異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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影 2

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 姫様の部屋へ、サヤとマルを伴って向かった。
 警備配置についていた武官の方に、姫様へ取り次いで欲しい旨を伝える。
 近衛の方にも、扉外で待ってもらう様お願いしてから、迎えに出て来たリーカ様に従って、入室した。

「うっ……⁉︎   姫様……⁉︎」
「……なんだ。似合わんとでも言うつもりか」

 案内された部屋で、男装ではない姫様に迎えられて、正直、度肝を抜かれた。
 灰髪の見慣れた姿はそこに無く、肩口で切り揃えられた白髪をさらりと揺らし、細い肩も露わな女性の装いをした姫様が、待っていたのだ。
 濃緑色の短衣に、墨色の袴。腰帯だけ白いのだが、刺繍をふんだんにあしらわれた薄絹で、袴の上に重なったヒレの部分が袴の色を透けさせて、刺繍を浮き立たせている。日除けも同じく白。これは、見覚えがある。クリスタ様のふりをする時に、よく身に付けさせられたものだ。
 強すぎる日の光を遮るとともに、顔を半分隠してしまう為、付けていたのだが、今は髪留めで留められ、頭に添えられているだけだ。それも繊細な刺繍が施された逸品で、まるで白い御髪の延長の様に見える。これもまた、深い色の衣装にはよく映えた。
 女性の装いをした姫様には違和感しか無かったが、その薄絹が中途半端に姫様らしさを出していて、全く知らない人だとも思えない。姿絵で見た時よりも、当然大人びていて、美しい……。

 ……こ、これ……どう、接すれば?

「もう其方に知れたのだ。隠す必要もあるまい」
「い、いや、あの……。別館の中は良いですけど、外は絶対に、駄目ですからね?」
「それくらいの分別はあるわ、失礼な」

 出来れば今も止めてほしい。なんか、目のやり場に困る……違和感しか無い!
 どこ見たって失礼になる気がする。王族なんて雲の上の人だし、つい、いつもと違う、化粧を施された顔とか、身体の曲線とか、身に付けた女性らしい装飾品とかが気になってしまう。
 立ち尽くして困惑するしかない俺に痺れを切らしたのか、姫様がキッと俺を睨み据え、びしっと長椅子を指差して「さっさと座らぬかっ!」と命じられた。慌てて従う。

「して、その方……マルクスとサヤを伴うとは、どんな要件で参った」

 どことなく威厳というか、品格が漂う座り姿に圧倒されてしまい、言葉が出ない。
 クリスタ様ではない姿なだけで、ここまで気圧されてしまうとは……我ながら情けない……。
 そう思っていたら、耳に小さな呟きが届く。

「……それにしても、ハインを連れておらぬ其方には、違和感しか無いな……」

 その言葉に虚を衝かれた。
 まさか姫様に、俺が考えていたと同じ様なことを言われるとは思っていなかったのだ。
 しかしそれで、すっと、肩の力が抜けた。
 どの様な装いでも、姫様は姫様か。
 いくら背が伸びようと、俺が、俺でしかなかったのと、同じ。

「……どんなじゃぁ、ありませんよ⁉︎
 なんなんですかあれは!   なんの説明も無しに、夫やら王やら言われたって、話合わせてられませんからね⁉︎
 何か言いにくそうにしてると思ってたら、こんなの伏せてたんですか⁉︎
 言いましょうよ!
 心の準備も何も無しにあの状況に立たされて、こっちがどんな心地だったと思うんですか⁉︎」

 勢いに任せて文句から言ってみた。
 遠慮すると、もう、姫様としてしか接してもらえなくなる様な気がしたのだ。
 俺の剣幕に、姫様が女性らしからぬ、どこかガサツな動きで、浅く腰掛けていた長椅子の奥に逃げる。女性の装いをしていても、動きはクリスタ様だ。そのことにホッとする。

「ど、怒鳴らずとも良いではないか⁉︎
 こちらとてな、なんと言って良いやら、結構困ってだな……」
「言い訳は聞きませんよ⁉︎   俺、絶望しかけたんですからね!
 また、……全部失うと……本気で……っ、もうあんなのは、こりごりですよ⁉︎」

 俺の言葉に、姫様が眉の下がった、情けない顔をする。
 そうして、口を開きかけて、押し黙った。
 何か言いたげなのに、難しい顔をして、視線を逸らす。雪の様に白い肌……その頬が、赤い。

「…………わ。悪かった……。
 本当は、言おうと、思っておったのだぞ。だが……あの馬鹿が来おって、心の準備が台無しだ」

 ボソボソと、言い訳の様にいう姫様。
 しおらしく、小さく丸まってボソボソと呟く様に言う姫様が、なにやら小動物の様で、可愛らしさに溜息が出る。
 反則だろ……。クリスタ様のお姿なら、拗ねたって駄目だと突っぱねられるが、女性の出で立ちでは、強く出れない……。いや、どうせクリスタ様のお姿であっても、同じか。強く出れた試しは無いのだから。

「……もう、良いです。
 ですが!   状況を、全て教えてください。
 今回のこの件、一体何がどうなっているのです?……象徴派絡みなのですか?」

 遠慮して言い出しにくかったのは、俺を巻き込むことを、ギリギリまで逡巡していたからかもしれない。
 そんな風に思ってしまったから、つい、下手に出てしまった。
 俺が多少のことは知っていると思えば、話しやすいだろうと思ったのだ。
 ハインがいれば、盛大な溜息で牽制してきたろうし、ギルがいれば、あれ程良い方にばかり解釈するなと忠告したよな⁉︎   と、叱られていたに違いない。
 だが、その時俺を諌める者は、居なかった。

 俺の呼び水に、姫様は潤んだ瞳を向けてきた。
 俺が多少は把握していて、姫様の力になる気があるのだということを理解し、喜んで下さった様子だ。

「……そうだな。話そう。
 そもそもは……父が体調を崩したことと、隣国の世代交代が発端なのだ」

 姫様が居住まいを正し、女性らしく、足を片側に流した格好で、長椅子に座りなおす。
 重ねた手を膝の上にきっちり添えると、そこにいるのはもう、ガサツな女性ではなかった。麗しい雪の精の様な、美貌の姫君だ。
 桃色の紅粉を引かれた唇が紡いだのは、小さな一人の女性が背負うには、重すぎる様に感じる、王族というものの重い責務だった。
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