異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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影 1

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 話がひと段落してから応接室を出た。
 ハインは宣言通り執務室で待機していた様子だ。
 簡潔に状況をまとめて要点だけを告げてから、今晩、リカルド様を湯屋に誘い出す為の準備をお願いしておいた。
 そうしてから、サヤの部屋に向かう。
 今はギルとルーシーが使用しているわけだが、一応状況を共有しておいてもらおうと思ったのだ。申し訳ないが、近衛の方にはまた、部屋の前で待機して頂く。

「ヴァーリン公爵家か……明日戻ったら、こっちでも情報を集めてみるか」

 話を聞き終わったギルがそう言う。
 貴族との取引が多いバート商会なので、その伝手で何か掴めるかもしれないという。
 コソコソと話し合う俺たちのずっと後方では、窓辺の椅子に座って、ルーシーが盛大にぶんむくれていて、それをサヤが宥めていた。
 せっかく女中継続と思っていたのに、急遽明日、ギルとともにメバックに戻されることとなり、機嫌を損ねてしまったのだ。
 だが、問題が起こればそうすると約束をしていた。この状況は、ルーシーを一人にしておけない事態だろう。申し訳ないが、納得してもらうしかない。

「で。こっからどうするんだ。
 お前は、姫様の夫は辞退するんだよな?」
「当然だろ。ていうか、あれは言葉の綾だよ。ヴァーリン家への牽制で仰ったはずだ。
 だから、今から説得して、姫様の状況をもう少し詳しく聞きだす。
 リカルド様の問題を解決するまでだよ。俺が夫候補なんて言われるのは」

 げんなりしつつ、ギルの質問に答える。
 どれだけ小声でやり取りしていても、サヤには聞こえているのだと思うと気が滅入る。
 この手の話をすると、サヤの表情が硬くなるのだ……。場合によっては仮面で心を隠してくるから、正直話したくない。
 男性が怖いサヤのことだから、男女間のごちゃごちゃしたことも苦手であるのかもしれないと思うと、更に気が滅入った。
 いっときを考えれば態度も軟化したが、やはりまだ、どこか距離を置かれている気がする。
 サヤとどう距離を保てば良いのかが、なんだか難しくなってしまっている。前はもっと、何も考えず、接することが出来たのに……。

「姫様の望みは、ご自身が王となることですからねぇ。それが解決しないことには、レイ様を夫にする発言、撤回してくださらないかも知れないですよぅ?」
「いやいや、おかしいから。リカルド様と婚儀を挙げないにしても、他の公爵家だってある。伯爵家だって、子爵家だって挟むのに、男爵家からって無いから」
「そんな楽観視してて良いのか?   姫様はクリスタ様だぞ?
 彼の方がどれだけ強引だったか、お前、身を以て知ってんだろうが。下手に気を抜いてると、押し通されんぞ」

 マルとギルが顰めっ面でそんなことを言うから、余計なこと言うなよ!   と、視線で抗議する。
 だけどギルは、ちらりとサヤを見てから、また言うのだ。

「とにかく、今回ばかりは、相手を良い様にばかり解釈すんな。彼の方は、為政者だ。
 大の為に小を切り捨てる判断をするお立場なんだよ。
 お前の心情なんざ、切り捨て対象にされたっておかしくないって、言ってんだ。
 ……俺は、彼の方の怖い部分も、見てる。これは忠告だ」

 姫様の性別を知ってしまい、それをずっと口に出来ずにいたギル。命の危険もあったわけだから、その言葉は重い。
 姫様は、無体をされる方ではないけれど……、もし、ギルが秘密を守れない人間であったなら、口を封じられていたかもしれないとは、思えてしまう。

「……肝に命じる。……俺は、ここを離れたくない。だから、もし強要されても、断るよ」

 いや、万に一つも無いと思うけど。
 俺はそう思うのだが、ギルはすごく真剣な顔だ。「断ってもダメだったら、知らせを寄越せ」と言い出す始末。

「その時は、急いで連絡しろ。一人でなんとかしようとすんな。
 自分が犠牲になりゃ済む話だとか、そんな風にも考えなんなよ。
 ……俺だってな、お前にセイバーンを離れてもらったんじゃ、困るんだからな」

 遠回しな言い方だったけれど、ギルの気遣いが有難い。
 そんな風に話し合いが終わろうとしていた折に、サヤに呼ばれた。

「レイシール様、お客様がお見えです」

 お客様……?   窓辺のサヤからの言葉に、一同揃って首を傾げる。
 サヤが立ち上がって、露台前の大窓を少しだけ押し開く。
 土砂降りの雨が一瞬部屋に降り込むが、それと同時に黒い塊が飛び込んできたから、俺はつい、慌てて腰の短剣に手を伸ばしていた。
 兇手に襲撃された時のことが、脳裏に蘇っていたのだ。
 ギルが俺の前に飛び出して、腰の剣に手を添える。きっと、同じことを思ったに違いない。だが、サヤの声音は落ち着いていた。

「草さん、お久しぶりです」

 え?   草?

 濡れそぼった黒い塊が、身震いして頭巾をはねのけると、草色の髪が露わになる。それはサヤの言う通り、大人のような、子供のような、兇手の草だった。
 雨除けの外套から水滴をぼたぼたに濡らし、辟易しているといった顔で「よぅ」と、言葉少なに挨拶。赤い瞳に、ついなんとなく、視線がいった。

「あんた、何やらかしたンだ」

 開口一番がそれだった。
 マルに向かって「旦那、メバックから馬で一時間辺りの森ン中に、一部隊いる」と、報告。一部隊?   なんのことだか分からず、反応が出来ない。

「あらら、どこの誰だかってのは確認済みです?」
「そンなあからさまなもン身につけちゃいねぇよ。けどありゃ、貴族だろ。服装だけ取り繕ってンだが、動きが明らか違う。
 馬鹿だ。慣れてねぇ。普段は偽装なンざやったことねぇ奴らだ」
「ああ、じゃあ確かに貴族でしょうね。リカルド様の身内の線が濃厚ですかね?   どんな変装なんです?」
「護衛っぽいのが八人。商人っぽいのが三人、使用人っぽいのが残り。計二十人。行商団って風だ。
 うち、武器慣れしてそうなのが十七人。全員男。
 行商団が女抜きで、メバック捨てて、街道すら逸れて、森で野営って、怪しいと思ってねぇのか?   あからさますぎンだろ。何考えてンだ」
「いやぁ、何も考えてなかったんじゃないですか?」

 そんな会話をしている間に、サヤとルーシーが部屋を出て行く。何かの準備に向かう様だ。
 セイバーンのこの時期、雨が降り止まないことなど知れ渡っている。
 だから商人は、最寄りの村や町で長期滞在の準備をするし、旅人は宿に連泊し、内職をしつつ過ごす。メバックを通るなら、どれだけ急ぎだろうと、目処をつけてメバックで宿を取るだろう。
 旅慣れている筈の行商団が、メバックで休まず中途半端な場所で、街道からも離れて野営をするなど、考えられない。

 ルーシーがすぐに戻り、持って来た手拭いを恐る恐る、草に差し出したが、素っ気なく断られた。

「もう戻る。拭くだけ無駄だ」

 報告に赴いただけなのだな。
 ルーシーが困った様子で俺を見る。きっと、部屋の中に水溜りができていることを懸念したのだろう。けれど、後で拭けば良いので、俺も気にしない。良いよと頷くと、渋々と下がった。

「武器慣れした人間がやたらと多いな。騎士か?」

 ギルがボソリと呟き、やっぱり俺は残るか……と、思案し始める。
 サヤとハインの二人に対し、お荷物は俺とマルだ。近衛の方の護衛があるとはいえ、日中のみ。狙うなら、少しでも手薄な時間帯となるだろう。
 その二十人の目的は分からないが……最悪、ぶつかる可能性もある。
 正直、ギルが居てくれると、助かるのは事実だ。けれど……。

「帰る時、その偽装した行商団の前を通ることになる。
 ルーシーを一人で帰すなんて駄目に決まってるだろう。俺なら大丈夫だよ」

 貴族のごちゃごちゃに、一般商人を巻き込むわけにはいかない。
 特にルーシーは女性で、後継なのだ。

「襲われると決まったわけでもないし、ギルは予定通りにしてくれ」

 そう言い含めると、渋々ながら、こくりと頷く。
 こちらのやりとりのひと段落を待って、草がギルの質問に答えてくれた。

「統率が取れてるって雰囲気じゃねぇよ。軍隊系じゃねぇだろ。
 だから、早急に動くなんてこたぁ、ねぇと思う。
 ふっ。手慣れた様子もねぇのに、この豪雨の中で野営だ。しっちゃかめっちゃかで笑えンぞ。
 商人に扮装した偉そうな爺いが怒鳴り散らしてたが、怒鳴ったってどうにもなりゃしねぇって、分かンねぇンだろうな」

 人の悪い顔で草が笑う。笑うとほんと、子供みたいに見えるなぁと感心する。
 草の言葉に、マルが何かピンときた!   とでも言う様に顔を上げた。

「爺いが居たんですか。これはこれは……。
 草くん、追加任務です。そのご老体が何処の誰か、分かったら即知らせて下さい。
 僕が思う人物であったなら、リカルド様が自らこんな田舎までやって来た理由、ちょっと見当がつくかもしれませんね」
「おう。足止めは必要か?   なンなら、馬車の車軸に傷でも入れておいてやンぜ?」
「それは止めておきましょう。ヴァーリン家の者なら皆、漏れなく猛者ですよ。勘付かれたらことです。極力近付かないでおいて下さい。
 それに、手慣れてないのに豪雨の野営です。手など出さなくても、足は遅くなりますよ。
 それよりも情報です。雨で聞き取りづらいと思うのですが、極力話を拾っておいて下さい」
「ン。報酬弾めよ。じゃあ俺は戻る」

 草が踵を返したところで、サヤが戻って来た。草を呼び止め、盆を差し出した。
 熱々の牛乳茶がある。
 豪雨の最中、ここまで来た草が、冷えていると思ったのだろう。
 少々面倒くさそうな顔をした草だったが、手拭いとは違い、こちらは渋々ながら、受け取る。
 それをおざなりにこくりと一口飲んでから、ふと動きを止めた。
 湯呑を両手で包み込む様に、持ち直す。
 こくこくと熱心に飲み干してから、なにやら満足そうに息を吐き、空になった湯呑をサヤに突き返す。

「……美味かった」

 不機嫌そうな顔をしているが、照れ隠しなのだろう。
 熱々の牛乳茶の効果か、それとも羞恥の為か、少し頬を上気させ、そう言い残してから、大窓の外に。そのまま気配が消える。
 大窓は閉まり、床にはひとつ、大きな水溜り。
 あんなにに濡れそぼっている……。近衛の方たちよりも、雨の中を彷徨いているに違いない。

「……マル、何か、動かしてる?」
「村の周辺は定期的に見回りさせてますよ。今回はそれに引っかかったんでしょう。
 あと、館は遠方から常に監視させてます。
 妙な動き方している者がいたら、連絡が入ります。今日みたいな豪雨だと、見えないから使い物になりませんけどね」

 その時は館の方も動かないでしょうけど。と、マルは言う。
 異母様方のことを、ずっとそうして警戒してくれていたのかな。有難いけれど、もう怪我はしてほしくない。あまり、深入りしない様にねと、注意したら、言われるまでもありませんよ。と、返事があった。

「念の為にしているだけです。動くとは思ってませんから。
 それよりも……偽装部隊ですか。何故、偽装しておいてから、更に街道離れちゃってるんでしょうねぇ?
 よっぽど後ろめたいことが目的なんでしょうか?   次の報告が楽しみですね」

 うーん……誤魔化された気がしないでもないが……マルは無茶をするタチでもないし、あまりしつこく言うのも違う気がする。
 今は藪をつついて蛇を出すわけにもいかない。マルの言葉を信用するしかないかな。

 ごちゃつく状況に、正直頭が痛かった。何がどうなってるのだが、複雑すぎて見えてこない。
 だけどまぁ、目の前の一歩から、進むしかないのだ。もう少し進めば、風景も違ってくるだろう。

 さて、じゃあ次は正念場、姫様との交渉だ。
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