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祝賀会 1

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 祝賀会当日となった。
 マルは相変わらず監禁状態だが、本日は昨日よりも食べられる量が少し増えた。
 心のつかえが取れたのか、急に大人しくなって、言われた通り、体の回復に専念することに集中しだしたため、ギルとハインに気味悪がられていたが、俺としてはホッとしている。

 昨日の話は、まだ俺の中で伏せられていた。この祝賀会を乗り切ったら、皆に話そうと、マルにも伝えている。
 それに、今まではただ漠然と、ハインを幸せにしたい延長で獣人に関わっていたけれど、それでは駄目だとも、気付いた。
 ハインただ一人だけ救うだなんて、無理だ。彼は獣人を辞められないし、忘れない。そうである以上、根本を解決しなければ、幸せになんてなれないとはっきり分かったのだ。

「痛い所はありませんか?」
「ああ、無い。……また手の込んだことをしたな……」

 頭皮から編み込まれ、後頭部で束ねられた髪が、そこからまた幾本もの細い三つ編みにされている。サヤとルーシー二人掛かりでせっせと編んでいたのだが、それでもかなりの時間を有した。

「レイ様、凄くかっこいいですよ!    ねっ、サヤさん!」
「はい。すごくその……凛々しい感じです。お似合いです」

 渡された手鏡の俺を見ると、もう唖然とするしかないような見事に編み込まれた銀髪が、確かになんとなく凛々しく見えるよなぁと思う。
 髪の毛をひっつめにするから、目尻が引っ張られているのかな?とか、どうでも良いことを考えつつ、サヤに視線をやった。
 ルーシーの視線が辛い……。ものすごい訴えかけてくる……。

「えっと……サヤも凄く、麗しいと思う……」

 お願いだから、ルーシー……これで勘弁してくれ……。できるなら君のいないところで言いたかった……。
 内緒にしているから仕方がないのかもしれないが、ルーシーからサヤを褒めろという圧が凄かったのだ。心配しなくてもサヤの麗しさはちゃんと分かってる。俺だってそこまで朴念仁じゃない。

「あっ、私ちょっと用事があるから、先に席を外しますねっ」

 今更白々しい言い訳をして、ルーシーが軽い足取りで俺の部屋を後にする。
 それを見送って、俺も立ち上がった。するとサヤが、上着を俺の肩に掛けてくれたので、そのまま着込む。

「……ん?」

 そのサヤの視線がずっと俺を見据えているから、何か言うことがあるのかと思い、問いかけたら、ハッとしたサヤが、慌てて視線を逸らした。
 今日のサヤは、例の完璧な装いなのだが、面覆いで顔の大半が隠れている。
 その面覆いも、刺繍がふんだんに施されているもので、サヤの美しさはそこはかとなく理解できるものの、見ていられるくらいには隠されている。
 とはいえ……やっぱり何か、艶めいてみえて困る……。この面覆い、なんで俺とギルには、そう見えるのだろう……。

「い、いえ……ちょっとその……見惚れていたといいますか……」

 視線を逸らしたサヤが、頬を染めてそんな風にごにょごにょ言うから、こっちまで赤面してしまった。いや、俺に見惚れる要素ないからね。何言ってるんだこの子は。

「や、夜会服だもんな……ちょっとその、大人仕様というか……」

 俺もサヤに見惚れてしまうし、視線のやり場に困るので、その気持ち自体はよく理解できる。なんとなく背伸びしている感覚で、妙に小っ恥ずかしいよな、これ……。

「まあとにかく、三時間ほど耐えれば任務完了だ。サヤはちょっと、辛いかもしれないけど、気持ち悪くなったりしたら、我慢せずに言うんだよ。俺もそれを口実に逃げるんだから、遠慮しなくて良いんだし」
「は、はい……。だけど今更、関係者の皆さんにバレやしないか、心配になってきました……」

 そう言ったサヤが、不安そうに……心細そうに両手を握りしめる。
 この祝賀会、言うまでもないことだが、工事に関わった者が多く参加する。サヤとも深く関わっている人たちだから、その不安は当然だろう。けど……。

「大丈夫。これは分からないよ……」

 まさかあの少年が、こんな艶めいてる美女になるなんて、きっと誰も思わない……。色香が違う。
 普段のサヤはもっとさっぱりした、爽やかな元気さしかない。
 今のサヤは…………色々忍耐を問われる……。

「ごめん……その……俺が気持ち悪かったらそれも言って」

 正直、どうやっても、煩悩が捨てられません!
 ずっと心よ凪げと言い聞かせてるし、今日まで見慣れるように全力で努力してきたつもりだったのだけど、無理……。余計意識してしまうようになっただけだった。辛い。
 もうなんというか、触れたくって抱きしめたくって手が勝手に動く。やばい。

「だ、大丈夫!    レイは、そういう風な感じ、しいひんから!」
「そう?    なら、良いけど……」

 まだ辛うじて耐えられているようで良かった。
 多分、ギルの見立ては正しいのだろうと思う。サヤが怖いと感じる、身体が拒否反応を示してしまうことの定義。
 だから、極力そっち系のことは視界から外すよう、全力で挑んでいる。
 ああいった行為は、まだ彼女には重たいと感じたからだ。

 フェルドナレンで十六歳というのは、結婚だってする年齢だが、当然庇護者の同意を必要とする。政略結婚でない限りは起こらない。……あ、貴族に限りの話だ。
 サヤの世界もそこは、法律的にも同じであるらしい。
 そして世間一般の常識として、相当な理由でもない限り、この年齢での結婚はまず行われることがないらしい。
 我々の常識では婚期を逃したと言われるような年齢が、サヤの国の結婚適齢期であるとのこと……と、いうのを、何故かルーシーが聞き出しており、俺にコソコソと教えてくれた。
 なんであの娘はこう……いや、聞けて良かったけど……助かったけどなんかこう……色々先走りすぎだと思う。
 サヤには絶対にそういったことを仄めかすような話をしないでくれと念を押しておいたけれど、ちゃんと分かってくれているのか、不安でたまらない……。
 まあそんなあれこれは置いておくとしても、つまりサヤの世界の常識としては、まだそういったことを考える年齢ではない。ということなのだ。
 俺も庇護者と縁のない身であるし、正直今より先のことは成人しなければ関わってこないと思われる。現状俺が耐えれば済む話で、だから、まだ触れないでおこうと、結論を出していた。
 なにより……カナくんが怖くて、けれどその理由が分からないと泣いていた彼女を思うと……多分、そういうことを言葉無く求められて、それに恐怖を抱いていたのだろうと思うと……踏み込めないと、思った。

「うぅ、なんや、緊張してきた……」

 サヤがそんな風に呟くのを耳にして、俺の思考も現実を取り戻す。
 サヤは、夜会とか、舞踏会とか、そういった社交の場自体に参加したことがないらしい。
 サヤの世界では一般的ではないということだったので、想像ができないのだろう。
 なんでも見事にこなしてしまうサヤが、今回ばかりは不安を抱いていると思うと、つい俺が守らねばという気持ちが育つ。
 まあ、俺も夜会は初めてではあるのだけれど、学舎ではこの手のことも学んだし、何を求められる場かは知っている。

「サヤ、とりあえずえっと、注意事項を伝えとく」

 そう声をかけると、少し不安そうな顔でこちらにやってきた。

「まずね、挨拶として、女性は左手の小指に口づけされるんだけど……」
「む、無理!」

 あ、一気に引いた。まあそうなるよなと、内心で頷く。
 これはあれだな、やっぱりあのことも、誤魔化して伝えておくか……。

「分かってる。基本無いから安心してくれれば良いし、あってもそれは俺が全部対処するから、サヤは俺の腕に捕まっておいてくれれば良い。
 あと、俺が多分……かなり意味不明なことを色々喋ると思うけど、その内容も、気にしなくて良い。
 関係者なら良いのだけどね、それ以外の人にはできるだけ気安く接してほしくない。だから、牽制として貴族らしく振舞うってだけのことだから。
 ただちょっとその……サヤにベタベタ触るかもしれない。
 恋人を演じる以上必要なことで、極力、無いように努めるから……」
「……あの、それは演技やのうて、ホンマやし……そないに気にせんで、ええよ?」

 必死の言い訳に見えたのかもしれない。
 サヤがそんな風に、言葉を遮ってくれた。嬉しくもあり、なんか情けない気もする……。一応、有難うとお礼を伝えておいた。

「あの、腕に捕まるて、エスコートするいうこと?」
「エスコートって?」
「えーっと……なんやろ……引率?    牽引?    適当な言葉が、思いつかへんのやけど……」
「あー、とりあえず、俺が左腕をこうやってるから、この肘のあたりに手をかけててくれたら、まあだいたい大丈夫だよ。もしくは掌を差し出すから、その時は手を乗せてくれたら良い。
 あ、そうだ。言葉で気持ち悪いって言えない場合もあるよな……んー……俺の後ろに隠れてくれたら、それを合図ってことにしようか」

 そんな風に約束事を決め、俺たちの馴れ初め設定を確認したりしつつ過ごしていたら、コンコンと扉が叩かれた。

「時間です。会場へ向かいましょう」

 こちらも礼服のハインに促された。
 本日の彼は、深い藍色の上下に薄灰色の短衣。腰帯が髪色に似た青色だ。あまり目立たないよう、あえて地味な配色でまとめられている。……より怖く見えるとも言う。
 前髪を一部後ろに撫でつけられており、黄金色の瞳と眉間のシワがしっかり見える。その怖い顔が分かりやすく晒されていた。
 ……ルーシーだろうなぁ……怖がりもせずこんなことするのだから、彼女も結構な女傑だ。

「マルは留守を守る使用人に任せてあります。
 ルーシーとギルは、別の馬車で先に向かいました」
「ああ、じゃあ俺たちも行こうか」

 サヤを促し、左腕を腰にやって待つと、暫くキョトンとされた。
 ここだよと場所を示すと、慌ててやってきて、おずおずと右手を肘のあたりに回してくる。

「お、落ち着かへん……」
「すぐに慣れるよ。もう少しこちらに寄って歩こうか。離れてると逆に歩きにくいから」

 恥ずかしそうに身を寄せる姿がもう可愛くて仕方がない。
 こんな時であるのに、口元が緩みそうになる。それを必死で引き締めて、視線を前に、足を進めた。
 …………。
 ……しまった。
 身を寄せるとサヤの身体が腕に当たる……これは、俺にも相当な、苦行になりそうだ……。
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