいにしようと思ったら、まだ時間はかかるだろうけど、一見分からない人たちなら、なんの問題もなく、それができると思う。ハインだって、九年バレずにやってきたんだから、実績はそれで充分だろ?
 だから、もうそんな風に、危険な手段を無断で選ぶな。
 お前自身が俺に言ったんだよ?    他を頼れって。お前だってそうすべきだ。    
 マルは俺に、もう沢山与えてくれてたよ。今度は俺が報いる。
 それに……これからもサヤのことを、守ってもらうんだから」
「……分かってます?    それ、貴方が一番危険なんですよ?
 全てが明るみになった時、言い逃れなんてできない。貴方が今度は、晒されるんです」
「そんなの、はじめからそれが、俺の役割だろう?」

 貴族である以上、責任を担う立場だ。それは初めから、俺の役割だよ。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...