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自覚 15
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「あの乳や尻を撫でさすりたいとか、服をひん剥きたいとか、唇にむしゃぶりつきたいとか、そういった欲求は?」
「ふっざけるな! って、前も言ったよな⁉︎
まさかサヤでそんなこと考えたりしてたのか⁉︎ サヤは雰囲気だって読んでくるんだぞ⁉︎
それくらい敏感になるような、恐ろしい体験をしてんのに、お前ーーっ⁉︎」
「はい、それな。
つまりお前は、そういったこと全般を、サヤ使って致してねぇんだな?
正直どんな頭の構造になりゃそうできるんだか、俺にはさっぱり分からんが。
…………サヤがお前を怖がらずにすんでんのは、多分それだ」
「…………は?」
気付けばギルの胸ぐらを左手で掴んでいた。
もう少し、続く言葉が遅かったら、殴っていたかもしれない。右手が、拳を握っていた。
そんな俺にされるがままになっていたギルが、そのまま静かに言葉を続ける。
「学舎にいた頃から、お前は……無意識なんだろうが、相手の考えを読んで行動する節があった。
お前自身が自覚してない部分でもそうなんだろうな……。
だから多分、お前はサヤにもそれをしてる。
あいつが『女を見る目』って、表現してたのは、多分それだ。
男女で致すこと全般が、多分あいつには負担で、想像の上で弄ばれんのも、苦痛なんだろうと思う。目や意識で犯されるのを、あいつも読んじまうんだろ。
そんでお前は、あいつのそういう言葉にしない要求も無意識に汲み取って、全く考えないようにしていたんだろってこと」
もう一度、ギルは重たい溜息を吐いた。
そして、少し逡巡した後。
「……似た話を、知ってる……。
王都の友人に……妻を、貴族に辱められたって奴がいてな……。
そういう経験をすると……そういったことに対して、妙に鋭くなるんだとよ。
サヤが……何をどこまで経験してんのかは、知らねぇが……あながち、外れちゃいないと思う。
つまりな、お前の恋人をやるって言ったあいつは……お前がそういうことを要求してくる覚悟も、してるってことだよ」
そんなわけがない。
とっさにそれを否定しようとすると、また頭を叩かれた。最後まで聞けってことらしい。
「お前の好きを、ずっと信用しなかったって言ったよな?
他のみんなとおんなじにしか見えねぇって。
それは、お前が好きな女を見る見方をしてないって、あいつが読んでたってことだろ。
だけどお前は、魂を捧げた。
だからあいつも……覚悟したんだ。自分を捧げる覚悟。
サヤは、お前の覚悟にちゃんと、応えたんだ」
「そんなことを、望んだんじゃない‼︎」
「そうだな。お前は、自分から望まない。
そんなお前が、サヤに気持ちが欲しいって、言った。望んだんだ。
その言葉の重さを、あいつはちゃんと考えたんだよ。
サヤはな、随分と沢山の覚悟をしたんだ。
自分の傷口を開く覚悟。
故郷や家族を、捨てる覚悟。
自分の一生を、お前の幸せのために、使う覚悟もだ……。
それをお前、気の迷いみたいに言いやがって……だから馬鹿だって言った」
ギルの言葉に、俺はただ惚けることしかできなかった。
サヤのあの顔は……騎士のように凛々しかったあのサヤは、まさかそんな……自分を犠牲にするような覚悟を固めた、決意の顔だったなんて……。
「そんな、俺は……そんなつもりじゃ…………俺は、ただサヤの幸せを思って……、こんな選択をさせるためじゃない、俺はっ!」
「はい。三つ目だ。
なんでサヤが、お前の横にいることが、不幸になるって決めつけてる」
「そんなの、分かってるだろ⁉︎
俺は妾腹の二子で、人の手ばかり煩わせる半人前で、俺の傍にいるだけで命の危険すら……」
「お前の主観なんざどうだっていいんだよ」
急に重い声音になったギルが、反対に俺の襟首を掴み、引き寄せた。
「俺が聞いてんのは、サヤを幸せにしてやる気はねぇのかってことだ」
怒りすら孕んだ、燃える瞳で俺を睨め付ける。
「お前を幸せにできるまで、あいつはずっと頑張るんだ。
お前がそうやって自分を貶めている限り、あいつは頑張り続けなきゃならんってことだ。
そこ、分かってんのか。
あいつはもう、お前の横を選んだんだ。
ならお前しか、あいつを幸せにはしてやれない。それを、自覚しろ」
ギルの瞳の奥に、何か、黒い感情の疼きを見た。
「あいつに捨てさせるんだ。なら、それ以上のものを与えてみせろ。
それくらいの覚悟をしやがれ。じゃねぇと、俺だって許さねぇ」
焼け焦げたような、何か……。それは一瞬だけのもので、すぐに奥底に沈み込んでしまって、見失う。
そして襟首を掴んでいた手は、唐突に離された。
俺から視線も逸らしたギルが、溜息まじりに、言葉を紡ぐ。
「それとな、決意一つで心の傷がどうこうできるとか、考えてねぇよな?
そんなわけねぇよ……。それは、お前が一番よく分かってることだと、俺は思ってるけど。
サヤは、覚悟は固めてんだと思うぜ。
ただ、サヤの身体や心が、その意思に従えるとは、限らない」
いつの間にかワドがやって来ていて、ギルに新しいお茶を用意していた。
それをまた、ギルは口にする。
苦いものを飲み込むみたいに、一瞬だけ口元が歪んで、何事もなかったかのように、普段通りの表情を取り戻す。
「だけどな。ただサヤの望み通りに、傷口を見ないふりしてたんじゃ、やっぱ駄目なんだ。
それじゃあいつだって、幸せになれねぇ……。
だってそうだろ?
本来あれは、そんな、苦しむようなもんじゃないんだ……。
愛する相手との愛を、育むための、行為だろ?」
幸せになるための手段を、ずっと怖がってるなんて、そんなの可哀想だ……。と、ギルは呟くように言った。
「サヤの想い人……カナくんっつったか。
そいつは多分、あいつに付き合いきれなかったんだろう。
サヤは、絶対に受け入れようとしたはずだ。あいつはいつだって、挑むもんな。
けど、上手くいかなかった……気持ちに身体が、ついてこなかったんだろう。
サヤがそれに、傷付かなかったはずないよな……。
拒まれた方もそりゃな、傷付いたろうぜ。だけどサヤは、もっと……辛かったろう。
お前は、そんな風になるな。
いつか……愛を、嫌悪しないですむようにしてやれ。
どれだけだって、時間をかけてやれ……。
頼むから……二人で、幸せになってくれよ」
切望するように、ギルはそう言った。
俺に、サヤを幸せにしてやれと。
俺にしか、それはできないのだと。
選ばれたのは、お前なんだと。
「ふっざけるな! って、前も言ったよな⁉︎
まさかサヤでそんなこと考えたりしてたのか⁉︎ サヤは雰囲気だって読んでくるんだぞ⁉︎
それくらい敏感になるような、恐ろしい体験をしてんのに、お前ーーっ⁉︎」
「はい、それな。
つまりお前は、そういったこと全般を、サヤ使って致してねぇんだな?
正直どんな頭の構造になりゃそうできるんだか、俺にはさっぱり分からんが。
…………サヤがお前を怖がらずにすんでんのは、多分それだ」
「…………は?」
気付けばギルの胸ぐらを左手で掴んでいた。
もう少し、続く言葉が遅かったら、殴っていたかもしれない。右手が、拳を握っていた。
そんな俺にされるがままになっていたギルが、そのまま静かに言葉を続ける。
「学舎にいた頃から、お前は……無意識なんだろうが、相手の考えを読んで行動する節があった。
お前自身が自覚してない部分でもそうなんだろうな……。
だから多分、お前はサヤにもそれをしてる。
あいつが『女を見る目』って、表現してたのは、多分それだ。
男女で致すこと全般が、多分あいつには負担で、想像の上で弄ばれんのも、苦痛なんだろうと思う。目や意識で犯されるのを、あいつも読んじまうんだろ。
そんでお前は、あいつのそういう言葉にしない要求も無意識に汲み取って、全く考えないようにしていたんだろってこと」
もう一度、ギルは重たい溜息を吐いた。
そして、少し逡巡した後。
「……似た話を、知ってる……。
王都の友人に……妻を、貴族に辱められたって奴がいてな……。
そういう経験をすると……そういったことに対して、妙に鋭くなるんだとよ。
サヤが……何をどこまで経験してんのかは、知らねぇが……あながち、外れちゃいないと思う。
つまりな、お前の恋人をやるって言ったあいつは……お前がそういうことを要求してくる覚悟も、してるってことだよ」
そんなわけがない。
とっさにそれを否定しようとすると、また頭を叩かれた。最後まで聞けってことらしい。
「お前の好きを、ずっと信用しなかったって言ったよな?
他のみんなとおんなじにしか見えねぇって。
それは、お前が好きな女を見る見方をしてないって、あいつが読んでたってことだろ。
だけどお前は、魂を捧げた。
だからあいつも……覚悟したんだ。自分を捧げる覚悟。
サヤは、お前の覚悟にちゃんと、応えたんだ」
「そんなことを、望んだんじゃない‼︎」
「そうだな。お前は、自分から望まない。
そんなお前が、サヤに気持ちが欲しいって、言った。望んだんだ。
その言葉の重さを、あいつはちゃんと考えたんだよ。
サヤはな、随分と沢山の覚悟をしたんだ。
自分の傷口を開く覚悟。
故郷や家族を、捨てる覚悟。
自分の一生を、お前の幸せのために、使う覚悟もだ……。
それをお前、気の迷いみたいに言いやがって……だから馬鹿だって言った」
ギルの言葉に、俺はただ惚けることしかできなかった。
サヤのあの顔は……騎士のように凛々しかったあのサヤは、まさかそんな……自分を犠牲にするような覚悟を固めた、決意の顔だったなんて……。
「そんな、俺は……そんなつもりじゃ…………俺は、ただサヤの幸せを思って……、こんな選択をさせるためじゃない、俺はっ!」
「はい。三つ目だ。
なんでサヤが、お前の横にいることが、不幸になるって決めつけてる」
「そんなの、分かってるだろ⁉︎
俺は妾腹の二子で、人の手ばかり煩わせる半人前で、俺の傍にいるだけで命の危険すら……」
「お前の主観なんざどうだっていいんだよ」
急に重い声音になったギルが、反対に俺の襟首を掴み、引き寄せた。
「俺が聞いてんのは、サヤを幸せにしてやる気はねぇのかってことだ」
怒りすら孕んだ、燃える瞳で俺を睨め付ける。
「お前を幸せにできるまで、あいつはずっと頑張るんだ。
お前がそうやって自分を貶めている限り、あいつは頑張り続けなきゃならんってことだ。
そこ、分かってんのか。
あいつはもう、お前の横を選んだんだ。
ならお前しか、あいつを幸せにはしてやれない。それを、自覚しろ」
ギルの瞳の奥に、何か、黒い感情の疼きを見た。
「あいつに捨てさせるんだ。なら、それ以上のものを与えてみせろ。
それくらいの覚悟をしやがれ。じゃねぇと、俺だって許さねぇ」
焼け焦げたような、何か……。それは一瞬だけのもので、すぐに奥底に沈み込んでしまって、見失う。
そして襟首を掴んでいた手は、唐突に離された。
俺から視線も逸らしたギルが、溜息まじりに、言葉を紡ぐ。
「それとな、決意一つで心の傷がどうこうできるとか、考えてねぇよな?
そんなわけねぇよ……。それは、お前が一番よく分かってることだと、俺は思ってるけど。
サヤは、覚悟は固めてんだと思うぜ。
ただ、サヤの身体や心が、その意思に従えるとは、限らない」
いつの間にかワドがやって来ていて、ギルに新しいお茶を用意していた。
それをまた、ギルは口にする。
苦いものを飲み込むみたいに、一瞬だけ口元が歪んで、何事もなかったかのように、普段通りの表情を取り戻す。
「だけどな。ただサヤの望み通りに、傷口を見ないふりしてたんじゃ、やっぱ駄目なんだ。
それじゃあいつだって、幸せになれねぇ……。
だってそうだろ?
本来あれは、そんな、苦しむようなもんじゃないんだ……。
愛する相手との愛を、育むための、行為だろ?」
幸せになるための手段を、ずっと怖がってるなんて、そんなの可哀想だ……。と、ギルは呟くように言った。
「サヤの想い人……カナくんっつったか。
そいつは多分、あいつに付き合いきれなかったんだろう。
サヤは、絶対に受け入れようとしたはずだ。あいつはいつだって、挑むもんな。
けど、上手くいかなかった……気持ちに身体が、ついてこなかったんだろう。
サヤがそれに、傷付かなかったはずないよな……。
拒まれた方もそりゃな、傷付いたろうぜ。だけどサヤは、もっと……辛かったろう。
お前は、そんな風になるな。
いつか……愛を、嫌悪しないですむようにしてやれ。
どれだけだって、時間をかけてやれ……。
頼むから……二人で、幸せになってくれよ」
切望するように、ギルはそう言った。
俺に、サヤを幸せにしてやれと。
俺にしか、それはできないのだと。
選ばれたのは、お前なんだと。
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